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OVER KILLってる?  作者: たつみ
第2章 無能なあなたは、私の下僕
25/60

会話から深まる勘違い

 フィデルとの会話は、2時間そこそこで終わった。

 もう少し話していたかったが「昼食時間」となってしまったのだ、フィデルが。

 

 カリスは、フィデルに「眷属」たちの指揮を任せている。

 今日の午後には城外から城内に「移転」する予定なのだ。

 

 話した内容に、フィデルは唖然としていた。

 それはそうだろう、と思う。

 カリスだって、モルデカイに聞かされた時には唖然となったのだから。

 

(1人1軒、物置付き……家具も食器も……食材は配給、だと……?)

 

 3万人と言えば、ちょっとした村の規模だ。

 それを (またた)く間に用意した。

 が、それはいい。

 

 一夜にして、5百人収容できる施設を2百も造れるのがモルデカイだ。

 3万の家を造ったと言われても、そのくらいできておかしくない、と思える。

 今となっては。

 

 カリスが唖然としたのは、そこではなかった。

 室内品は、おそらくヘラの眷属が用意しているはずだ。

 だが、食材や衣類など、生活に欠かせない物を「配給」するとの話に、カリスは耳を疑った。

 

(……大公女の小遣いとは、いったい……3万人だぞ? しかも、どうせ1日3食だと抜かすのだ、ここの奴らは……)

 

 それだけの食材費だけでも、かなりの額になる。

 あげく「必要な物があれば用意する」とのこと。

 フィデルを通じて取りまとめしてからでもいいし、急ぐのであれば、フィデルに伝書鳩を飛ばさせれば、すぐに調達する、と言われた。

 

(いや、この際、金のことはいい。あれだけの私財……を持っているのだからな)

 

 以前、カリスは、モルデカイにファルセラスの「私財」を見せられている。

 ヴィエラキ4万平方キロメートルの地下は金庫なのだ。

 そこには大陸通貨が、文字通り山積み。

 ヴィエラキ建国より5百年、ファルセラスの私財と国庫が同義だという話にも、うなずける量だった。

 

 とはいえ。

 

 まったく常識外れも、はなはだしい。

 いくらカリスがリーシアの下僕となり、その眷属とはいえ、元敵兵。

 おまけに「することがない」のだ。

 ヴィエラキに「戦力」など必要ないのだから、彼らの能力は役に立たない。

 

 この半月も、1日3食をとり、ただ施設内で、じっとしていただけだろう。

 ただし、これまでは自分たちの処遇に悩んでいたはずだ。

 なのに、それも今後は、ほとんどなくなる。

 

(……リザレダで貴族をしているより優雅な暮らしではないか……)

 

 なにもせずとも衣食住が与えられるなど有り得ない。

 対価というのは、働いて初めて与えられるものなのだ。

 リザレダにも貧しい者はいたし、そういう家では子供でも働いていた。

 民からの税で生活を維持していた貴族とて、民の揉め事や請願の対応をしたり、時には無法な者たちから民を守ったりしていたのだ。

 

 まるっきり、これっぽっちも働かずして対価を手に入れていた者などいない。

 

 カリスは、書庫のソファで頭をかかえている。

 ヘラの眷属の侍女が淹れてくれた紅茶が湯気を漂わせていた。

 そのことにすら、葛藤を覚える。

 

 自分も同じだからだ。

 

 カリスも「なにもせず」対価を手にしていると言えた。

 役目と言えば、リーシアと東帝国に出向き、祝儀に出席したことくらいだ。

 東帝国が消し飛ぶのを防いだのは「手柄」なのかもしれない。

 だが、カリスからすれば、当然のことをしたに過ぎなかった。

 確かに無礼な連中ではあったが、東帝国を消し飛ばされたら、カリスの罪悪感のほうが勝っていただろう。

 

 つまり、特段にリーシアのために「働いた」との実感がないのだ。

 それは、なにもしていないのと同じではなかろうか。

 

 にもかかわらず、書斎で「優雅に」茶を飲み、1日3食。

 睡眠も十分にとっているし、広い部屋もあてがわれている。

 誰もカリスに強制はせず、むしろ、放置。

 以前、モルデカイに言われたように「いつ起きようが寝ようが」勝手。

 

