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OVER KILLってる?  作者: たつみ
第1章 弱者なあなたは、私の下僕
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眼下の光景

 リーシアは、その光景に唖然としていた。

 それから、ふつふつと怒りがわいてくるのを感じる。

 

「あれは一体どういうこと?」

「あーあ、奴ら、やっちまったなー」

「どういうことなの?」

 

 状況は理解していた。

 だが、どういうことなのかは理解できていない。

 

「主城門が開かれているとは思いもしなかったのですよ、シア様」

「でも……でも、モルデカイ……彼ら、扉を押しも引きもしなかったわ」

 

 それなのに、主城門が「開いていない」なんて、なぜ思えるのか。

 リーシアには、そこがわからないのだ。

 たとえば、押し引きしてもびくともしなかった、というのならわかる。

 それなら物理的な閂や魔法的な鍵によって(とざ)されていると考えもするだろう。

 

 しかし、彼らはなにもしていない。

 いきなり主城門を「ぶっ壊した」のだ。

 

「ねえ、待って。主城門は開いていたのよね?」

「開いておりました」

「壊さなくても入れたのよね?」

「ちょっと力自慢な奴が押せば簡単に開いたはずっすよ」

「ほんの少し開いておくことはできましたが、そうしますと警戒されて中に入って来ないのではないかと思い、閉めるだけは閉めておいたのですが……」

「いいのよ、ヘラ。あなたの意見には、私も同感」

 

 敵が侵攻して来ているのに主城門が開いているというのは、さすがに怪しい。

 罠だと警戒されては、いよいよ無駄に時間が長引く。

 だから、あえて鍵を開けておいたのだ。

 主城門が解錠されていることに懸念はあったとしても、城内の兵が逃げ出したと考え、踏み込んでくるだろうと、リーシアは予想していた。

 

「なんてこと……どうしよう、どうしたら……モルデカイ、私、どうしたら……」

 

 リーシアは22歳になったばかりとはいえ、大人の女性だ。

 けれど、心の奥底に幼さを残している。

 民と接している時はともかく、近しい者たちといる時には、まるで子供のようになってしまうこともあった。

 

 混乱している時やなんかには、とくに。

 

「お父様に叱られちゃうわ! だって、あんな風に壊すだなんて!」

 

 ここはファルセラスの城。

 ファルセラス家にとっては「初代様が造られた」大事な遺産でもある。

 汚すことはあれど、壊したり傷をつけたりするなど考えたこともない。

 それが錠前ひとつであっても、だ。

 

 6歳の頃、東帝国の皇子が庭園にある噴水の壁に落書きしようとしたのを見て、リーシアは年上のその皇子を殺してしまいそうになった。

 兄たちがいなければ、絶対に殺していた。

 それは「自分が」父に叱られる、と思ったからだ。

 初代の造った城がどれほど重要かを、父はいつもリーシアに話しており、それを知っていながら落書きするのを黙って見ていたとなれば、叱られないはずがない。

 

 6歳の時でさえも、そんな調子だったリーシアの目に「ぶっ壊された」主城門が映っている。

 最早、混乱を抑えきれない。

 

「ああ、どうしよう、どうしよう、どうしたらいいの?!」

「シア様、落ち着いて」

「だって、モルデカイ! 主城門が壊されたのよ?! 傷どころではすまないわ! わざわざ鍵まで開けておいたのに、なにが気に食わなかったの?! 壊すだなんて酷いじゃない! 私、私……お父様に叱られ……」

 

 ぷるぷると体が震える。

 父は温厚で優しい人だ。

 叱る時も手を上げたり、声を荒げたりすることはない。

 だからこそ、よけいに胸にグサッと来る。

 謝罪しても罪が消えないような、言葉にできない胸の痛みを感じるのだ。

 

「ねえ、ねえ、ロキ、ヘラ、お父様が帰ってらっしゃる前までに、あれをなんとかできない?」

「オレは掃除屋っすから直すってのはどうにも……ヴァルカンの奴が、ギゼル様についてっちまってるんで……」

「……私は……片付屋でございます……やはり修繕屋がおりませんと……」

「私も専門職ではございませんので、元通りにはできかねます」

 

