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OVER KILLってる?  作者: たつみ
第2章 無能なあなたは、私の下僕
32/60

どちらにしても下手

 

「オバル、違う! それは8番のテーブルだ! カルシオ、こぼすんじゃない!」

 

 カールのビストロで、カリスの声が響き渡っている。

 カウンター席に座り、リーシアは小さく笑っていた。

 

 カリスが初めて街に出てから半月が経とうとしている。

 最近は、眷属連れで出歩いている、らしい。

 そのようにモルデカイから報告が来ていた。

 リーシアは1人で出歩きたかったので、カリスを連れ歩かなくてすんで良かったと思っている。

 

 だから、なにも気にせずにいた。

 そもそも、リーシアは下僕たちの行動を把握していないのだ。

 カリスはともかく、モルデカイたちは呼びかければ、すぐに来てくれる。

 なので、把握しておく必要がない。

 

「お嬢、あの兄ちゃんは、いい奴だな。まぁ、眷属どもは、まだ使えねぇが」

 

 このビストロは「ファルセラスご用達」ということもあり、繁盛している。

 もちろんカールの腕がいいから、ご用達しているわけだが、ともかく食事時には相席が当たり前といった状態なのだ。

 これまでは「ちょっと待ってろ!」とのカールの怒鳴り声が飛び交っていた。

 

 なにしろ、この店には、ウエイターが1人しかいない。

 

「私、モンソルが過労で死んでしまうのではないかと心配していたのよ?」

「俺もだ」

「まあ、カール、わかっていたの?」

「長続きする奴がいなくてな。そうは言っても、時間帯によっちゃ休む暇もある。モンソルがくたばる前に、なんとかしようとは思ってたさ」

 

 本気かどうかわからない口調で、カールがニヤッと笑う。

 その合間にも、カリスがカウンターへと戻って来た。

 

「カール、オーダーの追加だ……」

「おうよ」

 

 オーダーの書かれた紙をカリスの手からパッと取り上げ、カールはサっと料理に取り掛かる。

 店内は人であふれ、秋の夜だというのに、熱気に満ちていた。

 カリスの額にも、わずかに汗が浮いている。

 

 ハンカチは持っているだろうか。

 自分が拭いてあげるべきだろうか。

 リーシアが少し迷っている間に、近くにいた「眷属」がカリスの額を、ササッと拭いていた。

 

 まずまず躾られているらしい。

 とはいえ、ウエイターとしては、まだまだだ。

 カリスの指示がなければ動けないのか、オロオロしている者も少なからずいる。

 

 店内には5人いるが、全員、黒い無地の長袖シャツにエプロン姿。

 動き易さ重視のためか、ゆったり目の青いストレートデニムを履いていた。

 髪や瞳の色が暗色でなければ、西帝国側の人間には見えない。

 だが、民たちもリーシアも、彼らが「元敵兵」だなんて思わずにいる。

 

 リーシアにとっては、カリスの眷属との意味しかないし、民は「戦争」があったことすら知らないのだ。

 隠しているのではなく、言う必要がなかったので言っていない。

 

 ファルセラスは、ヴィエラキの民を守るために存在している。

 

 初代の時代から叩き込まれてきたファルセラスの思想の核だ。

 ファルセラスは、けして民を危険に (さら)さない。

 民を緊急に避難させるような事態に陥ることだって絶対にないと言い切れる。

 

 その力を有しているのが、ファルセラスなのだ。

 だから、あえて民を怯えさせる話はせずにいた。

 

 リザレダ軍が城攻めをして来た時も、街にはなんら影響はなく通常運転。

 ピートはニワトリの世話、カールは料理をしていたはずだ。

 ポーラだって、仕事を終え、家でのんびりくつろいでいただろう。

 

(だいたい私たちは誰も敵とはしていないのよね。相手が勝手に敵になってくるんだもの、嫌になっちゃうわ)

 

 ファルセラスが望むのは、民の平穏だけだった。

 これ以上の豊かさも必要ない。

 建国以来、自国防衛のみを思想としている。

 

 なのに、どういうわけか、西帝国はヴィエラキを目の敵にしていた。

 数十年に1度くらいは侵略戦争を仕掛けてくるのだ。

 この5百年、西帝国が、ほんのわずかな戦果もあげられなかったことを思えば、頭が悪いのではないかと思えてならない。

 