 これという決まった役目がないので、することがない。

 書斎に来て、ヴィエラキやファルセラスの勉強をしてはいるが、それは仕事とは言えない。

 仕事をする以前の「下準備」だ。

 

 たとえば、騎士になるのに剣の種類や扱いかたを学ぶのと同じ。

 が、見習い騎士は最低限の保障しかされず、狭い官舎に押し込まれている。

 厳しい訓練と、日に1度の質素な食事で、毎日を過ごしていると知っていた。

 比較すれば、自分の「優雅さ」が情けなくなってくる。

 

 今は、これでいいかもしれない。

 さりとて、ずっとこのままでいいわけがない。

 

 いつリーシアの気が変わるか、わかったものではないからだ。

 彼女の心ひとつで、自分たちの命は簡単に消されてしまう。

 兵はともかく、自分だけはリーシアの役に立つ必要がある。

 惰眠を貪る存在ではないと、証しなければならない。

 

「また思い悩んでいるのかね? きみには悩み事が多いようだ」

 

 ふっと、モルデカイが現れた。

 カリスがどこにいて、なにをしているのか把握しているに違いない。

 モルデカイなら「なんでもあり」だと思える。

 なので、皮肉っぽく言った。

 

「知っていると思うが、フィデルに今後のことについて話をした」

「きみは頻繁にわけのわからないことを言っては私を困惑させるが、それを楽しみにでもしているのか?」

「わけがわからないとは、なんのことだ?」

「きみときみの眷属が何を話したかなんて、私は知りやしないよ? きみの管轄に、いちいち私が口を挟まなくちゃならない理由などないだろう?」

 

 呆れたように言われて、呆れる。

 モルデカイの行動からすれば「監視」されていると思ってもしかたがない。

 どこにいようと、問いかけもなく、唐突にひょいと現れるのだから、常に見られていると感じるのも当然だ。

 

「これ以上のことを、私に求められても困る。いいかい、協力するとは言ったが、限度というものがあるのだよ? きちんと3食とっているかとか、心を病んでいる者がいないかとか、そういうのは、きみが管理すべきだ」

「それは……もちろん、そのつもりだが……」

「では、なにかね? ペットを飼いたいとでも言う者がいるとか?」

「いや、そのような者はいない」

「ああ、きみが飼いたいのか」

「違う。俺にペットは無用だ」

「確かにね。あれは、なかなかに手がかかる。ギゼル様たちは好んでおられるが、私には、どうにも向かないな」

 

 モルデカイとは話が通じているのだか、わからなくなる時があった。

 リーシアと話している時には、この感覚に陥ることが頻繁にある。

 だから「くたびれる」のだ。

 すでに頭痛がし始めている。

 

「おおまかな管理は、フィデルに任せた。俺は、報告を受けて対処することになるだろう。だが、今のところ、なにをさせればいいのか、考えつかなくてな。それで悩んでいたところだ」

「草抜きでもさせればいいじゃないか」

「草抜きだと? そんなもの、あっという間に終わるし、そもそも、これから冬になるのだから、自然に枯れる」

 

 モルデカイが、わざとらしく肩をすくめた。

 カリスの眷属には興味がないらしい。

 なにをさせるかもカリス次第と、丸投げする気だ。

 当然と言えば当然なのだが、助言もくれないとは、と憎たらしくなる。

 

「……俺の、眷属だからな。俺が、考える」

「そうしてくれると助かるね。それはそうと、きみに渡す物があって来たのだよ」

 

 モルデカイは、早々に話題を切り替えてきた。

 本当に、関心の欠片もありはしないのだ。

 衣食住を与えつつ、その実、死のうが生きようがどうでもいいと思っている。

 とはいえ、文句を言うのが筋違いだと、カリスにもわかっていた。

 

 捕虜と言える立場の自分たちが、ここまで「厚遇」されているのだから。

 

 フィデルが唖然としていたように、ほかの兵たちも戸惑うに違いない。

 兵の中には「太らせて食うつもりかもしれない」と言う者がいたという。

 カリスも、内心、有り得そうだと思った。

 

