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OVER KILLってる?  作者: たつみ
第3章 不肖なあなたは、私の下僕
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メンタルケアの成果

 もう冬と呼ばれる季節。

 街に出れば、吐く息が白くなる。

 だが、彼女のいるここは暖かくて陽射しもやわらかい。

 野外のように見えても、実は室内なのだ。

 

 彼女は、お気に入りの白いテーブルセットのイスに座り、朝食をとっている。

 今朝は温室に来ていた。

 室内にある温室だ。

 そもそもの温室の意味からすると、それ自体に意味はない。

 ただ雰囲気を楽しむためだけのものだった。

 

 ヴィエラキ大公国、ファルセラスの城。

 

 城塞としての役割を果たすものではあるが、ヴィエラキを統治するファルセラス大公家の居館でもある。

 外観からは想像もつかないくらい、中は広い。

 初代ヴィエラキ大公の「力作」と言われており、代々ファルセラスが大事に受け継いできた。

 

 彼女もまた、この城を傷つけるのを肯とはせずにいる。

 汚すことは「たまに」あるけれども。

 

 現大公ギゼル・ファルセラスの1人娘、大公女リーシア・ファルセラス。

 

 腰までの長い銀髪に、暗い色の赤い瞳が印象的な美しい女性だ。

 外交を好まず、彼女の生きてきた22年の間で他国に出向いたことは数えるほどしかない。

 ほとんどヴィエラキに籠っている。

 

 リーシアは自らの存在を「ヴィエラキを守るためにある」としていた。

 なので、それ以外のことには、たいして興味がない。

 わけのわからないことばかりをする他国の者との外交より、街に出て、民と話すほうが、彼女にとっては楽しいのだ。

 

 しかも、彼女は面倒くさがりなので。

 

 外交なんて面倒は、父や兄たちに任せきり。

 リーシアは、自分が「ヴィエラキを守る存在」との認識はあるが「ヴィエラキを背負っている」だなんて思ってはいない。

 次期大公位は、兄ラズロと決まっているからだ。

 

 リーシアには2人の兄がいる。

 ラズロとピサロという双子の兄弟。

 

 どちらが「大公 世子(せいし)」となるかでモメている時、居合わせたリーシアにピサロが冗談で「お前がやるかい?」と訊いた。

 当時、彼女は16歳だったが、聞いた瞬間、大泣き。

 父に (なだ)められ、ようやく5時間後に泣き止んだ。

 

 それくらい「面倒」が嫌いなのだ。

 

 けして、我儘ではないのだが、そんなふうに、彼女は歳に見合わない幼さを心にかかえている。

 それを (とが)める者も、ほぼいなかった。

 リーシアを本気で (いさ)めるのは、父だけだ。

 

 怒鳴られたり、暴力を振るわれたりしたことはない。

 それでも、父の「小言」を、なにより彼女は恐れている。

 父に切々と (さと)されると悲しくなるからだ。

 実際、3日3晩に渡って泣く。

 

 そのため、できうる限り父の「小言」を回避しようと努力はしていた。

 言われたことを守るようにはしているのだ、一応。

 

「シア様、カリスはいかがでしたか?」

「それはもう大変だったのよ、モルデカイ」

 

 緩く結ばれた細いリボンタイ以外、執事風の身なりのモルデカイは、リーシアの隣に、ティーポット片手に立っている。

 彼女の下僕の中で、最も「役に立つ」存在だ。

 とはいえ、父や兄たちとは違い、リーシアの下僕は4人しかいない。

 

「あいつ、また落ち込んでたっすか?」

「そうなの、本当に大変だったわ、ロキ」

「ちょっと繊細過ぎますわよね?」

「まったくよ、ヘラ」

 

 ふわふわした若葉色の髪に、そばかすのある「悪戯小僧」という雰囲気のロキに、黒いロング丈のメイド服姿のヘラ。

 2人は、リーシアの (かたわら)(ひざまず)いて控えている。

 これが、3人の定位置なのだ。

 

 リーシアが「命令」したわけではない。

 

 3人は、各々が好きに動いているので、命令など必要なかった。

 問題なのは、4人目の下僕。

 3人に比べると、手がかかってしようがないのだ。

 

「あれほど無慈悲に傷つけられたのですから、大目に見るよりほかございません」

「そうよねえ。カリスも繊細過ぎるとは思うけれど、あれはないわ」

「やっぱり、あれすか、泣いてたすか?」

「そうみたい。私に泣き顔を見せまいとしていたわね」

「なんて健気な……いつもは、あれほど不愛想なのに……」

 

 しんみり。

 

 リーシアは、昨夜のカリスの打ちのめされた姿を思い出し、少し気の毒になる。

 彼女だって、ずいぶんと可愛がっていたヒヨコがニワトリになった途端、自分を蹴飛ばしてきた時には、落ち込んだりしたものだ。

 養鶏場を営んでいるピートは「ニワトリなんてそんなものですよ」と笑っていたけれど。

 

(カリスはモブ兵に蹴飛ばされたようなものだから、ニワトリに蹴飛ばされるより傷つくわよね。モブ兵なんてニワトリ以下の存在だもの)

 

 昨日、カリスは外交官として東帝国から来た「使者」の対応をしていた。

 名など覚えていないが、使者は青髪の第4皇子。

 その青髪は、カリスの「トラウマ」をつつき回したのだ。

 

 カリスは自らの眷属たちの仕打ちを思い出したらしく、夜中に1人ひっそり泣いていた。

 と、リーシアは思っている。


「だから、大変だったけれど、カリスのメンタルケアはしておいたわ。どうにか、気を持ち直したみたい。今頃、あの青髪で鬱憤を晴らせているのじゃない?」

「もし、あの第4皇子がカリスの眷属になっていない場合は、私がサクっと始末をしてまいります」

「そうね。任せるわ」

 

