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OVER KILLってる?  作者: たつみ
第2章 無能なあなたは、私の下僕
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異なる物差しに困惑

 

「フィデル、すまない……」

「いえ、私は陛……カリス様を信じておりますので、お気になさらず」

 

 初めて街に出てから5日後。

 初日は午後に出たが、翌日からは朝出発。

 この5日、あちこち連れ回され、カリスはぐったりしていた。

 が、その甲斐あってと言うべきか、供としてではなく、個人的に街に出ることを許されたのだ。

 

 『あんまり浮かれて、はしゃぎ過ぎないようにね』

 

 リーシアに、そう言われている。

 カリスには「はしゃいだ」覚えなど、いっさいない。

 なにかまた勘違いされているらしかった。

 さりとて、最早、正す気もない。

 

 この国の中で「異端」なのは、自分たちだと自覚したからだ。

 

 これまでは価値観が違うだとか、常識が通じないだとか思ってきた。

 けれど、そうではないと、考えを改めようとしている。

 そもそも、測る「ものさし」が違う。

 

 カリスの「ものさし」が長さを測るものだとすれば、彼らのそれは、重さを測るためのものなのだ。

 だとすれば、重さを測ろうとしている場に来て、長さを測る「ものさし」を握り締めているほうが、おかしい。

 

 言われるまでもなく、場違いだ。

 ヴィエラキに来て半月以上が過ぎ、街に出て、ようやく気づいた。

 

(文化の違いなどというレベルではない)

 

 そんな生易しいものではなかったのだ。

 価値観に (とど)まらず無意識の感覚まで、根こそぎゼロからやり直す必要がある。

 己の主義、思想をも破壊し尽くさなければならないだろう。

 

 各々が心に建てている城。

 それを壊し、建て直す。

 しかも、地盤を掘り起こして、不要なものを取り除いた、その上に。

 

「これで、よろしいでしょうか?」

 

 フィデルの声に、先々の苦悩を振りはらった。

 自分よりも、フィデルたちの命は軽いのだ。

 このまま優雅な暮らしをさせてやりたいところだが、いざという時に「名分」がなければ助けようがない。

 

 とにかく役に立てる「なにか」を見つける。

 

 カリスは、そう決めていた。

 民たちの「期待」が気になっている。

 なにもなければ期待などしないはずだ。

 

「身なりは……それでいい。街では静かにしていろよ? 俺に無礼な口をきく者がいても、絶対に怒るな。俺が許可した時以外は、口を閉じておけ」

「かしこまりました」

「フィデル、いいか。これには、皆の命が懸かっている。むろん、お前の命もだ。いいな、絶対に民に対して怒ってはならない」

 

 真剣に、深刻に言う。

 檻に入っている、フィデルに。

 

「私は、たとえ見世物にされても、石をぶつけられても平気です。元は敵だったのですから、当然の反応でしょう」

「いや、違うのだ。そうではない、フィデル」

 

 トランスファーケージのせいで、フィデルは完全に勘違いしていた。

 なにしろ、罪人用の「檻」にしか見えないものに入っているのだから当然だ。

 

 カリスは、今日も首元を隠すストールを身に着けている。

 ムービングチョーカーといい、トランスファーケージといい、勘違いさせる代物ばかりだ。

 アイテムというのは便利だが、どうにも趣味が悪くて困る。

 

「俺は魔法が使えないだろ? これは、お前を街に連れて行くための道具なのだ」

「道具……このようなものが……」

「見た目は悪いが、便利なのでな。少しの間、我慢してくれ」

 

 フィデルは、わかったような、わからないような顔をしていた。

 すぐに理解できることではないので、詳しい説明は省く。

 代わりに、先にフィデルの「移送先」を設定した。

 モルデカイは詳しい使いかたを教えてくれなかったが、カリスは自分で試して、だいたいのところは把握している。

 

 問えば答えてくれただろうし、手っ取り早かっただろう。

 ただ、いちいち訊くのも癪に障ったのだ。

 命令されなければ、なにもできない、と思われたくもなかった。

 カリスは称号持ちであり、それに見合った資質の持ち主なのだ。

 

 何事も自らで道を切り拓こうとする。

 

 そして、カリスは、自分が特別に秀でていると思ったこともない。

 だからこそ、努力する。

 上位職の能力を2つ身に着けられたのも、この資質によるところが大きかった。

 王の子として生まれた凡庸な者に過ぎないのだと、必死で努力した結果だ。

 

 見た目「檻」の扉を閉め、そこにある丸い小さな出っ張りを押す。

 見た目「首輪」の輪っかを引っ張った時と似たものが表示された。

 なにもない空間に、突如、書面のようなものが現れるのだ。

 見れば、ヴィエラキの地図だとわかる。

 

「少し揺れるかもしれないが、柵にしがみついていれば大丈夫だ」

 

 ぎゅっと、フィデルが両手で柵にしがみつく。

 それを確認してから、カリスは「マロリーの放牧地」を選んだ。

 ひゅっと、檻ごとフィデルの姿が消える。

 すぐにカリスも後を追った。

 

