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OVER KILLってる?  作者: たつみ
第3章 不肖なあなたは、私の下僕
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言わなくていいこと

 カリスは、リーシアのドレスについた自らの血を気にしていたようだ。

 だが、気にすることはない。

 カリスの血は側壁塔で回収ずみ。

 モルデカイに頭を踏みつけられた時に流した血だ。

 

(モルデカイは、あれをサルースに渡したって言っていたわ。サルースは、きっと専用の洗剤を作っているはずよ)

 

 なので、問題はない。

 専用の洗剤があれば、洗濯屋のサルースなら簡単に綺麗にしてくれる。

 対して、モブというのは始末に悪いのだ。

 どうでもいい存在であるにもかかわらず、血肉に種類がある。

 

 鶏や牛が、その総称でひと括りにされていようと、それぞれ個体として違うのと同じく、モブにも個体性があった。

 しかも、モブなので、いちいち血を回収したりはしない。

 そのせいで、洗濯屋のサルースに苦労をかけることになる。

 

(モブのほうが手間になるなんて……本当に不愉快な連中だわ)

 

 カリスを攻撃してくるのも「モブ兵」なので、なおさら不愉快だ。

 骨灰も残らないほど焼き尽くしてしまいたくなる。

 けれど、この戦闘は、カリスの「メンタルケア」のためだった。

 自分が手を出すことで、カリスを落ち込ませては逆効果になる。

 

(寛容と忍耐って、すごく難しいわね。でも、お父様たちは、下僕だけではなくてペットも飼っているのよ? 信じられない……)

 

 ペットは下僕とは違い、世話をする部分が多い。

 食事を与え、体を洗い、散歩にだって連れて行かなければならないのだ。

 しかも、ちょっとしたことで、すぐ死ぬ。

 

(カリスはペットでもないのに、迷子になったり死にかけたりするし……やっぱりペット枠に入れなくて正解だったわ)

 

 下僕だからこそ、まだ「この程度」ですんでいるのだろう。

 少なくとも、カリスは自分で食事をし、風呂にも入る。

 ヒヨコほどにも可愛がる必要だってない。

 

「シア様、俺は……ヨルディスタだけは生かしてはおけません」

「あの踊り子みたいな人ね。兵の真ん中辺りにいるみたい」

 

 たかがモブだ。

 リーシアにとっては、カリス以外、ここにいる誰もが、どうでもいい。

 踊り子も、カリスが殺したいなら殺せばいいと思っている。

 なぜカリスがこだわっているのかはわからないけれども。

 

(前衛の1箇所を斬りはらってしまえば、全員を相手にしなくても踊り子まで辿りつけるし、それならカリス1人でも対処できるはずよ)

 

 モブ兵の数は5千人ほどで、カリスの能力からすると全員を相手にはできない。

 せいぜい半分がいいところだ。

 

「……シア様、俺が裏切るとは思わなかったのですか?」

 

 カリスの背を見つめ、リーシアは、きょとんとする。

 なぜカリスがそんなことを訊くのか、わけがわからなかった。

 もちろん、リーシアだって「裏切り」の意味くらい知っている。

 主に、味方が敵になったり、罠に嵌められたりすることだ。

 

 が、リーシアは自分が「裏切られる」と思った覚えがない。

 

 自分の力の大きさによる自信からではなかった。

 カリスとの誓約によるものでもなかった。

 なにしろリーシアはカリスを正式には「従属」させていないのだし。

 

「なにを言うの、カリス。そんなこと“有り得ない”わ」

 

 この言葉に相手がリーシアとの「信頼関係」を想像する、などと彼女は思ってもいない。

 あたり前のことを、あたり前に言ったに過ぎないのだ。

 

(カリスは私の下僕なのに、どうしたのかしら?)

 

 リーシアの下僕であることは「光栄」だとされている。

 モルデカイもヘラもロキも、そう言う。

 周囲のほかの下僕たちも同様だ。

 カリスだって、そう言っていた。

 

 そして、下僕は、彼女にとって「体の外にある内臓器官」のようなもの。

 リーシアが命令しなくても、彼女が居心地良く、快適に日々を過ごせるように、環境を整えてくれる。

 城内はいつもピカピカ、散らかした「お道具箱」もすぐに片付いていて、毎日、美味しいお茶を好きな時に飲めるのだ。

 

 リーシアがなにを言わなくても、しなくても。

 

(まぁ、カリスはちょっと、なんていうか……胃もたれ気味なところはあるけど、まだ新人だし、こなれていないのはしたがないわよね)

 

 たちまちモルデカイたちのようにいかなくても努力しているのは知っている。

 そんな「内臓」にも等しい下僕が裏切るなんて「有り得ない」のだ。

 自らの存在意義を否定することになるのだから。

 

 掃除屋のロキが、床を泥だらけにすることがあるだろうか。

 片付屋のヘラが、室内をめちゃめちゃにすることがあるだろうか。

 なんでも屋のモルデカイが、なにもせずぼうっとすることがあるだろうか。

 

