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OVER KILLってる?  作者: たつみ
第1章 弱者なあなたは、私の下僕
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職業能力の差

 

「ねえ、モルデカイ。これは、ちょっと……どうなのかしら?」

 

 リーシアは、夜会服に身をつつんだカリスを見て言った。

 なんというか、思っていた以上に「見栄え」がする。

 これでは目立ってしまうのではなかろうか。

 かく言うリーシアも「目立たない」と言える見た目ではない。

 本人がどう思っていようが、人目を集めるに違いなかった。

 

「ノッチのない襟はともかく……」

「ショールカラーにございます、シア様」

「そのショールカラーの下の銀の刺繍……肩を覆っていて目立ち過ぎない?」

「アースグレイにございます、シア様。下地が黒ですから、さほど目立ちはしないでしょう」

「それって、フロックコートよね?」

「さようにございます、シア様」

「普通、その下にウエストコートを着るのではないの? フロックコートの下が、いきなりウィングカラーシャツでもかまわないものなの? それにシャツも……アースグレイだし、ボウタイは黒。ホワイトタイとは、かけ離れているわよ?」

 

 全体が暗色ではあるが、カリスの赤褐色の髪と深い緑色の瞳に取り合わせると、非常に魅惑的に見える。

 気がする。

 

「シア様、カリスの持つ称号が影響しているのか、ホワイトタイでは、完全武装になってしまうのですよ。いかにも王族然としてしまうと申しましょうか……」

「あら……」

「このくらい崩れさせなければ阻止できませんでした」

「まあ……」

 

 カリスは、今やリーシアの下僕だが、元王族。

 平民ならいざ知らず、王族との「称号」は外そうとしても外せないものなのだ。

 生まれながらにして王族は王族だ。

 下僕であっても、出自が変わるわけではない。

 

「それなら、しかたないわね。王族風を吹かせていると勘違いされては困るもの」

「仰る通りにございます」

 

 モルデカイが胸に手をあて、恭しく頭を下げる。

 きっと、さぞ頑張ってくれたに違いない。

 男性用の衣装にも事欠かないファルセラスだが、父や兄たちは「王族」の称号持ちではなかった。

 

「俺よりも、ご自身が目立たれるのを心配されてはいかがですか?」

「私が? なぜ? すごく質素なドレスを選んだのだから、心配いらないわ」

 

 言ったあとで、ハッとなる。

 カリスは暗色でまとめているが、リーシアは白を基調にしていた。

 並び立つと、確かに目立つかもしれない。

 

 カリスの衣装は、モルデカイが苦心惨憺して選んだものだ。

 今さら変えるのは困難だろう。

 ならば、自分が変えるべきだと思った。

 リーシアはドレスにこだわりなどないので。

 

「ちょっと着替えるわね」

「え…………??」

 

 ぽかんと口を開いたカリスの前で、手をサッと振る。

 一瞬でドレスが変わっていた。

 袖のない真っ黒の膝丈ワンピースドレス。

 腰まではピタッとしているが、そこから下は、ややふんわり。

 

 その上を透ける素材の生地が覆っている。

 袖は手首まで、裾は足首まで、だ。

 細い銀糸で作られており、よく見れば模様が編み込まれている。

 カリスの「アースグレイ」とは違い、銀色に近いが色味は似ていた。

 

「アースグレイを使ったドレスが、すぐに見つからなかったの」

「でしたら、靴をこちらに」

 

 モルデカイが(ひざまず)き、手にした靴を差し出して来る。

 片足ずつ上げて、履き替えさせてもらった。

 なるほどカリスの「アースグレイ」と同じ色だ。

 これで釣り合いがとれると、リーシアは満足する。

 

「モルデカイ、あなたって、本当に素晴らしいわ。いつだって私のことをちゃんとわかっていてくれて」

「恐れ入ります」

 

