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OVER KILLってる?  作者: たつみ
第2章 無能なあなたは、私の下僕
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修正すべき認識

 驚くべきことに、カリスの予想は当たっていた。

 さっきの会話で確信したのだ。

 

(……彼女は、俺を励ましているつもり……なのだな……)

 

 正直、あの言いかたはどうなのか、と思う。

 しかし、リーシア本人に「悪気」はない。

 それは、わかった。

 

 言いかたはどうあれ。

 

 だいたい、あんな話を聞いてしまっては、腹も立てられない。

 ロキの言う「無能と言ったシア様の気持ちもわかる」が、カリスにも、わかる。

 ファルセラスの者たちは、自分が、到底、辿り着けない高見にいるのだ。

 そこから見れば、自分の存在などトウモロコシ1粒分の大きさにも満たない。

 

(だが、当面、殺される心配はなくなったと考えていいだろう)

 

 リーシアは、カリスからすると、とても極端な性格に思える。

 ヴィエラキの民と接している時は表情もやわらかかったし、感情も伴っていた。

 なのに、相手を「敵」と認識した瞬間、がらりと雰囲気が変わる。

 瞳から感情は消え失せ、口調も平坦になるのだ。

 

 冷酷無比の虐殺魔。

 

 きっと民は、そういう彼女を知らずにいる。

 とはいえ、知ったとしても、他国の者のように動揺しない気もした。

 ファルセラスは、ヴィエラキだけを守護する者だ。

 頼もしくはあっても恐れる必要がない。

 

(ヴィエラキの民もまた、異質なのだ。他国の者を、城下に立ち入らせないのも、当然だな。彼らは……善人に過ぎる)

 

 カリスが「元リザレダ出身」だとは知っているようだ。

 戦争があったことは知らされていないとのことだが、リザレダは西帝国側だ。

 

 敵と言えば、敵。

 

 にもかかわらず、敵意をぶつけてくる民はいなかった。

 自然に受け入れ、気さくにつきあってくれている。

 

(彼女の下僕だからというだけではない。俺が、1人で行くようになってからも、彼らの態度は、なにも変わらなかった)

 

 残念ではあるが、カリスの治めていたリザレダの民にも、悪事を働く者はいた。

 仮に、ヴィエラキに、そういう者が入りこんだなら、街の者たちは騙され放題になるだろう。

 ようやくカリスも納得した。

 

(法の改正など必要ない。ここには、大きく秩序を乱す者がいないのだ)

 

 カリスは、私室にある衣装室に戻っている。

 このところ街に出ていたが、モルデカイに「見立て」を頼んだのは、リーシアに同行した最初の1回だけだ。

 ヘラの眷属を呼んで着替えを手伝わせたりもしていない。

 

 自分は「無能」だと、カリスは自覚した。

 

 とはいえ、職業能力の向上は諦めざるを得ないのも現実。

 結果、自分でできることは自分でする、と決めたのだ。

 国王として侍従に世話をされていた頃とは立場が違う。

 

(……いつまでもモルデカイの世話になるのも癪に障る……)

 

 無能と思われるのは、まだ「しかたがない」と思えた。

 が、子供のように扱われたり、おかしな角度から同情されたりするのは心外だ。

 カリスは、できるだけ、ほかの3人に頼りたくないと考えている。

 

「本来なら正装で出迎えるところだが、そこまですることは……いや……」

 

 途中で思い直し、カリスは正装用の「衣装」を手に取った。

 シャツもタイも、すべて一式、揃っている。

 

 黒のモーニングコートに、グレーの生地に黒の縦縞が入ったコールズボン。

 控え目な光沢の銀のウエストコートと、ウィングカラーの白いシャツ。

 ウエストコートと似た色のモーニングタイ。

 それを、カールのビストロで働くモンソルに教わった方法で結ぶ。

 

「ボウタイより見慣れてきたな」

 

 モンソル曰く「ウエイターはタイを蝶結びにはしない」のが、ヴィエラキの伝統なのだそうだ。

 代わりに、結び目が逆三角で、襟元をきゅっと締める形になっている。

 横に結ぶボウタイとは異なり、余った部分が下がるのだが、ウエストコートで、きっちり押さえているので問題ない。

 

 鏡で全身を、くまなくチェックする。

 黒の革靴もピカピカだ。

 

 片付けるのはヘラ担当だが、「磨き上げる」のはロキ担当。

 ロキは、カリスの私室に来ると、カリスをからかいながらも、床を磨いていたりするのだ。

 わずかでも汚れを感知すると、気になるらしい。

 

 モーニングコートのポケットチーフの先を少し直し、小さくうなずく。

 これで「ヴィエラキ流正装」の出来上がり。

 軽く息を吐いて、カリスは衣装室を出た。

 私室の扉を開き、廊下を見回す。

 

「やはりな」

 

 ふんっと鼻を鳴らし、扉近くにあったハンドベルを掴んで鳴らした。

 廊下に誰もいなかったからだ。

 

「応接室まで案内を頼む」

「かしこまりました。カリス様」

 

 ヘラの眷属の侍女が、頭を下げてから、体を返した。

 私室を出て、侍女の後ろについて歩く。

 一応、城内の「地図」は頭に入っていた。

 が、実際には行ったことのない場所ばかりだ。

 自分の足では。

 

(半月近く書斎にこもっていて、そのあとは東帝国、その後すぐ街だ。城内を見て回る時間などなかったと、奴ら、わかっているのか? ああ、そうか。あれがあるから案内はいらないと思ったのか)

 

 街でも、あちこち移動できるのは「首輪」のおかげだった。

 とはいえ、正装したあとでは使えない。

 移動場所を指定するためには「輪っか」を引っ張る必要がある。

 移動はできても、せっかく結んだタイを崩すことになるのだ。

 

(まったく……色が気に入らなければ変えるなんぞと言っていたが、それより形のほうが問題だろうが。もっとマシな物はないのか……?)