 リーシアの持つ最大の能力で大陸中を消し飛ばしても、「ピートのニワトリ」は生き残ると言ったのだ。

 もしかすると、自分たちは「ピートのニワトリ」の餌になる道を突き進んでいるのかもしれない。

 

「ほら、これだ」

 

 差し出された物に、ぎょっとする。

 直後、怒りに体が震えた。

 険しい表情で、モルデカイをにらみつける。

 

「やはり……こういうことか……」

 

 自分の考え違いに、腹が立った。

 この半月の待遇は、けして「厚遇」などではなかったのだ。

 自分とモルデカイたちのような「下僕」は立場が異なる。

 

 所詮、捕虜の下僕。

 

 はねつけることができないのは、わかっていた。

 だからこそ、なおさら屈辱に身が震える。

 カリスは、モルデカイの手にあるものを、むしるようにして受け取った。

 

「そう怒ることはないじゃないか」

「怒ってなどいない。これが俺の立場なのだと身に染みているだけだ」

「待たせたことについては悪かったと思っているよ。だが、しかたなかったのさ。こればかりは、シア様の一存でできることではない。ギゼル様の承認が必要でね」

「大公閣下の……そうか……大公閣下も認めて、おられるのか……」

 

 なぜだが、とてもがっかりする。

 ヴィエラキは良い国で、その国を治めている大公ギゼル・ファルセラスならば、きっと立派な人物に違いないと、勝手に思い込んでいた。

 尊敬に値すべき理想像を、頭の中で作り上げていたのだ。

 なにより、大公の言葉がなければ、皆殺しにされていたこともあるし。

 

「そうとも。それで、ようやくきみに渡せることになった。せっかくだし、つけてみてはどうかな? その色が気に入らないのなら、別の色を用意しよう」

 

 カリスは、手に握りしめた「それ」を見つめた。

 やわらかいが、ほんの少しザラついた感触に、質のいい革だと思う。

 その黒革でできた輪に、 細々(こまごま)とした植物の細工が (ほどこ)された金具。

 金具には、ちょうどカリスの親指が入るほどの輪っかがついている。

 

 誰がどう見ても「首輪」だ。

 首輪にしか見えない。

 

「……俺に、これをつけろと言うわけだな……」

「強制はしないさ。つけることが、きみのためになる、というだけのことだ」

「俺のため……そうか……確かにな……俺は、彼女のペット……」

「カリス! きみ、なんてことを言うのだい?!」

 

 モルデカイらしくもなく、焦ったような声を出している。

 白い手袋をはめた手で、せかせかと片眼鏡をいじりながら、気分を落ち着かせるためか、反対の手で胸を押さえている。

 

「シア様に、ペットなんて飼えるわけがないだろう。きみがペットになりたがっているなどと聞けば卒倒されてしまう。いいかね、このことは私の胸にだけとどめておく。だから、絶対に、いいかい、絶対にだ、シア様にペットにしてくれとせがんだりしないでくれ」

 

 カリスは、当然だが「ペットになりたい」わけではない。

 思ったこともない。

 ただ「首輪」を与えられたので、リーシアが、自分をペット扱いしているのだと考えただけだ。

 

「きみは、まだわかっていないのか。私が、あれほど説明したというのに……」

 

 モルデカイは片眼鏡から手を離し、額を押さえ、天を仰いでいる。

 口からは、深い溜め息をこぼしていた。

 

「シア様が、いかに面倒なことが、お嫌いか。きみは、もっと深く頭に叩き込んでおく必要があるな」

 

 カリスは、だんだんに自分が「勘違い」をしていたのではないかと思い始める。

 どうしても自分の常識や知識で思考が働いてしまうのだが、ここでは、そうしたものが役に立たないのだ。

 そのせいで「また」意味を取り違えてしまったらしい。

 

「いきなり首輪を渡されたのだ。そういうご要望かと……冗談のつもりであった」

「きみ、冗談も度が過ぎると、笑えないものだと覚えておきたまえ」

「わかった。だが、俺は、これがどういうものか知らないのだぞ」

「確かに、きみがこれを見るのは、初めてだったな。そうか。私の配慮が、少々、足らなかったようだ」

 