 絶対に、ない。

 

 その感覚しかないので、カリスの「裏切り」なんて、ついぞ考えもせずにいる。

 カリスの特性がどういうものであったとしても。

 

(もしかして……トラウマになっているのかもしれないわ! 彼は繊細だから)

 

 眷属になるべき7万人。

 だが、彼らはカリスを見捨て、帰還を望んだ。

 ある意味では「裏切り」だと言える。

 そのことで、カリスがいかに傷ついていたか。

 

 トラウマになっていてもおかしくない気がする。

 

「大丈夫よ、カリス。あなたが裏切るだなんて、私、ちっとも思ってやしないし、だから、あなたを……捨てたりもしないわよ」

 

 時々、山に捨てたくなることがあるのは、やはり黙っておいた。

 メンタルケアの最中(さいちゅう)に言うことではない。

 

 不意に、カリスが振り向く。

 それから、小さく、笑った。

 

「ありがとうございます、シア様」

 

 リーシアの心に、ぱあっと光が射す。

 なんとカリスが笑顔を見せたのだ。

 出会って以来、初めてのことだった。

 

 今まで、どんなに言葉を尽くして慰めても、落ち込むばかり。

 頭を撫でて褒めてあげても、嬉しそうな顔ひとつしない。

 

 そんなカリスが、初めて笑ったのだ。

 ようやく自分の「メンタルケア」が報われたとの気持ちで胸がいっぱいになる。

 寛容と忍耐の精神を保ってきた甲斐があったと思えた。

 

(こんなことなら動画眼鏡をかけておくのだったわ)

 

 正式な名は、プロジェクトグラスというアイテムだ。

 リアルタイムで目の前の光景を映し撮り、あとから再生することもできる。

 モルデカイたちにも見せたかったし、父に見せれば褒めてもらえたに違いない。

 下僕管理を上手にやれているという「証拠」にできた。

 

「では、行ってまいります」

 

 が、アイテムを取り出す前に、カリスはモブ兵に向かって駆け出す。

 ああ…と、小さく声を上げた。

 間に合わなかったことに、がっかりする。

 

 戦闘中の姿では、モルデカイたちに見せても驚く要素がない。

 ロキにからかわれたり、ヘラに無駄を指摘されたり、モルデカイに呆れられたりして、カリスが落ち込むことになるのは目に見えていた。

 せっかくのメンタルケアが台無しになる。

 

 視線の先で、予想通り、カリスが1箇所に集中して、兵を斬り倒していた。

 中央に立っていた大柄な鎧の男の隣で「踊り子」が体をすくませている。

 すぐ近くまで迫っているカリスの勢いに、恐れをなしているらしい。

 リーシアは、その姿を冷たい瞳で見つめていた。

 

(名付きが1人もいないなんて、いくらカリスが無能でも馬鹿にし過ぎよね?)

 

 思った矢先、大柄な男が「踊り子」の体を突き飛ばす。

 その体に、カリスの剣先がふれた。

 カリスも不本意だったのだろう。

 すぐに後ろに飛び下がった。

 

 が、カリスは「心臓抉りの剣」を持っている。

 軽く触れただけでも、対象の心臓は破裂するのだ。

 実際「踊り子」は口から血をふいて倒れていた。

 

(殺すつもりだったとしても、人にやらされるのは面白くないわ。あれでは、消化不良になってしまうじゃない。よけいなことをしたわね、あのモブ兵)

 

 あの様子だとカリスの「気がすまない」だろうと、苛々する。

 目的は達成しても、過程だって大事なのだ。

 単に殺せばいい場合と、そうでない場合がある。

 カリスは、もっと冷酷に「踊り子」を殺したかっただろうに。

 

「こんな女のために、馬鹿な奴だ、カリスティアン・リザレダ!」

 

 大柄のモブ兵が怒鳴っていた。

 カリスが目の前にいても、自信満々。

 にやにや笑いが鼻につく。

 周りのモブ兵も似たような笑いかたをしていて気に入らない。

 

「お前は、今後、俺に従属する!」

「なにを……」

(ひざまず)け、カリスティアン・リザレダ!」

 

 がくっと、カリスの膝が崩れた。

 カリス本人も驚いているのが見てとれる。

 苦痛にだろう、顔をしかめていた。

 顔色も悪い。

 

「俺の言うことに従わなければ、苦痛を味わうことになる。わかったか!」

 

 見れば、カリスに腕輪がはめられている。

 あの「踊り子」を突き飛ばし、カリスが剣を引いた隙を狙ったらしい。

 もとより、そのために「踊り子」を犠牲にしたのだ。

 と、それはともかく。

 

(従属の腕輪ね。あんなもの、どこから拾ってきたのかしら?)

