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OVER KILLってる?  作者: たつみ
第1章 弱者なあなたは、私の下僕
20/60

緑の瞳を持つ下僕

 皇帝が取り(すが)って来るのをカリスが制し、リーシアは皇宮を出ていた。

 カリスの腕に手をちょこんと乗せ、馬車溜まりまでの道を歩いている。

 来た時には騒がしかった貴族たちは、2人を見ても黙りこくっていた。

 

「あなた、皇帝に対しては厳しかったけれど、殴れられたのが頭にきていたの?」

 

 皇女には殴られても礼儀正しく振る舞っていたのに、皇帝には、ぞんざいな口をきいていたのだ。

 それを、リーシアは少し不思議に思っている。

 

「話のわからない者は、あとでなにを言い出すかわかりません。こちらに非があるなどと申し立てられては面倒だと思いました。ですから、皇女には礼儀正しく振る舞ったに過ぎません」

「そういうものなのね。それなら、皇帝は話のわかる人、ということ?」

「少なくとも、ヴィエラキ大公国を見くび……(おろそ)かにしていい国ではないと思っていたようです。本当に、なにか手違いだったのでしょう。東皇帝も、あんな事態になるとは予想もしていなかったと感じました」

 

 意図的に嫌がらせをしたのではない、ということらしい。

 だとしても、皇女はカリスを殴った上に、リーシアから奪うと言ったのだ。

 当然ながら、自分の物を奪われたことなんて、リーシアにはない。

 それは、彼女にとって「宣戦布告」に等しい発言だった。

 

「良いではないですか。皇女は無礼でしたが、おかげで早く帰れます」

 

 カリスに言われ、そう思うことにする。

 思い出すと、この辺一帯を「うっかり」消し飛ばしてしまいかねない。

 十万のモブ兵でさえ、皆殺しはやり過ぎだと父は言ったはずだ。

 東帝国を消し飛ばしたら、間違いなく小言をもらう。

 

「お疲れさまにございました、シア様」

「あまり待たせずにすんで良かったわ、シャルマ」

 

 シャルマの開いてくれた扉から馬車に乗り込んだ。

 行きと同じく、カリスと向かい合って座る。

 カリスの頬は、まだ赤かった。

 気づいて、リーシアは即座に治癒をする。

 

「どう? 痛みは引いたかしら?」

「治癒してくださったのですね。あの程度、明日には治っていましたよ」

「だって、私が嫌だったのだもの」

 

 カリスが少し驚いた顔をしていた。

 なにを驚いているのか、リーシアにはわからない。

 カリスはモルデカイたちとは反応が違うので、わからないことが多いのだ。

 

(カリスの頬を見ていると、皇女を思い出して、皇女を思い出すと……)

 

 うっかりやらかしてしまうかもしれない、と思う。

 なので、そうならないために治癒した。

 思い出さなければ、やらかして小言をもらうこともないだろうと。

 

「お訊きしてもいいでしょうか?」

「なに?」

「シア様は……どのような職業能力を持っておられるのかと……」

 

 カリスは訊いていいことなのか迷っているらしく、言葉尻を濁している。

 が、リーシアにとって隠すほどのことでもなかった。

 リーシアの下僕である他の3人は知っているのだ。

 カリスだけ知らないのは不公平かもしれない。

 

「カリスは、ソードマスターとシューターの職業能力を持っているそうね」

 

 モルデカイから、そう聞いている。

 加えて、職業能力とは別の「称号」持ちだった。

 

「それがレベル2の職業だってことは知っている?」

「いえ……知りませんでした。レベル2ですか? では、下位職の黒騎士、聖騎士などがレベル1という?」

「そうよ。その2つの職業を極めたから、あなたは上位職のソードマスターを身につけられたの」

 

 レベル1の下位職は全部で16種類。

 特定の2つの職を極めると職業レベルが上がるのだ。

 たとえばカリスの言った「黒騎士」と「聖騎士」を極めればソードマスター、「弓使い」と「猟師」を極めるとシューターというレベル2の上位職になれる。

 

 そういう仕組みになっていることは、リーシアも知っていた。

 けれど、ファルセラスは職を「極める」ために習熟する必要がない。

 上位の職業を身に着けて生まれてくるからだ。

 

