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OVER KILLってる?  作者: たつみ
第3章 不肖なあなたは、私の下僕
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不肖な下僕

 モルデカイたちにない素質が自分にはある。

 どういうものかはわからないが、リーシアが言うのだから、本当なのだろう。

 

(事実、ここにモルデカイたちは来ていない。いるのは俺だけだ)

 

 カリスは、制約なしとはいえリーシアに従属する立場にいる。

 と思っている。

 

 にもかかわらず、従属者の意識を操る「ローレライ」とやらに、自分が操られることはないのだ。

 ならば、なにかしらの「素質」があるに違いない。

 

「ローレライとは実体がない魔物のような存在ではないですか? クレイジーバタフライが通用しないのは、そのせいかと推察したのですが」

「まあ、カリス。察しがいいのね。あなたの言う通り、ローレライは、肉体を持たない魔物なの。物理攻撃は効かないし、魔法攻撃もほとんど効果なし。索敵すれば引っ掛かるけれど、目に見える相手ではないわ」

 

 リーシアは慌てる様子もなく、淡々と説明していた。

 攻撃や治癒の高い能力のほか、索敵に対しても優れた力を持っているようだ。

 きっと目に見えなくても、彼女はローレライの位置を把握している。

 リーシアに魔法をかけられていたが、それでもカリスの目にローレライは映っていない。

 

「……なんだ……?」

 

 カリスは眉を寄せ、周囲を見回す。

 なにか気持ちの悪いものを感じた。

 耳の中に水が入り、抜けない時の不快さに似ている。

 

「歌い始めたわね」

「歌……?」

「さっき話した、味方を敵と誤認させる能力を使っているってことよ」

「モルデカイたちは大丈夫なのですか?」

「ほかの下僕たちと一緒に城内にいるから平気でしょう。精神干渉能力なんてファルセラスの城には通じないもの」

 

 が、城からは出られない、ということだ。

 おそらく、それぞれの眷属にも同様に影響が出るのだろう。

 つまり、本当にカリス以外、ここには誰も来られない。

 カリスの心が、ほんの少し揺れた。

 

 無能と言われ、実際に無能だと自覚して以来、初めて感じる優越感。

 

 役に立つかどうかはともかく、今、リーシアの横に立てるのは自分だけなのだ。

 彼女がカリスの力など必要としないとわかっていてすら、気分が高揚する。

 鼓動が少しずつ速まっていた。

 だが、カリスは気づかずにいる。

 

 リーシアの姿に、ただ見惚(みと)れていた。

 

 長い銀色の髪が海風に流れている。

 赤い瞳には、真っ赤な夕陽が映っていた。

 凛とした表情で立つ彼女を、美しい、と思う。

 

「嫌な音……でも、生け捕りにして飼い主を知りたいわ……」

 

 ほんの少し眉を寄せ、リーシアが顔をしかめていた。

 そのしかめ面さえ綺麗だと感じる。

 

「なにか変なのよね……なにかしら……」

「シア様は……」

「ええ、今、ステータスを見ているの。とりあえず鳥かごに閉じ込めて、逃げられないようにはしているし」

 

 リーシアの説明が耳を素通りしていた。

 そもそも「ステータス」がなにかも、カリスは知らない。

 だが、それを聞き返す気にもなれずにいる。

 リーシアが話すたびに動く唇へと視線は釘付けだ。

 

(彼女は、これほどに美しかったのか……なぜ俺は、恐ろしい化け物などと思っていたのだ……彼女は俺の命を救い、気遣いの言葉をくれて……)

 

 瀕死の自分を、その膝に抱いてくれた。

 ドレスが汚れるのも(いと)わずに、優しいまなざしを向けてくれた光景が蘇る。

 

「ステータスに飼い主の名が出ないなんて、ペットは情報が少ないのね。レベル5だから、お父様の九尾(きゅうび)や、兄様たちの猫又や(ぬえ)と似たような類のはず……なのに、長時間、外で動き回れるって、どういうこと?」

 

 リーシアが独り言のようにつぶやいている。

 その言葉に、カリスも無意識に反応していた。

 

「ペット……」

「ペットは下僕とは違うの。ペットボックスから外に出すと、戦闘中でも餌をあげないと死んでしまうのよ? 24時間持続する、自動餌やり機っていうアイテムはあるけれど……お父様だって使うのを躊躇(ためら)うほど高価なアイテムを誰が使える?」

