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OVER KILLってる?  作者: たつみ
第3章 不肖なあなたは、私の下僕
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冷酷なとっておき

 銀色の髪が海風に揺れている。

 カリスは断崖に立ち、隣にいるリーシアの横顔を見つめていた。

 側壁塔の時と同じ雰囲気をまとっている。

 リーシアの瞳に感情は宿っておらず、その視線は、どこまでも冷たい。

 

「外の世界には愚かな者が多過ぎるわ」

 

 無機質な声音からも、リーシアが「殲滅」を躊躇(ためら)わないとわかっていた。

 だが、どういうわけかカリスは以前ほど恐怖を感じずにいる。

 冷や汗もかいていないし、背筋がゾッとすることもなかった。

 自分に向けられたものではないから、というのとも違う。

 

 カリスは、彼女が「化け物」だと誰よりも知っているのだ。

 

 側壁塔で自兵を細切れにされ、その血肉を浴びた。

 東帝国の護衛騎士が一瞬で首を()ねられた場にもいた。

 目の前でラタレリークの兵の命は音もなく消えた。

 

 自らの信じる「正しさ」を前に、見境もなく容赦もしないのが、彼女の恐ろしさだと感じている。

 そこにカリス自身が含まれているかどうかは関係ない。

 今、生きているのを不思議に感じるほど、カリスは、いつ巻き込まれるとも知れない身だ。

 

(相手がラタレリークだからか……? いや、であれば東帝国も同様。対象は関係ないはずだ……恐ろしくないわけではない、が……)

 

 モルデカイたちの感覚とは異なり、彼女が恐ろしくない、とは言えない。

 リーシアの正しさはひとつに集約されていて、あまりにも純粋に過ぎる。

 要は「幅」というものがないのだ。

 そこに半ば強制的に「加減」の幅を持たせているのは「父の小言」だろう。

 

「カリス」

 

 チカっと、カリスの目になにかが光った。

 痛みはなかったが、反射的に(まばた)きをする。

 

「これで、あなたにも見えるでしょう?」

 

 言われて、リーシアの視線の先を追った。

 声をかける口調すらも平坦で、リーシアはカリスを見てもいない。

 

「1隻だけ小型の船がいます。ぼやけているのは魔法が掛かっているからですか?」

「そうよ。サイキッカーでもいるのじゃない?」

「姿や領域を隠す魔法ですね」

 

 カリスの率いていた軍の中にも、かなり少数だがサイキッカーはいた。

 魔法を使う職業能力持ちとしては、ウィザードと同じ上級職だ。

 だが、どちらかと言えば、補助的な存在という扱いだったため、ウィザードより格下に見られていた。

 

 ウィザードが治癒や回復という直接的な援護ができるのに対し、サイキッカーの魔法は探査や透明化といった間接的な支援に(とど)まる。

 そのため、いれば便利だが、いなくてもなんとかなると認識されていたのだ。

 

(フィデルは赤魔法使の能力を持っていたが、対は青魔法使だったな。その上位職がサイキッカー。ということは、ウィザードとサイキッカーを極めれば……モルデカイの言っていた、魔導士とマジックルーラーの能力が手に入るのか)

 

 ヘラは、ソードマスターと対になっているのはアサシンで、アサシンは殺し屋と盗賊の上位職だと話していた。

 レベル2のソードマスターとアサシンを極めると、レベル3の執行官とブラックファントムを身に着けられるとも言っている。

 

 その後、カリスは訊くのが嫌になったのだが、モルデカイはレベル4になるためには「執行官、ブラックファントム、魔導士、マジックルーラー」が必要だというようなことを口にしかけていた。

 

(……おそらくファルセラス以外でレベル3に到達できている者はいない。ならば後でモルデカイからレベル2の職と使える能力を教わっておくか……)

 

 モルデカイに頼るのは癪に障るが、敵襲のことを考えると、知識は多いに越したことはない。

 フィデルに統括させていたこともあり、カリスは魔法にあまり詳しくなかった。

 指示をするだけなら「できる範囲」を押さえておけば良かったからだ。

 

「ラタレリークの城に能力持ちがいなかったのは、このためですね」

「無駄よ」

 

 冷淡な口調で、リーシアがラタレリークの「主戦力」を切って捨てる。

 カリスも同意見ではあった。

 ありったけの能力持ちを引き連れて来ていたとしても、敵うはずがない。

 

「カリス、もっと良く見て」

 

 目を細め、こめかみに少し力を入れる。

 すると、きゅうっと視界が鮮明になった。

 輪郭が明確になると同時に、見ていた1隻の甲板までもがはっきりする。

 

「グレゴール……っ……」

「それがラタレリークの王?」

「そうです……グレゴール・ラタレリーク……ヨルディスタを(そそのか)し、ティタリヒの王、我が友クヌートを死に追いやった男……」

「距離があるから、これを使うといいわ」

 

 スッと差し出されたのは銀色の細い弓だ。

 手に取ると、木でできた弓より軽く感じる。

 さっきもらった剣と同じく光を纏っていた。

 剣は青紫色だったが、こちらはロキの髪のような若葉色だ。

 

