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OVER KILLってる?  作者: たつみ
第3章 不肖なあなたは、私の下僕
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ヴィエラキの常識

 リーシアは、コレットの営むカフェで、ひとしきり民との会話を楽しんだあと、私室に戻ってきたところだ。

 自分で室内を整える。

 夕食までには、まだ時間があるため、ソファのある「のんびりセット」にした。

 

 そのフカっとしたソファに腰掛ける。

 やわらかく体が沈む感覚が心地いい。

 カフェでお茶はしてきたし、簡単な菓子もつまんでいる。

 モルデカイがティーカップ片手に現れなくても、気にしてはいなかった。

 

(坑道の作業が進んでいるといいけれど……カールの大鍋に穴が空いたら、一大事だもの。金物店のコルヒーも、作るのに半月はかかるって言っていたし)

 

 それも「材料」があってこそ、なのだ。

 鉄自体が少ないのでは、直せるものも直せない。

 リーシアの気がかりは、大鍋に穴が空き、カールのビストロのメニューが減ってしまうことだった。

 

(ネルゲルに言えば、採掘なんて簡単なのよね。でも、カールが、伝書鳩を飛ばさなかったから手を貸す理由がないわ)

 

 カールも悩んではいたようだが、結局、伝書鳩は飛ばさずにいる。

 代わりに、カリスに声をかけたらしい。

 だから、慣れないながらも、カリスの眷属たちが採掘作業をしているのだ。

 その辺りの心情が、リーシアは理解できずにいる。

 

 ピサロの下僕であるネルゲルは鉱物の専門職。

 鉄を見つけるのも掘り出すのも、あっという間。

 カリスの眷属たちみたいに、ちまちまと時間をかけての採掘などしない。

 魔法で、一気に必要量を集めることができる。

 

 カールだって知らないはずはないのに、伝書鳩は使わず、カリスに頼んだ。

 そこがわからない。

 

(伝書鳩は、どうしてもという時とされているからかしら? 大鍋に穴が空くっていうのは、どうしてもという時ではないの? みんな、遠慮し過ぎじゃない?)

 

 ファルセラスの下僕は、たいていのことなら、なんとでもする。

 なので、困ったことがあればファルセラスを頼ればいいのだ。

 直接、リーシアが動くことは少なくても、下僕がちゃんと役目を果たす。

 だが、ヴィエラキの民は、よほどのことがなければ伝書鳩を飛ばさない。

 

 『ま、大鍋がなくても店を閉めるほどじゃねぇしな。ねぇものはねぇって言や、客だって文句は言わねぇよ』

 

 カリスの眷属に頼んだのでは間に合わないかもしれない、と言ったリーシアに、カールは、そう答えて笑っていた。

 思い出して、リーシアは深い溜め息をつく。

 自分の独断で動けるのなら、とっくにネルゲルを動かしていたはずなのだ。

 

(なぜ民からの要請がなければ、動いてはいけないのかしら。民に伝書鳩を飛ばすよう提案もしちゃいけないだなんて……)

 

 外敵に関しては、ファルセラス独自で動く。

 状況次第で、リーシアの独断が先行することもあるだろう。

 けれど、国内では、それが許されていない。

 民の意思や選択が優先されるのだ。

 

 その意思や選択の結果に、しばしばリーシアは戸惑っていた。

 民は、簡単に解決がつけられる方法があると知っていながら、あえて別の方法を選んだりする。

 困った状態が長引いたりするのに。

 

 結局のところ、冬場に鉄が不足するのも、それが原因だ。

 伝書鳩を飛ばし「鉄を都合してくれ」と頼ればすむのに、とリーシアは思う。

 だが、民はカールと同じく伝書鳩を飛ばさない。

 我慢することを選ぶ。

 

(なんでもかんでも手を貸すのは民のためにならないって、お父様は仰っておられたわね。なぜ堕落することになるのかわからないけれど、お父様が言うのだから、間違いはないのよ)

 

 理屈はわからない。

 とはいえ、父が言うことに間違いはないのだ。

 もどかしいような気持ちはあれど、リーシアは、しかたがないと諦める。

 カールの大鍋は、カリスに託すことにした。

 

 はなはだ不安、いや、不安しかないくらいだけれども。

 

 カールの大鍋に穴が空くのは困る。

 されど、崩落やなんかでカリスが死んでも困る。

 

(せめて死ぬ前に、アラームが鳴ればいいけれど……)

 

 アイテム使用のこともあり、カリスは父により「ギルド員」となっていた。

 ギルドは、ファルセラスにしかない組織だ。

 所属していると、様々な恩恵が受けられる。

 

