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OVER KILLってる?  作者: たつみ
第2章 無能なあなたは、私の下僕
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吹けば飛ぶ命

 カリスは混乱している。

 いや、かなり混乱している。

 

(なぜ、ここの連中は、俺を同情的な目で見る……??)

 

 ある意味では。

 

 同情的な目で見られてもおかしくはない。

 侵略目的で来た国に、これ以上ないというほど、あっさり敗北を喫した。

 その上、国王の身分を剥奪され、下僕に転落。

 完全に屈服させられた者を憐れだと思うのは「普通」の感情と言える。

 

 が、しかし。

 

 彼らも、彼らの主も、そういう意味での同情は、まったくしていない。

 ほんのわずかな憐憫の情すらない。

 確信している。

 

 全員、自分の境遇に同情なんてしていない。

 

 にもかかわらず、同情的な視線をおくってくる。

 理由は「眷属の裏切り」にあるようだ。

 

 カリスは、ヴィエラキ侵略の際、十万の兵を率いてきた。

 リーシアにより、たちどころに数万もの兵が殺されている。

 が、同じリーシアの力により、ほとんど全員が蘇生されてもいた。

 蘇生されなかったのは、城内に踏み込んだ千人のみ。

 

 千人と聞けば大層に感じるかもしれない。

 だが、総勢からすれば、わずか1%。

 だから無視していいとはならないまでも、戦争における死者数としては少ないと言えた。

 

 そして、生き還った城外の兵たちは食と住を与えられている。

 飢えることも寒さに震えることもなく、毎日を過ごしているはずだ。

 とはいえ、そのうちの7万人が帰還したがったという。

 カリスが治めていた、今はなくなっているだろう、リザレダ王国に。

 

(彼らには国に残して来た家族がいる……帰還したがるのも当然だ……)

 

 戦争にはケリがついている。

 自国がどういう状況かもわからず、家族の安否も不明。

 王であるカリスは膝を屈し、大公女リーシア・ファルセラスの下僕となった。

 

 つまり、今のカリスに仕えている意味はないのだ。

 家族を優先させるのは、けして「裏切り」ではない。

 カリスには帰還したがった兵たちの気持ちが、非常によくわかる。

 むしろ、それを「裏切り」とする理屈のほうが理解できずにいた。

 

 ゆえに、そのことで自分が同情される意味もわからない。

 カリスにとっては、裏切りでもなんでもないからだ。

 もちろん残った3万人の兵たちと関わりを持てるのは願うところではある。

 だが、的外れに情をかけられるのは不本意だった。

 

(それで、彼らを俺の管理下に置き、安全を担保できるなら、納得すべきではあるのだろうがな……どうにも釈然としない……)

 

 同情するとしても、もっと別の理由があるだろう。

 

 そう言いたくなる。

 リーシアも含め、ファルセラスの者はカリスの思考のおよばないところにいた。

 彼らの考えかたや動きに、カリスはついていけないのだ。

 カリスの培ってきた知識や理屈が、まるで通用しない。

 

「おや、まだ思い悩んでいるのかね?」

 

 ここはカリスの寝室。

 夕食後、早々に引き上げてきた。

 なにをしているということもないのに、彼らといると、くたびれる。

 それに、モルデカイが来ることは予想していた。

 

「俺の……眷属の管理について……考えていた」

 

 大きな広い部屋の真ん中にある大きなベッド。

 そこにカリスは寝転んでいたのだが、体を起こし、イス代わりに腰掛ける。

 その前にモルデカイが立っていた。

 どういう理由かは知らないが、モルデカイの立っていない姿は見たことがない。

 いつも立っている。

 

 執事風の服装にそぐわない細いリボンタイ。

 これも、いつも通り緩く結ばれ、左右の輪の調和がとれていなかった。

 半月も経つと、見慣れて気にならなくなっている。

 

「きみの眷属が減ったのは悪いことではないさ。戦時に十万程度の兵を率いるのはともかく、今後は年単位で管理しなければならない。そう考えると、大変だろう? むしろ、減ったことで、きみの負担は軽減されるのだからね」

 

 まただ。

 

 また、ズレた同情をされている。

 感じてはいたが、もうそこにはふれないことにした。

 自分が「傷ついている」ほうが、彼らにとっては納得し易いのだ。

 カリスも、自らの常識や感情を、モルデカイが理解できるとは思えずにいた。

 

 ファルセラスは、外とは違う価値観の中にある。

 

 勉強途中ではあるが、カリスもヴィエラキやファルセラスについて学んでいた。

 国も、民も、ほかの国とは違う。

 それは比較のしようもないくらいだ。

 ヴィエラキだけが特殊なのだが、ここにいる以上、言っても無駄。

 

「これを渡しておこう」

 

 モルデカイが、カリスに分厚い書類を渡して来た。

 サッと目を走らせただけで理解する。

 カリスの「眷属」と認められた者たちの一覧だ。

 

「フィデル! 生きていてくれたのだな……フィデル……」

 

 名簿の最初にあった名に、カリスは胸が熱くなる。

 自分が下僕の身になったと知っても、フィデルは残ってくれたのだ。

 そのことに感動していた。

 

(イルディナートは領主だ……殺されているかもしれないというのに……)

 

