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OVER KILLってる?  作者: たつみ
第2章 無能なあなたは、私の下僕
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いけ好かない青髪

 

「モルデカイ、覗き扉を出してくれる?」

「カレイドビジョンにございますね。かしこまりました」

 

 どこを、なにを、と言わなくても、モルデカイは正しく理解してくれている。

 居館側の別の応接室にいるリーシアの目の前に、あたかもカリスのいる応接室があるかのような空間が現れた。

 手を伸ばせばふれられるかのように見える。

 

 カレイドビジョンはミラースクリーンとは違い、ただ見るだけの魔法ではない。

 向こう側から、こちらは見えないし、認識もできないが、見ている側は立体的な光景によって状況を正確に把握できるのだ。

 リーシアは、これを「覗き扉」と呼んでいた。

 

 なぜかは不明だが、魔法やアイテムの名が「勝手に」変換されて頭に浮かぶ。

 すると、そっちのほうが、しっくりくるような気がして、いつしか正式名は使わなくなった。

 それでも、家族も含め、城内の者たちは、わかってくれる。

 

「あれが、使者?」

 

 モルデカイの淹れてくれた紅茶を口にしながら、似たようなソファに座っている2人を見つめた。

 カリスの正面に座っているのが、使者だろう。

 室内には、ソファに座る2人以外、壁際に騎士が5人立っている。

 

「東帝国の第4皇子にございます、シア様」

「あら? あの人、名付きだわ。ねえ、モルデカイ?」

「さようにございます。シリル・ラモーニュとの名がついております」

「おかしいわねえ……」

 

 以前、噴水に落書きをしようとした白い髪の皇子は「モブ」だった。

 名無しのくせにと、よけいに腹が立ったので、悪い意味で印象に残っている。

 髪の色が違うので別の皇子ということになるが、兄弟なのに、と思ったのだ。

 

「同じ皇子でも、モブと名付きがいるなんて不思議だわ」

「父親である東皇帝は、一応、名付きでございますから、モブのほうは母親の血統ということではないでしょうか」

「何人もの妻を迎えるなんて、東皇帝って好色家なのかしら」

 

 ヴィエラキにも、相手に縛られず「おつきあい」をする男女はいる。

 人を好きになるのは「自由」だからだ。

 だが、婚姻となると「法」により定められた一夫一妻制の遵守が求められる。

 それを窮屈に感じる者は、男女を問わず、婚姻を避けていた。

 

「外では、ほとんどの国が一夫多妻制をとっておりますし、王族に側室制度があるのは、シア様もご存知でございましょう?」

「知っているけれど、どうにも面倒な話に思えるのよ。だって、それって、大勢の面倒を見るってことじゃない?」

「仰る通りにございます、シア様。外の国々は、なにかと面倒がつきもので」

 

 妻が複数いるということは、母親も複数になる可能性がある。

 母親が複数になれば、当然、子も複数だ。

 父は、リーシアたちの母だけを妻としたが、子は3人。

 思うと、東皇帝は、いったい何人の子を持っているのか。

 

(彼が第4ってことは、少なく見積もっても息子だけで4人いるのよね? 皇女も、自分を第1と言っていたから、きっとほかにも皇女がいるに違いないわ。父親は1人しかいないのに)

 

 薄紫色の瞳は、東皇帝に似ていなくもない。

 が、父親とは似ていない青い髪。

 襟足が長いからなのか、後ろで束ねられた髪は、赤色の細いリボンで、ちょこんと結ばれている。

 城内に入る前に着替えたのだろう、ホワイトタイと言われる正装姿だ。

 

「でも、カリスのほうが正式よね」

「ヴィエラキでの正装という意味では、カリスが正しいと言えるでしょう」

 

 リーシアは、小さく笑った。

 カリスの「努力」は、こうしたところにも表れている。

 なにしろ来た当初は、1人で着替えもできなかったのだ。

 東帝国に出向いた際、カリスはモルデカイに「見立て」を頼んでいた。

 