 3人の返事に、リーシアは空を見上げた。

 明るく美しく光っている月が憎い。

 下でざわついている兵たちにも、いっそう腹立ちが募った。

 

「シア様、ギゼル様は主城門が壊されたことより、シア様がやり過ぎることを憂慮されておられますよ」

 

 ぴくっと、リーシアの指先が反応する。

 確かにモルデカイの言う通りだ。

 腹立ちのあまり「やり過ぎ」てしまったら、よけいに叱られる。

 すでにリーシアの中で、叱られることは確定していた。

 ならば、小言の追加だけは絶対に()けなければならない。

 

(危なかったわね。もう少しでジャッジするところだったわ)

 

 この世界には、様々な職業がある。

 だが、その中には、見習いもいれば一流の職人もいた。

 そして、一定の領域に達するには、鍛錬や訓練を必要とする。

 リーシアは「ウィザードごとき」と評しているが、ウィザードになるにも素質と努力があってのことだ。

 

 ただし、例外もいる。

 ファルセラスは生まれながらに複数の上位職業を持っていた。

 その上、リーシアは赤い瞳のファルセラス。

 世界中の誰も知らないような「職業」も使いこなせる。

 

 彼女の持つ最上位の職業ジャッジメント。

 

 赦す者のみを指定し、それ以外のすべてを殲滅する。

 当然だが、リーシアにとって赦すに値するのはヴィエラキの者しかいない。

 発動すれば、東も西も諸国もなく、ヴィエラキ大公国以外が消えることになる。

 

(クリエイターで造り直せるとしても、それって国だけなのよね……)

 

 ざっくりと国を創れる力ではあるが、けして「主城門」を直せるわけではない。

 つまり、大きなものは創造できても、小さなものを個別に造ったり直したりする力ではない、ということだ。

 今のリーシアには、とても無意味な力に思える。

 

 鉄扉のひとつも直せないだなんて。

 

「シア様、彼らが城内に入ってまいりました」

「もういいわ。主城門は諦めて、あとは予定通りに」

「かしこまりました。では、ヘラ、ロキ」

「あいよー」

「整えてまいります」

 

 リーシアは、深く深く溜め息をついた。

 東帝国と違い、西帝国バルドゥーリャはヴィエラキ大公国に数十年に1度ほどの割合で、ちょっかいをかけてくる。

 バルドゥーリャ自体は動かず、西帝国影響下にある周辺の国々を使うのだ。

 そのせいで滅んだ国も多々ある。

 

 いっそバルドゥーリャを亡ぼせばいい。

 バルドゥーリャがなければ犠牲は減るはずだ。

 そう考える者もいるだろう。

 だが、ファルセラスには初代から連綿と受け継がれた思想があった。

 だから、バルドゥーリャを放置している。

 

 リーシアは側壁塔の塀に、ふわっと飛び乗った。

 城内と繋がる簡素な木の扉は開けてある。

 その扉を赤い瞳で見つめてつぶやいた。

 

「開けてある扉まで壊すってことはないわよね?」

 

 リーシアのいる場所は、月明りに照らされている。

 そのため扉の向こうが薄暗く見えた。

 足音が迫って来ているのを聴覚が捉える。

 

「たったの4,50人? 本当に?」

 

 やはり自分は舐められているらしい。

 主城門を壊されたのも、そのせいだろうか。

 警戒され過ぎるのは困るが、警戒されなさ過ぎたのかもしれない、と思う。

 が、壊されたあとでは考えても無意味だ。

 

 ガチャガチャとうるさいのは、敵兵の鎧の音だった。

 どんどん近づいて来る。

 すぐにも姿が見えた。

 リーシアから相手が見えているのだから、相手にもリーシアが見えたのだろう。

 扉から側壁塔へと、なだれ込んで来る。

 それぞれに剣や斧などの武器を持っていた。

 

