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OVER KILLってる?  作者: たつみ
第3章 不肖なあなたは、私の下僕
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元国王を巡る出来事

 シリルは父であり、東皇帝であるカルデルクの愛など欲してはいない。

 というより、願い下げだ。

 シリルとて、カルデルクを父だなんて思ってはいなかった。

 平気で「息子」を死地に赴かせるような男だ。

 

 2人の間に「親子」の情などない。

 

 それはそれとして、自分の立場を引き上げたいとの気持ちはある。

 非嫡出子との理由で、兄弟に小突き回される毎日を終わらせたかった。

 皇帝になろうだとかの野心はないにしても。

 

「おい、シリル、そんなやり方では怪我をするぞ」

 

 声に、(つち)(のみ)を持った手を止める。

 いつの間にか、カリスが戻っていた。

 周囲に素早く視線を走らせる。

 モルデカイの姿がないことに安堵した。

 

 モルデカイは、自分を殺したがっている。

 そんな目つきで、自分を見る。

 

 シリルにもわかっていた。

 父が想定している以上に、モルデカイにとって自分の命は軽いのだ。

 なので、モルデカイがいると、身動きができなくなるほどの恐怖を感じる。

 

 実のところ、シリルが「生意気」な口をきいているのも、自衛のためだった。

 曲がりなりにも「東帝国の皇子」なのだと、故意に身分を強調している。

 実際には、非嫡出子であり、自国で「皇子」なのは呼びかただけだ。

 扱いも待遇も「皇子」であったことはない。

 

 薄くても紫色の瞳をしているので王族とされているに過ぎないし、それを誰より知っているのはシリル自身。

 だから、自国で「皇子」として扱われていないことを隠そうとしている。

 尊重されている皇子と、ないがしろにされている皇子。

 どちらの命が重いかは明白だ。

 

「王族として生きていれば、こうした道具にふれる機会がなかったのはわかるが、今後は慣れていかなければならないのだ」

「あなたも王族、いえ、国王だったはずですが、手馴れておられる。下僕の資質があったのでしょうかね」

 

 シリルの皮肉に、周囲からピリピリとした殺気があふれていた。

 だが、カリスの配下たちはシリルを殺せない。

 わかっているので、殺気は無視する。

 

「俺は、事前に槌と鑿の使い方を大工のルフタから教わっている」

「では、そのルフタとやらに指導させればいいのでは? なにも国王、いや、もう国王ではないけれど、あなた自ら手を貸す必要は……」

「シリル。ルフタは忙しいのだ。そもそも彼は、大公閣下の下僕であり、俺たちの面倒をみる筋はない。民のために助力してくれただけのこと。俺たちは、なるべく俺たちだけで役割を果たす必要がある」

 

 つまり、カリスがルフタから教わり、教わったことを自ら配下に教えるのが適切だと判断したらしい。

 それに対し、なおも反論しようと口を開きかけたシリルの肩をカリスが掴む。

 顔を寄せ、目を覗き込まれた。

 

「役目の果たせない者の命は軽い。管理者に従わない者の命はもっと軽い。面倒をかける者の命は……最早、無いに等しい。それを忘れるな、シリル」

 

 シリルの喉が上下する。

 モルデカイの目つきを思い出していた。

 反論する気力が萎えそうになる。

 が、しかし。

 

「……あなたは、ご存知なのか?」

 

 近づいた距離に、シリルは、ひそっとカリスに囁いた。

 カリスが眉をひそめている。

 不意に落ちてきた記憶を手繰り寄せ、さらに言葉を続けた。

 

「本国がどうなっているのか」

 

 ふっと、カリスの表情が変わる。

 シリルの意図とは違い、安堵が浮かんでいた。

 リザレダ本国がどうなったのかを知っているようだ。

 そして、それは悪い結果ではなかったらしい。

 

 だが、シリルの「記憶」は、ほかにもある。

 いかにもカリスのような男が気にかけそうな内容だった。

 数日のつきあいでもわかる。

 カリスは周囲の者に情けをかける性質の男なのだ。

 

