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OVER KILLってる?  作者: たつみ
第1章 弱者なあなたは、私の下僕
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赤い瞳のファルセラス

 リーシアは頬杖をついたまま、下を眺めている。

 赤い瞳に、城壁前で立ち止まった軍勢を捉えていた。

 

「カリスティアン・リザレダとフィデル・ポルティニ。あとはモブね」

 

 モブとは、ファルセラス大公家の中だけで通じる言葉だ。

 その他大勢、どうでもいい者、名無しという意味で使われる。

 初代が使っていたということのほか、語源がなにかも知らない。

 

 代々ファルセラスの血筋には、特別な力があった。

 モブとモブでない者とを見分けられるのだ。

 モブでない者は頭の上に名が見える。

 

 ちなみに、ヴィエラキ国民にモブはいない。

 ヴィエラキの民として「登録」した瞬間、頭上に名がつく。

 そのため、民は子ができると城に来て「登録」の儀式を受けるのだ。

 強制ではないのだが、拒絶する者はいなかった。

 むしろ、ヴィエラキの民である「証明」を欲しがる。

 

「どうしようかしら。剣を持つのは面倒なのよね。でも、手が汚れるのも嫌だわ」

 

 言いながら、頬杖をついていないほうの手を少し持ち上げる。

 まるでピアノの鍵盤に指先を置くような仕草で、ぽんっと指を弾いた。

 なにもなかった空間に、四角く青白い画面が表示される。

 書かれてある文字は「職業」だ。

 

「そうねえ……シャドウスレイヤーがいいかしら。今夜は月が綺麗だもの」

 

 指で、その文字の上を弾く。

 見た目に変わりはなかった。

 真っ白な丈の長いドレスは風に揺らぐこともなく、体にぴったりと沿っている。

 手首できゅっと止まっている袖の先が、ひらひらしているだけだ。

 

 リーシアが手をサッとはらうと、画面表示が消えた。

 画面上には、多くの「職業名」が並んでいたが、意識する必要はない。

 性能は、自動的に体に付与されている。

 なので、訓練や鍛錬なしに、自由に能力を発揮できた。

 

「初代様は職業を手に入れるのに苦労されたそうだけれど、それをカットできるのだから、私たちは初代様に感謝すべきね」

 

 それにしても、と思う。

 城壁の外で、彼らは、なにをしているのか。

 一向に入って来ようとしない。

 待っている時間が無駄に思えた。

 

「モルデカイ? 城門は開いておいたのでしょう?」

「開いていることに気づいていないのかもしれません」

「そんなことってあるの? 少し押してみればわかることなのに?」

「開けと言われる前から開かれている城門があるとは思わないのでしょうね」

「あなたたちは、ちゃんと隠れている?」

「もちろんですとも。我々に気を取られ、シア様の元に向かうのが遅れるのは()けたいと思っておりますので」

 

 どこにいようと、リーシアが望めば自由に会話のできる者がいる。

 父と兄2人、それに赤い瞳の3人。

 やり過ぎるなと、小言を言われたくないので、父や兄たちには連絡をせずにいるだけだ。

 

「あら?」

 

 リーシアは頬杖をやめて、体を伸ばす。

 城壁の外で動きがあった。

 城門が開いていることに、やっと気づいたらしい。

 カリスティアン・リザレダを先頭に、行儀良く並んで城に向かって来る。

 城に入る主城門と城門の間の跳ね橋も、モルデカイが降ろしておいたのだ。

 

「お父様たちが出かけられてから5日もよ? なんて世話が焼けるの」

 

 跳ね橋を行進してくる軍列に、呆れて溜め息をつく。

 リーシアたちは、来るか来ないかわからない者を5日も待っていた。

 なぜそれほど時間がかかったのか、不思議でならない。

 

 父たちは、総勢5百人ほどの兵を引き連れて出征している。

 能力を使わず、軍馬で出征したのは「少しは相手に合わせなくてはね」という父の意向だ。

 それでも、きっと、とっくに敵地に入り込んでいる。

 ヴィエラキの軍にとって砂漠なんて庭も同然。

 遊びながら進軍しても、3日とかからず西帝国の領域に到着できる。

 

「モブのウィザード連れ? 驚いてしまうわね」

 

 着々と跳ね橋を進んでくる軍勢に、リーシアは首をかしげた。

 ほとんどの兵が城壁の外で待機していたからだ。

 入って来たのは、せいぜい千人ほどだろうか。

 それも意味がわからなかった。

 せっかく遠出させてまで連れて来た兵を、待機させておく理由が思いつかない。

 

「モルデカイ? 城壁外に、ほとんどの兵が待機しているわ。10万近い兵を動員しておいて、あれは一体どういうこと?」

「大きな声で言うのは(はばか)られますが、シア様」

「なぁに?」

 

 モルデカイが、わざとらしく声を潜めていた。

 どうせ会話はモルデカイとヘラ、それとロキにしか伝わらない。

 声を潜める必要などないのだ。

 が、調子を合わせて、リーシアも小声で訊き返している。

 

「舐められているのですよ」

「ふざけているということ?」

 

 はははっというロキの笑い声が聞こえた。

 みしっという音は、ヘラが何かを壊した音に違いない。

 もちろんヘラが壊していいと判断した物だということくらいはわかっている。

 