 側壁塔の(へり)にいるリーシアを囲むように半円を描いて立っている。

 弧を作っている敵兵たちを、リーシアは無感動に眺めた。

 ソードマスターやウォリアーという攻撃系職業が中心となり、脇にウィザードが控えている。

 ウィザードも攻撃魔法を使えるが、城内では戦力にならないと相手にもわかっているようだ。

 

「陛下! 大公女を見つけました!」

 

 リーシアは、心の中で首をかしげる。

 見つけるもなにも、はなから隠れてはいない。

 隠れるつもりなら扉を開けていなかっただろう。

 

(よくわからない人達ね。こんなふうだから主城門を壊したりするのだわ)

 

 思うと、少しイラッとした。

 城壁の向こうに視線を向ける。

 大勢の兵の姿が見えた。

 

「あなたが、ヴィエラキ大公国の大公女か」

 

 声に、視線をチラッと投げる。

 赤褐色の髪の男、頭上に名がついていた。

 

 カリスティアン・リザレダ。

 

 リザレダ王国の国王陛下だ。

 とはいえ、ここは夜会会場でもなければ、ダンスホールでもない。

 正式な挨拶を必要とする場だと、リーシアは思わなかった。

 そもそもリザレダ王国自体どうでもいい。

 興味の欠片も感じずにいる。

 

「俺は、リザレダ王国の国王カリスティアン・リザレダだ」

 

 敵兵の中央から、カリスティアン・リザレダとやらが進み出て来た。

 彼が何歳で、両親が誰で、どんな能力を持っているのかを、リーシアは見ようと思えば見られる。

 だが、見たいとは思わない。

 

 リーシアからすれば、名付きだろうがモブだろうが、敵は敵だ。

 そして、ヴィエラキの民を脅かす存在。

 

「そこから降りて、こっちに来い。殺しはしないと約束しよう」

 

 かけられた言葉に、きょとんとなる。

 リーシアは、殺される心配なんてしていない。

 むしろ、その心配は自分ではなく相手がするものだと思っていた。

 

「手荒な真似をするつもりもない。だから、飛び降りるのはよせ」

 

 今度は、塀の下に視線を投げる。

 この程度の高さなら飛び降りても平気だ。

 軽々と着地できる。

 なぜ飛び降りることを制止されているのかも、リーシアにはわからなかった。

 

「陛下、早く捕えてしまいましょう!」

「そうですとも! 飛び降りられては人質になりません!」

 

 周りにいる兵たちが騒ぎ出す。

 それがうるさかった。

 ただでさえリーシアは主城門を壊されて苛立っていたのだ。

 あげく意味のわからないことばかりを言われ、騒ぎ立てられ、不愉快になる。

 

 リーシアは右手を真っ直ぐ伸ばし、指先で軽く空気をはらった。

 埃をはらったとでも言いたげな仕草だ。

 実際、彼女には、その程度の意識しかない。

 

 ビシャッ!

 

 バケツの水を引っ繰り返したような音がする。

 側壁塔の上に血肉の円弧ができていた。

 ウィックドリッパーの持つ能力のひとつ。

 

 自分に敵意を向けている相手を殲滅する。

 

 なのに、どういうわけか1人だけ立っている者がいた。

 全身に血を浴びながらも立っている。

 

「あら。どうしてかしら?」

「なにを……なにをした……」

「なにって、ファルセラスとして当然のことをしただけよ?」

「当然だと……?」

 

 立っていたのは、カリスティアン・リザレダ。

 

 生きているということは、リーシアに「敵意」を向けていなかったことになる。

 城まで押しかけて来ておいて、どういうつもりなのか、さっぱり理解できない。

 

「ヴィエラキの民を守るのがファルセラスの役目だもの」

「俺は民を害する気など……」

「あなた、本気? もしかして正気を失っているのではない?」

 

 リザレダの国王は混乱しているのだろうか。

 一瞬で兵たちが解体されてしまったことで正気を失ったのかもしれない。

 なにしろ彼は血塗れだ。

 リーシアは平気だが、そうしたことに平気ではない人がいることも知っている。

 