「カ、カリス様、これは……」

「3番だ……おい、マスタードの瓶を持って行け、残り少なくなっている」

「か、かしこまりました」

「少し緑がかった色のほうだぞ!」

「は、はい……っ……」

 

 カリスの声に、カウンターの中で、カールが大声で笑っている。

 カリスは渋い顔をして、溜め息をついていた。

 かなり疲れているようだ。

 カールの言った「眷属は、まだ使えない」状態だからだろう。

 

(ロキも、眷属にいちいち指示するのは大変だと言っていたし、カリスも大変ね。元はモブ兵だから、よけいに手がかかるのじゃないかしら)

 

 基本的に、ヘラやロキの眷属は「すべきこと」を心得ている。

 簡単な命令で動かせるので、たいした労力はいらない。

 だが、カリスの眷属には、ロキですら「大変」と言っている、逐次の命令をしなければならないのだ。

 リーシアは、隣でぐったりしているカリスに声をかける。

 

「大丈夫なの?」

 

 眷属とは、その主の役目を軽減するために存在していた。

 なのに、主であるはずのカリス自体に負担がかかっている。

 モンソルの代わりにカリスが過労死したら困るのだ。

 眷属の管理はカリスの役目だが、カリスの管理はリーシアの役目なので。

 

「問題ありません! 彼らは、まだ慣れていないだけで、すぐに役に立てるようになります! ここ数日で、ピートの鶏から卵を集めるのも上手くなっていますし、放牧地の柵も直しました!」

 

 なぜか、カリスがまくしたててくる。

 リーシアは、カリスを心配したのであって、眷属がなにをしているのかなんて、どうでもよかった。

 眷属の生死は、リーシアの「管轄」ではないからだ。

 

(もしかして……私に褒めてほしいのかしら?)

 

 カリスは不愛想だが、子供っぽいところがある。

 眷属をちゃんと使いこなしていると主張して「よくできました」と褒められたがっているのかもしれない、と思った。

 リーシアにも、努力は認めるべきとの気持ちはある。

 

「カリス、あなた、とても頑張っていると思うわ。あんなに使えない眷属なんて、私なら、とっくに見放しているところよ」

 

 なでなで。

 

 カリスの頭を、軽く撫でた。

 父が、リーシアを褒めてくれる時にする仕草だ。

 

 リーシアの中では、称賛と「褒める」のは別の括りになっている。

 モルデカイたちのことは、いつでも「称賛」していた。

 褒めるというのとは違うので、当然、頭を撫でたりもしない。

 

「な……っ……」

 

 カリスの顔が、ぶわっと赤くなる。

 耳まで、いや、ストールの隙間から、わずかに見えている首まで赤くなっている理由がわからず、きょとんとした。

 

「……か、カリスさ、様……」

「なにも言うな! お前たちは黙って仕事をしていろ!」

 

 気づけば、眷属たちの視線がカリスに集まっている。

 怒鳴られた者たちは視線をそらし、それぞれの持ち場に戻って行った。

 その姿に、リーシアは、ハッとなる。

 

「嫌よ」

「なにがですか?」

 

 不愛想な顔をして、さらにはぶっきらぼうな口調でカリスが訊いてきた。

 リーシアも負けず、眉間にしわを寄せ、顔をしかめてみせる。

 

「あなたはともかく、眷属たちまで褒める気はないから」

「…………は……?」

「彼らも、自分たちが頑張っているって言いたかったのでしょう? だとしても、それは眷属として当然のことだわ。褒められたがるのは筋違いじゃない?」

「……いえ……ああ、まぁ、はい……そうですね……」

「どうしてもって言うなら、私ではなくて、あなたが褒めてあげてちょうだい」

「…………かしこまりました……」

 

 カリスの眷属は、3万人。

 全員を褒めることを考えると、ゾッとする。

 時間もかかるし、面倒だ。

 

(ヘラやロキの眷属とは、やっぱり違うわね。モブとはいえ、人間だから欲というものがあるのだわ)

 

 にしても、主と同じように褒められたがるのは、いかがなものか。

 眷属は、あくまでも「カリスの」持ち物。

 自分の物なのは、下僕であるカリスだけなのだ。

 

