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OVER KILLってる?  作者: たつみ
第2章 無能なあなたは、私の下僕
28/60

粗相ありきのルーキー

 

「ピート!」

 

 リーシアは、ちょうどニワトリ小屋から出て来たピートに声をかける。

 小屋と言っても、ニワトリを1万羽飼育できるほどの大きさだ。

 民の暮らす家よりも広いのだから、規模からすれば「小屋」ではない。

 だが、リーシアは気にせず「小屋」と呼んでいる。

 

 農場ができた当初は5百羽くらいしかおらず、飼育小屋と言われていたそうだ。

 今では「養鶏場」と言うらしいが、呼び名にこだわっている者はいなかった。

 ピートも前任者から引き継いだ「小屋」との呼びかたを踏襲している。

 農場は世襲されることが少なく、ピートと前任者に家族関係はない。

 

(ここも少しずつ大きくなっているという話だけれど……)

 

 ピートは「ニワトリ業者」としては、8代目にあたる。

 城に新鮮な卵や鶏肉を卸しているのだ。

 ヒヨコを見ているので、鶏肉に、ちょっぴり可哀想とも思う。

 けれど、それが自分たちの食卓を豊かにしてくれているのだと感謝もしていた。

 

「リーシア様、お久しぶりです」

 

 にこっと笑う姿が、実に爽やかだ。

 ピートは28歳で、兄たちより年上。

 落ち着いた雰囲気のある心優しい青年だった。

 

 オレンジ色の髪に、黄緑の瞳をしている。

 デニムのボタンダウンシャツを肘までまくって、同じくデニム素材のペインターパンツを身に着けていた。

 農場ではよく見かける姿なのだが、ピートもズボンのハンマーループに、金槌をぶら下げている。

 

「見ての通り、今日は1人ではないのよ。新しく私のところに来た人を紹介し……あら? カリス? どこに行ったのかしら? まさか、もう小屋に……」

「いいえ、リーシア様。中には、私と鶏しかいませんでしたよ」

「もう、嫌ね……カリスったら、きっと、はしゃいでいるのだわ。彼、初めて城の外に出たものだから。その辺りを、ほっつき歩いているのかも」

「まあまあ、リーシア様。叱らないであげてください。ロキさんだって、そういうところがあるじゃないですか」

「ロキは……それも、そうね。私の下僕で、しっかり者はモルデカイとヘラだけ」

 

 少しわざとらしく肩をすくめてみせた。

 ピートが、明るく笑う。

 リーシアも、つられて笑った。

 

 どしゃッ!

 

 背後からの音に、振り向く。

 なぜか地面に、カリスが倒れこんでいた。

 リーシアは、少し顔をしかめる。

 

(やっぱり、はしゃいでいたのね。それにしたって、子供みたいに地面に飛び込むなんて、どうかしているわ。雪の上だっていうのなら、気持ちはわかるけれど……まったく、カリスったら、ニワトリより唐突な動きをするじゃないの……)

 

 城外の景色に、よほど浮かれているのだ、と思った。

 カリスの子供じみた行動に、リーシアのほうが恥ずかしくなる。

 

「カリス、城の外がめずらしいのはわかるわ。でも、あなた、一応、大人なのだし、そこまではしゃぐことはないのじゃない?」

 

 カリスが服についた土を、手ではらいながら立ち上がった。

 はしゃいでいるとも思えないくらい不愛想な顔つきをしている。

 いや、むしろ怒っているとでも言うような表情だ。

 とはいえ、カリスが怒る理由がないので、リーシアは「いつもの」顔だと思う。

 

「失礼しました。少し……手違いがありまして……」

「そうなの? まぁ、いいわ。怪我はしていない?」

「していません」

 

 怪我をしていたら、治癒をするつもりでいた。

 傷だらけのカリスを連れ歩いていれば、民たちが心配する。

 加えて、それが父の耳に入れば、小言をもらう。

 そういう意味では「カリスの体はカリスだけものではない」のだ。

 

