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OVER KILLってる?  作者: たつみ
第1章 弱者なあなたは、私の下僕
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下僕の役目

 これほどの飴と鞭があるだろうか。

 殺されたはずの数万の兵が生き還ったのだ。

 

 殺すのも一瞬だが、蘇らせるのも一瞬。

 

 後悔がなくはない。

 自分が引き連れて城内に入らせたがゆえに千人の命は失われてしまった。

 その命は諦めざるを得ないのだ。

 

 1人で来ていればと思っても、それは結果に過ぎない。

 ヴィエラキ大公が「慈悲」を禁止したことによるもので、異なる裁定が下されていれば、結果も違っていた。

 主城門を壊したのが「きっかけ」なら、1人で乗り込んでいれば皆殺しにされていたはずだ。

 

「んじゃ、オレはオレの仕事をするぜ」

 

 ロキという名の下僕らしき男。

 まだ若そうだった。

 少なくとも自分よりは年下だろう。

 

 緑色のふわふわとした髪をしている。

 緑だの青だの紫だのといった髪色は、めずらしいものではない。

 だが、ロキの若葉のような色は見たことがなかった。

 

「……な……っ……」

 

 ざわざわっと、突如、現れた者たちに「カリス」は動揺する。

 まだカリスティアンを捨て切れていないのだ。

 ファルセラスのやり(よう)に馴染めてもいない。

 

「こんな子供に……っ……」

 

 血肉で汚れた石壁の床に、数十人の幼い子供が這いつくばっている。

 手に道具を持ち、一心に掃除をしていた。

 まだ5,6歳ほどの男女の子供だ。

 

「子供? ああ、このチビどものことか」

「年端もいかない子供に、こんな凄惨な場の掃除をさせるなど……っ……」

 

 ロキが首をかしげ、それから吹き出した。

 大きく口を開いて笑っている。

 怒りに体が震えた。

 しかし、動けば城外の兵の命にかかわる。

 自分はリザレダ国王カリスティアンではなく、リーシアの下僕のカリスなのだ。

 

「あのさぁ、こいつらはオレの眷属。掃除屋の能力で作ってるスイーパーだ」

「スイーパー……? 掃除屋……」

 

 そんな職業は聞いたことがない。

 さっきヘラという女が言っていた「片付け」も職業と関係しているようだ。

 ヴィエラキには未知の職業が多数存在するのかもしれない。

 

「こういう細かい作業になる場所はチビどものほうがいいんだよ。高いトコなら、背高のっぽ。大ホールの床なら手の大きな大男や大女ってな具合さ」

「人ではない、ということか……」

「数は少ないが、死霊使いや召喚士という職業は知っているね?」

「それは聞いたことがある」

「似たような能力だが、彼らのように既存種を呼び出すのではなく、ロキやヘラは自分で作っている」

「思うように動かせて効率的なのよ。既存種は自分勝手に行動したりするから」

 

 目の前で、せっせと掃除をしているのは人間の子供にしか見えなかった。

 だが、3人の口調に嘘は感じられずにいる。

 まるで知らない能力ではあるものの、実在すると信じるほかない。

 

 リーシアの力を見たばかりでもある。

 彼女の下僕達に特別な力があってもおかしくはなかった。

 ようやく、さっきのモルデカイの言葉を理解する。

 

(俺には、こんな能力はない……できることと言えば迷惑をかけず……楽しませることくらい、か……)

 

 そう言われてもしかたがない。

 普通の「お姫様」なら護衛も必要だろうが、リーシアは普通ではなかった。

 守る必要など、どこにもないのだ。

 

 身の回りのことは、ヘラやロキがする。

 きっと完璧に「片付け」や「掃除」をするに違いない。

 モルデカイの立場はよくわからないが、リーシアが最も信頼している下僕だ。

 すべてを任せている感がある。

 

(……俺にできることなど……なにもないではないか……)

 

 迷惑をかけないと言っても、なにをどうすれば迷惑をかけないことになるのか。

 それすらわからない。

 リーシアの楽しめることなど、もっとわからなかった。

 モルデカイが「欲を言えば」と前置きしたのも、そのためだろう。

 

「シア様」

「どうしたの、ヘラ?」

「私、我慢がなりません」

「カリスのことね? 私も、そう思ってはいたのよ?」

「では、よろしいでしょうか」

「あなたのしたいようにしてちょうだい」

 

 子供達、ではなく「スイーパー」が掃除しているのを横にして、ヘラがカリスに近づいて来る。

 カリスより小柄で背も低かった。

 見上げてくる瞳は、リーシアと同じ暗い赤。

 

「行くわよ」

 

 どこに?と訊く間もない。

 気づけば、城内と(おぼ)しき場所にいた。

 銀の把手(とって)のついた白いドアを開く。

 

「通常、城内の物はロキが磨き上げるのだけれど、あなたは曲りなりにもシア様の下僕。私たちが手をかけるのは不敬にあたるの」

 