「ヴィエラキの民が武器を手にしていたら、あなたの兵は、どうするのかしら? それが武器ではなく(くわ)や果物ナイフでも、いいえ、フォークでも、武器と見做(みな)してヴィエラキの民を殺していたと思うのだけれど」

 

 リーシアは「自分に敵意を向けている相手」を殺している。

 彼女に敵意を持つ者が、民に敵意を向けず、害することもないと言えるなんて、とても正気とは思えなかった。

 

「そうね、きっと彼らも同じだわ」

 

 城壁外にいる十万近い兵のほうへと顔を向ける。

 今度は左手を伸ばした。

 

「待て……っ……!!」

 

 リーシアには「待つ」理由がない。

 きゅっと手を軽く握った。

 遠くから悲鳴が聞こえ、ざわめきが広がっていく。

 

「やめろっ! 彼らは、なにもしていない……っ……!!」

「まだ、でしょう? これから、なにかするかもしれないもの」

 

 ウィックドリッパーの2つ目の能力。

 間引きだ。

 特定の集団から、一定数を「間引く」すなわち殲滅する。

 とりあえず5千人ほど間引いた。

 

(3分の1ほど間引いたら、残りは刻もうかしら)

 

 外にいる兵は置かれている状況を、きちんと理解していないらしい。

 味方が肉塊になっているのに、その場で腰を抜かしていたり、叫び続けたりしているだけで、逃げようとはせずにいる。

 眼前の光景に理性が吹き飛び「逃げられずにいる」ということが、リーシアにはわからないのだ。

 

「……待て……待って、くれ……大公女……っ……」

 

 声と足音が聞こえたが、無視する。

 かまわず、また5千人ほど間引いた。

 悲鳴がうるさくて不快になる。

 早く終わらせてしまうことにした。

 が、しかし。

 

「なに……?」

 

 ドレスの裾が引っ張られている。

 少しだけ意識が、そこに向いた。

 視線の先で、リザレダの国王が膝をついている。

 手を伸ばし、リーシアのドレスの裾を握っていた。

 

「手を放してちょうだい。ドレスを汚されるのは嫌だわ」

「……頼む……頼む、大公女……」

 

 なにを頼まれているのか、意味不明だ。

 リーシアは大きく溜め息をつく。

 溜め息の間にも、さらに5千人ほど間引いた。

 

「もうやめろっ! 俺を城門に吊るせっ! そうすれば、彼らは敗北を悟り、この国には手を出さないはずだ!」

「どうかしら。国王の仇を取ると躍起になる者もいるはずよ?」

 

 言いながら、また5千人ほど間引いた。

 城壁の外に暗色の赤が広がっている。

 掃除はロキに任せているので安心だ。

 主城門を直すことはできなくても、ロキは掃除屋としては特級の腕を持つ。

 

「ねえ……ドレスを放してほしいのだけれど……」

 

 リーシアは、ちょっぴり嫌な顔をした。

 彼の手についていた血でドレスが汚れていたからだ。

 よく見れば肉片もついている。

 あとで洗濯屋のサルースに綺麗にしてもらわなければ、と思った。

 

「なぜ……それほど無慈悲になれる……? お前は、人の命を奪うことを……なんとも思わないのか……」

 

 膝をつき、リーシアを見上げる緑の瞳。

 嫌悪と軽蔑が入り混じったような色が浮かんでいる。

 その瞳を見つめ返した。

 彼の感情になど関心はないが、言っておくことがある。

 

「あなたが殴りに来た相手が、思いのほか強かっただけのことよね? 言っておくけれど、ファルセラスは、ただの1度も誰かを殴りに行ったことはないわ。殴りに来た者、殴りに来ようとしている者を殴ったことはあってもね。なぜ殴られそうになった側が、殴りに来た相手を気遣わなければならないの?」

 

 ファルセラスの思想は、初代当時から変わらない。

 どれほど強大な力を持っていても、守るための戦いしかしない。

 だから、直接的に攻撃して来ない西帝国バルドゥーリャを滅ぼさずにいる。

 それが、けして曲がることのないファルセラスの思想だからだった。


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