 危機的状況になった際、アラームを発して、ギルド員たちに救援を求めることができるのも、そのひとつと言えた。

 ただし、これまでアラームが鳴ったことはない。

 ファルセラス以外のギルド員はおらず、リーシアも含め全員が「救援」を必要としないだけの力を持っている。

 

 けれど、カリスは例外。

 なにしろ「無能」なので。


(大岩でぺっちゃんこにされるのは、一瞬だもの)

 

 死んでからアラームが鳴ったのでは遅過ぎるのだ。

 眷属が何千人、何万人死のうが知ったことではない。

 が、カリスだけは死んでもらっては困る。

 父に「カリスが死んだ」ことが発覚する。

 

「シア様、ご報告にまいりました」

「あら、モルデカイ。あなたって、本当に私の心をよくわかってくれているのね。そろそろお茶が飲みたいと思っていたところだったのよ?」

 

 言っているそばから、モルデカイがリーシアにティーカップを渡してきた。

 受け取って、良い香りに微笑みつつ、ひと口。

 

「報告というのは坑道のこと? 崩落はしていないのでしょう?」

 

 ひとまず、まだアラームは鳴っていない。

 カリスの身に危険は生じていないということだ。

 

「はい。眷属たちも作業に慣れてきたようです」

「まあ! それなら、カールの大鍋に穴が空く前になんとかなりそうね!」

「あの様子であれば、問題なく間に合うと存じます、シア様」

「それは良い報告だわ」

 

 リーシアは満足して、うーんと、小さく声をもらした。

 これでカールも困らずにすむし、リーシアもビストロの料理を楽しめる。

 カリスの眷属たちが「生死」のかかった仕事だと必死になっていることなんて、リーシアは知らずにいた。

 

 眷属はカリスの管轄であり、殺すもなにも、ほとんど「認識」していない。

 

 仮に彼らが怠けていて、カールの大鍋に穴が空いたとしても、カールに怒られるのはカリスであって、リーシアではないのだ。

 そして、眷属を罰するのはカリスの役目であり、これもリーシアには無関係。

 

 今回の仕事は、カリスがカールから直に請け負っている。

 リーシアが命令したわけではないのだから、責任を問う筋ではない。

 同様に、カリスがカールに怒られたとしても、リーシアが庇う筋でもないのだ。

 カリスはリーシアの下僕だが、命じていないことにまで関知する気はなかった。

 

 もっとも、リーシアは下僕に「命令」したりはしないのだけれども。

 

「ところが、そう良いとも申せません」

「どういうこと? 採掘に問題はないのよね?」

「ございません」

「カールの大鍋は?」

「穴が空く前に、新しい鍋と交換できると存じます」

「それなら、なにも問題はないのじゃない?」

 

 首をかしげるリーシアの隣で、モルデカイが片眼鏡を指で直す。

 そして、サクッと言った。

 

「カリスがいなくなりました」

「え……?」

「ヴィエラキにはおりません」

「え、え……?」

「外に出ております」

 

 いったい、それは、どういうことなのか。

 リーシアは混乱する。

 現在、カリスが「ヴィエラキにいない」ということだけは理解したけれども。

 

 状況が、さっぱり飲み込めない。

 つい昨日まで、カリスはヴィエラキにいたし、坑道で指揮をとっていた。

 と、聞いている。

 リーシアはカリスの行動に、まるで関知していないが、モルデカイから、日々、報告が上がってくるのだ。

 

 報告と言っても、非常に大雑把なもので「今日はこれをしていた」とか「夕食は城で食べなかった」とか、その程度だった。

 それでも「ヴィエラキにいる」のはわかる。

 

「それなら、どこにいるの?」

「ラタレリークにございます、シア様」

「ラタレリーク? どうしてそんなところに……??」

「トランスファーケージを使ったのでしょう」

 

 そうか、と思った。

 リーシア曰くの「お散歩首輪」もといムービングチョーカーには制限がある。

 一定の領域内しか移動できないのだ。

 ヴィエラキ国内なら、どこにでも行けるが、外には出られない。

 

 けれど、トランスファーケージは違う。

 移動ではなく「移送」を目的としたアイテムだからだ。

 

「おそらくマップの切り替えができることに気づいたのではないかと思われます」

 

 モルデカイの言うように、トランスファーケージの場合、マップを切り替えれば、外の国にも「移送」が可能。

 収容の容量に制限はあるものの、移動距離に制限はない。

 カリス1人ならば、余裕で「移送」できる。

 

「……信じられない……そんなことをするなんて……」

「仰る通りにございます。私も驚きました」

 

