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OVER KILLってる?  作者: たつみ
第2章 無能なあなたは、私の下僕
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街歩きの下準備

 リーシアは衣装選びをしながら、憂鬱な気分を振りはらえずにいた。

 今日は久しぶりに街に出るのだ。

 いつもなら、あちらこちらと気の赴くまま、民の元を訪れる。

 彼女は民と話すのが好きだったし、彼らの働きぶりを見るのも好きだった。

 

(お父様ったら、あんまりだわ……カリスを連れて行けだなんて……)

 

 カリスは、リーシアの下僕であり持ち物。

 いずれ街に出ることになるだろう。

 先々のことを考えれば、民との顔合わせが必要だとの父の言葉に、納得はしている。

 だとしても、カリスはまだ「未熟」なのだ。

 

(言っている意味が、ちっとも理解できなかったりもするし、可愛げもないし……あんなに不愛想で大丈夫かしら? 民が驚くのじゃない? また道化師の真似事をしようなんてしたら……どうすればいいの?)

 

 カリスが、自分を楽しませようと努力したのは「わかって」いた。

 リーシアも、努力には寛容と忍耐で接しようとはしている。

 そのように父から教わっていたからだ。

 なので、道化を演じようとしたカリスに、笑ってあげるべきかで悩んだのだが、結局、モルデカイが制止してくれた。

 

 正直、助かった、と思っている。

 

(彼の努力って、どこかズレているのよね。それに、なぜいつもあんなにピリピリしているのかしら? 私まで肩が凝ってしまうわ)

 

 リーシアの下僕3人は、常に気楽な調子で接してくるのだ。

 対して、カリスは緊張しているのか、未だに堅苦しさが抜けない。

 そのくせ、傷つき易いのだから、困ってしまう。

 

(モブ兵ごときに背を向けられたくらいで、涙を浮かべるのだもの。あの不愛想さからは想像できないくらい繊細なのよね。民に冷たくされたら泣いてしまうのではない? 泣かれたって、民も困るでしょうし……)

 

 というわけで、様々、考えると、憂鬱になる。

 もう少しカリスがヴィエラキに馴染んでからでも遅くはないのでは、と思えてならない。

 とはいえ、リーシアにとって、父の言葉は絶対だ。

 今さら、また今度、とは言えなかった。

 

(だって、お父様は、カリスをギルドに加えてしまっているもの……)

 

 ギルドというのは、ファルセラスだけが持つ組織のことだ。

 代々、ファルセラスの当主が「マスター」とされ、組織管理を行っている。

 当然だが、兄2人とリーシアは、ギルドに加入していた。

 というより、ファルセラス以外の「ギルド員」はいなかった。

 

 カリスが初加入者だ。

 

 下僕たちは、それぞれのファルセラスに帰属しているため、あえてギルドに所属させる必要がない。

 ところが、リーシアはカリスを「正式」には従属者とはしていなかった。

 つまり、カリスを「ギルド員」とすることは、ファルセラスに所属させたという意味に等しくなる。

 

 リーシアに帰属していなくても、だ。

 

 それによって、カリスの受けられる恩恵は大きい。

 ギルド所有のアイテムを自由に使えるし、体力が著しく減少したり、状態異常があったりすれば、すぐさまギルド員、すなわち、ファルセラスの4人にアラームがとどくのだ。

 そんなことになれば、きっと父から「救援に行け」と言われる。

 

 なにしろカリスは、たとえ口約束に過ぎなくても「リーシアの物」なのだから。

 

 果てしなく、面倒に感じる。

 カリスを下僕にしたのは、ある意味では正しかった。

 他国に行く際には役に立つ。

 いけ好かない連中への対応を丸投げできるからだ。

 

 それでも、総合的に考えれば、面倒が先に立っていた。

 モルデカイたちなら、そもそも、ややこしいことにはならない。

 救援を必要とするほど弱くもないし、各々で始末をつけられる。

 だが、カリスは違った。

 

(だって、とても弱いもの、彼……2つの上位職を持っているけれど、対処できるのは、せいぜいモブ兵4,5百人というところね。千人規模で囲まれたら殺されてしまうわ)

 

 思えば「アラーム」を放置はできないだろう。

 カリスが死ぬようなことになれば、父にお小言をもらうのは必至。

 生き還らせたとしても「1度は死んだ」ことは隠せないのだ。

 管理不足を問われるのは間違いない。

 

 加えて、困ったことが、もうひとつある。

 カリスは、王族との「称号」持ちなのだ。

 この間の祝儀でも、身なりに気を遣ったのだが、うっかりすると称号が発動して「王族然」となってしまう。

 

 これから街で民と会うというのに、それでは困る。

 ヴィエラキには王族なんていないのだから。

 

(私も同じだけれど、王族だの貴族だのって、ヴィエラキの民には、意味がわからないはずよ。接することがないし、見たことだってないし)

 

 リーシアは、稀にではあるが外交を公務として行う。

 なので、かろうじて王族や貴族と接する機会もあった。

 だが、民には、それすらない。

 

 ヴィエラキは自給自足の国で、すべてのことを国内で賄っている。

 他国からの輸入品もなければ、他国への輸出品もない。

 要は、ヴィエラキから「外」に出たことがないのだ。

 強制はしていないのだが、この5百年、外に出たいとの申し出もなかった。

 

 そんな民の前で「王族然」とされても、と思う。

 モルデカイの言う通り。

 

