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OVER KILLってる?  作者: たつみ
第2章 無能なあなたは、私の下僕
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眷属の待遇

 

「と、いうように、やっとカリスも立ち直れた様子にございました」

 

 モルデカイの報告に、リーシアは口元をほころばせる。

 3万ものモブ兵を気にかける必要がなくなったからだ。

 もとより眷属は、彼女自身が扱う物でも、彼女の持ち物でもない。

 そのため、眷属をどうするかは、リーシアの考えることではなかった。

 

 リーシアの持ち物なのは、あくまでも下僕だけだ。

 眷属の管理は、その持ち主である下僕がする。

 そう決まっている。

 

「そう言えば、カリスのほかに名付きが1人いたけれど、残っている?」

「フィデルにございます、シア様。その者は、かなりカリスに忠誠心が厚いと言えるでしょう」

「あら。それは良かったわね。名付きにまで見捨てられていたら、カリスは長く立ち直れなかったと思うわ」

 

 夕食後、カリスは早々に私室に引き上げていたが、リーシアは居館の中にある、小ホールでくつろいでいた。

 壁にはレリーフが刻まれ、天井にはファルセラスの紋章が描かれている。

 4人で座っても、あまりあるほど大きなカウチはやわらかく、リーシアをつつみこむように、その体を受け止めていた。

 

「名付きにまで見捨てられちゃ散々でしょ? 泣いてたんじゃねーすかね?」

「そうよねえ。みんなも知っていると思うけれど、彼、意外と繊細だもの」

 

 モルデカイのほかに、ロキとヘラもカウチの (かたわら)(ひざまず)いて控えている。

 お互いに顔を見合わせ、うなずいていた。

 リーシアは、目に涙を浮かべていたカリスを思い出しつつ、デザートをひと口。

 濃厚な卵、ふんわりとした香りのバターを感じ、民に感謝する。

 

(ピートのニワトリと、マロリーの牛のおかげね)

 

 ピートとマロリーは、ともに農場で働いていた。

 そこでとれた卵や牛乳から、このケーキはできている。

 夕食後のデザートは、リーシアの「楽しみ」のひとつだ。

 

 彼女は遅寝、遅起きを信条としている。

 

 夕食後に何時間も起きているため、こうして夜にデザートを食べていた。

 そのたびに、民に感謝する。

 きちんと支払いはしているが、当然に受け止めたことはない。

 リーシアにとって、民は、いつだって「楽しみ」を与えてくれる存在なのだ。

 

「そんじゃ、そろそろ城内に入れてやんのか?」

 

 ロキの声に、ハッとなる。

 また、すっかりカリスのことを忘れていた。

 カリスも、カリスの眷属も、たいして興味がないのでしかたがない。

 だからこそ、モルデカイに丸投げしているとも言える。

 

 存在すら忘れていて、うっかり餓死させた、なんてことにならないように。

 

「眷属たちは、街と丘陵地帯の間に住まわせることにしたよ」

「草抜きくらいは、自分たちでするようになればいいけれど」

「カリスが責任を持って面倒をみると言っていたからね。そのくらいはさせるさ」

「そのくらいしかすることねーじゃん」

「それはそうだが、なにもないよりはいいだろう?」

 

 ロキが、ははっと笑う。

 城外のことなので、ヘラは城内のことほど関心は寄せていないようだ。

 モルデカイの言う街と丘陵地帯の間は平野部ではあるが、これという資源もない草地だったため「片付ける」ものもない。

 

「それはそうと、家はどんくらいになりそうなんだ? あの辺りは、海風も入って来るし、定期的に殺菌しねーと病になるヤツが出るぞ?」

「そう言えば、そうよね。衣服や食器、家具にも影響があるかもしれないわよ?」

 