「彼らには、俺から、よく言って聞かせます」

「そうね。あなたの面倒は、私が見るけれど」

 

 とはいえ、カリスの面倒だって、リーシアは見ていない。

 モルデカイに丸投げしている。

 さっきカリスに言われるまでは、あちこちで眷属を働かせているなんて、知りもしなかった。

 

「おぅい、こっちにブランデーを頼む!」

 

 奥から声がかかる。

 眷属の1人が、オタオタしながらグラスに酒を注ごうとした。

 その手を、はっしとカリスが掴む。

 

「それはウィスキーだろう……ブランデーは、こっちだ」

 

 手から瓶を取り上げ、別の瓶を渡す。

 リーシアは成人しているが、ほとんど酒は飲まないので、違いは分からない。

 ただし、情報を得ようと思えば得られるため、仮に頼まれても困らないのだけれど。

 

「兄ちゃんは、覚えが早えな」

「モンソルに、ひと通りのことは教わっている」

「1度で覚えたってのは、たいしたもんだぜ」

「それなら、もっと褒めたほうがいいかしら?」

「いえ! 恐縮するので結構です!」

 

 ぎょっとしたように、カリスが体を引いた。

 それを見て、カールが、また大声で笑う。

 

「お嬢は、男心がわかっちゃいねぇな」

「心に男も女もないでしょう? 褒められるのは、誰だって嬉しいものじゃない」

 

 フッと、カールに、意味ありげに肩をすくめられたが、その意味は不明。

 だが、子ども扱いされた気はする。

 カールのほうが年上なので、これはしかたがない。

 カールからすれば、リーシアはまだ「子供」に見えるのだろう。

 

「おい、兄ちゃん。お嬢は、とぼけたところはあるが、悪気はねぇんだ」

「あ、ああ、わかっている」

 

 ちょっとだけ、カリスにムっとした。

 これがモルデカイなら「正確に」カールの言葉を正してくれたはずだ。

 常に、リーシアの側に立って話をしてくれる。

 たとえ「とぼけたところ」があったとしても、とぼけているのではないことを、説明してくれたに違いない。

 

(私の下僕のくせに、なによ……カールの言う、とぼけたところってなんなの? ちゃんと説明してくれなきゃわからないじゃない)

 

 さっき褒めたのが、損に思えてくる。

 少なくとも、カリスは自分より「大人」なはずだ。

 ちらっと、カリスのステータスを確認しようかと思ったが、面倒なのでやめる。

 あえて画面確認をするまでもない。

 

「ねえ、カリス、あなた、いくつ?」

「30歳ですが……なにか?」

 

 ふぅんと思っていると、またオーダーが入った。

 今度は、眷属がオーダー用紙をカールに渡している。

 それを受け取ったカールが、カウンターの奥へと引っ込んだ。

 

「その割には、気が利かないわよね」

「……申し訳ありません」

 

 カリスの表情がこわばった。

 自覚はあるらしい。

 ほかの下僕たちとは違うと、本人もわかっているのだ。

 

 だが、モルデカイたち、とくに、モルデカイが「特別」なのであって、カリスが悪いわけではない。

 思うと、ほんのちょっぴり、カリスが気の毒になる。

 モルデカイと対等な者は、この世界のどこにもいないのだから。

 

(それにカリスは新人だし、私が、どうしてほしいかってことがわからなくても、しかたないわよね……気に病む性格だから、慰めておいたほうが良さそうだわ)

 

 面倒ではあるが、手をかけておく必要はあるだろう。

 人前で、カリスを泣かせるわけにはいかない。

 自分が泣かせたと思われる。

 

「いいこと、カリス? たとえ無能でも、あなたは私の下僕なの。それで、十分に存在価値はあるのよ。無能で気が利かなくたっていいじゃない。ちっとも気にすることはないわ」

「……………………そう、ですね……」

 

 カリスは、上位職を2つ持っている。

 才能と努力で得た能力だ。

 とはいえ、リーシアは、その「努力」をしたことがない。

 ファルセラスは、さらに上位の能力を産まれ落ちた瞬間から持っている。

 

 しかも、彼女は、父や兄たちよりも上の職業能力を使いこなせた。

 なんの努力も苦労もなしに。

 

