夜半の出来事
ウィザードに城内を探らせることはできなかった。
特殊な防御が掛かっているらしい。
だが、それがなにかさえわからないという。
わかっているのは、ウィザードの使えるヴィジョン系、サイコメトリー系の視覚情報を得る魔法や「スキル」と呼ばれる能力を使っても、城内を映し出せなかったことだけだ。
(嫌な感じはするが、ファルセラスの城だ。仕掛けがあっても不思議はないか)
とくに、無力な大公女を残して城を出るとなれば、見掛け通り無防備にして行くほうが不自然な気もする。
城に細工をしているから、防御壁を張ることはないと考えたのかもしれない。
聞いたことはないが、そういう配置型の魔法も存在している可能性はあった。
(ならば、やはり城内にウィザードは残っていなさそうだな)
城にウィザードを残して行けたなら、あえてこんな細工をすることはないのだ。
大公女を1人にせざるを得なかったので、細工を施したと考えられる。
仮にウィザードが残っていたとしても、少数に違いない。
リザレダのウィザードの数にはおよばないだろう。
とはいえ、当然、引き返すことも考えた。
ウィザードの力は使えないかもしれないのだ。
そうなると戦力が不足する可能性がある。
引き返し、フィデルとともに城外に残した物理攻撃を得意とする兵に入れ替えたほうが確実だった。
(しかし……時間が惜しい。クヌートから連絡が入っていない以上、向こうが苦戦しているのは明白だ)
だいたい城内で魔法が使えないのなら、相手だって同じだった。
ウィザードは、敵味方を自らの意思で判断している。
魔法自体が判別しているわけではない。
なので、不利益があれば、敵味方関係なく同等に影響を受けるはずなのだ。
(城内で力が使えないのなら、ウィザードは下がらせればいい)
ともかく、ここまで来て引き返すわけにはいかない。
すでに他の2国は動いている。
城を落とせなければ、そちらが危うくなるのだ。
同盟国の王であり幼馴染みであるクヌートを見殺しにはできなかった。
(いざとなればフィデルを呼べばすむことだ)
本来、国王が先陣を切ることはない。
副官であるフィデルが様子を見に行くのが妥当となる。
だが、相手は大公女だ。
その場で判断を下さなければならない状況も考えられた。
投降か死か。
国王であるカリスティアンだけが、その選択を突きつけることができる。
フィデルからの連絡を待ち、それを聞いて決断していては時間がかかり過ぎると判断した。
なので、自ら先陣を切っている。
大公女1人に全勢力をつぎ込むことはないと、ほとんどの兵を城外に残した。
その指揮をフィデルに任せている。
同行させたのはウィザードを含む千人程度。
「お前たちは、ここで待機だ。なにかあればフィデルに連絡しろ」
城の主城門の少し手前に何人かのウィザードを残して行くことにした。
あとは城内に踏み込んだ自分たちに対し、大公女がどう出て来るか。
多少は、腕の立つ者がいるかもしれない。
だが、異変があれば城壁外の兵で押し潰せばいいのだ。
数では圧倒的にリザレダ軍が勝っている。
カリスティアンは、城を見上げた。
石造りの、どうということはない城だ。
敵兵の気配も感じられない。
視線を門に戻そうとした時だった。
(あれは……)
側壁塔の上。
銀色に光るものが見える。
風に漂っているそれが、なんなのかに気づく。
(大公女……あそこに隠れているのだな)
城に仕掛けをし、本来いるはずのない場所に大公女を隠しているに違いない。
側壁塔は壁面をよじ登ってくる敵を攻撃するのが主な用途であり、城内側にしか扉がないのだ。
城の仕掛けは、城内に踏み込むのを警戒させ、外から攻めさせるのが目的だったのかもしれない。
(おそらくウィザードの攻撃魔法は、この城には通じない。だとすると力技で押すしかないが、城自体を瓦解させるには至るまい)
城を外から攻撃するのであれば城壁や居館を狙う。
敵兵のいない側壁塔に無駄撃ちをする必要はない。
だから、大公女を側壁塔に隠したのではないか。
「門を開けよ」
リザレダ軍は、主城門が開いているなどとは思っていなかった。
カリスティアンの命令に、重装備の騎士たちが大斧を振るう。
彼らは、頑丈な鉄をも打ち破ることができるスキル持ちだ。
大きな鉄扉に裂け目が入っていく。
数分もしない内に、主城門が砕け散った。
カリスティアンは、側壁塔を見上げる。
月明りの中、銀色の髪がなびいていた。
*****
同時刻
「ラズロ、彼ら、まさか扉を破ったりはしていないよね?」
「さぁなぁ。主城門を開け放ってる城なんかねぇからよぉ」
銀色の髪に茶色の瞳のラズロ。
