5 野良犬ちゃんの成長ぶりと僕の焦り
野良犬ちゃんが家に来て、1週間が経とうとしていた。
モモはこの間に、食事、トイレ、歯磨き、着替えなどを一通り覚えていった。
言葉が通じるというのはとても大きい。
食事…
お皿にドッグフードを入れると、手でつまみ、ポリポリと食べる。
はじめはドッグフードが硬いと言っていたが最近はまったく抵抗がない。
トイレ…
人間のトイレでできるように躾ける。
はじめは便器に落ちないように抱っこしながらしていたが、
今は恥ずかしいのか、ドアを閉めて一人でするようになった。
糞の処理をしなくていいというには、動物を飼う人にとっては羨ましい話だろう。
歯磨き…
これははじめは全くさせてもらえなかった。
歯磨きのペーストを舐めさせて、ようやく歯ブラシで触れさせてもらえるようになった。
着替え…
相変わらず服は嫌いらしい。
僕が着せないと、基本的に裸族だ。
犬は成長が早い。
どんどん新しい事を覚えていく。
テレビはコマ送りにしか見えないらしいが、何を言ってるかは分かるので、知識もどんどんつけていく。
「ねえ、お兄ちゃんは学校とか行かないの?」
痛いところを突かれた。
モモが来てから、モモの世話をすることを大義名分にして、学校をサボり続けていた。
もともとサボり気味だったが、すでの頭の中から学校の存在を消そうとしていた。
「僕が学校に行ってる間、留守番できるか?」
「留守番?」
「僕が学校に行っている間、1人で家にいる事だよ。」
「う…うーん…。退屈かも…。
でも、保健所に比べればすごく居心地がいいよ。」
モモは確実に成長している。
僕は……。
プルルルル……プルルルル……。
電話がなった。電話の音を聞いたのも何か月ぶりだろう。
「なになに?これ何の音?」
モモはキョロキョロと辺りを見渡す。
「電話だよ。いいか。静かにしてるんだぞ。」
ガチャッ
「はい。栂村です。」
「もしもし、わたくし、ササミ君の担任の兼子かね子と申します。
ササミ君はいらっしゃいますか?」
「ササミは僕です」
担任の兼子かね子先生は25~26歳の理科教員だ。少しサバサバしていて姉御肌な人だ。いつも胸元を開けた露出の高い服と白衣がトレードマークで、男子からの人気がとても高い。
「なんだ。ササミ君。キミか。どうだね、最近学校に来てないようだが。」
「そうですねぇ…。」
正直、返事をするのもめんどくさい。
一方、モモは電話のくるくるしたコードが気になったのか、ホイホイと触りだす。
「まぁ、どうも初めから学校に馴染めてない様子だったからな。
気持ちは分からなくもないが…。」
「はぁ…。」
学校の先生も大変だな。こうして学校に対して後ろ向きな人間に対しても気を掛けてあげなければいけない。到底、僕にできる仕事ではないなぁ。
一方、モモは電話のコードを手に絡めて遊んでいる。
「少しキミとゆっくり話がしたいと思っててね。」
うーん…面倒だな…正直こちらは話などしたくない…。
「あーん、絡まっちゃった!ヒモが体に食い込んじゃった!」
腕にコードを絡めて遊んでいたモモがほどけなくなって大きな声を出した。
「なんだ!今の声は!?ササミ君。キミは家に女を連れ込んでいるのか!?」
「い…いえ…。妹といいますか…。」
「こうしちゃおれん!今からキミの家に家庭訪問をする!
10分もあれば着く!待っているように!」
ガチャっ!ツーツー……
電話は勢いよく切れた。
「おい、モモが変な声を出すから先生が家に来るみたいじゃないか!」
「とにかくほどいてー……」
僕は電話の絡まったコードを解くと改めてモモに問いただす。
「先生が来るって!どうしよう!」
「学校の先生でしょ?学校に行く機会ができたと思えばいいんじゃない?」
そんなに簡単に行けたらとっくに行ってるよ。
「と…とにかく、モモ!服を着ろ!人前では裸はダメだ!」
「じゃあ、着せて。」
「はいはい。」
僕はモモに服を着せていくパンツを履かせ、下着を着せて、ズボンを履かせようとしたとき…
ドンドンドンドン!
先日直ったばかりの窓からこっちをじっと見ている女性が窓をドンドンと叩いている。
「はぁぁぁぁ…!先生っ……!」
最悪なタイミングを見られた!
次回、誤解だらけの家庭訪問が始まる。