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OVER KILLってる?  作者: たつみ
第1章 弱者なあなたは、私の下僕
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国王としての判断

 

「これでヴィエラキも終わりだな!」

 

 後ろから兵たちの会話と笑い声が聞こえてくる。

 馬軍の中でも聞こえてくるほどだ。

 兵たちの気分が、いかに高揚しているかがわかる。

 その気持ちも、わからなくはない。

 

 どこの国にも干渉されない国、ヴィエラキ大公国。

 

 どこかの国を恒常的に警戒し続けている国々からすれば羨ましい限りだ。

 そして、妬ましい。

 ヴィエラキに対する各国の心理は似たり寄ったりだろう。

 

 羨望と嫉妬、加えて、憧憬。

 

 だからこそ、欲するに違いない。

 この5百年あまり、ヴィエラキはヴィエラキだけのものだった。

 なにしろ市街地に入った他国民はいないのだ。

 友好的な関係とされている東帝国エンディルノや、その諸国の要人でさえ城内に足を踏み入れるのがせいぜいと聞き及んでいる。

 

 当然、幾度も侵略を試みている西帝国バルドゥーリャなど茶会にも呼ばれない。

 市街地どころか城内がどうなっているのかも不明といった()(さま)だ。

 これまで繰り返してきた侵攻で、ヴィエラキに向かった西帝国側の兵は誰も帰還しなかった。

 城に近づけたのかすらわからないのだから、内部の様子などわかるわけがない。

 

「城が見えたぞ!」

 

 おおっと、後ろで歓声があがる。

 ざわめきが大きく広がっていた。

 

 きりっとした形のいい眉が寄せられる。

 木の葉型の目は細められ、深緑の瞳はヴィエラキの城壁を映していた。

 すうっと通った高い鼻筋の下にある、意志の固さを示す唇を開く。

 首元をわずかに隠す短い赤褐色の髪を風になびかせ、隣にいる者に声をかけた。

 

「静かにさせろ、フィデル。ここはもう敵地だぞ」

「申し訳ありません、陛下」

 

 側近のフィデル・ポルティニが速度を落とす。

 その様子を目で追ったあと、視線を戻した。

 城壁の中央の向こうに、城が見える。

 城塞と言えるか疑問に感じられるほど簡素な造りだ。

 ほとんど一般的な城と変わりない。

 

 だが、あの城を落とせた国は、ただのひとつもなかった。

 こうして目の当たりにすると、とても信じられないような気持ちになる。

 同時に、出征前のことを思い出した。

 

 領土的に西帝国と友好的な関係を保つしかないリザレダ王国。

 同じ位置づけのティタリヒ王国とは同盟関係にあった。

 国王であるクヌートとは親しい間柄でもある。

 西帝国皇帝ヴィジェーロ・ネルロイラトル直々の依頼を、クヌートは断ることができず出征することになった。

 

 リザレダは同盟国の戦争に巻き込まれただけとも言える。

 本意でなかったのは確かだ。

 だとしても、リザレダはティタリヒとの同盟により、なんとか西帝国を牽制することができている。

 そういう事情もあり、連合軍に加わらざるを得なかった。

 

 リザレダ王国、国王カリスティアン・リザレダ。

 

 父が3年前に崩御し、27歳で即位した若き国王だ。

 隣接しているティタリヒ王国には幼い頃から自由に行き来をしており、2歳下のクヌートとは兄弟のようなつきあいをしている。

 クヌートは、現在28歳で、即位したばかり。

 西帝国皇帝に呼ばれ、上手く対処できなくてもしかたがなかった。

 

(ヴィジェーロめ。俺を引っ張り出せると見込んで、あえてクヌートから崩したのだろう。相変わらず汚い奴だ)

 

 ヴィジェーロ・ネルロイラトルは、40歳でようやく皇帝となっている。

 新皇帝として立ってから2年が経過。

 にもかかわらず、まだしも協調性を重んじていた前皇帝とは違い、なにかにつけ権力を振りかざしてくる。

 この2年、近隣国はどこも西帝国の圧力に耐えてきた。

 

(その結果が、この(ざま)か)

 

 苦々しく思うものの、近隣国は自国のことで手一杯。

 ほかの国々と手を組めば、西帝国に歯向かうこともできただろう。

 しかし、現実には難しい。

 リザレダとティタリヒのように同盟を組んでいる国がないからだ。

 むしろ、同盟を組んでいる2国に、冷たい視線を向ける国も少なくなかった。

 西帝国と同じくらい脅威だと見做(みな)されている。

 

(今さらだな。城は目の前だ)

 

 カリスティアンは出征したくてしたのではない。

 だが、たとえそうであっても、負ける気はなかった。

 カリスティアンとて背負っているものがある。

 負ければ、いつものごとく西帝国は知らん顔をするに決まっていた。

 

 そうなると、戦争責任は各国が取ることになる。

 自分の命はともかく、兵や民の命をも危険に(さら)すのだ。

 だから負けられない。

 負けるわけにはいかない。

 

(陽動はクヌートとグレゴールがやっている。向こうに決着がつくより先に、城を落としてしまえば、こちらの勝ちだ)

 

 今回、同盟国であるティタリヒ王国以外に、ラタレリーク王国も出征している。

 ラタレリークは、ほとんど西帝国に支配されていると言ってもいい国だ。

 西帝国からの要請に従わざるを得なかったらしい。

 国王グレゴールは信用に足る人物とは言えなかったが、西帝国に歯向かえるほど豪胆な性格でもなかった。

 

