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OVER KILLってる?  作者: たつみ
第2章 無能なあなたは、私の下僕
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諦めの境地

 

 無能。

 

 その言葉が、ずっしりとカリスの心に重く響いていた。

 体はやけに軽かったが、気分は最悪なほどに落ち込んでいる。

 ようやく「役に立てる」ことを見つけたと思っていたところだったのだ。

 それが、完全に打ち崩されている。

 

 気が利かない。

 期待していない。

 無能。

 

 私室のベッドに腰掛け、両手で顔を覆った。

 思った以上に、ダメージを受けている。

 リーシアの言うことなど気にしないと言い聞かせても、その3つの言葉が、頭の上で、ぐるぐるしていた。

 

「どーしたよ、カリス? 頭なんてかかえちまってさ」

「かまうな、ロキ。今は、お前にからかわれてやる気分ではない」

「まぁ、そう言うなって。最近、外に出てるんだろ? なんかやらかしたのか?」

「……やらかしてなどいない、はずだ」

 

 していないと言い切れないのが、心に痛い。

 なにしろ自分は「気が利かない無能」なのだ。

 気づかないうちに、やらかしている可能性はある。

 

 カリスにとって「無能」とは「使えない奴」という以外の意味はない。

 

 民の役に立つことであっても、リーシアがどう判断するかはわからないのだ。

 実際「気が利かない」と言われている。

 

「あーのさぁ、モルデカイも言ってたけど、お前、悩み過ぎじゃね?」

 

 ロキが床に座り、ベッドに腰掛けているカリスを見上げていた。

 ヴィエラキで「胡坐」と呼ばれている座りかただ。

 その膝に肘を置き、手で顎を支えている。

 少し前かがみになり、呆れ顔。

 

「……俺は無能と言われたのだぞ」

「事実だろ?」

 

 ぐっと言葉に詰まった。

 ロキは頬杖をやめ、両手を後ろにつく。

 

「なんだよ、そんなことで悩んでたのかよ。オレは、外の奴がレベル2の上位職を2つも持ってるってのは、すげーと思うぜ? ただなー、今まで、レベル3以上の下僕しかいなかったから、シア様が、お前を無能だって言うのもわかる」

 

 ちらり…と、カリスの頭に「ハテナ」がよぎった。

 カリスが思っていた「無能」の印象と文脈の間に違和感があったからだ。

 

 もしかすると、またなにか勘違いをしているのだろうか。

 

 認識をゼロから改めると決めたって、そう簡単にはいかない。

 どうしたって、知識や印象など、自分の中にあるものと結びつけてしまう。

 

「俺が、使えない奴だと……」

「使うもなにもねーよ」

「なんだと……?」

「シア様が面倒くさがりだって知ってんだろ?」

「それは、まぁ……そう教わったが……??」

「シア様は、オレたちを使う気なんかねーんだよ」

「は……??? し、しかし、下僕である以上、役に立たなければ……」

 

 ロキが、わざとらしく「がっくり」と肩を落とす。

 呆れたような溜め息もついてきた。

 

「シア様は面倒くさがりなんだってば」

「それは、さっき聞いた。わかっている」

「いいや、わかっちゃいねーな。シア様が、どんだけ面倒くさがりか。ヘラ!」

 

 スッと、部屋に黒い髪に侍女服のヘラが現れる。

 ヘラは、モルデカイやロキと違い、めったにカリスのところには来ない。

 だが、衣装室を乱して外に出て行っても、帰ると綺麗になっていた。

 おそらくヘラの眷属が「片付け」ているのだろう。

 

「カリスが、自分の無能を嘆いてるんだ。なんとかしてやってくれ」

「なにを嘆く必要があるのよ。シア様の下僕であることが最大の価値でしょうに」

「それが、わかってねーみてーなんだよなー」

 

