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OVER KILLってる?  作者: たつみ
第3章 不肖なあなたは、私の下僕
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意図せぬ会談

 リーシアは、完全に「きょとん」となっている。

 こんなことは、今までに1度もなかったからだ。

 

「これはこれは……どこのお姫様かな?」

 

 濃紫色の髪と暗い銀色の瞳をした男性が、リーシアの前に立っていた。

 カリスがいる場所に来たはずなのに、肝心なカリスの姿はない。

 代わりにいるのが、その男性だ。

 頭上に「名」がついている。

 

 ヴィジェーロ・ネルロイラトル。

 

 西帝国の皇帝の名ではなかったか。

 頭上に出るのは「名」だけなので、ステータスを見なければ相手がどういう立場の者かまではわからない。

 だが、兄のピサロが何度か口にしていた名だと記憶していた。

 

 周囲は花が咲き乱れている。

 透明な広い建物の中だった。

 季節が冬だということを踏まえれば、ただの温室ではないのだろう。

 

 フロリストオーナーという上級職を持つラズロの下僕アンティアがいれば、花を咲かせるなんて簡単だ。

 とはいえ、レベル3以上の「下僕」がファルセラス以外にいるとは思えない。

 聞いたこともなかったし。

 

(きっと花壇用のアイテムを使っているのね。ヴィエラキにしかないと思っていたけれど違ったのかしら? まぁ、いいわ。西帝国に来たのは初めてだもの)

 

 東帝国の文化とは異なる面があったとしても知る機会はなかった。

 西帝国には職業能力持ちが多いという話でもあったので、東帝国では見られないアイテムがあってもおかしくはない。

 

「この際だから言わせてもらうわね。ヴィジェーロ・ネルロイラトル」

 

 銀色の瞳が見開かれ、そして、きらきらと輝く。

 なぜかはともかく、嬉しげな表情を浮かべていた。

 けれど、リーシアは、相手の心情にまるきり興味がない。

 言いたいことを言うだけだ。

 

「なぜ自分の領土だけで満足していられないの? 頭が悪いとしか思えないわ」

「もしかすると、きみは……」

 

 いよいよ「嬉しそう」な瞳で見つめられ、リーシアは、はたとなる。

 彼女には「名」が見えるが、普通は名乗らなければ相手の名はわからないのだ。

 とはいえ、面倒だったし、名乗る必要も感じない。

 そんなリーシアに、西皇帝が言った。

 

「彼……ギゼルの娘か」

「あら? お父様を知っているようね」

「きみが産まれる前に、1度だけ会ったことがある」

「え……?」

 

 予想外の返事に、リーシアは戸惑う。

 ヴィエラキを侵略しようとした西皇帝が、父の名を知っていたところで、なにも驚きはしなかった。

 が、面識がある、との言葉に驚いたのだ。

 

「お父様からは……聞いたことがないわ」

「23年も前の話だからな。それに、彼は私のことなど忘れているさ」

 

 23年前と言えば、今のリーシアと同じ歳の頃だ。

 別に西皇帝の話など聞く必要はないのだが、父の名を出されたことで興味を惹かれてしまう。

 それを知ってか知らずか、西皇帝が言葉を続ける。

 

「私は、彼と会った時のことを、よく覚えている。双子の息子が産まれたと話してくれたっけ。妻が美人だと、しきりに自慢していたな」

「まあ……お父様が、そんな話をなさったの?」

 

 相手に説教をしてやろうとしていたことも忘れていた。

 リーシアを産んですぐ母は他界していたため、思い出らしいものがない。

 写真でしか見たことのない母が、どんな女性だったのかを知りたくなる。

 

 いつも少しだけ寂しげに語る父の姿に、なるべく母のことは訊かないようにしてきたからだ。

 兄たちも3歳と幼かったからか、漠然とした印象しかないようだった。

 だから、リーシアは母のことを、ほとんど知らずにいる。

 

「ほかにも、なにか話していた?」

「金色の髪と大きな茶色い目が、どれだけ美しくて可愛らしいかとか……そうだな、2人は砂漠で出会ったと話していた」

「砂漠? どうして、そんなところで……??」

「なんだ、ギゼルも娘には恥ずかしくて話せなかったのか。あの性格だから、子の視線などおかまいなしだと思っていたが」

「私が訊かなかったからでしょうね。お母様は、私が産まれてすぐ亡くなったの」

「それは……すまなかった。知らなかったとはいえ無神経なことを言って」

 

 西皇帝が表情を崩し、物悲しげな瞳でリーシアを見つめていた。

 けれど、同情させようとして言ったのではない。

 単純に、事実を話したまでだ。

 ヴィエラキにも、親を失った子はいる。

 自分だけが特別に「寂しい境遇」だなんて、彼女は思っていない。

 

「いいのよ、それは。だから、お父様とお母様が出会った時の話を訊かせて」

「それでは、あちらで座って話そうか」

 

 言って、西皇帝が歩き出す。

 リーシアの頭からは、なぜ自分がここにいるのかが、すっかり吹き飛んでいた。

 西皇帝の差し出した腕に手を乗せ、隣に並んで歩く。

 

「砂漠の北西寄りに小さなオアシスがあるのを知っているか?」

「ええ、知っているわ。ハルタバだったかしら」

「ああ、そうだ。そのハルタバが、ならず者らに占拠されていると聞き、若かりし頃のオレが、討伐に向かった。だが、まだ力がなくてな。押されているところを、ギゼルに助けられたのさ」