 ヴィエラキは、南に丘陵地帯、東には海に通じる湾がある。

 丘陵地帯の奥には鉱山があり、資源にはことかかない。

 国自体が南の端にあるため、逆に北側には国内から続く肥沃な平野部が広がっている。

 もっとも、自然を操る能力持ちのファルセラス4人がいれば、大寒波や大水に 旱魃(かんばつ)など、どうにでもなるのだけれども。

 

 むしろ、些細な「海風」や「小虫」の発生のほうが生活に影響をもたらす。

 それらによって被害が出たり、病が発症したりすることも少なからずあるのだ。

 たとえば海風の塩気に鉄が錆びて荷馬車が壊れたり、おかしな虫が風に運ばれてきて、病の原因になったり。

 

「私は、5人に1軒くらいで考えていたのだが、どうやら、それではカリスが納得しなさそうでね。前に、城外で5百人に1軒だと言ったら、不満そうにしていた」

 

 ヘラやロキは、自ら眷属を作る。

 そのため、眷属に生活の必要はない。

 必要な時に出し入れできるからだ。

 対して、カリスの眷属には生活の必要がある。

 

「5人に1軒は狭過ぎるんじゃないかしら? 共同で使うこと自体、気を遣うし、病にかかったら、あっという間に広がってしまうでしょう?」

 

 リーシアが言うと、モルデカイが納得したのか、すぐにうなずいた。

 正直、モブ兵が病で死のうが、どうでもいい。

 民に広がる前に手を打てばすむ。

 彼女が守るべきは、ヴィエラキの民だけなのだ。

 

 だが、カリスが不満だというのなら、満足のいく「支度」をすべきだろう。

 剣のある目つきで見られると、どうにも居心地が悪くなる。

 カリスはリーシアの持ち物なので、不満を持たせたくはなかった。

 

 管理不足を、父に問われるかもしれないし。

 カリスの不愛想に、ますます拍車がかかるかもしれないし。

 これ以上、可愛げがなくなったら、本気で山奥に捨てることを考えなければならなくなるし。

 

「かしこまりました、シア様。1人1軒、物置小屋もつけておきましょう」

「大変ではない? あなたに無理はさせたくないわ、モルデカイ」

「少しも大変ではございません。2階建ての家を3万造るほうが、5百人収容できる施設を2百造るよりも容易いことにございます」

「そうなの。あなたが言うのなら、きっと大丈夫ね」

 

 モルデカイがティーポットを片手にしながらも、反対側の手を胸にあて、器用に恭しく頭を下げた。

 自信がある、という意思表示だ。

 それなら、モルデカイに任せてしまおう、と、やはり丸投げにする。

 

「家と物置の掃除と殺菌は、オレ担当だな」

「では、私は室内品と食材などを担当するわね」

 

 ヘラとロキの2人も、簡単そうに言った。

 実際、簡単なことなのだろう。

 ピサロの下僕の建築屋や、ラズロの下僕の運び屋の手を煩わせるまでもない、と考えているに違いない。

 

 そもそもカリスは、リーシアの下僕だ。

 同じ主を持つ自分たちが支援すべき、と思っているようだ。

 

 たった4人しかいない下僕。

 カリスは、その中で最も新参。

 なににしろ手助けを必要としている。

 が、リーシアは面倒くさがりなので、とても面倒は見切れない。

 

「あなたたちって、本当に素晴らしいわ。いつも私のことを気遣ってくれていて」

 

 3人が嬉しそうに、にっこりする。

 リーシアは、3人が、彼女に「面倒」をかけないように動いてくれているのだと知っていた。

 とくにモルデカイは。

 

「明日中には準備が整いますので、ご安心ください、シア様」

「そうね。お父様たちが、いつ帰還されるかはわからないけれど、城外をあのままにはしておけないわ。散らかっているって、お小言をもらうのは嫌だもの」

「移動も短期間で終わりますから、すぐにさっぱりするでしょう」

 

 移動後の眷属たちは、カリスが面倒を見る。

 これで、こちら側の「戦後処理」は終わりだ。

 リーシアは、頭の中が少し「さっぱり」したのを感じる。

 これからの毎日は、以前と同じく、平穏でのんびりしたものになるだろう。

 