 すくっと地面に降り立つ。

 この5日で、ようやく「着地」に慣れてきたのだ。

 近くにフィデルの姿を探す。

 ちゃんと到着しているのがわかって、ホッとした。

 

「大丈夫だったか?」

「はい。思ったより揺れませんでした」

 

 扉を開けると、きょろきょろしながら、フィデルが出て来る。

 と、同時に、檻が小さな四角に戻った。

 地面に残されたそれを、カリスは拾い上げ「ポケット」に入れる。

 カリスにとっては、大事な「アイテム」だ。

 

(おそらく、失くしたと言っても、奴らは平然としているだろうが……いや、ロキには、からかわれるに決まっている)

 

 ロキもモルデカイに劣らず、しょっちゅうカリスを訪ねてくる。

 夕べも、ぐったりして湯船につかっていたら、浴室中を泡だらけにされた。

 朝にはピカピカに戻っていたが、実に迷惑なのだ。

 

 ロキ曰く「早く馴染めるようにとの配慮」とのことだが、嘘くさい。

 いや、絶対に嘘だ。

 自分をからかいたいだけだと、カリスは思っている。

 青年になりかけの少年といった風貌通り、ロキは「悪戯小僧」だった。

 

「ここからは歩いて行く」

 

 街中に「檻」が現れれば、民を驚かせるかもしれない。

 そう思って、人のいなさそうな放牧地に移動地点を設定した。

 ヴィエラキの民なら慣れている可能性もあったが、念のため、気を遣ったのだ。

 

「それにしても、ここの衣服は変わっておりますね」

「そうだな。動き易くて軽い。なのに、丈夫で、品質も良さそうだ。これはニットと呼ばれている。羊毛で織られた着衣らしい」

「……セーターとは違うのですか?」

「同じだが、ヴィエラキでは素材の名で呼ぶのが、一般的なようだ。このズボンもデニムと呼ばれている」

「陛……カリス様の、デニムは破れておりますが、古着を着せられておいでとは、嘆かわしいことにございます。私のものとお取替えいたしましょうか?」

 

 カリスは歩きながら、首を横に振る。

 実はフィデルと同じように思ったが、モルデカイの言葉を聞いていて「ボロ」を与えられたのではない、と知ったのだ。

 

「フィデル、よく覚えておけ。ここではな、ありとあらゆることが、俺たちの……ものさしでは測れないのだ。事実、このデニムは、お前のものより高価なのだぞ」

「え……っ? そのようなツギを当てなければならないようなものが……」

「わざと、こういう加工をしているのさ。その分、手間がかかって値段も上がる」

「……意味がわかりません。なぜ、故意に穴を空ける必要が……??」

 

 その疑問は、もっともだと思う。

 カリスだって、内心では、そう思っている。

 あちこち繊維がほつれたズボンに、なんの意味があるのか。

 

 さっぱりわからない。

 

 もとより衣服は防寒や裸身を覆うためのものだ。

 暖を取るのも大事だが、王族や貴族は肌を露出するのを嫌う。

 騎士の制服も首元までの襟に手袋着用、軍靴は膝下までのブーツだった。

 ほつれの間から、膝がチラチラ見えるような格好などしない。

 

「意味なんぞ考えるな。考えれば負けだと思え」

「か、かしこまりました」

 

 そうとしか言いようがなかった。

 カリス自身、まだ少しも慣れていないのだ。

 ゼロからやり直すと言っても、今あるものを壊すのは難しい。

 つい「理屈」を求めてしまう。

 

「お、カリスさん。今日は、リーシア様と一緒じゃねぇんですね」

「今日は俺の……眷属を紹介しに来たのだ」

 

 声をかけてきたのは、牛を飼育しているマロリーだ。

 茶色の髪に焦げ茶が混じり始めていた。

 東帝国では、人は年齢を重ねると髪色が暗くなる。

 

 マロリーは、50歳を越えているらしいが、老人には見えない。

 牛を取り押さえるのに十分と言えるほど大きな体に筋肉のついた腕。

 上位職のウォーリアーが持つ大斧でも振り回せそうだ。

 眉も太く、顎ひげを生やしている。

 

「そちらさんが、カリスさんの眷属ですかい?」

「そうだ。フィデルという」

「へえ。そうかそうか。細っこいが、体力はありそうですな」

「問題ないと思うが……」

 

 フィデルは、マロリーの視線に、じっと耐えていた。

 来る前に指示した「許可なしで話すな」を、ちゃんと守っている。

 不躾ともとれる態度に、内心、どう思っているかはともかく。

 

「今日は、このあと、なにか用がありますかね?」

「いや、とくには決めていない」

「そいじゃあ、わしの手伝いをしてくれませんかいの?」

「かまわないが、できることがあるのか?」

「フィデルは人間の眷属ですからな。頼みたいことが山ほどありまさぁ」

 

 いきなり呼び捨てにされ、フィデルの手が震えていた。

 フィデルはリザレダの元貴族であり、領主の息子。

 屈辱的に感じるのも無理はない。

 が、それを目で制する。

 ハッとしたように、フィデルがうつむいた。

 

「それで? なにをすればいいのだ、マロリー?」

 

 ともあれ「するべきことがある」というのは朗報だと言える。


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