 加えて、リーシアの周りには上位の職業能力を持つ者しかいない。

 職業には1から6までのレベルがあるが、レベル3以上が「普通」だった。

 民は別だが、ファルセラスの下僕は、みんな、上位職を身に着けている。

 洗濯屋のサルースだって、ランドリーエキスパートという上位職持ちだ。

 

 要は、リーシアは、レベル3以下を「職業能力」とする意識が希薄。

 

 カリスが、レベル2の職を2つも持っているのは、大したものだと思っている。

 その努力は称賛されてしかるべきだとも感じている。

 だとしても、それは「外に限り」の話だった。

 ファルセラスの中となると、別の話になるのだ。

 

 リーシアの認識では「カリスは能力を持っていない」ことになっている。

 

 そのせいで、自らを卑下しがち、傷つきがちなのだろう、と思い込んでいた。

 能力持ちではない、つまり「無能」な下僕は、カリスだけなので。

 

(もう、嫌ね……さっきより落ち込んで、どうするの? こんなにも大丈夫だって言っているのに)

 

 モルデカイたちは、リーシアの下僕であることは「栄誉」だと言う。

 それ以上の価値などない、とも言う。

 ならば、カリスも同じではないか。

 リーシアの下僕となったことで、大きな価値を得たはずだ。

 

「最初から、あなたが役に立つとは思っていなかったわ。これといって期待もしていないし、むしろ、なにもできなくて当然よね」

「……俺が、無能だから、ですか……?」

「そうよ。だからって……その……あなたを捨てたりしないわ、私……」

 

 最後のほうは、声が小さくなってしまった。

 カリスを励まそうとしている 最中(さいちゅう)に、たびたび「山に捨てたくなっている」とは言えなかったのだ。

 今も、頭の隅には、その考えがチラチラしている。

 

「捨てられては……困ります……俺は、あなたの……下僕ですから……」

「なにを言うの! 捨てたりしないわ! 当然でしょう? だって約束したもの!」

 

 父と。

 

 カリスに「罪を (あがな)わせる」というのが、父との取り決めだ。

 その結果として、カリスはリーシアの下僕となっている。

 

 捨てたくなる気持ちはあれど、実行することはできない。

 のちに、カリスから父に「捨てられそうになった」などと言われては困るのだ。

 ここは、強く否定しておく。

 

「あなたは、私の物なの。無能だろうが、気が利かなかろうが、関係ないわよ」

「そうですか……そのお言葉に……感謝します」

「わかってくれればいいわ。だから、安心して胸を張っていてちょうだい」

「……かしこまりました。それでは、仕事がありますので……」

 

 カリスが、スッとリーシアの隣から離れた。

 顔色の悪さが気になる。

 働き詰めのせいで疲れているに違いない。

 リーシアは、サッとカリスの体力を回復させておく。

 

 それでも、カリスの顔色は芳しくなかった。

 きっと精神的にも疲れているのだ。

 レベル3のエンターテイナーの能力を使えば、気分を高揚させることはできる。

 が、しかし。

 

(ここで、道化の真似をされたり、歌ったり踊ったりされるのは、ちょっとね)

 

 ヴィエラキで「祭り」と言われている、イベントやフェスティバルでの舞台ならともかく、ここはビストロだ。

 それに、以前、リーシアに見せようとした「道化の真似」からすると、カリスは、その手のことには向いていない。

 

(しくじって笑われたりすれば、もっと落ち込むでしょうし……)

 

 なにより、そんなカリスを目にするのは痛々しくも恥ずかしいことだ。

 なので、精神的な疲れは、本人に任せようと決めた。

 眷属たちが「使える」ようになったら、カリスの負担も減るだろう。

 負担が減れば、精神的な疲れも癒えるに違いない。

 

(カリスは王族の称号持ちだし、城でのんびりくつろいでいるほうが気楽よね)

 

 とはいえ、民たちが喜んでいる様子なので、当面はカリスが眷属を動かす必要がある。

 リーシアは、店内を、おぼつかない足取りで動き回っている「モブ兵」たちを、目を細めて見つめた。

 

(まったくカリスに迷惑ばかりかけて……彼らが、あんな調子だからカリスが落ち込むのよ。モブ兵だったくせに、私の下僕に負担をかけるなんて生意気だわ)


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