 あとは、父や兄たちの帰還を待っていればいい。

 

 3人が帰ってくれば、外交もせずにすむ。

 リーシアは、外の者と関わるのが嫌いなのだ。

 わけのわからないことをする者が多過ぎる。

 

 ファルセラスは、侵略目的で他国に攻め込んだことはない。

 とはいえ、不愉快な者たちに優しくする気もない。

 

 リーシアは大公女ではあるが、身分に重きをおいていなかった。

 ヴィエラキにいるのは、ファルセラスと民だけなのだ。

 貴族はいないし、彼女は民よりも自分のほうが立場が上だと感じたこともない。

 なので、貴族だの王族だのと言われても、ピンとこなかった。

 

 不愉快な者は不愉快。

 

 それしか感じられずにいる。

 自分自身のことをあれこれ言われるのは、まだしも我慢ができた。

 我慢がならないのは、国や民を侮辱されたり、傷つけられたりすることだ。

 そして、自分の領域に手を出されること。

 

 初代ヴィエラキ大公が、丹精込めて造った城への落書きや、下僕をないがしろにするような態度。

 

 それらは、リーシアの領域に土足で踏み込んでいるのと等しい。

 ヴィエラキを侮る行為であり、脅威となる第一歩。

 相手の国を侵略する気など毛頭ないが、牽制のための制裁を加えることはある。

 彼女にとっては、自分の領域を守るための、当然の行為だ。

 

 ピートのニワトリに手をつつかれても笑っていられるが、東帝国の第1皇女に、カリスが殴られたことには笑っていられなかった。

 

 カリスに止められていなければ、東帝国を消し飛ばしていたに違いない。

 それが、リーシアの不愉快な者に対する制裁の「程度」なのだ。

 父や兄たちに「やり過ぎ」と言われる「程度」ではあるのだけれども。

 

(でも、これで東帝国に出向くこともないでしょうし、当面、お父様からお小言をもらう心配をしなくてすみそうだわ)

 

 リーシアには、父の小言が、なによりつらい。

 父は、厳しく叱責するわけでも手を上げるわけでもなく、のんびりとした口調で (さと)してくる。

 それが、胸にグサッとくるのだ。

 

 謝っても罪が残る気がして、悲しくなる。

 そのせいで、いつも3日3晩、泣き通しに泣く。

 誰かしらが (なだ)めに来てくれるのだが、心が晴れることはなかった。

 なので、平穏な毎日を、ありがたいと思う。

 

「あ、そうだわ。お父様に連絡を入れて、街に出てもいいか聞いてみるわね」

 

 こちらの収拾は終わったのだ。

 侵略軍が来るまで5日も城で待っていて、あげく、東帝国に出向くことになり、半月以上も街に出ていない。

 いつもは、もっと頻繁に街に出ているので、そろそろ民に会いたくなっていた。

 

 彼女が望めば、ファルセラスの3人と下僕にはいつでも連絡が取れる。

 早速に、許しをもらうため、父に連絡をした。

 

「あ、お父様。こちらは、あらかた片がついたの。だから、街に出ても……え?」

 

 リーシアのはしゃいだ声が、途中で止まる。

 みるみる声のトーンが下がっていった。

 

「ええ……そうね……お父様の仰る通りよ……はい……ええ……もちろん……」

 

 連絡をせず、街に出てしまえば良かった、と思う。

 が、もうそういうわけにはいかない。

 父と「約束」をしてしまった。

 

「どうかなさいましたか、シア様」

 

 モルデカイに、リーシアは「がっかり」を隠そうともせずに、言う。

 

「カリスを供連れすることになったの……私の下僕として、街を知っておく必要があるから……」

 

 瞬間、ヘラとロキは姿を消す。

 取り残されたモルデカイが、リーシアを慰めてくれる、一応。

 

「それは……とんだことにございますね……」


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