 すうっとヘラが目を細め、スッと床に座った。

 ヴィエラキで「正座」と呼ばれている座りかただ。

 両手を綺麗に交差させ、膝の上に乗せている。

 

 ヘラは「激情型」だと、モルデカイから聞いていた。

 怒らせると「開かずの間」に閉じ込められるかもしれないらしい。

 少し体が緊張するのを感じる。

 

 不満があると思われ、閉じ込められては困るのだ。

 明日も街に行かなければならないし、眷属の面倒を見る必要もある。

 農場のほうをフィデルに任せているので、ほかはカリスの担当だった。

 

「最初に、モルデカイに言われたと思うけれど、あなたにできることは、シア様にご迷惑をおかけしないことよ? シア様は面倒くさがりでいらっしゃるから、あれこれ訊いたり、指示を仰いだりしないように」

 

 それでは、やって良いことと悪いことの判断がつかないではないか。

 思ったが、反論はしないでおく。

 ヘラを怒らせたくなかったのだ。

 

「シア様のことを知れば、なにを望まれて、なにを嫌がられるか、わかるわよね? 我々は訊かずとも、シア様の望まれることをし、嫌がられることはせずにすむよう自主的に動くことにしているの。あなたは、ここに来たばかりで、職業能力も低いから、そういう動きはできなくて当然。役に立てると思うこと自体が、不敬だわ」

「す、少し……待ってくれ……話が……」

 

 カリスは、言われたことを整理する。

 知らず、口に出していた。

 

「俺の職業能力のレベルが2だから、無能……?」

「そうよ。ファルセラスの下僕は、全員、レベル3以上。残念だけれど、あなたは至っていないわね。言うなれば、無能」

「職業能力がない……無能力……無能……」

 

 カリスの思っていた「無能」とは意味が、まったく異なる。

 そういう意味での「無能」であれば、いたしかたがないのだ。

 持っていないものは、持っていない。

 

「シア様のしたいこと、したくないことを、事前に把握して動く……」

「それが、お役に立つという意味。でも、あなたには無理なのよ。シア様を知りもしないのに、お役に立てると思う?」

「それが……不敬、か……」

「わかってきたようね。あまり、おこがましいことは言わないほうがいいわ」

 

 確かに、カリスはリーシアを知らなかった。

 たかが1ヶ月ほどのつきあいだ。

 おまけに、話せば話すほど、わからなくなっていく。

 話が通じているのかどうかも判断できていなかった。

 

(……今度も俺の勘違いであった……彼女の言った無能と、俺の思う無能は違う。だとすると、彼女は……もしかすると……俺を励まそうと、した……??)

 

 これも勘違いかもしれない。

 だが、2人に「どう思うか」を訊くのは嫌だ。

 ロキにはからかわれるだろうし、ヘラには怒られるだろう。

 もし「あれ」が、励ましだったのなら、リーシアに気を遣わせたことになる。

 

「そうだ……俺もレベルを上げれば、無能ではなくなるのではないか?」

 

 たとえ認識が異なっていても「無能」と言われることに抵抗があった。

 カリスは、自分が優れているとは思っていないが「無能」だとも思っていない。

 そのためにこそ、努力をしてきたのだ。

 

「そいつぁ、難しいんじゃねーか? なぁ、ヘラ」

「そうね……あなたの気持ちはわからなくもないけれど……シア様の下僕として、無能ではいたくないでしょうから……」

「どんなに困難であっても、かまわない! 俺は、努力を惜しむ気はない!」

 

 ロキとヘラが顔を見合わせる。

 なにか2人から「同情」されている感覚を受けた。

 ヘラも、さっきまでの硬い表情が消え、やけにやわらかくなっている。

 瞳に「憐れ」と書いてある気がした。

 

「カリス……それには、膨大な時間がかかるのよ」

「なぜだ? 俺は、すでに2つの上位職を持っているのだぞ?」

「知っているわ。ソードマスターとシューターよね。でも、その2つは組み合わせではないのよ」

「組み合わせ……黒騎士と聖騎士のように、か?」

 