 

 カリスに返事をしているつもりが、あるのかないのか。

 リーシアは、カリスの知らない単語を次々に出してくる。

 しかし、カリスも、そうしたことを気にしていない。

 

「シア様は、ペットを……」

「そうなのよね。ペットって、始終、世話をしたり、可愛がったりしなくちゃならないから、私は飼っていないの。それで、あまり詳しくないわけだけど」

 

 リーシアに、始終、世話を焼いてもらい、可愛がってもらえたら、どれほど幸せだろうか、と思った。

 カリスの頭に幻想が浮かぶ。

 リーシアの膝に頭を乗せ、彼女に撫でられている自分の姿だ。

 

(今までも、彼女は、俺の頭を撫でてくれていた……もっと喜んでおけば良かっただろうか……そうすればもっと……)

 

 ふらふらっと、カリスはリーシアに近づく。

 リーシアは、まったく警戒していない。

 その背後に忍び寄った。

 

 そして。

 

「なに? どうしたの、カリス?」

 

 カリスは、リーシアを後ろから抱きしめている。

 両腕をしっかりと腰に回していた。

 そして、彼女の肩に頬をくっつける。

 

「シア様……俺は……」

「カリス、あなた……」

 

 ちく。

 ちくちくちくちく。

 

 なにかが体に小さな痛みを与えていた。

 だが、リーシアをかき抱く腕の力を弱める気にはなれずにいる。

 最早、なにがどうでも良かった。

 リーシアと、ずっとこうしていたい。

 

「前にも言ったと思うけれど、あなた、一応、大人なのだし、そんなに怖がることないじゃない。レベル5と言っても、ペットなのよ?」

「嫌です……離れたくありません……」

「まったく……しようがないわねぇ……あなたが、そんなに怖がりだなんて思っていなかったわ。知っていたら、先に帰しておいたのに」

「そんなことを言わないでくれ。俺は、きみの(そば)にいたいのだ」

「あなたこそ、駄々っ子みたいなことなこと言わないでちょうだい」

 

 いっそう、リーシアの体をぎゅっとした。

 その瞬間。

 

 びしっ!

 

 体に激痛が走る。

 それでも、まだリーシアを放さずにいた。

 

 が、しかし。

 

 意識の端で「おかしい」と感じる。

 確かに、リーシアへの認識に変化は生じ始めていた。

 だとしても、これほど「劇的」なものではない。

 彼女の言動には、理解不能な部分も多々ある。

 勘違いしている可能性があると、自ら言い聞かせていたほどだ。

 

「シ、シア様……これは、俺の意思では……っ……」

 

 ようやく体を離そうという気になった。

 が、しかし、体がいうことをきかない。

 なんとしてもリーシアを放そうとしないのだ。

 

「いいのよ、カリス。そりゃあ大人としてどうかとは思うわ。でもね、誰にだって苦手なことってあるもの。あなたが死霊じみたものが怖いからって……ちょっぴり呆れる程度の話よ」

「い、いえ、そうではなく……本当に、俺の意思では……!」

「わかるわ、こういう時って虚勢を張りたくなるものよね。恥ずかしいのでしょう? ラタレリークの件もあるし、その上、これだもの」

 

 リーシアの言う意味とはまったく違うが、恥ずかしくてたまらない。

 早く誤解を正したかった。

 

 カリスは実際に死霊を見たことはないが、恐れたりしないと断言できる。

 死霊使いという職業能力があるくらいなのだ。

 対処方法がないとは思えなかった。

 それを探せばいいだけの話で、存在自体を恐れる必要はない。

 

 死霊を恐れ、主人にしがみついていると思われるほうが、よほど「危機的」だ。

 

 下僕になった身ではあれど、人として大人として、男としての尊厳まで捨ててはいない。

 リーシアが平然としているので、なおさら恥ずかしいのだ。

 彼女を放そうとしない我と我が身に腹が立つ。

 

「魔法でもなんでもかまいませんから、俺を弾き飛ばしてください!」

「まぁ、嫌ね。そんなことをしたら、あなたを殺しちゃうわ」

「かまいません! このような無様を(さら)すなら……っ……」

 

 カリスは本気だ。

 本気で「死んだほうがマシ」と思っている。

 フィデルたちはモルデカイにあずけてあるし、クヌートの仇も討った。

 国のことは心配だが、民は大公が良い采配をしてくれるはずだ。

 

 後顧の憂いはない。

 

 思うカリスのほうへと、肩越しにリーシアがチラッと振り返る。

 カリスは、いよいよリーシアの体を強く抱きしめてしまう。

 頭もぐらぐらして、おかしな妄想に憑りつかれかけていた。

 

(最期に……彼女と口づけを……いや、違う! 愛の告白を……そうではない!)