 

 厳密に言えば、ムービングチョーカーは「首輪」ではない。

 移動用の「アイテム」だ。

 だが、現実には「首輪」にしか見えないし、リーシアだって「首輪」と言う。

 なので、どうあっても人前で首を (さら)したくなかった。

 

(今はともかく、夏場はどうすればいい? スカーフを巻くのも変だ。仮に変だとしても、そこは、まぁ……誤魔化せるとして……かなり暑いのではないか?)

 

 思った時、ハッとなる。

 カリスがヴィエラキに来たのは1ヶ月ほど前だ。

 なのに、もう半年後のことを考えている。

 

 国には帰れないし、帰る国がなくなっているのも重々承知していた。

 それでも、半月前までは、ヴィエラキに「永住」する実感はなかったのだ。

 

 することも、できることもない役立たずなまま、老いさらばえてゆく。

 

 そんなふうに感じていただけだった。

 だから、書庫に閉じこもっていたとも言える。

 拘束されていたわけでもないのに、城内を見て回りたいとは思わなかったのだ。

 どうせ「監視」されている、とも思っていたし。

 

(カール、モンソル……ピート、マロリー、ポーラ、ロンダ……この城の奴らは、どうだか知らないが、彼らは、俺たちを必要としている……)

 

 ヴィエラキは豊かな国なのだ。

 豊か過ぎて、過度に人口が増加しない。

 民は、それぞれに己の「選択肢」を持っている。

 婚姻するもしないも、子を成すも成さないも、本人の考え次第。

 

 つまり、需要に対して圧倒的に「労働力不足」なのだ。

 

 かと言って、ファルセラスの眷属では役に立たない。

 前を歩く侍女を見ていれば、それはわかる。

 前に書庫でも思ったが、眷属というのは、どうもそういうものらしい。

 

 必要なことだけをし、必要なことだけを言う。

 それは、指定された行動以外「なにもしない」ということだ。

 カールのビストロで眷属をウエイターにしたら、大混乱に陥るだろう。

 モンソルは、過労で死ぬかもしれない。

 

(眷属は、ウエイターやウエイトレスではないからな)

 

 料理を言われた番号のテーブルに持って行けと言えば、完璧にやり遂げる。

 カリスの配下のように、おぼつかない様子でウロウロしたりはしないはずだ。

 さりとて、料理を運んだテーブルの客が「追加注文」しようとしても、聞いてはくれない。

 スタスタとカウンターに戻る姿が目に浮かぶ。

 

 要は、応用力や臨機応変さがない。

 その場しのぎ程度のことすらしないのだ。

 眷属とは、元々そういう概念を持たない存在なのだろう。

 

(もしかすると……試したことはあるのかもしれない……人の眷属を、あれほどに歓迎していたのは、試して使い物にならなかったせいか?)

 

 有り得る。

 

 リーシアが、民の困り事を放置していたとは思えなかった。

 彼女について、唯一、カリスが確信を持って言えるのは、常に民を1番に考えているということだ。

 

 街にいる時のリーシアは、側壁塔や東帝国での姿が幻だったのではないかと錯覚さえさせる。

 そのくらい、表情も口調も雰囲気も違っていた。

 だからだろう、民の誰1人としてリーシアに恐れをいだく者はいない。

 

(……そう言えば、カールに、とぼけていると言われた時も怒ってはいなかった。だが、なにか不満そうな…………まさか、俺が肯定したから、か……??)

 

 確かに、モルデカイであれば「シア様はとぼけているのではなく云々」と、なにかしらリーシアを庇う発言をしただろう。

 カリスは、あの時、あっさり肯定している。

 30歳にもなる男の頭を撫でて褒めようとするリーシアの態度は、とぼけているとしか思えなかったからだ。

 

 カールの「男心がわかっていない」との言葉に、内心ではうなずいていた。

 のが、表面にも出てしまった。

 当然、庇おうとの発想なんて浮かびもしなかった。

 

(わかるような、わからないような……彼女と接するのは難しい……)

 

 物思いにふけっていたカリスだが、侍女が足を止めていることに気づく。

 ちょうど扉を叩いていた。

 

「シア様の代理、外交官のカリス様にございます」

 

 言ってから、侍女が扉を開く。

 どうやら城中に「カリス外交官着任」が知らしめられているようだ。

 面白がってロキが言いふれ回ったに違いない。

 

(なににしろ、少しは貢献しておかなければな)

 

 カリスは表情を引き締め、室内に足を踏み入れた。

 応接室の中には、東帝国で目にしたのと同じ「正装」をした男がいる。

 相手のしかめ面に、ほんの少し、カリスは嫌な感じを覚えた。


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