「あ、ピート。彼が、カリスよ。カリス、彼が、城に卵や鶏肉を卸してくれているピート。ニワトリの飼育を引き受けてくれているの」

 

 紹介しているのに、カリスは黙っている。

 不愛想にも、ほどがあった。

 しかし、ピートは違う。

 気のいい笑顔を見せ、カリスに歩み寄って手を差し出した。

 

「よろしく、カリスさん」

「……あ、ああ。よろしく、頼む……」

「モルデカイさんが、ここでの仕入れ量を増やしたのは、きみのおかげかな」

「かも、しれない。俺の眷属用だろう、おそらく……」

 

 握手をした手を放しつつ、カリスが、ぼそぼそと答える。

 もっとハキハキ話せばいいのにとは思うが、もとよりカリスは「いつも」こんなふうなのだ。

 いきなり性格を変えろというのも無理がある。

 

「へえ。きみの眷属は食事が必要なのか。それはまた、めずらしいね」

「人だからな」

「すごいじゃないか、人を眷属にするなんて! ねえ、リーシア様?」

「ええ、そうね。人間の眷属を持っているのは、今のところカリスだけよ」

「いろいろと使い道がありそうだなぁ。期待しているよ、カリスさん」

「そ、そうか。使い道が……感謝する、ピート」

 

 なんと!と、リーシアは、かなり驚いた。

 モルデカイがいたら、きっと一緒になって驚いたに違いない。

 なにしろカリスが「素直に」感謝したのだ。

 びっくりもする。

 

 なにが、そんなに嬉しかったのかは知らないが。

 

 わずかに口元を緩ませているカリスを、じっと見つめる。

 その姿に思い出した。

 

「それはそうと、ピート。カリスの髪みたいなトサカの子がいたでしょう?」

「ああ、モミジのことですね」

「あの子は、どうなったの? 選り好みばかりしていて、なかなか繁殖しないって手を焼かされていたじゃない」

 

 リーシアの気持ちは、すでにカリスからニワトリのモミジに移っていた。

 なので、カリスが小刻みに体を震わせていることには気づかない。

 もちろん両手を握りしめ、苦い物でも噛んだような表情に戻っていることにも。

 

「それが、狭い場所が気に入らなかったようで、1匹だけにしてやったら、これがもう……きっと精神的なものだったのでしょう」

「それなら、カリスの髪色みたいなモミジのトサカも大活躍ね」

 

 ピートが、声を上げて笑う。

 以前、ニワトリのトサカには、雌へのアピールや体調を示す役割があると教えてもらっていた。

 モミジが精神的に安定し、繫殖しているのならトサカも立派なものになっているはずだと思ったのだ。

 

 が、しかし。

 

「俺と鶏を一緒にしないでほしいっ!」

 

 急に、カリスが大きな声をあげた。

 リーシアもピートも、きょとんとしている。

 

「当然じゃない。なにを言っているの、カリス」

 

 カリスと、ピートのニワトリとでは、まるで価値が異なるのだ。

 少なくとも、リーシアにとってはそうだった。

 なので、カリスも同様に「わきまえている」のだと思い込み、しみじみと言う。

 

「あなたより、モミジのほうが役に立ってくれているものね。あの子が、どれだけ頑張っているか。おかげで、私たちの食卓は豊かになっているわ」

 

 モミジは、特別な「ニワトリ」だった。

 白い殻の卵ではなく、茶色の殻の卵を産ませることができる。

 それにより、濃厚なクリームを使ったデザートや、ふわっふわとろっとろのオムレツを食べられるのだ。

 

 カリスの顔色が悪くなる。

 それを見て、リーシアは、ちょっぴりうんざりした。

 不愛想なくせに、カリスは「傷つき易い」のだ。

 ニワトリより役立たずだと、ショックを受けているに違いない。

 