「レベルは……いくつまであるのでしょう?」

「6よ」

「6……っ……?! では、俺は……」

「普通はレベル1なのだから、大したものじゃない。しかもレベル2の職を2つも持っているなんて、あなたが相当に努力したのはわかっているわ」

 

 モブは職業を持っていない者が多い。

 なので、カリスの連れて来たウィザードに対して「モブのくせに」とリーシアは思ったものだ。

 普通は、ひとつの職業を極めるのにも苦労する、らしい。

 リーシアに実感はないが、父が、そう語っていた。

 

「それに、レベル5と6の職を持っているのは私だけなの」

「え……? しかし、大公閣下は……」

「レベル4までよ。兄様たちもね。レベル5と6は初代様のお力らしいわ」

 

 それでも、レベル4の職業を身に着けた者がいるという話は聞いたことがない。

 レベル2はともかく、それ以上になると、さらに大変、らしいのだ。

 なにが大変なのかは知らなかったけれども。

 

「では……では……あの時に使われた力は……」

「ああ、ウィックドリッパーのことね。あれはレベル4よ」

「……レベル4……あれの、まだ上が……」

「そう言えば、あなたの眷属を蘇生したけれど、あれが、レベル5のリザレクターという職業なの。眠らせたのが、レベル4のバードプロフェッサー。まぁ、これはあまり使うことはないけれど。だって、眠りこませるなんて普通は邪魔になるだけだもの。あ、でもね、バードプロフェッサーは、毒をばら撒くことができるから、使えない職業ってほどでもないのよ?」

 

 攻撃に特化した職業や能力値を上げる職業は様々ある。

 だが、回復や治癒、蘇生に関しての職業は圧倒的に少なかった。

 

 レベル1の白魔法使は治癒しかできないし、その治癒にも限界がある。

 レベル2のウィザードは、大勢を1度に治癒することができ、自動で治癒できる能力も持っていた。

 ただし、自動治癒は常に1人にしか適用できないし、蘇生は不可能。

 レベル3の魔導士になって初めて、蘇生ができるようになる。

 

 ウィザードが王族や貴族に囲い込まれているのは、ひとえに治癒能力を持つ者が極端に少ないからなのだ。

 とはいえ、カリスと同様、彼らは魔導士なんて存在は知りもしないだろう。

 ファルセラスではめずらしくもないけれど。

 

「レ、レベル、6とは、いったい、どのような……」

 

 カリスの顔色が悪くなっている。

 レベル4くらいまでとしておけば良かっただろうか。

 きっとカリスは、自らのレベルが低いのを気にしているに違いない。

 

 ファルセラスの従属者でもなかったカリスがレベル2に到達できたのは、本人の努力の賜物だし、称賛されるべきことだ。

 気にすることはないのに、と思う。

 いや、むしろ胸を張ってほしいくらいだった。

 

「ジャッジメント」

「……聞いたことが、ありません……」

「使われたことがあるのかも知らないわ。私も、かなり気をつけているから」

「そ、それは……やり過ぎる、から、ですか?」

「そうね。たぶん、そうだと思うわ。ジャッジメントでは、私が赦しを与えたもの以外の生き物を殲滅してしまうもの」

 

 カリスの喉が不自然に上下している。

 額に汗が浮かんでいた。

 ハンカチは持っているだろうか。

 自分が拭いてあげるべきだろうか。

 思いながら、リーシアは話し続ける。

 

「ヴィエラキの民や民たちに属するものは平気よ? たとえば、ピートのニワトリとかね」

「それ以外は……」

「死ぬわ。植物は枯れるし、昆虫も魚も。砂地になるんじゃなかったかしら」

「砂地……」

「そう言えば、東と西の帝国の間には、昔は大きな砂漠地帯が広がっていたみたいだけれど、初代様がジャッジメントを使われたのかもしれないわね」

 

 あっけらかんと、リーシアは言う。

 遠い過去のことには、あまり興味がなかったのだ。

 仮に、そうだったとしても使いたくなる気持ちもわかる。

 今日のように不愉快な出来事があった日にやなんかには。

 

「そうだったわ。ねえ、カリス、気を落とさないでほしいのだけれど、城外の兵を7万ほど殺さなくちゃならないのよ」

「な……っ……7万……っ……? な、なぜですかっ?! 私1人の罪だと……」

「そうよね。あなたのがっかりする気持ち、とても良くわかるわ」

 