(最初に着たのが、 (いにしえ)の衣装だったものね。本当に似合っていなかったし、どうかしてしまったのかと思ったけれど)

 

 今にして思えば、早い段階で、道化は不似合いだと、カリスに気づかせることができたのは、収穫だったかもしれない。

 おかげで、カリスは「外交官」という新たな職に挑戦している。

 リーシアの苦手な職業能力との意味合いから言うと、ほかの3人と同じだ。

 

「めずらしいっすねー」

「なにが?」

 

 当然のごとく、応接室にはロキとヘラもいた。

 ソファの脇で、 (ひざまず)いているロキが首をかしげている。

 

「ん~、や、シア様、東帝国のヤツなんて見たくもないはずっしょ?」

「だって、カリスが、また殴られでもしたら、どうするの?」

 

 言った途端、3人の声が重なった。

 

「殴られたあっ?!」

「シア様の下僕を殴るなんて、東帝国は何様のつもり?!」

「東帝国はファルセラスの者に手を上げたのですね」

 

 3人の反応に、あれ?と思う。

 皇女が無礼で不愉快だったという話はした。

 が、カリスが「殴られた」部分は省略してしまっていたようだ。

 そう言えば、言っていなかった気もする。

 

「私も動転したわ。でも、あの時は、カリスが7万の兵に見捨てられたって聞いたばかりだったから、それ以上、カリスを落ち込ませたくなかったのよ」

 

 そう言って「東帝国を消し飛ばさなかった」あらましを話して聞かせた。

 3人が、同情的な目で、カリスを見る。

 現状、向こうからは見えないし、こちらからなにかをすることもできない。

 励ましの声をかけられない代わりに、同情的な視線を向けているのだろう。

 

「そりゃあ、見張っとかねーといけねーっすね」

「カリスに武器を持たせておくべきでしたわ」

 

 ヘラは、すっかりしょげている。

 確かに、カリスはソードマスターの職業能力を持っているのだから、外の者同士であれば、負けはしないはずだ。

 だが、今は、カリスが丸腰なのに対し、第4王子も騎士たちも帯剣している。

 

「しかたがないわよ、ヘラ。私たちにとっては剣があろうがなかろうが、どうでもいいことだもの。あなたの眷属が取り上げようとしなかったのも当然だわ」

「シア様、万が一、カリスが殺されるようなことになった場合、蘇生をお任せしてよろしいでしょうか?」

「もちろんよ、モルデカイ。カリスは私の下僕、私の物なのだから」

 

 モルデカイも、少しは気にはしているらしい。

 カリスの命とリーシアの手を煩わせることの、どちらを気にしているのかはともかく。

 

「悪いが、僕は外交官と話しに来たのではなくてね。大公女殿下との謁見を望んでいるのだよ。そのために半月も待った」

 

 青髪の皇子が言う。

 リーシアは、ちょっぴりイラっとした。

 

「勝手に待っていただけじゃない。嫌なら帰れば良かったのよ。そうでしょう?」

「仰る通りにございます、シア様」

「オレらだってガマンしてたってーの。なぁ、ヘラ?」

「そうですとも。どれほど片付けたかったか……」

「そうよね」

 

 掃除屋のロキと片付屋のヘラが「散らかっている」状態に耐えていたのだ。

 一掃されなかっただけでも感謝すべきだった。

 

「シリル殿下も、ご存知の通り、現在、大公閣下がご不在なのです。そうした中で外からの訪問者には、必然的に注意をはらうことになります。それは、ご理解いただけるのではないでしょうか」

「理解している。だからこそ、黙って待っていたじゃないか」

 

 その言葉に、こちら側ではモルデカイが答える。

 

「黙ってなどおりませんよ。繰り返し従者が謁見を求めてきては、眷属メイドにふてぶてしい態度で文句を言っていたそうにございます」

「まあ! 嫌ね、カリスが知らないと思って」

 