「でも、そう卑下することはないのよ、カリス。あなたには、あなたの役割というものがあるわ。たぶん」

「そうだよ、カリスさん。きみは人の眷属を持ってるんだ。これから、いくらでも役に立てるさ。まだリーシア様のところに来たばかりだし、焦ることはないよ」

 

 カリスの蒼白じみた顔色に、ピートも気づいたのだろう。

 リーシアの言葉を肯定しながら、カリスを労わっている。

 ピートは心優しい青年なのだ。

 カリスの肩を、ぽんぽんと叩いて言う。

 

「くよくよしないで、しばらくは、あちこち見学するといいんじゃないかな。僕も落ち込むことはあるけど、ギゼル様から遊び心が必要だと言われてね。実際、そういう気分でいると、道がひらけたりしたもんさ」

 

 父は「遊び心」を大事にする人だ。

 簡単なことでも、あえて、回り道をしたりする。

 今もきっと、どこかで「遊んでいる」のだろう。

 そういう飄々とした父が、リーシアは大好きだった。

 

(ピートが気を遣ってくれているのに、カリスは本当に繊細よね……)

 

 まだ暗い表情が抜け切れていない。

 これでは、ピートに迷惑をかけてしまう。

 カリスの眷属のために、ピートは忙しくしているはずなのだ。

 これ以上、邪魔はできなかった。

 

「ピート、私たち、これからロンダのパン屋に行く予定なの。また来るわね」

「あ……ロンダの……」

 

 ピートの頬が、ほんのりと赤く染まる。

 ピートは、ロンダのパン屋で働くポーラのことが好きなのだ。

 ポーラも悪い気はしていないと言っていた。

 が、ポーラはリーシアと同じ22歳。

 まだ働いていたいので、婚姻は考えていないそうだ。

 

(農場に嫁ぐと手伝わざるを得なくなるから、しかたないけれど)

 

 農場の仕事は簡単ではない。

 世襲ではないにしても、家族ぐるみで働くことが多かった。

 ピートと婚姻すれば、ポーラは、今までとは異なる仕事をすることになる。

 それが嫌なのだろう。

 

「卵が必要なら、ポーラに取りに来るように言っておくわ」

「ありがとうございます、リーシア様」

 

 ピートの顔が明るく輝く。

 これでカリスの「失態」は取り返した。

 

(確かに、カリスは私の下僕で、私の持ち物よ? でも、面倒をみるって……面倒だわ……努力には、寛容と忍耐……私、大丈夫かしら……)

 

 またしても山奥に捨ててきたいような気持ちになっている。

 とかくカリスは「手がかかり過ぎる」のだ。

 はしゃいでみせたかと思えば、すぐに落ち込む。

 いちいち世話を焼かなければならないのだとすれば、面倒この上もない。

 

「さあ、カリス、行きましょう」

「……かしこまりました」

 

 リーシアは、カリスの返事とともに、ロンダのパン屋に移動する。

 もう無意識に使っている能力だ。

 実際には、指先を軽く動かしているのだが、自覚はない。

 なので、カリスが「無事に」ついて来られるのかなど気にも ()めていなかった。

 

 リーシア曰くの「お散歩首輪」こと、ムービングチョーカーという個人の移動用アイテムを、カリスはつけているのだ。

 

 金具についている輪を軽く引くと、移動可能範囲の地図が表示される。

 地図には、おおまかに「農場」「居住地」「市場」「繁華街」などいった文字表示があり、そこにふれると一覧画面に切り替わる。

 一覧には「ピートの養鶏場」「マロリーの牛舎」というように、細々とした名が連なっていた。

 

 その中から目的の場所を選べば、瞬時に移動。

 たった、それだけの手順だ。

 

 なにも難しいことはない。

 

 と、リーシアは、使ったこともないのに、そう思っている。

 移動に慣れていない者が、着地に失敗することがあるだなんて知る由もない。

 なにしろ「使ったことがない」ので。

 