「では、ティタリヒのことは?」

「お前が、なにを言いたいのかはわからないが、2国について俺は納得している」

「ならば、当然、ティタリヒの王女のことも納得しているのだね」

 

 再びカリスの眉がひそめられた。

 表情が曇っている。

 今度は、シリルの意図通りだ。

 

「ヨルディスタが、どうしたと言う?」

「彼女は、ラタレリークに囚われているという情報がある。砂漠をさまよっていた兵に聞いたので真偽のほどはわからないが、ティタリヒの王が戦に参戦したのは、それが原因だとかなんとか」

 

 カリスは無言で、いよいよ表情を厳しくしている。

 シリルには、ちょっとした考えがあった。

 

(この男ならティタリヒの王女を助けに行くかもしれない。そうなれば、この国を裏切ったことになる。大公女は奴を許さないだろう。裏切り者として、ヴィエラキから西帝国側の人間を排除できる。これは東帝国にとって大きい)

 

 その功績をもって東帝国に帰れば、もう兄弟たちに馬鹿にされることはない。

 逆に、兄弟たちの「無能」を馬鹿にできる。

 父にも自分を認めさせ、晴れて本物の「皇子」となるのだ。

 皇帝になる野心などないが、屈辱漬けの日々から解放されたい。

 

「本国は安泰でも、王女はラタレリークで酷い目に合っているだろうな」

 

 カリスの背を押すため、シリルはあえて、しみじみとした口調で言った。

 

 *****

 同時刻

 

 グレゴールは苛々していた。

 なぜ自分が、と思っている。

 

「このような策が上手くいくはずがない……なんのために戦に加わらずにいたか」

 

 もとより皇帝からの「命令」だ。

 だから、ティタリヒとリザレダにはラタレリークも参戦すると言いながら、実際には参戦はせず、傍観していた。

 理由はひとつ。

 

 ファルセラスに目を付けられないため。

 

 事前情報として、ラタレリークの参戦が耳に入っていたとしても、その場にいなければ、事実にはならない。

 参戦していない国に手を出すことは、いかにファルセラスでもしないはずだ。

 皇帝の予測通り、ファルセラスはラタレリークを無視した。

 

 予測が外れ、ラタレリークも攻撃されるのではないかと、グレゴールは気が気でなかったのだ。

 大公軍がリザレダに(とど)まっているとの報告を受け、ようやく安堵した。

 が、その安寧も、すぐに打ち崩されている。

 

「偵察部隊など、私は送りたくはなかった。誰も帰って来ないとわかっていて送り出したようなものだ。きっと皆殺しにされている」

「それは近づき過ぎたからではないでしょうかね」

 

 グレゴールは、私室のソファに座っていたが、対面にいる人物をにらみつけた。

 いつの間にか、皇帝の隣で、大きな態度を取るようになっていた男だ。

 自らが、あたかも「皇帝の側近」と言わんばかりの言動をしている。

 グレゴールとて、ラタレリークの国王であり、王族。

 身分を軽んじられる覚えはない。

 

「私の兵が悪い、と言うのか、ジズ?」

 

 ジズが淡い銀色の髪を、わざとらしく手でかき上げる。

 水色の瞳に嘲笑されている気がしてならなかった。

 皇帝が重用していなければ、首を()ねていたところだ。

 

 ジズは外見からして東帝国の出身であり、おそらく貴族ではない。

 仮に貴族であったとしても低位の爵位だろう。

 ならば、ジズの死で東帝国が動く、というようなことはないと言い切れる。

 本来、気に入らないとの理由だけで殺せる相手なのだ。

 

「そのようなことは申し上げておりません。私に少しばかりご相談いただけていれば、と思っただけです。いくらかは便利な道具を貸して差し上げられましたから」

 