 モルデカイが、あっさりと引く。

 カリスを罰することもなく「冗談」との言葉を、簡単に受け入れていた。

 

「これは、ムービングチョーカーという。身に着けていれば、思うところに簡単に移動ができる道具だ。正式な総称は、アイテムというのだが、そこは気にしなくてかまわない。便利な道具だと思っておけばいいさ」

「この間、東帝国に行った時のような……?」

 

 ヴィエラキと東帝国は、最短で5百キロメートルほどの距離がある。

 だが、リーシアとともに訪れた際は魔法で移動、一瞬で到着した。

 

「残念ながら、ムービングチョーカーでの移動は特定の国内だけとの制限がある。ヴィエラキにいればヴィエラキ内、東帝国にいれば東帝国内、といった具合だ」

「では、今はヴィエラキ国内ならば、どこにでも行けるのか?」

「きみの頭に地図が描けていなくてもね」

 

 さっきまで「首輪」にしか見えなかった物が、今度は類まれな価値ある「道具」に見えてきた。

 見た目はどうあれ、魔法の使えないカリスにとっては有り難い代物だ。

 これを身に着ければ、フィデルたちの様子を見に行くのも容易になる。

 

「ヘラやロキの眷属が使う移動用の魔法では、きみを城外に連れて行くことはできない。かと言って、いつも私たちが連れて行くのもねえ。きみが、どう思っているかは知らないが、存外、私たちも忙しいのだよ」

「ああ、いや……これを使って、今後は自分で移動する」

「それなら、これも渡しておこうか」

 

 なにかサイコロのような物を渡された。

 手に握りしめられる程度の小さな物だ。

 

「トランスファーケージと言って、数を指定して地面に置くと、見合った大きさの柵になる。ムービングチョーカーは、あくまでも、きみの移動用だ。眷属の移動が必要な場合には、こちらを使いたまえ」

「あ、ああ……そうだな……必要があれば……」

「まったく眷属管理というのは大変だ。ヘラやロキは、日々のことだというのに、よくやれていると感心する。私には無理だね」

「あなたは眷属を持っていないのか?」

「何事も自分1人でするのが好きなのさ、私は」

 

 少しわかるような気がした。

 眷属に、あれこれ指示を出すよりモルデカイが動いたほうが早い。

 そして、確実だ。

 モルデカイは、リーシアの側近と言える立場でもある。

 眷属任せにできることなどないのだろう。

 

「であれば、午後からの移転は、俺がすべきか」

 

 せっかく「移送用」の道具をもらったのだ。

 移動用の道具も使ってみたくなっている。

 首輪にしか見えない代物を身に着けた元国王を、兵が、どんな目で見てくるかはともかく、すぐに用途は理解され、誤解も解けるに違いない。

 

 が、しかし。

 そわそわしているカリスに、モルデカイが言う。

 

「いや、その必要はない。今回の移送は、ヘラとロキが主導する」

「しかし、俺の眷属は、俺の管轄だ」

「きみには、もっと大事なことをしてもらわなければならないのでね」

「もっと大事なこと?」

 

 モルデカイは、さも重要と言わんばかりに、深くうなずいた。

 それから、非常にさっぱりとした口調で告げる。

 

「衣装選びさ」

「衣装……?」

 

 また東帝国にでも赴くことになったのだろうか。

 前回は、衣装選びに、かなりの時間を費やすことになった。

 カリスにはよくわからないが、王族との「称号」が問題になるらしい。

 

 あれこれと着せ替えさせられるのは気に入らないが、西帝国側の者だったカリスには、こちら側の「作法」がわからないのだ。

 モルデカイの納得がいくまで、つきあうしかない。

 思う、カリスに、モルデカイが今度は悩み深そうに言った。

 

「きみは、街に出向かれるシア様のお供をすることになったのだよ」


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― 新着の感想 ―
[一言] 少し話が通じるようになってきたというか、誤解ポイントを理解するようになってきたというか? とはいえ読者の方からしてもずれを追うのが精一杯…眷属の管理といっても、たとえばそこで普通に街づくりみ…
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