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OVER KILLってる?  作者: たつみ
第3章 不肖なあなたは、私の下僕
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わちゃわちゃの坑道

 

「ここで、なにをしているの?」

 

 リーシアは冷めきった口調で言う。

 目の前にいるのはカリスの眷属たちだ。

 彼らは、一様にリーシアではなくカリスを見ている。

 

 時折、坑道内は揺れが生じていた。

 外から受けている砲撃の影響だろう。

 だが、リーシアはまったく気にしていない。

 敵はまだ遠く、砲台からの攻撃も「かすった」程度だと判断している。

 

(カリスの眷属だからしかたがないわね)

 

 冷めた心であっても、少し「寛容」な気持ちになった。

 ヘラやロキの眷属は、2人が帰属する彼女を「上位者」とし、無条件に従う。

 問われたことに答え、指示されても迷わない。

 もちろんリーシアが眷属に指示することなんてちょっぴりだ。

 

 たまたま近くにいたという理由で、ドレスの背についているリボンを結び直してもらったりする程度。

 それだって、たいていはモルデカイがしてくれるので、ほとんど必要ない。

 それでもリーシアが言えば、眷属は即座に動く。

 カリスの眷属たちのように、ぼうっとしていたりはしないのだ。

 

「フィデル、シア様が聞いたことに答えろ」

「は、はい! モルデカイ様より、外からの侵入者に備えて、坑道の退避扉を封鎖するようにと指示を受けました!」

「モルデカイが……?」

「はい! 手段は問わないとのことでしたので、坑内の石や岩を積み上げているところです! ネリッセが奥から岩を……」

 

 言いかけて、フィデルが周囲を見回す。

 リーシアはフィデル以外のモブのことなど知らない。

 ここにいようが消えていようが、どうでも良かった。

 もとよりヘラやロキの眷属にも名などなく、男女の別はあれど見た目は同じ。

 リーシアは「個」として認識してはいないのだ。

 

「探して来い! 奥で崩落が起きていれば巻き込まれている可能性がある!」

「おい、行くぞ!」

 

 フィデルは名付きであり、父のお気に入りの者の息子なので、記憶はしている。

 そのフィデルが数人の眷属を引き連れ、坑道の奥に走って行った。

 リーシアは、その姿を見つつ、城のほうへと意識を向ける。

 鉱山はヴィエラキ全体からすると、城の真反対にある場所だ。

 

(そっちはどうなの、モルデカイ?)

(お帰りなさいませ、シア様。たいしたことはございませんね)

(2万程度では、あなたたちの遊び相手にもならないんじゃない?)

(仰る通りにございます。シア様は、これからそちらで?)

(ええ。少し厄介な相手がいるもの)

(シア様にとっては厄介ではないと存じます)

 

 モルデカイの言葉に、リーシアは小さく笑う。

 魔法を使い、坑道に移動したのは、カリスの「好奇心」とは異なるのだ。

 ラタレリークの船が、もう少し近づくまで姿を(さら)したくなかったに過ぎない。

 リザレダの時にも思っていたことだが、警戒され過ぎると無駄に時間が長引く。

 厄介な相手を確実に始末する必要もあった。

 

(まあ、そうね。日頃は使えずにいたから、ちょっと楽しみだわ)

(どうぞ、ご存分にお楽しみくださいませ。こちらも楽しませていただきます)

(あんなものを連れて来たのだし、加減をしなくても、やり過ぎということはないわよね)

(1人でも生かすようなことがあれば、ファルセラスの名に傷がつきましょう)

(その通りよ、モルデカイ)

 

 ファルセラスはヴィエラキの民を守るために存在している。

 前回とは違い、今回は手加減をする必要を感じなかった。

 父も「やり過ぎ」とは言わないはずだ。

 それがわかっている。

 

「ネリッセっ!」

 

 カリスの声に、リーシアはモルデカイとの通信を切り上げる。

 振り向いた先で、眷属に抱えられた眷属が見えた。

 ぐったりとしていて死んでいるのは明白だ。

 だが、3万の「モブ」の内の1人が死んでも、リーシアはなんとも思わない。

 

「崩落に巻き込まれたのではなさそうよ?」

 

 さっきカリスがそのようなことを言っていたが、違うと思う。

 岩に押し潰されたにしては、死体が「綺麗」過ぎるのだ。

 それはカリスも気づいているらしい。

 

「誰かに……後頭部を殴られたようです……」

「みたいね」

「誰がこのような……」

 

 カリスはひどく顔をしかめている。

 さりとて、リーシアは「モブ」には興味がなかった。

 だから、カリスが「モブ」の死を悼むとともに誰が殺したのかで悩んでいるとは気づかない。

 

(別にたかがモブ1人死んだからって、誰もカリスを責めたりしないのに)

 

 カリスの表情は暗く険しく、なにやら思い悩ましげだ。

 眷属管理が上手く行かなかったと悔やんでいるのかもしれない、と思う。

 カリスは繊細で、些細なことでも気に病む性格なので。

 

(せっかくラタレリークで気分良く剣を振るわせたのが無駄になってしまうわ)

 

 モルデカイが眷属を持ちたがらない気持ちがよくわかった。

 カリスの眷属は「自作」ではないので、なおさらだ。

 カールの店でもそうだったが、仕えるべき主の足を引っ張ってばかりいる。

 