 

 自分で自分が制御不能だ。

 明らかに、別の意思が働いている。

 

「絶対に嫌よ。私はモルデカイと違って、加減が得意ではないの。心配しなくても大丈夫。誰にも内緒にしておいてあげるから」

「ち、ちが……」

「早く片付けたほうがいいみたいね。あなた、とても顔色が悪いわ。ローレライは死霊とは違う魔物だし、怖がることないのに」

 

 リーシアが話している間にも、カリスは体を引き剥がそうと必死だった。

 こうも堂々と勘違いを繰り返されては、顔色も悪くなる。

 それさえ誤解されているのだから、成すすべがない。

 あげく、説明をしたくても、口を開くと、別の言葉が転がり出そうなのだ。

 口づけたいだとか、愛しているだとか。

 

 婚姻してくれ、だとか。

 

 そんなことは考えていない。

 だが、はっきりとは言い切れない。

 自分の意思とそうでないものとの判別ができなくなっていた。

 ともすれば、本当は「そっち」が本音なのかもしれないと思えてくる。

 

「殺し、殺してください……っ……!!」

「ええ、そうね」

 

 ぶわっと、風が噴き上がった。

 目線の先に大きな黒い渦が広がっている。

 ラタレリークの帆船がいた辺りを覆っていた。

 

 しゅうん……。

 

 楕円をしていた黒い渦が空間に吸い込まれるようにして消える。

 その途端。

 

 ばったーんっ!!

 

 カリスはひっくり返って倒れ、地面にしたたか背中をぶつけた。

 痛みに、小さく呻く。

 

「カリス! 大丈夫?!」

 

 リーシアがびっくりしたように駆け寄って来た。

 しゃがみこまれる前に、無理やり体を起こす。

 

「へ、平気です、シア様……」

「本当に大丈夫なの?」

「本当に大丈夫です……それより、ローレライは……?」

「だから、たいしたことないって言ったでしょう? 能力が厄介なだけで強いってわけじゃなかったのよ? レベル3で十分だったわ」

「あの黒い渦を出す能力ですか?」

「ダーククラフトマン。闇を作って、そこに放り込んだの。日頃は、使いどころがないけれど、ローレライみたいな相手には都合がいいのよね」

 

 リーシアの意識が「怖がり」から離れたのを感じて、ホッとした。

 彼女は興味のないことは、すぐに忘れる性格をしている。

 きっと明日になれば「カリスは怖がり」だなんて記憶はなくなっているはずだ。

 が、ここで蒸し返すのは得策ではないので、今の話題をあえて引っ張る。

 

「日頃は使いどころがないというのは、どういうことですか? あれならば遺体も残りませんし、粉も落ちませんし、殲滅向きに思えますが」

 

 リーシアが、ふう…と溜め息をついた。

 きっと「面倒くさい」と思われている。

 だが、そういうそぶりを見せつつも、説明を続けた。

 

「駄目なの。ダーククラフトマンなんて名の割に、そこにこだわりがあるのかなんなのか……ともかく、影のない相手にしか使えないのよ。実体がない相手向きの職ということね。だって、実体があるのに影がない者なんていないでしょう?」

「俺もシア様の職業能力について学んでおくべきですね」

 

 リーシアが肩をすくめる。

 どちらでもいいと思っているのだろう。

 思い返すと、カリスも含めてだが、彼女は下僕に「あれをしろ」「これをしろ」と言うことがない。

 

 『我々は訊かずとも、シア様の望まれることをし、嫌がられることはせずにすむよう自主的に動くことにしているの。でも、あなたには無理なのよ。シア様を知りもしないのに、お役に立てると思う? あまり、おこがましいことは言わないほうがいいわ』

 

 以前、ヘラに言われた言葉だ。

 

(俺はシア様のことを知らずにいる。知ろうともせずにいた。彼女は強く、俺の力など必要としていないと思っていたからだ)

 

 『シア様は、オレたちを使う気なんかねーんだよ』

 