 リーシアは、カリスの眷属には関心がなかった。

 カリスが管理すべき者たちなので、自分には関係がないと思っている。

 ましてや、あの「いけ好かない青髪」のことなんかどうでもいい。

 情けなくも腰を抜かし、悲鳴を上げる姿も見ていたので、なおさらに、どうでもよかった。

 

(あの青髪をとっちめて、カリスの溜飲が下がれば、それでいいって話だもの)

 

 その程度の「制裁」で納得するというのだから、カリスは我慢強いのだろう。

 リーシアはと言えば、ヴィエラキを下に見ている言い草に苛ついていた。

 あげく自分の下僕を傷つけたのだし、東帝国を消し飛ばしてもいいのではないかと思ったほどだ。

 とはいえ、最も被害を被ったカリスが納得しているので、それ以上の「制裁」を加えるのはやめている。

 

「そういや、カリスは?」

「今日は鉱山に行っているよ、ロキ」

「うはっ! あんなとこに行くなんて、ちょっとオレには考えらんねーな」

「私も……鉱山は苦手だわ……」

 

 ロキとヘラが口を揃えて言った。

 掃除屋と片付屋には「不得手」な場所には違いない。

 年がら年中、砂埃や煤だらけで、けれど、それが鉱山の在り様でもある。

 なので、掃除も片付けも、する意味と理由がないのだ。

 

「そっか! あの青髪野郎に労役させて、気晴らしする気だな、カリスのヤツ」

「あんな軟弱な者では、そのくらいしか用がないわよ」

「冬場の鉱山は大変だからね。素直にさせるには、ちょうどいい」

 

 そう、モルデカイの言う通り、冬場の鉱山は「大変」だった。

 ヴィエラキは大陸の南にあり、背面は標高の高い山々が連なっている。

 冬にもなれば、山の半分ほどまでが白い雪に覆われるのだ。

 鉱山は、その山脈の中にあった。

 

「標高は、さほど高くない場所だが、街よりずっと寒い。それでも火を焚くことはできないのだからねえ」

「ヴィエラキには、冬場に鉱山に行こうなんて物好きはいねーもんな」

 

 ロキの言う通りだ。

 鉱山の仕事は重労働なので、街での仕事に比べると割がいい。

 そのため、気候の良い時期に「ひと稼ぎ」して、冬場はのんびりと過ごす。

 民の「鉱夫」は、みんな、そうしていた。

 

「ただ冬場に鉄が不足するのは否めないところだっただろう? つまり、カリスの眷属が役に立てる機会ではある」

「それなのよ、モルデカイ」

 

 リーシアが、大きくうなずいてみせる。

 今回、カリスが眷属連れで鉱山に行くことになった「理由」だ。

 

「カールの大鍋に穴が空きそうになったの」

「それは一大事にございますね、シア様」

「本当に、そうよね。でも、金物店のコルヒーに、鉄が不足しているから、鍋ならともかく、大鍋は春先まで待ってくれって言われたのですって」

「大鍋がなければ煮込み料理を作るのに支障をきたすのではないでしょうか?」

「それよ。カールも、伝書鳩を飛ばすか悩んでいたわ」

 

 ファルセラスの下僕には「鍛冶屋」もいる。

 兄ラズロの下僕ゴヴニュなら、カールの大鍋も簡単に直せた。

 だが、基本的に、ヴィエラキの民は「命に関わる」ことや「どうしても」という時以外には、ファルセラスを頼らない。

 

 ファルセラスも伝書鳩が来ない限り「本来的」には、手は貸さないのだ。

 リーシアは、つい手を貸してしまうこともあったが、注意はしている。

 父曰く「自立心が失われる」らしい。

 そうなると「民が堕落する」らしい。

 

 なぜなのかは理解していなかったが、民を思うのであればこそ、安易にその場をしのいではならない、ということだとは理解している。

 

 リーシアは、ひょいっと軽く肩をすくめた。

 ともあれ、カールは「伝書鳩」を飛ばさずにすんだのだ。

 

「カリスの眷属が採掘することになって、カールの悩みは解消されたでしょうね。それに、彼の眷属にはウィザードもいるじゃない? もし坑道が爆発して、手足がちぎれても、元に戻せるから安心よね」

「最近、私は、あのような者たちでも、存外、役に立つと知りました」

「まあ、あなたも? 私もよ、モルデカイ」

 

 最初は、元モブ兵の眷属なんて「草抜き」くらいしかできることはないだろうと思っていた。

 彼らは騎士やウィザードだが、ヴィエラキには「圧倒的」な戦力がある。

 レベル2程度の「無能」では、戦力には成り得ない。

 ヘラやロキの眷属のように、特化した技術もないとくれば、カリスの眷属として「飼う」だけのつもりでいたのだ。

 

「カリスは、お役に立ちたくて必死なのですよ、シア様」

 

 ヘラに言われ、リーシアも軽くうなずいた。

 面倒も多々あれど、カリスが必死で努力しているので、彼女とて「寛容と忍耐」でもって応えている。

 と、思っている。

 

「結果として民のためになっているのなら、私に不満はないわ」

 

 自分の「手間」も民のため、ひいてはヴィエラキのためとなるのだ。

 それに、カリスは「外交官」の役を担っている。

 外とのやりとりは、カリスに丸投げすればいい。

 結局のところ、あの青髪とだって、ほとんど話さなくてすんだのだから。


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