 それでも自分の下僕であるカリスを放置はできない。

 と、同時に、カリスの眷属を民たちが多少は必要としているのを思い出した。

 

 サッと手を振り、蘇生する。

 職業を切り替えることや魔法を使うことは、リーシアにとって、さほど手間ではないのだ。

 メンタルケアのほうが、よほど面倒と言える。

 

「ネリッセ!」

「カ、カリス様……俺……」

 

 パッと、カリスがリーシアのほうを振り返った。

 モブの死ごときでと肩をすくめたくなったが、我慢して、にっこりしてみせる。

 カリスの機嫌を取るというより、リーシアの手を煩わせたことで落ち込まれたら面倒だと思ったのだ。

 落ち込んでいるカリスは、本当に手間がかかるので。

 

「ありがとうございます、シア様!」

「いいのよ、カリス。あなたにとっては大事なことだったのでしょう?」

 

 眷属の管理不足を嘆かれるくらいなら、生き還らせたほうが気楽。

 カリスの精神が安定すると思えば安いものだった。

 モブの眷属1人いてもいなくても、どっちでもいい。

 けれど、カリスが「いる」と思っているらしかったので、必要なのだろうと判断しただけだ。

 

「良かったなあ、ネリッセ!!」

 

 フィデルも、ほかの眷属たちも喜んでいる。

 リーシアが蘇生した男に抱きつき、涙している者もいた。

 もちろん、彼女はこれといった感慨もない。

 

(これで管理不足は“なかった”ことにできたわ。カリスとは違って、ギルド員ではないから、お父様たちにも死んだって知られることはないし)

 

 カリスも落ち込まずにいられるだろう。

 リーシアは、カリスが眷属の死を嘆き、蘇生に喜んでいるとは思っていない。

 あくまでも「責任」の問題として捉えている。

 

「この……っ……お前だろう、俺を殺ったのはっ!!」

「ネリッセ!!」

「僕は知らない!! 言いがかりをつけるのはやめろ! その汚い手を放せっ! 平民風情が東帝国の皇子に手をかけるなど許されないぞ!」

 

 眷属同士での争いにも、興味はなかった。

 じわじわと近づいてくるラタレリークの船を認識しつつ、呆れている。

 どちらに対しても、だ。

 

(もっと速い船はなかったのかしら。もう少し領域内に入るまで待たなくちゃならないわ。カリスの時にも思ったけれど、どうしてあんなに時間がかかるの。それにしてもうるさいわね。誰に殺されたかなんてどうだっていいじゃない)

 

 殺されたとしても、生き還った時点で「死」は覆された。

 命があるという点では同じだと、リーシアは思う。

 

「お前以外に誰がいるっ?!」

「違うと言っているだろう! 僕はずっとフィデルと一緒にいた!」

「そうなのか、フィデル?」

「……はい、カリス様」

 

 フィデルが、なにかとても残念そうにうなずいていた。

 そこで初めて気づく。

 騒いでいた眷属の内の1人は、あの「青髪」ではないか。

 途端、リーシアもひどく残念な気持ちになった。

 

(カリスの眷属を殺したのなら、あの青髪を殺す口実になったのに)

 

 もちろんリーシアが「青髪」を殺すのは簡単だ。

 とはいえ、今はカリスの眷属だし、カリス自身が自らの手で報復したがっているとも知っている。

 リーシアが勝手に殺してしまっては、ストレスが溜まるに違いない。

 

 青髪への鬱憤晴らしは、カリスのメンタルケアのひとつなのだ。

 

 それでも口実があればカリスも納得したとは思うので、やはり残念に感じる。

 初めて見た時から、リーシアは「青髪」をいけ好かないと思っていた。

 視界にいるだけで不快になる。

 

「……犯人捜しはあとだ。皆、状況はわかっているな。退避扉の封鎖を先にしろ。ラタレリークの船が迫っている」

 

 カリスに言われ、ハッとした表情を眷属たちが浮かべた。

 そして、リーシアに深々と頭を下げたあと、散って行く。

 リーシアの問いには答えない眷属でも、やはりカリスの言うことは聞くらしい。

 

「ようやく最後尾まで領域内におさまったわ」

「かなり近づいているのですか?」

 

 指揮を執っているフィデルの側を離れ、カリスがリーシアの前に立った。

 眉をひそめ、また不愛想な顔をしている。

 

(でも、さっきはちょっと笑ったわよね……そうだわ!)

 

 リーシアの頭に「いいこと」が思い浮かぶ。

 彼女も少しばかり楽しい気分になっていたせいだ。

 きっとカリスも喜ぶに違いないと考える。

 

 そもそもリーシアはファルセラスとしての生きかたしか知らない。

 

 下僕としてのカリスが「こう思っているのではないか」と推測することはあるにしても、本来、それは真逆の思考だった。

 モルデカイたちのように、下僕の側が彼女の「こう思っているのではないか」を推測して動くのが正しい。

 

 それに慣れていて、自分の推測に「とぼけたところがある」と気づかずにいる。

 

「行くわよ、カリス」

「え…………?」

 

 一瞬で岸壁に出た。

 目の前には広い海が広がっている。

 そして、帆をなびかせて進んでくる船団も見えた。

 

「帰還したって誰もいやしないのに、彼ら、何を期待してここにいるのかしらね」

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