表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
OVER KILLってる?  作者: たつみ
第3章 不肖なあなたは、私の下僕
44/60

称賛という名の褒美

 リーシアは、1人で私室にいた。

 モルデカイは坑道の様子見に行っている。

 ヘラとロキは、それぞれの仕事をしているのだろう。

 近くにはいなかった。

 

(モルデカイがいないのは不安だけれど、私も大人なのだし……)

 

 意を決して、腰かけていたソファから立ち上がる。

 必要はないのだが、両手を握り締めた。

 

「やあ、何日ぶりかはわからないが、久しぶりだね、シア」

「ええ、お父様。そちらは、お変わりない?」

「まずまずというところかな。ところで、シア」

 

 なぜか、ぎくっとする。

 別に「小言」を言われるようなことは、なにもしていないはずだ。

 父の「ところで」に、思い当たる節があるような、ないような。

 

「城攻めに行っていた兵たちが、こちらに出戻っているのだが」

「あ……」

「ざっと1万人というところかなあ」

「あ、あの、お父様、殺しておくべきだったって思っているのでしょう? 私も、1度は殺したのだけれど、カリスの眷属かもしれないと思って生き還らせて、でも眷属にならない者は砂漠に放逐したの! だって、カリスを見捨てたのだもの! 彼、すごく繊細なのよ? とっても傷ついていたわ! だから、生温いことでは、到底……っ……到底…………許すべきではないと思ったのよ、お父様……」

 

 申し出たのはカリスだが、リーシアはそれを「もっともだ」と思った。

 なので、当然に「自分の考え」としている。

  (あるじ)としての責任感からではない。

 下僕たちは、リーシアの持ち物だというのが基本的な認識だが、しかし。

 

 感覚としては「体の外にある内臓器官」に近い。

 持ち物といっても、小銭入れやドレスとは違う。

 

 腹痛があれば、人は「薬」を飲む。

 けれど、飲まずに耐えるか、飲んで癒すかを決めるのは「体の持ち主」だ。

 胃腸が勝手に手足を動かして、薬を飲んだりはしない。

 

 もちろんリーシアは腹痛など起こしたことはなかったし、彼女の「内臓=下僕」たちは「勝手に」動くのだけれども。

 

 リーシアにとっては、そのくらい自然な思考となっている。

 要は、下の者のしたことは上の者の責任なんて原理で行動はしていない、ということなのだ。

 普段は下僕たちがなにをしているのか把握してもいないのに、結果は自分のこととして受けとめている。

 

「シア」

「はい、お父様……」

「出戻った者たちは、カリスの眷属ではないのだね?」

「はい、お父様……」

「彼らがヴィエラキに再び侵攻してくる可能性は考えてのことかい?」

「それはカリスがさせないわ!」

 

 カリスが、そう言ったのだ。

 絶対にさせない、と。

 

「それならいいさ」

 

 父の軽い口調に、ホッとする。

 だが、少し残念でもあった。

 

(1万人も生き残ったなんて……思ったほどの成果が出なくて、きっとカリスも、がっかりするわね。全員、死ねば良かったのに)

 

 残された6万人の兵が、未だ砂漠をさまよっているのか、殺し合っているのか、飢え死んでいるのかは、どうでもいい。

 1万人の兵が生き残っていることが「確実」になったのが癪に障る。

 せっかく気を取り直させたカリスを、また落ち込ませることになるだろう。

 ならば、リーシアもまた「メンタルケア」しなければならなくなるのだ。

 

「今からでも、私、そちらに行こうかしら? 私が処分すべきよね?」

「いいや、こちらのことは、私たちに任せておきたまえ。それよりも、きみには、カリスに伝えてほしいことがあってね」

「カリスに?」

「シア、カリスは努力しているのではないかね?」

「ええ、とても努力しているわ。この前も東帝国からの使者に、とても傷つけられたっていうのに、事を自分で処理しようと……」

「東帝国から使者が来ていたとは知らなかったな」

 

 あ…と、思った。

 元々、その話をするために、父に連絡をしている。

 が、うっかりすっかり忘れていた。

 

「用件がわからなかったものだから、しばらく放っておいたのよ、お父様」

 

 慌てて、言葉を添える。

 父が、のんびりとした調子で「ふぅん」と答えたので、胸を撫でおろした。

 父の小言は、強大な力を持つリーシアの最大の「弱点」なのだ。

 

「最近になって対処することにしたのだけれど、本当に、よくわからなかったわ。カリスを虐めに来たみたい。だから、カリスが処理して、私に出番はなかったの」

「使者を殺してはいないのだね?」

「そうよ、お父様。殺したほうがいい?」

「シア、私が訊いたのは、カリスが殺したのかどうかだよ。きみは、使者の対処をカリスに一任した。ならば、そいつを殺すかどうかも、彼の判断に任せなさい」

「そうね。わかったわ」

 

 父の言うことは正しい。

 現に、モルデカイの「対処」に対して、あとから手出しをしたことはなかった。

 カリスにも同様に接するべきだ。

 同等とするのは難しくても。

 

「話が逸れてしまったな。これから話すことを、カリスに伝えてくれるかい?」

「はい、お父様。もちろん」

「努力には、寛容と忍耐、加えて褒美も必要だ。彼は今、リザレダやティタリヒがどうなったか、気にしているだろうからね」

「そうなの? そんなふうには見えないけれど、カリスは不愛想だから」

 

 父が爽やかな笑い声をあげる。

 そのあとで「カリスに伝えてほしいこと」を話し出した。

 リーシアには重要だとは思えなかったが、カリスには違うのかもしれない。

 なにせ父が「褒美」と言ったくらいなのだ。

 

「ところで、お父様たちは、まだ帰ってらっしゃらないの?」

 