 リーシアは、ティーカップをテーブルの上に置いた。

 うっかり落として壊してしまいそうだったのだ。

 お気に入りのティーカップを粉々にはしたくなかった。

 それから、イスに深く背をあずけ、額を手で押さえる。

 

「カリスがいなくなったって、マジ?!」

「本当だよ、ロキ」

「どこに行ったか、わかっている?」

「ラタレリークだね」

 

 ロキとヘラも「カリス不在」を聞きつけてやってきたようだ。

 2人が深刻そうな表情で、顔を見合わせている。

 リーシアにも、その気持ちが理解できた。

 

 カリスはヴィエラキにいないのだ。

 よりにもよって「ラタレリーク」にいる。

 

「これって……あれなんじゃねーすか、シア様……」

「たぶん、そうだと思うわ」

「……ラタレリークにいるというのは……」

「最悪ね……」

 

 リーシアは小さく呻いた。

 モルデカイが深く頭を下げてくる。

 

「申し訳ございません、シア様。私が、あれを渡したばかりに、このようなことになってしまい……」

「あなたのせいではないわ、モルデカイ。あれがなければ、カリスの眷属を坑道に行かせるのにも苦労していたはずだもの」

「にしたって、カリスのヤツ……」

「ラタレリークだなんて……」

 

 ともかく、このままカリスを放置することはできない。

 絶対に、だ。

 

「やっぱり皆殺しっしょ?」

「それがいいわ。私たちで行って……」

「それは駄目よ、ヘラ」

 

 ロキとヘラ、そして、モルデカイがリーシアに視線を集めている。

 リーシアとて、本当には3人に任せてしまいたい。

 が、そうはいかないのだ。

 

「カリスは私の下僕。どんなに不肖な下僕でも、私がカタをつけなければね」

「ご立派にございます、シア様」

「シア様の下僕になれて光栄っすよ、オレ!」

「私も心からシア様の下僕であることに誇りを感じておりますわ」

 

 3人に褒められ、ちょっぴり気恥ずかしくなる。

 これまで下僕の管理をしてこなかったという自覚があった。

 

「こちらのことは、あなたたちに任せるわね」

「かしこまりました。シア様がご心配なさることは、なにもございません」

「あら、心配なんてしていないわ。向こうに長居する気もないけれどね」

 

 モルデカイの言葉に、リーシアは小さく笑う。

 少しだけ城を空けることになりはするが、心配はしていなかった。

 東帝国の祝儀に行った時も、城はモルデカイたちに任せて出たのだ。

 今回も同じだった。

 

 城をガラ空きにはできないということに過ぎない。

 モルデカイ、ヘラ、ロキ、この3人がいれば「多少」の攻撃を受けたところで、軽くいなしてくれるだろう。

 少なくとも、民が「攻撃」に気づくようなことにはならないと確信していた。

 

(大量殲滅が必要なら、私が帰ってからすればすむことだわ)

 

 ファルセラスは、ヴィエラキの民を守るために存在している。

 

 もし、大軍を率いて攻めて来るのであれば、容赦はしない。

 モルデカイたちだって「持ち(こた)える」意識もなく対処するはずだ。

 その間に「用事」を片付けて戻り、敵を殲滅する。

 

「ちっとも問題じゃないわ。カリスのことに比べれば」

 

 ロキとヘラの表情が曇る。

 そう、今、最も問題なのは「カリス」なのだ。

 何十万の敵軍に囲まれるよりも。

 

 全員がそう思っている。

 

「まさか、カリスが……やっちまうとはな……」

「ええ……彼はとても真面目だったから……信じられないわ……」

「彼が、このようなことをしでかすとは、私としても残念でなりません」

「そうね……私も同感」

 

 リーシアは力なくつぶやいた。

 こんなことになったのは、モルデカイに任せきりにし、カリスがどういう状況にいるのか、把握していなかった自分の落ち度だ。

 

 落ち度。

 

 胸が、キリキリと痛む。

 これでは父に合わせる顔がない。

 つい先日「バッチリ」だと言ったばかりなのだ。

 

 なぜカリスを放っぽらかしていたのか。

 メンタルケア以外にも、もう少しくらい気にかけておけばよかった。

 

「ともかく最悪の事態だけは避けるつもりよ」

 

 リーシアは、すっくと立ち上がる。

 行き先は決まっていた。

 当然、ラタレリークだ。

 

(カリス……あなたは、私の下僕。私の物なの)


 振り向いて、3人に大きくうなずいてみせた。

 

「ラタレリークに行ってくるわね」

「行ってらっしゃいませ、シア様」

  

 リーシアは真剣な表情で、言う。

 

「迷子のカリスを必ず無傷で連れ帰るわ」



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