 グレゴールは顔をしかめた。

 ジズが「めずらしい」道具を持っているのは事実だ。

 目の前で見せられたのだから、疑う余地はない。

 それもあって皇帝に認められている。

 

 気にいらなくはあるが、有益な道具を貸してもらいたいと、心が傾いていた。

 さっき下されたばかりの命令を、自分だけでやり遂げられるとも思えずにいる。

 皇帝がグレゴールに命令したあと、ジズが訪ねて来た。

 きっと、こちらが苦慮しているとわかっていたのだ。

 

 なにが目的かは知らないが。

 

「ところで、今回の策は上手くいかないと、グレゴール様はお考えなのですか?」

「……逆に問おう。上手くいくと思える理由があるか?」

「陛下も仰っておられましたが、いかにファルセラスと言えど、背後からの攻撃に備え切れてはいないと思いますよ?」

「だとしても……」

 

 グレゴールには、その策が上手くいくとは露ほども感じない。

 上手くいくはずがないとしか思えずにいる。

 リザレダは十万の大軍を率いていたにもかかわらず、敗北したのだ。

 しかも、あのカリスティアン・リザレダが下僕にまで身を落としている。

 

(カリスティアンは優秀な騎士だ。士気も練度も高い兵を伴ってもいた。それでも負けたのだぞ。西帝国が手を出せずにいたのも、もとよりリザレダ軍が脅威だったからではないか。そのリザレダ軍をして勝てなかった相手に……)

 

 小細工が通用すると思えるほうが、どうかしている。

 多少の利はあったとしても、戦況が大きく有利に傾くことはない。

 グレゴールは、そう予想していた。

 

 あの城には、化け物がいる。

 

 どういう者かはわからないが「なにか」いるのは間違いない。

 それがリザレダの国王を屈服させたのだ。

 そんな相手とまともにやり合う気にはなれなかった。

 敗北するために戦をしかける馬鹿はいない。

 

「ラタレリークには強みがあるではないですか」

 

 ジズの言葉に、ふんっと鼻を鳴らす。

 さっき言われた「背後」とは、海のことだ。

 ラタレリークは海に近く、海産を扱うのを許されていた。

 必然的に、船を多く所有している。

 

「海から攻めたとして、あの断崖をどうする? 上から狙い撃ちにされるだけだ」

 

 ヴィエラキは南の端とも言える土地柄。

 その「背後」は確かに海だが、そこは山脈地帯となっており、海際は断崖絶壁。

 

 よじ登ることはできたとしても、簡単に撃ち落されてしまうに決まっていた。

 だからこそ、繰り返されてきた戦争でも、正面突破をすべく、ファルセラスの城攻めを狙ってきたのだ。

 その多くが、城まで辿り着けず、砂漠に消えていったけれども。

 

「ヴィエラキ内部にささやかな混乱を招き、背後にまで気が回らないようにすれば勝機はありますよ」

「ささやかな混乱……? そちらに目を向けさせておいて、ということか?」

「そうです。ヴィエラキは海側から攻められたことがありませんしね。ささやかであっても国が混乱している中、わざわざ敵襲がありそうにもない場所にまで注意をするとは思えませんから」

 

 ジズの言葉に、グレゴールは逡巡する。

 わずかではあっても「勝機」がゼロとは言えなかったからだ。

 いずれにせよ皇帝の命令には逆らえない。

 ただ、それでも負け戦を回避できる方法はないかと考えていた。

 

 しかし、勝機があるのだとすれば。

 

 皇帝に逆らう「回避策」を考えるより生き延びられる可能性は高い。

 西帝国に依存している現状、皇帝の一存で、たちまちラタレリークは、日干しになってしまうのだから。

 

「しかし、混乱と言ってもなにをすればいいのか……」

「適当な駒があるではないですか」

 

 ジズが赤い唇を横に引き、妖艶に笑う。

 男であるのはわかっていても惑わされそうになる笑みだ。

 その赤い唇が色香を漂わせながら、動く。

 

「カリスティアン・リザレダを寝返らせるのですよ」


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