「馬鹿にされてんすよ、シア様」

「なぜ馬鹿にするの? 理由はなに?」

「ギゼル様たちがおられないからにございますね」

「あら……つまり、私が舐められている、ということ?」

「その通りです」

「シア様を見縊(みくび)ってるっす」

「身の程を知らない者というのは、これだから不快ですわ」

 

 3人が、言い方は違えどリーシアの言葉を肯定している。

 聞いてみれば理由は簡単。

 

 大公女リーシア・ファルセラスには、なんの力もない。

 主戦力を欠き、城は無防備。

 苦もなく落とせる。

 

 と、思われているらしい。

 リーシアは、ちょっぴり傷ついた。

 本当の本当に、ちょっぴりだけれど。

 

「あんまりだわ。そんな評価しかされていなかったなんて」

 

 東帝国との関係上、ごく稀に人前に出ることはある。

 祝賀だとかの公務上やむを得ない席だ。

 こうした場合、リーシアは大人しく大公女としての務めを果たしている。

 多くの要人が集まる夜会や晩餐会で、ヴィエラキの民を攻撃しようとする者などいるはずもなく、会場を血の海にする必要性はなかったからだ。

 

「気に入らない皇子たちを片端から殺しておけば、こうはならなかった?」

「ギゼル様にお小言を頂戴することになっていたかと存じます」

「モルデカイの言う通りね。外の世界は、ままならないことが多くて面倒だわ」


 リーシアは、再び画面を操って「職業」を変更。

 そのほうが、手っ取り早く自分の能力を示せると思った。

 

「シャドウスレイヤーはやめて、ウィックドリッパーにするわね」

 

 綺麗な月は勿体ないけれど、地に落ちているらしき評判の底上げも必要だ。

 民を守る力もないと思われるのは心外だった。

 ファルセラスとしての恥になる。

 

「シア様、本気じゃん」

「たまにはね」

「私も、それがよろしいと思いますわ、シア様」

「シア様の御心のままに。後のことはお任せを」

 

 モルデカイは、リーシアの行動を、父や兄たちにとりなしてくれるはずだ。

 小言から逃れられるのなら、安心して力を振り回せる。

 そう思って、小さく笑った。

 

「フィデル・ポルティニは置き去りみたい」

「へえ。モブじゃねー奴もいたんすね」

「2人だけ名付きがいたわ」

「そう言えば、どこの国が相手だったかしら?」

「ラタレリーク、それにティタリヒとリザレダにございます」

 

 モルデカイの返事に、リーシアは「ふぅん」と思う。

 意外と言えば意外だ。

 

「先頭にいるのは、リザレダの国王かもしれないわ。カリスティアン・リザレダ」

「国王にございます、シア様」

「なら、置いてかれたのは側近っすかね」

「名付きだからって使えるとは限らないわよ、ロキ」

「ヘラの基準じゃ、外の奴らなんてさ、みんな使えねーだろ」

 

 ロキの言う通りだった。

 ヘラの基準は高過ぎる。

 ヘラ1人でも「モブ兵」千人くらい簡単に「片付け」られるのだから。

 

「ここまで来る者は少ないでしょうし、外は私が片付けるわ。あなたたちは城内をお願いね。とくにロキ」

「髪の毛1本、や、まつ毛の1本も残しやしませんて」

 

 城の外はともかく、城の中の汚れに父や兄たちはうるさいのだ。

 初代大公は綺麗好きだったと、幼い頃からリーシアは聞かされていた。

 そして、それが事実だとも知っているので、反駁(はんぱく)することもできない。

 

「あら。彼ら、また足を止めているわ」

「慎重になっているのでしょう」

「城ン中には、オレらしかいねーのにな」

 

 ロキが、おかしそうに笑う。

 その笑いには、自分たちしかいないことと、慎重になっても無駄なのに、という2つの意味がこめられているに違いない。

 リーシアも同感だ。

 駆け足で入って来ようが、そろりそろりと入って来ようが、結果は変わらない。

 

「あの者たちに城内は見えませんもの。しかたがありませんわ」

「こればっかりはね」

 

 向こうにはウィザードがいる。

 普通の城なら魔法を使い、内部を探ることもできるのだ。

 とはいえ、ここは「ファルセラスの城」で、初代大公の「力作」でもある。

 ウィザードごときの魔法なんて通用しない。

 

 加えて、たとえ赤い瞳のファルセラスであっても、城に(ほどこ)されている魔法封鎖を解くことはできなかった。

 よって、ヴィエラキ籍でない者の魔法は、城の内外を問わず封じられてしまう。

 

「ウィザードの数が多いようだけれど、どうせなら……」

 

 騎士を多くしたほうが良かったのに、と言おうとしてやめた。

 やはり、どっちみち結果は変わらないのだ。

 ウィザードでも騎士でもモブはモブ。

 リーシアたちにとっては、取るに足らない者でしかない。

 

「シア様、わざわざ遠出をされておられるギゼル様たちを想って、もうしばし我慢なさってください」


 モルデカイの言葉に、馬上の父たちに思いを馳せ、彼女は小さくうなずいた。

 

「そうね。話が前に進まないのって苛々するけれど、我慢するわ」


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