「そうだったの。初耳よ」

「そいつらを懲らしめたあと、焚火を前に夜明けまで語った。酒を飲みながらな」

 

 奥にあったティータイム用のテーブルセットは、リーシアのお気に入りほどではないが、木目の活かされた洒落た造りのものだった。

 西皇帝の引いたイスに、リーシアは腰掛ける。

 向かい側に西皇帝が座った。

 

 周囲に侍女などはおらず、西皇帝が手ずから紅茶を淹れた。

 カップをリーシアの前に置きながら、口を開く。

 

「時々、そんなふうにオアシスは狙われる。ギゼルが彼女と出会ったのも、それが理由だそうだ。オアシスに来た無法な者から逃げたはいいが、彼女は砂漠で倒れてしまったらしい。追いかけてきた者どもに捕まりかけていたところ……」

「お父様が助けたのね!」

 

 西皇帝が、小さく笑った。

 目を細めて、リーシアを見つめている。

 悪意のない非常に好意的な眼差しだ。

 が、そこは軽くスルーする。

 それよりも話の続きが訊きたかったからだ。

 

「ちなみに魔法は使わず、短剣1本で数十人を倒したと聞いている。オレと会った日にも、ギゼルはそんなふうだった」

「お父様らしいわね」

「結局、彼女には頼れる身寄りもないという話になり、彼がそのままヴィエラキに連れ帰ったというわけだ」

「なんて素敵な話なのかしら」

 

 颯爽とした父の姿が思い浮かぶ。

 写真でしか見たことのない母は細身で小柄だったが、凛々しい雰囲気のある女性だった。

 母を乗せ、馬を駆る父という光景を想像すると、なんともロマンチックな気分になる。

 

「ところで、そろそろ名を教えてほしい」

「リーシアよ。リーシア・ファルセラス」

「リーシアと呼んでもいいか?」

「かまわないわ。ファルセラスの者たちは、私をシアと呼ぶけれど、あなたとは、親しくないから」

「それは残念だ。これから親しくなれるといいのだがな」

 

 リーシアは軽く肩をすくめてみせた。

 相変わらず、カリスのことは忘れている。

 

「それは無理というものよ。西帝国はヴィエラキにちょっかいをかけてくるもの。つい最近もそうだったでしょう?」

「そのことについては、オレも申し訳なく思っていた」

「なぜ? あなたがやらせているのじゃない」

 

 西皇帝が、ふう…と物憂げに息をついた。

 困ったような視線をリーシアに向けている。

 

「オレはギゼルに借りがある。好んで戦を仕掛けるはずがないだろう」

「どういうこと?」

「父は戦をせずにいたし、息子のオレとて同じ考えを持っていた。いや、ギゼルのことを思えば、いっそうヴィエラキと敵対などしたくないと考えている」

「でも、実際に戦争……まぁ、ちょっとした戦争らしきものはあったわよ?」

 

 あれが戦争と言えるものだったのかどうかで少し悩んだ。

 一方的に殲滅しただけに過ぎないことを「戦争」と言っていいのか。

 とはいえ、殲滅したとも言いにくかったので曖昧に言葉を濁した。

 まったく濁ってはいないとしても、リーシアの意識の問題だ。

 

「これまで西帝国がヴィエラキに手を出して来たことは事実だが、そういう事態をオレは変えたい。しかし、オレは皇帝になって、まだ2年だ、リーシア。周りの国を抑止することができるほど盤石な立場ではなくてな」

「ティタリヒとリザレダが勝手に動いたってこと?」

「いや、その2国は巻き込まれただけだ。あの戦は、ラタレリークが言い出した」

「加勢に来なかったって聞いているけれど?」

 

 さらに西皇帝が深く溜め息をつく。

 テーブルに頬杖をつき、リーシアから視線を外した。

 

「そこが、ラタレリークの腹の黒いところだ。自分では手を汚さず、ティタリヒとリザレダにやらせたのさ。オレが気づいた時には、すでに出征していた」

「ティタリヒとリザレダだけでヴィエラキを侵略できると考えたのなら、頭が悪いにもほどがあるわ」

「ヴィエラキの力量を測るつもりもあっただろう。分がいいようであれば加勢し、そうでなければ見殺しにする気だったのだな」

「まあ、嫌ね……」

 

 リーシアは顔をしかめる。

 そのせいで、いろいろと面倒事が増えてしまったのだ。

 だが、直接に関わっていないラタレリークを亡ぼしに行くことはできない。

 証拠に、父もラタレリークを放置している。

 

「今後、オレの統治が進めば、そのようなことはなくなる」

「それなら、早く統治してちょうだい。そのほうがお互いのためよ」

「きみのために尽力しよう、リーシア」

 

 西皇帝がリーシアの手を取ってきた。

 もう少し若い頃の父の話を訊かせてもらおうか、と思った時だ。

 

 ピピーピピーピピー!

 

 激しいアラーム音が、リーシアの頭の中に響く。

 リーシアは、ハッとなって立ち上がった。

 

「そうだわ! ラタレリーク!」

 

 そもそもラタレリークで迷子になっているカリスを連れ帰るために来たことを、ようやく思い出す。

 カリスが知っているかはともかく、西皇帝の話から察するに、ラタレリークは、カリスに悪意を持っているのだ。

 

「私、行かなくちゃ!」

「今度は正式に招待する」

「わかったわ! じゃあね、ヴィジェーロ!」

 

 言って、リーシアは今度こそカリスの元に向かった。

 なぜ最初に「飛んだ」時、カリスのところではなく、西帝国の本国にいたのかはわからないまま。


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