双子の兄であり、ヴィエラキ大公位の継承第1位。
外交的には、大公世子と呼ばれていた。
がっちりとした体格に似合わず、おっとりした性格をしている。
亡くなった母親に似た垂れ気味の茶色い目が優しい雰囲気を醸し出していた。
「破っていたら、事だよ?」
「シアが怒るだろうぜぇ」
金色の髪に青色の瞳のピサロ。
双子の弟で、外交的には大公子と呼ばれる、継承第2位の次男。
母親似の金髪が月明りに輝いていた。
ラズロと同じく大柄ではないが、がっちりというよりカッチリした体躯。
そのためラズロよりもスリムな印象を与えている。
父親似の銀の目は緩やかな曲線で縁取られていて、やや細くはあっても冷淡には見えない。
ラズロのおっとりした雰囲気に対して、理知的な落ち着きが感じられる。
「私に小言を言われたくなくて、よけいに怒るね、きっと」
ヴィエラキ大公国、大公ギゼル・ファルセラス。
銀の髪に青い瞳をしている。
背が高く、すっきりとした筋肉質な体形で、とても42歳には見えない。
涼しげな目元に、眼鏡がずり落ちるのを心配する必要がない高い鼻筋と、薄くも厚くもない唇。
ラズロとピサロの上の兄だと言っても通用しそうな風貌だった。
「シア、小言が嫌で連絡してこないのかねぇ」
「お前が出掛けに小言を言ったからじゃないか」
「シアは面倒くさがりだろ? いきなり殲滅するかもしれないと思ってよぉ」
「ラズロの心配は理解できるよ。あの娘は本当に面倒くさがりだし、民のことしか頭にないからね」
「それは赤瞳のファルセラスなら当然でしょう、父上」
ギゼルが肩をすくめた。
初代の血を継承したファルセラスは、なによりヴィエラキの民を大事にする。
もちろんファルセラスの名を持つ3人も民を大事にしているが、リーシアの持つ意識は次元が異なっていた。
だから、3人はリーシアを心配するし、小言も言うのだ。
やり過ぎないように、と。
「あっちは主城門の無事を願うとして、こっちはピサロの読み通りだったなぁ」
「あの卑劣な男の考えそうなことだもの」
「ヴィジェーロは皇帝らしく振舞おうと必死なのだよ」
「父上に張り合っているだけじゃないですかぁ」
西帝国皇帝ヴィジェーロ・ネルロイラトルはギゼルと同じ42歳。
帝国皇帝より、小さな大公国であるヴィエラキ大公の名声が不満らしかった。
ギゼルがヴィジェーロに鼻も引っ掛けずにいるのも気に食わないのだろう。
皇帝になって以来、良い噂はないようだ。
ギゼルの下僕には情報屋がいた。
ほかの下僕と同じく、それを「専門職」としているため、どんな情報でも簡単に手に入れてくる。
ギゼルが命令しなくても、情報を取捨選択し、そっと渡してくるのだ。
姿はほぼ見せないのだが、そうしたことをファルセラスでは「職業病」と言う。
今回のことも、事前に情報は入っていた。
前西皇帝が侵略を好む性格ではなかったため、久しぶりの戦争だ。
どう対処するかは、ピサロが決めている。
そのピサロに向けて、ギゼルが明るい口調で言った。
「私は、彼を非難したことも、嘲弄したこともない。冗談のひとつも言ったことはないというのにね。目の敵にされても困る」
「父上の、そういうところが鼻につくのだと思いますよ」
ピサロの指摘に、ギゼルは爽やかに笑う。
本気でヴィジェーロのことなど相手にしていない証拠だ。
3人にとって初めての戦争だが、臆した様子はない。
月が綺麗だったのでピクニックに来たとでもいうような気楽さがある。
「にしても、ティタリヒは、なんでラタレリークなんか信じちまったのかねぇ」
「信じる信じないの話じゃないよ。ヴィジェーロに膝を屈した時点でティタリヒはラタレリークとの共同戦線を断れる状況じゃなくなっている」
「だから、俺は外交が嫌いなんだよなぁ」
会話にも、まるで緊張感がなかった。
誰かが聞いていたとしても、戦争の最中だとは思わないだろう。
「お前が真面目に外交をしているとは知らなかったな」
「公務は真面目にやってるってぇのにさぁ。なんだよ、ピサロ。文句があるなら、お前に世子をやらせてもいいんだぜぇ?」
「絶対に嫌だね。僕は位のつくイスが好きじゃないんだ」
ちぇっと、ラズロが少しだけ不満そうな声をもらした。
双子なので、兄と弟との感覚が希薄。
どちらが大公位を継ごうが、どうでもいいといった調子だ。
「ヴィジェーロみたいな奴ほど、玉座なんてものにこだわるからね」
「彼は、ヴィジェーロにいいようにされちまったなぁ」
「判断を誤ると若死にするという教訓にすればいいさ」
ギゼルの言葉とともに、3人が主城門に視線を向ける。
ティタリヒ王国の主城門だ。
そこには、国王クヌートの死体が吊るされていた。