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OVER KILLってる?  作者: たつみ
第2章 無能なあなたは、私の下僕
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譲歩と妥協の接点

 リーシアは、モルデカイの報告を聞いても、きょとんとしている。

 なぜ、自分に、そんな話をするのか、意味がわからないのだ。

 彼女は外交に興味はない。

 モルデカイも知っている。

 

(きっとお父様がお帰りになるまで、放っておくってことね)

 

 どういう理由かは知らないが、東帝国の使者が来ているという。

 そして、城外に勝手に陣を敷き、居座っているのだそうだ。

 ヘラほどではないものの、リーシアだって「散らかっている」のは嫌いだった。

 とはいえ、侵略軍でもないのに、殲滅することはできない。

 

 ファルセラスの思想に反する。

 

 使者は陣を張っただけで、民を脅かしたり、ファルセラスの物に傷をつけたりもしていないのだ。

 なにもして来ない相手なら放っておくしかない。

 父が帰還したら、対処してくれるだろう。

 

「あ、そうだわ。お父様に連絡して、どうするか判断を仰ぐ?」

「いえ、その必要はございません」

「そうよね。お忙しくされているのに、こんなちっぽけなことで連絡するなんて、ご迷惑になるだけだわ」

 

 リーシアは、基本的に東帝国の人間を「いけ好かない連中」だと思っている。

 なので、この間のような公務以外では、儀礼的なことさえしたくなかった。

 なにより面倒くさい。

 

(カリス1人だって手に負えないのに、使者の相手なんてできっこないわよ)

 

 しかも、どうせ (ろく)でもないことを言い出すに決まっている。

 客として招いておきながら、こちらの下僕を殴るような皇女のいる国が、まともであるはずがない。

 比べれば、すぐに傷つく繊細なところはあるが、カリスは「まとも」だ。

 

(わけのわからないことを言ったりしたりするけれど、努力しようとしているのは伝わってくるもの。あんな、いけ好かない連中とは違うのよ)

 

 可愛げはなくても山奥に捨てたくなっても、カリスが自分の「持ち物」だという認識はある。

 最近は、民と一緒にいるカリスをよく目にしているので、うっかり忘れることも少なくなっていた。

 

「東帝国の連中って、本当に嫌ね。なにがしたいのかしら? 頭が悪いのは西帝国だけではないようよ、モルデカイ」

「仰る通りにございます、シア様」

「ですが、使者を放置することはできません」

 

 言ったのは、カリスだ。

 モルデカイの隣に並んで立っている。

 

 ここは、リーシアの私室だった。

 朝食用に室内をセットしている。

 モルデカイは、いつも通り、ティーポット片手にテーブル脇にいた。

 ロキとヘラも、いつも通り、 (かたわ)らに (ひざまず)いて控えている。

 

「今日は、街に行かなかったの?」

「いくつかの仕事は、明日以降にしてもらいました」

「そうよね。あなたもしたいことがあるでしょうし」

「いえ……そうではなく……急遽、仕事が入ったので断ったのです」

「仕事? カリス、あなた、ちょっと頑張り過ぎではないかしら? ちゃんと1日3食とっている? 睡眠は、8時間はとらなきゃ体を傷めるわよ?」

 

 カリスが渋い顔をした。

 ちらっと、横目でモルデカイをにらんだ。

 ような気がした。

 

 が、モルデカイは知らん顔をしている。

 ヘラもロキも黙っていた。

 急に、カリスの「仕事」が気になり始める。

 

 なにをしてもかまわないけれど、仕事中に死なれては困るのだ。

 ましてや、過労死などされては、もっと困る。

 もちろん「父に叱られるから」ではあるけれども。

 

「それは、どんな仕事? 危険なことではないわよね?」

「危険はないと思いますが、不測の事態には備えておきます」

「なに、その不測の事態って……まさか木の伐採をする気じゃないでしょうね? あれは素人には危険だって、材木店のルピンが言っていたわよ?」

「……いえ、そういう仕事ではなく……外交官です」

 

 また、カリスが、ちらっとモルデカイをにらんだ。

 ような気がした。

 が、そこに、こだわってはいられない。

 

「外交官? あなたが、そういう職業能力を持っていたなんて知らなかったわ」

「昨晩、そのようなことになりました」

「あなたは称号持ちだし、外との交渉にも慣れているでしょうから、適任ね」

 

 リーシアは、カリスが「外交」を任されてくれるのだと思い込む。

 今後、ますます外とのやりとりを、自分が必要はなくなったと、嬉しくなった。

 父の代理など、そう何度も務められるものではない。

 外とやりとりするのは、カリスに丸投げするつもりでいる。

 

 が、しかし。

 

「このまま、東帝国の使者を放置することはできません。飢え死にでもされたら、ヴィエラキのせいにされかねませんので」

「そう。どうでもいいわ。あなたの好きにしてちょうだい」

「……そういうわけには……」

 

 ぴたっと、リーシアの動きが止まった。

 紅茶を口にする途中で、カップを握ったまま。

 

「そういうわけって……どういうわけ……?」

 

 カリスではなく、モルデカイに視線を向ける。

 モルデカイは、リーシアの嫌がることをさせたりはしない。

 いつだって、そうだった。

 してほしいことや、したくないことに対し、先回りして対処してくれるのだ。

 

