4 野良犬ちゃんと散歩したら壮絶な過去の話が出てきた
「だってわたしはもともと獣人族で能力を継承してこっちに転生してきたから」
モモのあまり自然にファンタジーな返事をするので、理解するのに時間がかかってしまった。
どういうことだろう?
「そういえば、お兄ちゃんと出会う前の事話してなかったね。」
モモはポツリと話し始めた。
「転生と言っていいのかわからないけど、前世の記憶があるんだ。
前世では獣人族の村で生活してたんだけど、獣人族は高く取引されるから、よく狙われたんだ。」
いかにも転生モノでありがちな世界だな…。
「特に人間族は、奴隷として高く売れるみたいで、わたしも仲間たちと生け捕りにされたの」
僕はなんて言っていいか分からなかった。
「当時から私は力には自信があったから、檻のカギを破壊して逃走したんだけど、その途中で殺されてしまったの。他の仲間たちが少しでも逃げきれているといいんだけど…。」
モモは遠い空を眺めながら少し涙目になっている。
「それで、生まれ変わって物心がついた頃にはすでに私は一人だったの。
親の顔も知らない。常におなかが減っててゴミを漁ったり、動物の死骸とかなんでも食べてたな…。」
「その時は人の姿にはなれなかったの?」
「なれるようになったのはお兄ちゃんに会ってから。だから、本当に野良犬よ。力はあったけど…。」
「そうか…。」
「野良犬の世界にもナワバリっていうのがあって、他の犬のナワバリに入った時は容赦なく威嚇されたわ。野良犬の社会も面倒なのよ。」
「じゃあ、モモも電柱にマーキングとかしてたのか?」
「…っ!エッチ!まだそんなことしたことないし!」
モモはドッグフードでポカポカと殴ってきた。
「で、ある日人間に捕まったの。でも、捕まえた人間は私は保護してくれたの。」
「飼い主を探してくれて、私は一度、家庭に引き取ってくれたわ。」
「よかったな。それってけっこうラッキーなんじゃないか?」
「うん、その家族には小さい女の子がいて可愛がってくれたわ。
でも、ある日、その家族は私を突然保健所へ連れて行ったの。
それで保健所生活がまた始まったわけ。」
「なんだそりゃ?なんか理由でもあったのか?」
「分かんない…。でも最初は可愛がってくれた女の子も新しいおもちゃができると、そっちばかりでだんだん相手にしてくれなくなったのは感じたな…。」
いわゆる「飽きた」ってやつか。実に身勝手な理由だな。
「保健所の中って知ってる?一匹ずつ檻に入れられるんだけど、けっこう人間を恨んでいる犬や、この世界が怖くなっちゃってる犬がたくさんいるんだ。みんな目が死んでるっていうか…。」
人間に捨てられた、怖い目にあった。人間も世界のすべてが信用できない。
きっとそんな気持ちになるんだろうな…。僕でもきっと裏切られたら一生恨み続けているだろう。
「そんな中でもとなりの檻の犬と友達になったんだよ。その子といろんな話をして気が紛れたよ。」
「そうか、モモは偉いな。どこでも明るく振舞って。」
「えへへ…。入ったのも一日先輩で檻を移動してもいつもとなりだった。
でもその子はこんな事を言っていたの。」
(ここにいられる期間は限られているんだよ。僕の一日先輩の犬はもう今日いない…。
明日は僕だね…)
「そして、次の日、その子はいなくなった…。」
…殺処分…。そういう事なんだろう。
そして、次の日はモモが殺処分される予定だったのだろう。
「私はなぜか怖くなって、その夜に檻を破壊して逃げ出したの。
幸い、みんな寝てたのか特に大騒ぎにもならず、脱出することができたわ。
でも檻を破壊してるからとにかく遠くへ逃げようと一生懸命走りつづけたの。
おなかがすいた、怖い、人間が憎い、とにかく誰の目にも触れない場所へ逃げないと…
いろんな感情で泣きながら必死で逃げたわ。」
僕はモモを抱きしめながらモモの話を聞き続けた。
「それから3日くらい逃げ続けて、たどり着いたのがお兄ちゃんとあった神社だったの。
はじめはまずい!と思った。この人間も私の事を捕まえようとしてるんじゃないかって。」
でも。お兄ちゃんはそんな様子も見せずに、ずっと寝転がってた。」
「まぁ、僕も正直誰も信用できなかったし、興味もなかったからな。」
「あのとき、お兄ちゃんの感情が流れ込んできたの。孤独、退屈、この世界でどうすればいいのか分からない…。人の感情が流れ込んできたことなんて初めてだったの。」
そういえば、僕も同じような感じがあったな…。
人や動物の気配を感じるだけで不快に感じる僕が、不思議とモモのときはそうでもなかった…。
「あの時、この人だ!って思ったの。」
「で、ついてきたのか。それで僕が悪い奴だったら、また保健所だったぞ。」
「そういう人じゃないってなんとなく分かったの。でも家に入れてくれなかった。」
ちょっとモモは拗ねて言った。
「そりゃ、そんな軽い気持ちで犬なんか飼えないよ。」
「みんながそういう気持ちで飼ってくれると嬉しい。
捨てられる気持ちって本当に辛いから…。」
「とはいえ、窓ガラスを破壊して入ってくるのはいかんだろ!」
「あの時は必死だったから。運命の人が通り過ぎていくのを黙って見逃すのって絶対よくないでしょ?」
運命の人ってそう言われると照れて何も言えなくなるな。
「そういえば、その時はすでに人間の姿だったな。あれはどうしたんだ?」
「分かんない。ぜったいこの人なんだ!って必死になってたら、いつの間にか前世の姿に戻ってたの。」
うーん。人が動物を選ぶように、動物も人を選んでいる。
それがマッチしたときのみに起きる奇跡なのかもしれないな。
気づいたらかなり長いこと散歩したな。
「そろそろ帰ろうか。お腹もすいただろ。」
「うん!絶対、飽きたからって捨てないでよ?」
「飽きるも何も押しかけてきといて…。
はいはい、じゃあ、帰ろうか。僕たちの家へ。」
雲の切れ間から光が差し込む景色を見上げながら、僕たちの家に向かって歩みを進めた。