 ひと通り聞き終わったあとで、切り出す。

 また東帝国から、あれこれ言ってきたら面倒くさい。

 外交は、カリスに丸投げする予定ではあった。

 が、父たちがいてくれれば、カリスは「眷属管理」に専念できる。

 

(民も、カリスの眷属に頼り始めているし、そっちに力を入れてほしいのよね)

 

 1年の終わりが近づいていた。

 この時期は、街もなにかと忙しない。

 眷属の手を借りたいと思う民も増えるはずだ。

 東帝国になんてかまってはいられない。

 

「1度、年末年始に帰る必要はあるが、それまでは帰らないよ」

「え……それって、ギリギリまで、ということ?」

「そうとも」

 

 あっさり言われ、がっくりきた。

 父は「遊び心」で動く人だと知っている。

 帰らないと言ったら、帰らない。

 

 ということは、あと1ヶ月以上も、城はリーシア管理だ。

 実際的な「管理」を、リーシアがしているかどうかは別にして。

 

「なにか不都合があるのかな?」

「まったくないわ」

 

 即座に答える。

 管理を怠っていると判断されたくなかったからだ。

 小言を言われたくないのもあるが、それ以上に「ちゃんとできている」ところを見せておきたかった。

 

「そのようだね。城攻めに対しても、きみはとても辛抱強く対処した」

「まったくよ。たった千人ぽっちしか殺さなかったもの」

「上出来じゃないか、シア」

「ありがとう、お父様」

 

 褒められて、胸が、ぽっぽっと暖かくなる。

 小言だけではなく、父は、よく褒めてもくれるが、そのたびに嬉しくなるのだ。

 それで張り切り過ぎると、たいていは「やり過ぎて」しくじるのだけれども。

 

「カリスのことも気にかけているようで安心した。彼はルーキーだからね」

「メンタルケアも、バッチリよ」

「見事なものだ。きみに城を任せて良かったな」

 

 リーシアは、私室で1人、にこにこしている。

 軽く、とんっとんっと床を蹴って飛び跳ねていた。

 今すぐ飛んで行って、父に抱きつきたくなる。

 そのくらい浮かれていた。

 

「私たちが帰るまで、城を頼んだよ」

「ええ、任せておいて、お父様」

 

 なにやら、なんでもできる気になっている。

 自分が、いかに面倒くさがりかも忘れていた。

 父との連絡を終えても、気分が高揚している。

 早速に、父の言いつけを守ることにした。

 

「モルデカイ」

「お (そば)に」

 

 モルデカイが、リーシアの隣に現れる。

 胸に手をあて、深々と頭を下げていた。

 そのモルデカイの両手を握る。

 顔を上げたモルデカイに、にっこりした。

 

「ねえ、聞いて。お父様に褒められたのよ、私」

「それは喜ばしきことにございますね」

 

 モルデカイが、片眼鏡の奥の瞳をわずかに細める。

 口元も、ごく微かに「笑み」を浮かべていた。

 ほかの者、とくにカリスの眷属たちが見れば、ゾッとするような笑みだ。

 だが、リーシアには、モルデカイが自分の気持ちをわかってくれている、としか感じない。

 

 下僕たちを、リーシアの「内臓」とするなら、ヘラは胃、ロキは腎臓、そして、モルデカイは心臓といったところだ。

 カリスは、今のところ「なんとなく内臓っぽくなってきた」程度なので、果たす役割をたとえようがない。

 

「そうなの。とっても嬉しかったわ」

 

 こうしてモルデカイに話してしまうところが、リーシアの中の幼さだった。

 自分の心に秘めておくことができない。

 加えて、一緒に喜んでもらいたがる。

 モルデカイが、自分の心に寄り添っていると、無意識に感じているからだ。

 

「ギゼル様も、シア様を誇りに思っておられるでしょう」

「そうね。そうだといいわね」

 

 にこにこしながら話していて、思い出す。

 ずっと父に「誇り」に思ってもらえるように、言いつけは守らなければ、と。

 

「今すぐ、カリスと話さなくちゃ」

「かしこまりました。直ちに連れてまいります」

「カリスには連絡がつかないから、面倒よね」

「アイテムを渡しておきましょう」

「いえ、いいの。必要があれば、あなたに頼むわ」

「シア様の御心のままに」

 

 言って、モルデカイが姿を消した。

 なぜ通信用の「アイテム」を、カリスに渡す必要がないと言ったのか、理解してくれているのだ。

 

(お父様たちも持ちたがらないものね)

 

 ほとんどの通信用アイテムは「双方向」となっている。

 要は、カリスから自分に、いちいち連絡が入るのが面倒、ということ。

 

 リーシアは、アイテムなどなくても、父たちや下僕3人とは、好きな時に連絡をすることができた。

 だが、父たちに対しては、あまり使わない。

 本当に、必要がある、と感じた時だけだ。

 

 些細なことで、父たちを煩わせたくはなかった。

 3人が、あえてアイテムを持たずに出かけるのは、自分のことは自分で対処するというのが、ファルセラスでは基本とされているからだ。

 とくに「遊び心」で動く父は、縛られるのを好まない。

 

 そして、リーシアの傍には、いつもモルデカイがいる。

 ほかの者と連絡を取る「必要があるかどうか」も、モルデカイが判断していた。

 リーシアが下僕たちとしているのは「連絡」ではなく、お喋りの類だ。

 必要があるかどうかなど、気にしてはいない。

 

「モルデカイって、本当に素晴らしいわ」

「お褒めにあずかり恐縮にございます」

「あら、帰っていたのね」

 

 モルデカイがカリスを連れて戻っていた。

 カリスは、薄汚れた格好をしているうえに、不愛想な顔で立っている。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