 カリスは1人で罪を(あがな)っている。

 が、あろうことか兵たちは「下僕になった」ことを批判しているという。

 眷属にあるまじきことだ。

 カリスが落胆するのも無理はない。

 

「彼ら、あなたを……残して国に帰りたいらしいのよ。そんな者たちは、眷属とは言えないわよね。モブのくせに、私の下僕のあなたに不満を持つなんて、私も気に入らないわ」

 

 見捨てて国に帰る、とは言えなかった。

 すでにカリスは、かなり傷ついているはずだ。

 ひどく顔色が悪いし、体も小刻みに震えている。

 開いた口から出た声も震えていた。

 

「シ……シア様……お、俺の気持ちを、もし、もしも……汲んでいただけるなら、彼らを……ほ、放逐しては、もらえませんか……」

「でも、またヴィエラキに攻撃してきたり……」

「そ、そのようなことはいたしません! いえ、俺が絶対にさせません!」

 

 がばっと、カリスが馬車の中で(ひざまず)く。

 顔を上げリーシアを見つめる瞳には、うっすら涙が浮かんでいた。

 よほどショックだったのだ。

 自らの眷属に裏切られたのだから、傷ついてもしかたがない。

 可愛げのないカリスではあるが、少し気の毒になる。

 

「つまり、あなたは、彼らの顔も見たくないということね。砂漠で野垂れ死にでもすればいいと思っているの?」

「そ、そうです。い、一瞬の死では、な、生温いかと……」

 

 確かに、と思った。

 カリスが、あの可愛げのないカリスが目に涙を浮かべるほど傷ついたのだ。

 殺すのは簡単だが、苦しむかと言えば、そんなことはない。

 死んだことにさえ気づかないくらいの楽な死にかただと言える。

 

「今夜、あなたは、とても役に立ってくれたわよね。これからも、きっと私の役に立ってくれるはずよ」

 

 リーシアは、手を伸ばし、カリスの頬にふれた。

 皇女に殴られたほうの頬だ。

 リーシアは思う。

 可愛げのないカリスだったから、なんとかあの場をしのげた。

 あれがモルデカイだったら、一瞬で、東帝国を消し飛ばしていたに違いない。

 

(お父様は、いつも正しいわ。お父様がカリスに慈悲を与えなかったからカリスはここにいて、カリスがいたから、面倒なことにならなかったものね)

 

 そう思うと、なおさらカリスの言うことが、もっともに感じられる。

 リーシアは、カリスに微笑みかけた。

 

「彼らは、砂漠に放逐しましょう。生き残るために、殺し合いになるかもしれないけれど、それは彼らの勝手だわ」

「あ、ありがとうございます、シア様……」

「いいのよ、カリス。あなたの気持ちを考えれば、当然だもの」

 

 カリスが、リーシアの手を取ってくる。

 その手の甲に口づけをして言った。

 

「俺は、シア様の下僕であることを光栄に思います。今後、必ずや、お役に立ってみせます」

 

 リーシアは、顔を上げたカリスに、にっこりしてみせる。

 濃い緑色の瞳を、じっと見つめた。

 

「カリス、あなたの瞳って、やっぱり、とても綺麗ね」




全20話まで、お読み頂きまして、ありがとうございました。


ほんのちょっとでも、楽しんで頂けていれば、幸いでございます。

ご感想やいいね、ブックマーク、評価をいただけましたこと、とても嬉しいです。

書くことの楽しさを、いつも感じさせていただいております。

お忙しい中、足をお運びいただけましたこと、心から感謝しております。


皆々様、おつきあい頂きまして、本当にありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
[一言] あ、もう終わってしまうんですね…。 認識のすれ違いはまだまだありそうですが、彼は実は認識違いを多少は気づいていてそれを利用した…?本当に助かるかはわかりませんが7万人は放逐されることにより…
[一言] こういうズレのある話だーーーーいすきです! 次の話も期待してます!
[一言] リーシアを暴走させないのが、カリスの下僕としての役割なのだとしたら、東帝国を消し飛ばさずに済んで、今回の任務は成功と言うことになりますが。 その行動で、7万の兵を救えたのは良かったですね。ま…
感想一覧
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