 

 リーシアの「お道具箱」にも何個かある。

 もちろん使ったことはないが、使われているのを見たこともない。

 自分以外が持っているのも知らずにいた。

 

 職業能力や魔法はともかく、アイテムはほとんど出回っていない。

 東帝国でも、ちょっとしたアイテムが「宝」として扱われているほどだ。

 リーシアからすれば「何百個も持ってるわ」というようなものでも、貴重な品とされている。

 

 従属の腕輪は、リーシアの持つアイテムの中では数の少ないほうだった。

 モブ兵が手にできるような代物ではないはずなのだ。

 

「大公女、大人しく投降しろ! でなければ、こいつに自決を命じるぞ!」

「俺は……お前になど……従属しない……っ……」

「貴様の意思など関係ない! 剣から手を放せ、カリスティアン・リザレダ!」

「その名は、もう捨てた……俺は、カリス……シア様の……っ……」

 

 カリスの口から血があふれた。

 腕輪をはめられた者は、その命令に逆らったり従属を拒もうとしたりするたび、内臓に損傷を負う。

 大柄な男が膝をついているカリスを見て嗤っていた。

 

 カリスは死ぬほどの苦痛を味わっている。

 なのに、剣を手放そうとはせずにいた。

 むしろ、剣を支えに立とうとさえしている。

 偶然ではあるが、その剣に魔力を吸い取る効果があり、アイテムの力をまだしも弱めているようだ。

 

「たかがモブ兵ごときが、私の物に手を出すつもり?」

「も……なんだと?」

 

 リーシアの銀色の長い髪が風に揺れた。

 暗く赤い瞳に感情はない。

 

「大事な下僕を殺されたくなけりゃ、黙って言う通りにしろ!」

 

 リーシアは、マジックルーラーに職業を切り替える。

 意味はわからないが「ぶっ壊れ職」と言われているらしい。

 初代について書かれた文献の中の一節に、短くそう記されていた。

 レベル3でありながら、非常に「タチの悪い」職業なのだそうだ。

 

 ピンッと音を立てて、カリスにはめられていた腕輪が外れる。

 大柄男が目を見開き、後ずさった。

 相当にびっくりしたらしい。

 

「いいこと? 私は自分の物に手を出されるのは嫌いなの」

 

 マジックルーラーは防御力がゼロになり戦闘中に限るという制約はあるものの、いかなる魔法でもアイテムでも、見境なく、その能力を無効化できる。

 あげくアイテムなら2度と使えなくなるのだ。

 それが「タチが悪い」ところであり、「ぶっ壊れ職」と言われる所以らしい。

 

「とても不愉快だわ」

 

 すぐさま魔導士に切り替えて、カリスを再び回復させる。

 カリスもすぐに剣をかまえた。

 大柄男が、じりじりと後ずさっていく。

 己だけ逃げようとしている姿も気に障った。

 

「お、俺を殺しても無駄だぞ! い、今、ヴィエラキはラタレリーク軍に攻められている! 陥落するのも時間の問題だ!」

「あら、そうなの」

 

 カリスの表情がこわばっている。

 視界にはあったが、瞳には映っていなかった。

 見えていても、見てはいないのだ。

 

 世の中には「言わなくていいこと」というものがある。

 

 男は、たとえ一瞬であろうと、カリスに「従属の腕輪」をはめた。

 正式でなかろうと、リーシアに「従属の誓い」をたてたカリスに、だ。

 それだけでも「罰する」理由と成り得た。

 が、今は違う。

 

「ファルセラスは、ヴィエラキの民を守るために存在している」

 

 小さな声で言った。

 リーシアの中で、ラタレリークは完全に「敵」となったのだ。

 侵略国に容赦など必要ない。

 

 最早、与えるべきは「死」のみ。

 

 見た目にはドレス姿の美しい女性だが、リーシアは職業を変えている。

 目の前にいる者だけが標的ではなかった。

 

「本当に頭が悪いのね。あなたたちのすることって、意味がわからないわ」

 

 リーシアは「迷子」になったカリスを迎えに来ただけだ。

 手出しをして来なければ、カリスを連れ、黙ってヴィエラキに帰っていた。

 わざわざ引き()めて来たのはラタレリーク側だと言える。

 しかも、最悪な引き留めかたをした。

 

 処刑人。

 

 リーシアの選んだ職業だ。

 レベルは4。

 

 まるで「どうぞ」とでも示すように、左手を軽く上げる。

 その手に丸い棒状の柄が現れた。

 握ると同時に形が鮮明になる。

 

 銀色の刃の大鎌。

 

 ひゅんっと振った。

 辺りが、しん…と静まり返る。

 カリスだけが立っていた。

 リーシアのほうを見ている。

 

「帰るわよ、カリス」

「かしこまりました……シア様……」

 

 ハッとしたように、カリスが、倒れているモブ兵たちを避けながら、リーシアのほうに向かって駆けて来た。

 地面には血の一滴も落ちてはいない。

 城内も同様だろうが、確認する気はなかった。

 確認などしなくても、結果はわかっていたからだ。

 

 その名の通り、処刑人は、その鎌のひと振りで、敵の命だけを刈り取る。


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