 しかたなくであろうとも、失敗は許されないと思っているだろう。

 その迎合的な部分を、カリスティアンは信用している。

 裏切っても、西帝国の不興をかうだけで、なんの得もないからだ。

 

 気づけば、後ろが静かになっていた。

 フィデルも戻って来ており、横に並んでいる。

 薄茶色の髪と目のフィデルは、カリスティアンより4歳年下の26歳。

 優秀であり忠誠心もあることから、側近に据えた。

 

 鎧を身に着け、馬にまたがる姿を横目で見つつ、改めて負けられないと思う。

 兵の中には若者も多い。

 十代の者もいた。

 戦争で負けるということは、死を意味する。

 犠牲は出るだろうが、最小限に(とど)めたかった。

 

(たった20万ほどの人口の国に、10万の兵で挑むなど……)

 

 馬鹿げているし、人道からも外れている気はする。

 とはいえ、これまで幾度となく侵略を防いできた国なのだ。

 誰1人として帰って来た者がいないとなれば、油断はできない。

 自国の兵や民を生かすためには勝つことが絶対条件だった。

 

 相手方の戦力は不明瞭。

 だが、ほとんどの戦力は出はらっているに違いない。

 そのために、クヌートとグレゴールが陽動作戦をとっている。

 ファルセラス大公、そして、大公(たいこう)世子(せいし)と大公子の率いる軍は、そちらに向かっているとの情報が入っていた。

 

(城に残っているのは、大公女のみ)

 

 女性を侮るつもりはないが、大公女が「強者(つわもの)」だとの話は聞いていない。

 西帝国から与えられた情報は噂の域を出ないものだった。

 美しく気品があり、おっとりした性格らしい、とだけ聞かされている。

 事実ならば、おそらく弓ひとつ扱ったことはないはずだ。

 

(すぐに白旗を上げてくれると、こちらも手荒な真似をせずにすむ)

 

 カリスティアンは国王となるべく教育を受けたが、騎士の教育も受けている。

 武器も扱えない女性に手荒な真似はしたくなかった。

 フィデルはもとより、部隊ごとの指揮官にも民への暴行、女性への乱暴、無為な殺戮はしてはならないと強く言ってある。

 仮に、発覚した場合には、自国の兵であっても極刑に処するつもりだ。

 

 敵としているのは、ファルセラスであり、ヴィエラキの民ではない。

 

 自国リザレダの民が同じ目に合ったらと思うと、胸が痛む。

 だから、敵国であっても残虐な行為は、できるだけ控えたかった。

 歯向かって攻撃をかけてくる者たちは殺すしかないとしても、だ。

 

「陛下、いよいよですね」

「そうだな」

「戦力差を考えますと、大公女が気の毒に思えるほどです」

「俺も、大公女が抵抗せず、投降してくれるのを願っているさ」

「しかし、なんの準備もしていないようですが……ヴィエラキには、ウィザードがいないのでしょうか」

 

 ウィザードというのは、魔法により攻撃したり、防御したりする者をいう。

 どこの国にも、ウィザードの軍が配備されていた。

 誰しもがなれるものではなく、資質のある者だけが特別な職業訓練を受け、ウィザードとなれるのだ。

 

 兵にも様々な種類がある。

 軍は、それを基に部隊が編成されていた。

 弓、槍、斧などの武器を扱う者、素手での素早い動きを得意とする者もいる。

 それでも、敵を感知したり防壁を作ったり、怪我を癒したりできるウィザードは特殊であり、戦争には欠かせない。

 

 城壁が近くなれば、ウィザードによる防御壁があってもおかしくはなかった。

 ましてや、感知魔法が張り巡らされていないのは、城を無防備にするも同然だ。

 そうした魔法がかけられていれば、リザレダ軍にいるウィザードから必ず報告が上がってくる。

 だが、これだけ城が間近に迫っているのに、未だ報告はなかった。

 

「やはり向こうについて行ったのでしょうか?」

「主力となるのは、ファルセラス大公軍のほうだからな」

 

 ウィザードは、軍組織内で相対すると数が少ない。

 主力軍に同行するのは必然と言えた。

 だとしても、城を開け放つような真似をするなど愚行もいいところだ。

 今まで城そのものを攻められたことがなかったせいだろう、と思う。

 

「ヴィエラキは、敵軍を砂漠で撃ち倒す戦法が多いと聞く」

「撃って出たほうが戦い易いのでしょうが、今回は、それが仇になりましたね」

 

 ヴィエラキ大公国と西帝国の影響範囲圏の間には、広い砂漠があった。

 西帝国は、常に砂漠で敗北を喫してきたのだ。

 そう考えられている。

 帰って来た者がいないため、連絡が途絶えた場所が死地であったとするしか考えようがなかった。

 

(それに……歴代の大公は、敗戦国の王を、その国の城門に吊るしている)

 

 ヴィエラキの城門ではない。

 戦いを挑んだ国の王が住んでいた城の城門だ。

 つまり、その国に歴代のファルセラス大公は踏み込んだことになる。

 敗戦国は、君主を失った民が暴動を起こしたり、他国に逃げたりと混乱の極み。

 たいていは、西帝国にのみこまれていった。

 

(リザレダは、そうはならない。させるわけにはいかないのだ)

 

 だから、負けられない。

 多勢に無勢と言われても、カリスティアンは勝たなければならないのだった。


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