 真っ白な大理石の床と、その真ん中をくり抜いて作られた湯船。

 白い湯気が辺りに漂っている。

 1人で使うには広過ぎるほどの大きさだ。

 リザレダは裕福な土地柄ではあったが、それでも水は稀少だった。

 節約するのが当然で、こんなふうに垂れ流したりするのは贅沢に過ぎる。

 

「奥にあるドアの向こうは衣装室にしておくわね。本当は私が見繕いたいところだけれど……シア様に不敬はできないから、あなたの意思を尊重するわ。わからないことや手伝いが必要なら室内にあるハンドベルを使って、私の眷属を呼んで」

「……わかった。体を綺麗にしろということだな」

「そうよ。その汚れ散らかった身なりには我慢がならないの」

「身綺麗にしたあとは……」

「それは、私の仕事の範疇ではないわね。あなたが考えなさい」

 

 言うなり、ヘラが姿をパッと消す。

 本当に「我慢ならない」らしかった。

 確かに、と思う。

 カリスの鎧には血肉がこびりついていた。

 髪も顔も固まった血に塗れている。

 

 のろのろと鎧を外した。

 それが音を立てて足元に落ちる。

 身に着けていたものを脱ぎ捨ててから、改めて思った。

 

 自分はリーシアの下僕、カリス。

 

 姓も持たず、国もない。

 もう国王ではないのだ。

 誰もいない浴室で、湯船に浸かる。

 外にいる兵たちを想った。

 

(あとで……どうしているのか訊けるだろうか……)

 

 自分の立場が、カリスにはわからずにいる。

 モルデカイには、下僕同士は対等に話すものだと言われた。

 だが、それは会話においてであり、立場的なものとは異なる。

 下僕同士であれ、上下関係があるのなら、自分は従う立場だ。

 ならば、好きに質問が許されるとは限らない。

 

(我が国は……リザレダはどうなったのか……クヌート……)

 

 少なくともクヌートが吊るされたのは確かだった。

 リーシアから聞かされている。

 もとよりクヌートがヴィジェーロに膝を屈しなければ、リザレダが巻き込まれることはなかった。

 だが、クヌートを恨む気にはなれずにいる。

 

 即位したばかりの同盟国の王。

 幼馴染みとして親しかったクヌートは死んだ。

 

 死を持って罪を償ったと言える。

 実際、それはヴィエラキ大公の「慈悲」だったかもしれない。

 自らの首ひとつでおさまるのなら、自分とてそうしたかった。

 けれど、その「慈悲」は与えられなかったのだ。

 

 体の汚れを落とし、カリスは浴室を出る。

 ヘラに言われたドアを開き、衣装室に入った。

 様々な衣装が並べられている。

 リザレダにはない高級品と思われるようなものばかりだ。

 

「俺にあるのは、この身ひとつ……」

 

 署名をする前に、リーシアから言われた言葉を、ふと思い出す。

 

 『裸で這って歩けと言われても、床に置いた皿で手を使わずに食事しろと言われても、あなたは従わなければならないの。花切鋏で指を切れだとか、右手で左目を抉れだとか。私の一時の気紛れにさえもね』

 

 彼女は下僕に従順さを望んでいるのだろう。

 同時に、元敵国の国王に屈辱を味合わせたいに違いない。

 カリスは額を押さえ、ハッと自嘲した笑いをもらす。

 

「そういうことか……彼女を楽しませるとは……」

 

 であれば、選ぶべき衣装はひとつだ。

 それを手にして身に纏う。

 

 自分は下僕としても最下層。

 どんなに屈辱的であろうと、汚辱感に苛まれようと耐えなければならない。

 兵の命、国の存亡がかかっている。

 それでも背筋に悪寒が走った。

 

 リーシアは外見の美しさからは想像もできないほど冷酷だ。

 その残忍さは比類がない。

 無垢な笑顔で平然と多くの命を踏みにじった。

 元国王の心を折ることに、なんら躊躇(ためら)いはないのだろう。

 

 むしろ、それこそが「彼女を楽しませる」ことに違いない。

 

 (おぞ)ましい気分を振りはらうために、首を横に振る。

 下僕のカリスとして、できることをするだけだ。

 名を失い、国を失った自分には、リーシアに(すが)るしか手立てがないのだから。

 

 ヘラに言われていたハンドベルを探す。

 衣装室の隅に置かれたチェストの上にあった。

 金色のベルと銀の持ち手がついている。

 握って、軽く振った。

 

 ヘラの「眷属」だと、すぐにわかる。

 ヘラと同似た外見の、だが、瞳の色は琥珀で、真っ白な髪の女性が立っていた。

 服装はヘラとまったく同じだ。

 

「ご用をお申し付けくださいませ、カリス様」

「……シア様のところに案内を」

「かしこまりました」

 

 女が深々と頭を下げる。

 と、同時に景色が変わった。


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