「リーシア様! 久しぶりに顔を見せてくれたわね!」

「ここのところ、ちょっとバタバタしていたのよ」

 

 パン屋の女主人であるロンダは配達に出ているのか、店内にはいなかった。

 小さな店なので、店員はポーラだけだ。

 ポーラとは同じ歳で、気心の知れた仲。

 敬称をつける以外は、対等な言葉で話している。

 

 リーシアだけではなく、ファルセラスには「身分」の概念が薄い。

 民を大事にもしているので、誰に対等な口をきかれても (とが)めることはなかった。

 老若男女問わず、だ。

 民の好きなように話せばいいと思っている。

 

 かちゃん。

 

 音に、パッと振り向いて、リーシアは呆れた。

 カリスが、ケーキのショーケースに、しがみつくようにしているではないか。

 城内では皿に盛りつけられて出されるので、めずらしいのはわかる。

 だが、顔をガラスにくっつけるようにして覗きこむのは、どうかと思った。

 

「あれが、新しく下僕になったって人?」

「そうなの。名は、カリス。街がめずらしくてしかたがないらしいわ」

「ちょっと前にロキさんが来て、粗相をしても目をつむってやってくれって」

 

 ポーラは、カリスを見て、くすくす笑っている。

 気づいたらしく、慌てた様子で、カリスが体を起こした。

 気まずさからなのか、いっそう不愛想な顔つきになっている。

 それなら、むしろ愛想をしてほしいところだが、カリスには無理だ。

 

 振りまける「愛嬌」がない。

 

 店内を見回しながら、カリスがリーシアに歩み寄って来る。

 恥ずかしいので近くに来ないでほしかった。

 

「私は、ポーラ。ここで働いているの。よろしくね、カリスさん」

「……ああ、よろしく、頼む……」

「気にしないで。カリスは、いつもこんな調子だから」

「不愛想なのに、子供っぽいところがあるなんて可愛いくていいじゃない」

 

 えーっと、言いたくなる。

 いや、実際に、声を上げてしまった。

 隣で、カリスが渋い顔をしているが、目には入らない。

 女性同士の会話の前に、男性の存在など無視される。

 

「私は、落ち着きのある人がいいと思うわ」

「それは誰のこと? ギゼル様?」

「お父様もだけれど、ほら、その……ピートとか」

「リーシア様ってば、また! 先に農場に行ってきたんでしょう?」

 

 リーシアは、明るく笑った。

 ポーラも困った顔をしつつ、笑っている。

 

「だって、ピートは、もう2年も、あなたに夢中なのよ? 気の毒になっちゃう。婚姻はともかく、おつきあいくらいしてあげればいいのに」

「それは甘い考えだわ。家族に紹介なんてされたら逃げられなくなるでしょ」

 

 ポーラが、大袈裟に肩をすくめた。

 ピートを好ましく思ってはいるが、どうしても婚姻はしたくないらしい。

 しっかり者のポーラなら、農場でもやっていける。

 だが、そういう問題ではないのだろう。

 

「逃げたくなるほど、ピートの家族と折り合いが悪いのか? 俺は、彼の家族には会っていないが、彼は良い男だったように思う」

 

 突然、カリスが話に割り込んできたことに、びっくりした。

 女性同士で話しているところに、口を挟んでくる男性は少ないのだ。

 ほとんどの男性が「滅多打ち」にされることを知っている。

 

「あなたも、いい人のようね、カリスさん。でもね、婚姻すると生活が変わるから簡単には思いきれないものなのよ」

 

 カリスが、なぜか、ちらっと横目でリーシアを見た。

 意味がわからない。

 が、すぐに視線を外されたので、気にしないことにする。

 リーシアには、下僕の「婚姻」に興味なんてなかったのだ。

 それよりも。

 

「あ、ねえ、ポーラ、それでも卵はピートのところに取りに行ってあげてね」

 

 ピートとの「約束」を果たすほうが重要だった。


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