「ミスティルテイン……必滅の弓、のほうが短くていいわね。どうなるのかは知らないけれど、ともかく相手の光を奪うのですって」

「透明化の魔法が掛かっていても、ですか?」

「カリス、サイキッカーごときの魔法では、物理攻撃を無効にはできないのよ? トリックスターくらいの能力がなくちゃね」

 

 魔法に関する知識の薄さを痛感する。

 癪に障るなどと言っている場合ではない。

 後で必ずモルデカイに教わろうと思った。

 書斎には魔法関係の文献もあるだろうが、理解できるか不明だ。

 

(トリックスター……また知らない職業だ。ほかにも学ばなければならないことが多い。意地を張るべきではないな)

 

 ふう…と息をつき、弓を構える。

 とたん、勝手に矢が現れていた。

 リーシアの魔法のおかげで、グレゴールの表情までもが間近に見える。

 力をこめなくても、軽々と引けた。

 

「俺に機会を与えてくださり、感謝します」

 

 パッと手を放す。

 魔法が掛かっていなければ目で追うことはできなかったに違いない。

 それほどの速さで矢が飛んでいく。

 グレゴールに向かって一直線。

 

 グレゴールは気づいてもいなかったようだ。

 驚いたような顔をしていた。

 その見開いた目を矢が貫いている。

 

「ああ、光を奪うって、こういう意味だったのね。でも、突き抜けてしまったら、光を失ったなんて本人にはわからないじゃない。ねえ、カリス?」

「……まぁ、そうですね。ですが、目的は果たせました」

「それなら、いいわ」

 

 リーシアは相変わらずだ。

 グレゴールの目を貫いた矢が、そのまま頭を突き抜けても平然としている。

 淡々としていて感情が見えない。

 

「レベル5の職業は4つ」

 

 唐突に、リーシアが言った。

 レベル5の職については、少し前にモルデカイから聞いている。

 どういう能力かまでは知らないものの、4つあるのは知っていた。

 

「確か、以前に俺の兵を生き還らせたのがリザレクターだと言われていましたね」

「そうよ。4つの内、3つは蘇らせたり創ったりする能力なの」

「では、残りのひとつは……」

「消滅させる能力と言えるわ」

 

 リザレダ軍を虐殺したのはレベル4のウィックドリッパー。

 東帝国の護衛騎士の首を刎ねたのがレベル3の執行官。

 そう記憶している。

 

「さきほどラタレリークで使われた力ですか?」

「あれはレベル4の処刑人」

 

 だとすると、さらに上の能力ということになる。

 あえて見てみたいとは思わない。

 だが、恐怖に駆られるという感覚もなかった。

 さっきも感じたのだが、恐ろしいはずなのに、そう認識していないのだ。

 

(……もしかすると……俺は慣れてしまったのか?)

 

 その可能性は大いにある。

 ファルセラスの城内にはレベル3以上の下僕しかいない。

 リーシアの下僕3人は、それ以上のはずだ。

 その主人であるリーシアは、さらに大きな力の持ち主。

 

 カリスは常に尋常ではない脅威に(さら)されながら暮らしている。

 望まずとも、繰り返しリーシアの力を体感させられてもいた。

 そのせいで、脅威に対する認識のレベルが上がっているのだ。

 カリスと同程度は、最早、脅威と見做(みな)していない。

 

(ラタレリークで殺気を感じなかったのも、そのせいか……)

 

 結果、ヨルディスタに易々と腹を刺されてしまった。

 実際、こうして百隻以上の船団を見ていても危機感をいだけずにいる。

 そして、リーシアに「レベル5」を宣言されているのに、平常心が保てていた。

 最初に聞かされた時には身震いを禁じ得なかったことを、今は当たり前のように受け止めているのだ。

 

「クレイジーバタフライ」

 

 レベル5の「消滅」を有する職業能力の名だろう。

 リーシアが左手を握り込む。

 その中に「蝶」をつつんでいるかのような仕草だ。

 彼女が、ふわっと手を開いた。

 

 夕陽に、なにかがキラキラと輝く。

 金が降り注いでいるような景色に、カリスは言葉を失った。

 海面も夕陽に照らされている。

 

「ファルセラスの紋章を覚えているでしょう、カリス?」

「……蝶、でしたね……」

「美しいと思わない?」

 

 カリスは黙ってうなずいた。

 光景だけで言うなら、美しい。

 

「鱗粉がキラキラ舞っていて、夕陽に映えるわ」

 

 リーシアの手におさまる程度の大きさの蝶が船団の周りを飛んでいる。

 徐々に数が増えていた。

 船内の様子はわからないが、甲板にいる兵たちに蝶が群がり始める。

 

「あの鱗粉を吸収すると体が内側から腐っていくの。それを、あの子たちは綺麗に食べ尽くすのよ。あっという間にね」

 

 見た目にどれほど美しくても、リーシアと同じく、その力はどこまでも残酷だった。


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