「シア様、私も不本意ではございますが……」

「嫌よ! 無理よ! できっこないわ!」

「お気を確かに、シア様」

「私が、外交は嫌いだって、あなただって知っているでしょう?!」

「ですが……」

「嫌! 嫌ったら、嫌! なぜ私が我慢の限界を試されなければならないの?! うっかりすると、すぐに殺してしまいそうになるのに!!」

 

 それで殺してしまったら、父に小言をもらうのは確実だと、わかっている。

 わかっているから、外交とは無縁でいたかった。

 我慢をするにも限度というものがあるのだ。

 この間、やらかしそうになったばかりだと言うのに。

 

「モルデカイ! もう私……泣いてしまいそうよ……」

「シア様! そ、そのような、そのようなことは……っ……」

 

 モルデカイの動揺が、ありありと伝わってきて、いよいよ泣きたくなる。

 ヘラやロキも顔を蒼褪めさせ、体を震わせていた。

 言葉もなくすほど 狼狽(うろた)えている。

 ということは、やはり自分も「外交」しなければならないのではなかろうか。

 

「お、おい、カリス! お前、外交官なんだろ! なんとかしろよ!」

「そう、そうよ、カリス! シア様が関わらずにすむようになさい!」

 

 2人は、そう言うが、モルデカイは、なにも言ってくれない。

 きっとカリスと打ち合わせができているのだ。

 じわ…と、目に涙が浮かんでくる。

 父に「小言」を言われる自分を想像してしまった。

 

「シア様、我儘を仰らないでください」

 

 カリスの、ひと言に、その場が凍りつく。

 リーシアの時間も止まった。

 おかげで、涙も止まった。

 

「いいですか? シア様は、大公閣下から城を任されているのです。使者1人も、追い返せないようでは、恥をかかれるのは大公閣下なのですよ?」

「お、お父様が……?」

「そうです。大公閣下がおられたなら、使者を追い返すなど簡単だったはずです。シア様は、その大公閣下の代理なのですから」

「……でも……私が、我慢しきれず、使者を殺してしまったら……」

「我慢なさってください」

「自信がないわ」

「それが我儘だと言っているのです」

 

 バッと、ロキが立ち上がる。

 カリスに近づき、その顔をにらみ上げていた。

 カリスのほうがロキより背が高いからだ。

 

「そりゃあ、言い過ぎじゃねーか、カリス? シア様は我儘なんかじゃねーぞ!」

「ならば、ロキ、お前は大公閣下が恥をかいてもいいと言うのだな?」

「恥くらいなんだ! シア様は、ギゼル様の娘だろ!」

「そうじゃない。お前たちは、シア様が嫌がることはしない、違うか?」

「そーだよ! だから……っ……」

「シア様が、なにを最も嫌がられる?」

「それは……っ……あ……」

 

 ロキが、ぱくんと口を閉じる。

 そのロキを、カリスが押しのけた。

 いつになく堂々とした態度で、リーシアの前に歩み出てくる。

 

「大公閣下は、恥をかいたことについて、怒ったりはしないと思います。ですが、シア様は、それで良いのですか? ただ小言をもらうのが嫌なだけですか?」

 

 訊かれて、小さく首を横に振った。

 リーシアは父の小言にめっぽう弱いが、父のことが大好きでもある。

 最も嫌なのは、小言をもらうことだ。

 だが、父に恥をかかせるのも嫌だった。

 

「大公閣下が小言を仰るとするなら、使者の対応をシア様がしなかったことになるかと思います」

「……小言をもらうのも嫌、恥をかかせるのも嫌、でも、使者の相手も嫌っていうのは通らないわね……」

「どれかは諦めていただかないといけませんね」

 

 うう…と、小さく呻く。

 モルデカイの心配そうな視線を感じた。

 ヘラは泣きそうになっている。

 ロキも黙ってうつむいていた。

 3人にまで心配をさせているのは、確かに自分の「我儘」だ。

 

「……わかったわ……自信はないけれど、できる限り、我慢してみるわね……」

「俺が先に対応します。シア様は、そのあと、挨拶をされるだけで……」

 

 パッと、リーシアの心が明るく軽くなる。

 使者の対応を、すべて自分がしなければならないのかと思っていたからだ。

 

「挨拶だけでいいの?」

「お顔を出されるだけでかまいません。実際的な話は、俺がします」

「まあ、カリス! あなた、存外、頼りになるのね! 私、あなたを下僕にして、本当に良かったわ!」

 

 カリスは可愛げがなく、いつものごとく不愛想な顔をしている。

 それでも良かった。

 父に恥をかかせることもなく、小言をもらう心配もせずにすむのだ。

 つくづくと「山奥に捨てなくて良かった」と思う。

 

「俺は……無能ですから……できることはしませんと……」

 

 やはり、カリスは「無能」なことを気にしていたらしい。

 ビストロで顔色が悪くなったのも、それを苦にしてのことだったのだろう。

 リーシアは、そんな「傷つき易い」カリスに、にっこりしてみせる。

 

「あなたが努力しているってことはわかっているわ。今だって、そうでしょう? だから、城中の者に、あなたが無能だと思われていても気にしなくていいのよ」


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