 ロキの言葉も頭をよぎる。

 少しだけ、その意味を理解した。

 

(彼女が、俺たちに命令することはない。だが……それでも、彼女は俺たちを守るのを当然としている……俺が裏切るなど有り得ない、か……)

 

 リーシアは強く、相手が人だろうが魔物だろうが、簡単に「処理」してしまう。

 そこだけを見れば、下僕なんて必要なさそうに思える。

 けれど、リーシアがモルデカイたちを「必要」としているのは確かなのだ。

 

 彼女はとても面倒くさがりなので。

 

「不肖ながら、誠心誠意努力する所存です」

 

 リーシアのことを知っていけば、いずれはモルデカイたちのように「自主的」に動けるようになれるはずだ。

 カリスは「努力」することには自信がある。

 

「ですから……」

 

 リーシアのことを知りたい、と言おうとしたが、言えなかった。

 ぎしっと肩を掴まれていたからだ。

 驚いて振り向く。

 

「久しぶりにクレイジーバタフライが使えて、楽しかったわ、モルデカイ」

「それは、よろしゅうございました、シア様」

「ヘラとロキは、まだ片付け中?」

「よろしければ、お声掛けいただけると2人も喜ぶでしょう」

「そうね、そうするわ。あとはお願いね、モルデカイ」

「かしこまりました」

 

 肩を掴まれたまま、カリスは固まっていた。

 2人の会話に口を挟むこともできず、心拍数を上げている。

 カリスは察しがいいのだ。

 固まっているカリスを放って、リーシアがパッと姿を消した。

 

「きみにかけておいた魔法がある」

 

 カリスにも思い当たる節がある。

 

「きみに、ある種の注意喚起をするためのものだ。その魔法が、3段階目まで発動したのは、なぜかな?」

 

 あの「ちく」や「ちくちくちくちく」や「びしっ」が、それだろう。

 最後の「びしっ」で、ようやくカリスは我に返ったのだ。

 それでもリーシアを放さなかったのだけれども。

 

「ちなみに……その魔法は3段階で終わりか?」

「いいや、5段階で作用する。4段階目は、私がシア様の寝室できみにしたことと同程度の衝撃を受ける」

 

 ということは、襟首をひっつかまれて壁に叩きつけられるのと同義。

 そのさらに上があることに、心臓がキリキリする。

 

「……5段階目は……あなたが直接、現れる……」

「やはり、きみは察しがいいな。ところで、私の質問に答えていないようだが」

 

 モルデカイが赤い瞳を、すうっと細めていた。

 殺されはしないだろうが「殺されそう」にはなるかもしれない。

 

「ロ、ローレライに惑わされたのだ!」

「おや、そうだったのかい? 私はまた、きみがおかしな勘違いをしているのだとばかり思っていたよ。魅了にかかっていたのなら、しかたないな」

「しかたないのか?」

「しかたがないね。私たちでさえ、あれの最上位能力の誤認は防げない。むしろ、魅了程度ですんで良かったじゃないか。幻惑にかかっていたら、魔獣と見間違えてシア様を攻撃していた可能性が……しかし、なぜ上位の幻惑でなく、下位の魅力に掛かったのか……」

 

 カリスは察しがよかった。

 あの時、自分の心に隙があったことや、その「方向性」から察している。

 

(俺の中にわずか……そう! わずかに!だが、不埒な考えが……)

 

 それを不埒とするかはともかく、カリスはリーシアに「ときめいて」いた。

 だから、彼女を「敵」として認識することはできず、結果として魅了に掛かってしまったらしい。

 

「まぁ、いいさ。きみには、なにか特別な素質があるのだろう」

 

 リーシアにも言われたが、それとこれとは話が別だ。

 モルデカイの誤解は正しておきたかったが、正すことはできなかった。

 

 絶対に、こんこんと説教をされる。

 

 リーシアにときめいたことで説教をされるなど、絶対にごめんだ。

 なので、黙っておいた。

 

「それにしても、外に出るなら出ると言っておけばいいものを。眷属の管理を私に押しつけてまですることかい? それについては、あとでじっくり話をしよう」

 

 背筋に冷や汗。

 カリスはつくづくと、しみじみと思う。

 

(そうか……やはり俺は慣れてしまったのだな。こんな脅威が傍にいれば、普通の殺気ごとき認識できなくなるのも当然だ……)


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