 フィデルの父、イルディナート。

 イルディナートはリザレダが国として存在していた時、ポルティニという地方の領主を務めていた。

 リーシアの父であるヴィエラキ大公が、領主たちの処遇をどうしたのか、カリスは知らされていない。

 だが、侵略国の領主なのだから殺されていてもおかしくはなかった。

 

「もう1人の名付きだな。きみの側近かい?」

「ああ……フィデルは、俺の最も信頼する部下だ」

「彼は、きみに対する忠誠心が、とても強いようだね。でなければ、そんな効率の悪い職業を選ぶ理由がない」

 

 カリスもそうだが、素質のある者は職業能力というものを身に着けられる。

 たとえば、カリスはソードマスターとシューターという職業能力を持っていた。

 東帝国からの帰り、リーシアに教えられたのだが、これらはレベル2だという。

 下位職である、黒騎士と聖騎士の能力を極めたので、上位職のソードマスターを身に着けられたのだと聞かされた。

 

「しかし、フィデルは下位職ながら、3つの職業能力を持っているのだぞ?」

「それが、効率が悪いと言っているのさ」

「どういうことだ?」

 

 職業能力にレベルがあることさえ、カリスは知らずにいた。

 リーシアは当たり前のように話していたが、そんな話は聞いたことがない。

 おそらくヴィエラキ以外で、知っている国はないだろう。

 

「そこに書かれているが、フィデルは黒騎士、盗賊、赤魔法使の職業能力を持っているね? だが、それではレベル2の上位職は身に着けられないのだよ」

「黒騎士は、聖騎士との組み合わせになっているからか?」

「その通り。同じように盗賊は殺し屋、赤魔法使は青魔法使と対になっている」

「片方の職業能力だけを極めても上位職にはなれない、ということだな」

 

 モルデカイが、軽く肩をすくめた。

 そして「なぜか」やけに片眼鏡の奥の瞳を「優しく」細めている。

 

「フィデルは、きみを支援するために、あえて中途半端な職業能力を選んだのではないかな。黒騎士は、きみも知っての通り、前衛で戦う能力、盗賊は情報収集能力、赤魔法使は敵の能力値を下げる能力を持つ。どれも、きみの援護をするための力だとは思わないか? 自らの身を守るため、というよりは」

「確かに……そうだな……」

「せっかく3つの職を身に着けられるほどの才能がありながら、種類の似通った職業に特化しなかったのは、きみへの忠誠心が強かったからだ。フィデル自身には、さしたる恩恵はないのだからね」

 

 モルデカイの言葉に、なおさら胸を打たれた。

 若い側近を置くことに周囲から反対されたが、押し切って良かったと思える。

 職業も然り、この3万人の中に残ってくれたことも然り。

 

「フィデルを……私の眷属のまとめ役……指揮官にしてもいいだろうか?」

「きみの眷属だ。好きにすればいいじゃないか」

「あ……まぁ、それは、そうか……」

「そうとも。私たちは、あくまでも当面の衣食住の協力をするだけで、使いかたも含めて、どうするかは、きみの考えるべきことだ」

「ならば、彼らの管理は、責任を持って俺がする」

「わかってくれたようで、ありがたいね。まぁ、フィデル以外はモブ兵なのだし、そう気負うことはないさ。うっかり死なせても責任を問われることはないだろう」

 

 カリスの思考が、ぴたっと止まる。

 手にした書類の束を見た。

 そこには、びっしりと名が連なっている。

 

 モブというのは、ファルセラスだけが使う用語らしい。

 その他大勢とか、どうでもいい者とか「名無し」という意味だそうだ。

 

「モブ兵とは、どういう意味だ? ここに名が書いてあると思うが……」

「それは、私たちには意味のない名だ」

「意味がない?」

 

 3万人分の「名簿」があるにもかかわらず、モルデカイはフィデル以外を名無しと 見做(みな)している。

 それが、やはりカリスには理解できない。

 

「たとえば、川岸には小石がたくさんあるが、それに誰かが名を書いたとしても、石は石だ。そういう名に、きみは、いちいち意味づけをするかい?」

「……いや……おそらく……しないな」

 

 カリスは、少し考えたのち、そう答えた。

 名が書かれていても、石は石に過ぎないのだ。

 誰が書いたかもわからない名で呼びはしない。

 

「では、名付き、というのは?」

「石の中にも、宝石という名の石がある。その違いはなにかね?」

「宝石には……別につけられた名が、ある」

「そうだね。宝石が宝石であるのは間違いないところだが、逆に宝石という総称で呼ぶより、エメラルドとかアメジストといった、固有の名で呼ばれることのほうが多いのではないかな。名付きというのは、そういうことだ」

 

 ざっくりと、ではあるが、モブと名付きの違いを少しだけ理解する。

 同時に、そこまで「どうでもいい」と思われていることに戦慄した。

 道理で、リーシアが平然と数万もの兵を虐殺したわけだ、と思う。

 邪魔な石ころを蹴飛ばした、くらいの意識だったに違いない。

 

(フィデルはともかく……迂闊なことをすれば、ほかの者たちは……)

 

 簡単に殺されてしまう。

 それが、よくわかった。

 とはいえ、彼らはカリスの眷属なのだ。

 これまでの話からすれば、ある程度、命の保証はされていると思っていい。

 

(すべては俺次第……俺が彼女の下僕でいる限り、彼らを守ることができるのだ)

 

 確信は持てなかったが、そこに (すが)るしかなかった。

 自分たちの命は、常にリーシアの手の中にある。


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