 ヘラが、非常に残念そうにうなずく。

 ロキは、おどけた表情で肩をすくめていた。

 説明をするのが面倒だとでも言いたげだ。

 怒らせると怖いようだが、ヘラは律儀に説明してくれる。

 

「ソードマスターはアサシンとの組み合わせで、シューターはウォーリアー。そのどちらも、あなたは持っていないでしょう? アサシンは、レベル2。レベル1の殺し屋と盗賊の職を、先に極めなくてはならないし……」

「ウォーリアーは拳闘士と気功士……」

「そう、イチからの出直しを、2種類2通りすることになるのよね。まぁ、ソードマスターに絞ってアサシンを極めれば、レベル3の執行官とブラックファントムを身に着けられるけれど……」

 

 カリスは、膝の上で両の拳を握りしめた。

 2つの上位職を手に入れるのに、ほとんど20年は費やしている。

 アサシンのみを極めるとしても、十年はかかるに違いない。

 その頃、自分は40歳だ。

 

「……この際、訊いておきたいのだが……その2つは組み合わせなのか?」

「正確に言えば、組み合わせの一部だよ」

 

 いつの間にか、モルデカイが現れていた。

 自分の部屋は、いつからリーシア下僕人集合場所になったのか。

 

「本当に残念だわ。カリスが、こんなにやる気を見せているのに……」

「レベル3以上は、とにかく時間がかかるからね」

「モルデカイ、レベル1は、何種類ある?」

「16」

「では、レベル2は8種類だな?」

「その通り」

 

 おかしい。

 ソードマスターとアサシンを極めれば「執行官」「ブラックファントム」という職を身に着けられると、さっきヘラは言ったのだ。

 カリスは、瞬間、悟って、ゾッとする。

 

「レベル3も、8種類あるのか?!」

「そうなるね。だが、レベル4の職業能力は、レベル3のうちの2種類ではなく、4種類を極めなければ、手に入れることはできない。だから、レベル3になるより時間がかかる」

「で、では、レベル4は、ウィックドリッパーとバードプロフェッサーだけ……」

「おや、シア様に訊いたのかい? 側壁塔でシア様が使われた御力だが、レベル4は6つある。うち3種2通りを極めると、レベル5の職がそれぞれ2つずつ手に入って、このレベル5の4種すべてを極めて、初めてレベル6に到達するというわけさ」

 

 レベル1からレベル2の上位職になった時には、1つしか能力が得られなかったため、単純に統合されるものと思っていた。

 が、そうではないと、わかる。

 レベル3以上は、2つないし3つの能力を同時に手に入れられるのだ。

 

 つまり。

 

「俺は……無能だ……」

 

 カリスは、頭をかかえる。

 無能と言われてもしかたがない。

 リーシアが、レベル2までを「能力と 見做(みな)さない」理由を理解した。

 レベル2とレベル3以上は、それほどまでに能力差があるのだ。

 

「そうそう、さっきの質問に答えていなかったな。執行官、ブラックファントム、魔導士とマジックルーラーが組み合わせで、ああ、後ろの2つは……」

「もういい……もう訊きたくない……」

「それなら、あとでレベル表を……」

「必要ない! 俺は、無能で結構だ!」

 

 思わず、立ち上がって怒鳴った。

 どう考えても「時間」が足りない。

 人生を3回やり直しても、レベル4には到達できないだろう。

 どんなに効率良く身に着けていったとしても、だ。

 

「ま、まぁ、気ィ落とすなよ、カリス」

「あなたはシア様の下僕。それだけで価値があることを忘れないように」

 

 どこかで聞いたような台詞だった。

 ヘラとロキは、カリスに同情的な視線を投げてから姿を消す。

 カリスは力尽きて、ドサッとベッドに体を投げ出した。


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