「とんだことになってしまったわ……」

 

 街に出るというのに、これほど気が重くなったのは初めてだ。

 しかたがないので、今日は当たり障りのないところに行くことにした。

 カリスを見ても、サラリと流してくれそうな場所。

 

「やっぱりロンダのパン屋……あそこは、ポーラも働いているし……それと農場かしら。ピートとマロリーなら驚きはしないわよね。カリスは、そう……ニワトリほど唐突な動きはしないはず、たぶん……」

 

 つぶやきつつ、街に出る時用の服に着替える。

 ヴィエラキでは民の服装も他国とは違い、独特なのだ。

 城にいるのとは、まったく異なる服装になる。

 東帝国の「帝都」で見ることは、絶対にないだろう。

 

 それもまたヴィエラキの桁外れの「裕福さ」を物語るものなのだが、リーシアは他国にないのを不思議に感じていた。

 産まれた時から目にしてきた「街衣装」が、ヴィエラキ独自の物だなんて思いもせずにいる。

 

「動き易くていいわ。いつも街衣装でいられるといいのに。城内では、それらしく振る舞わなくちゃならないなんて……面倒よね」

 

 リーシアには意味不明だが、初代の時代から「街用」「城用」と、衣装にはこだわるべきだ、との教えがあった。

 理由は定かではない。

 

 とかく「初代様」の決めたことには、意味のわからないものも多いのだ。

 さりとて、意味がわからなくても、変えようと考えてはいなかった。

 歴代ファルセラスの誰も考えなかったから、今も続いている。

 リーシアも、右に倣えだ。

 

 そもそも面倒に感じるのは、服装にこだわりがないからでもある。

 パッと、一瞬で「城用」のドレスから「街用」の服に変えた。

 

 アイボリーの羊毛織りニットに、足に沿うカーキ色のダメージデニム。

 同じくカーキ色で、パーカーと大きなポケット付きのフィールドコート。

 それに、くるぶしまでの薄茶をした革の編み上げ靴。

 

 こうした衣装用の「用語」も、ヴィエラキ以外では通用しない、らしい。

 ごく稀にしか行かない他国では使う機会はなく、実際のところは知らないが、外交で話すようなことでもないと思っている。

 ほとんどの王族や貴族は、民に無関心なのだ。

 

「あ、そうだわ」

 

 リーシアは長い銀色の髪を、首元で2つに分け、三つ編みにする。

 今夜の夕食は、カールの「ビストロ」と決めていた。

 これで身動きもし易くなったし、食事時に髪が口に入ることもない。

 街スタイルの完成だ。

 

 このまま出かけてしまいたい。

 1人で。

 

 思ったのを見計らったかのようなタイミングで、モルデカイが現れた。

 後ろにカリスが立っている。

 

「あら? あらら?」

 

 体を横に折り曲げ、モルデカイの後ろにいるカリスを覗き込んだ。

 カリスは居心地悪そうに、そっぽを向いている。

 いつもながら、愛想も可愛げもない。

 だが、最早、慣れた。

 

「ひどく苦労したのでしょう、モルデカイ?」

「大変な苦労にございました、シア様」

 

 不機嫌そうな顔つきで立っているカリスも「街スタイル」だ。

 どうやら本人は気に入っていないらしい。

 王族の着るような仕立てでないことに不満があるのだろう。

 

 秋らしい、やはり羊毛ニットは裾のグレーから首元に向かって白に変わるグラデーション仕様。

 それより少し濃い目のグレーのカーゴパンツに街歩き用の革靴。

 この革靴は、街でレザースニーカーと呼ばれているものだ。

 タキシードなどと合わせるタイプの革靴とは紐の結びかたからして違う。

 

「それにしても、モルデカイ。なぜ上着ではなくて、ストールなの?」

 

 カリスの首元には、グレーと黒を交互に織り込んだストールが巻かれていた。

 外気対策なら軽めのコートかジャケットのほうが適している。

 見た目に不自然さはないのだが、少し気になって聞いてみた。

 カリスは「暑がり」なのだろうか、と思ったのだ。

 

「それは、カリスたっての希望にございます。どうしても首元を (さら)して歩きたくはないと言って聞かないので、上着ではなくストールにいたしました」

「そうなの。まぁ、動き易いし、いいのじゃないかしら。さすがね、モルデカイ」

「恐れ入ります」

 

 胸に手をあて、恭しく頭を下げるモルデカイの後ろで、カリスはまだ陰鬱な顔をしている。

 初めて着る「街衣装」に不慣れなせいに違いない。

 リーシアは好きだが、カチッとしていない服を好まない者もいるのだ。

 カリスはつい半月前まで王族だったのだから、慣れるまではしかたがない。

 

 ともあれ、準備はできた。

 カリスの陰鬱な表情に、リーシアまで気が重くはなるが、街には出たい。

 民たちに会えば、こんな気分も消えるはずだと、気を取り直す。

 いざ街へ、と思ったところで、はたとなって、モルデカイに訊ねた。

 

「街への移動はどうすればいいかしら? 私が魔法を使ってもいいけれど」

「それにはおよびません。カリスにはムービングチョーカーを渡しております」

「ああ、お散歩首輪をつけたのね。面倒がなくていいわ」

 

 途端、カリスが首を絞められたような声を出す。

 その理由がわからず、リーシアは首をかしげた。

 

(緊張しているのかしら? カリスにとっては、初めての街だから)


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