 カリスも外から来たのだし、騙されないだろうとは思うが、ほんの少しハラハラしていた。

 カリスが繊細だからだ。

 すぐに傷ついて泣きそうになったり、落ち込んだりする。

 

(以前、お父様が仰っておられたわよね。無条件に尽くしてくれるからといって、下僕のメンタルケアを怠るのは、主として失格……彼らにも個性があるのだから、ちゃんと見守る必要があるってことだったわ)

 

 とはいえ、モルデカイたちに「メンタルケア」なんてしたことはない。

 それぞれ好きにしているようだったので、必要なかったのだ。

 そもそも、彼らは、カリスのように思い悩む前に、リーシアに言ってくる。

 こうしてはどうかと提案するのは、たいていモルデカイだけれども。

 

「その熱心さを鑑みて、こちらもシリル殿下を城内にお招きしております。どうぞご用件を話しください。大公女殿下の代理として、お訊きいたします」

「代理では話にならないと言っているのが、わからないのか?」

「なぜ話にならないのですか? シリル殿下との謁見について、代理として、私が全権を委ねられております」

 

 第4皇子とやらの表情がこわばった。

 カリスの言いように不満があるらしい。

 リーシアは、本当は顔も出したくないくらいなので、カリスを応援している。

 挨拶もせずにすむのなら、そのほうがいいからだ。

 

「きみはカリスと名乗っているようだが、元リザレダ王国の国王カリスティアン・リザレダだろう?」

「その名は、すでに使っておりません」

「ファルセラスの下僕に成り下がったと聞いているよ?」

 

 ぴくっと、リーシアの指先が震える。

 こちら側の応接室の空気にピリピリとしたものが混じり始めていた。

 

「あれは、一体どういうこと、モルデカイ?」

「外の者は、ファルセラスの下僕になることの栄誉を知らずに生きておりますので、自らの国での経験則から話しているのではないかと存じます」

「成り下がる、と言ったわよね?」

「申しました」

「てことは、あいつからすると、オレらは成り下がってるってわけだ」

「成り上がった、の間違いだと指摘したほうがよろしいのでは?」

 

 ヘラの言葉に、リーシアもうなずく。

 東帝国で「下僕」が、どう扱われているのかは定かではない。

 だが「成り下がる」というのは聞き捨てならない言いざまだ。

 ヴィエラキ自体が侮られていると感じる。

 

「ヴィエラキと東帝国、どちらが上だと思っているの?」

「東帝国の者は、しばしば初代様が東帝国から爵位を与えられたことを引き合いに上だと勘違いをいたします」

「そんな大昔の話は、今のヴィエラキには関係ないじゃない。私の知ったことでもないわ。半分くらい消し飛ばしてやろうかしら」

 

 なまじ、ありありと2人の表情が見えるせいで、イライラした。

 ヴィエラキを侮っているのが許せない。

 加えて、あの青髪は、過去のことを言ってカリスを嘲弄している。

 それも許せない。

 

「その罪を (あがな)うために、カリスは努力をしているのよ? 7万もの兵に見捨てられてもね。あの繊細な彼に、それを突きつけるだなんて酷いじゃない!」

「仰る通りにございます、シア様。無慈悲極まりないと言えますね」

「まったくだぜ。耐えてるんだろーけど、カリス、傷ついてんじゃねーすかね」

「ただでさえシア様の下僕として無能なことを恥じて、努力しようとしているのに」

 

 カリスの表情は変わっていなかった。

 さりとて、元々、カリスは不愛想な性格をしている。

 表情と心情は別ものだと「わかっている」つもりだ。

 

(でも、私が出て行くと、カリスは些末なことで私の手を煩わせたと落ち込むかもしれないわよね……あとでメンタルケアが必要になりそうだし……)

 

 どうすべきか、とリーシアは両手を握り締める。

 そうしていなければ、青髪の皇子を目の前から消してしまいそうだった。


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