 リーシアは銀色の髪を綺麗に結い上げていたが、装飾品は身に着けていない。

 イヤリングは揺れるのが気になるし、ネックレスは首輪のように感じられるので好きではないのだ。

 そもそも東帝国の祝儀に、そこまでのこだわりはなかった。

 

(前にポーラ達と出店で買った髪飾りのほうが、ずっと可愛いわ)

 

 リーシアは、同じ年頃の民の女の子と、時々、出店で買い物をしたりする。

 一緒に、あれこれと悩んだり、お互いに着け合ったりするのが楽しいのだ。

 衣装室には多くの装飾品があったが、華美に過ぎる。

 素朴なもののほうが、リーシアの好みだった。

 

「どう、カリス? これで私も目立たないわよね?」

「え……あ、ああ……はい……そうですね……」

 

 返事をしつつも、カリスは、ちらっとリーシアを見ただけだ。

 適当に返事をしている気がしなくもない。

 とはいえ、時間も迫っているし、衣装で手間取るのも面倒だった。

 なので、気楽に受け流すことにする。

 

「サッと行って、サッと帰って来るわ」

「かしこまりました。では、シア様、こちらに」

 

 なんの躊躇(ためら)いもなくカリスの腕に、自分の手を回した。

 腕を差し出していなかったせいだろう、カリスがバツの悪そうな顔をする。

 だが、下僕として慣れていないのだからと、リーシアは気にしない。

 モルデカイが床に描いた四角の中に、カリスと一緒に足を踏み入れる。

 気を取り直したのか、カリスもエスコートらしくリーシアを支えていた。

 

「近くに馬車をご用意しております。外の者たちは、形式にこだわりますので」

「直接、皇宮に行くほうが面倒事になるって、お父様も仰っていたわ」

 

 リーシア1人なら、どこにでも、ひょいと移動可能。

 けれど、カリスを置き去りにはできないため、移動というか「移送用」の魔法を使う必要があった。

 ウィザード程度の能力では扱えない魔法である「トランスポートサークル」を、ファルセラスとリーシアの下僕3人は簡単に使う。

 

「行ってらっしゃいませ、シア様」

 

 声とともに、周囲が光った。

 ほんの一瞬だ。

 (まばた)きする間もなく、東帝国の市街地に立っていた。

 

「お待ちしておりました、シア様」

 

 声をかけてきたのは、ラズロの下僕シャルマだ。

 焼けた肌に、黒々とした大きな瞳、茶色の髪をしている。

 

「悪いわね、シャルマ。ラズロ兄様がいない時にこき使って」

「いいえ、ラズロ様よりシア様を助力するようご指示されておりますので、どうぞお気兼ねなく、なんでもお申し付けくださいませ」

 

 言いながら、シャルマが馬車の扉を開いてくれた。

 東帝国ではめずらしくない、下級貴族が使う馬車を指定した、とモルデカイから聞かされている。

 目立ちたくはないので、なんの不満もない。

 カリスに手を貸してもらいつつ、馬車に乗り込んだ。

 

「皇宮には十数分で到着となります。それまで、ごゆっくりなさってください」

 

 シャルマが静かに扉を閉める。

 馬車の中は、リーシアと向かいに座るカリスだけ。

 ちょっぴり気まずい。

 祝儀までの半月、カリスを「放任」していた自覚がある。

 リーシアが判断したのは、眷属の処遇を祝儀後まで保留としたことくらいだ。

 

(だって……まさか7万もの兵が、帰還したがるなんて思わなかったもの……眷属として残るのは3万程度……カリスは絶対に傷つくに決まっているわ……)

 

 そう思うと、なかなかに言い出しにくかった。

 せっかく生き還らせたけれど、やっぱり7万ほど殺すわね、だなんて。

 

 カリスは1人で罪を負っている。

 が、兵たちはカリスを見捨てたのだ。

 眷属にならない、というのは、そういうことだとリーシアは思っている。

 モルデカイ曰く「下僕になった」ことに批判的な者が多かったという。

 

(モブ兵のくせに、なによ……カリスは名付きだったのよ? モブ兵なんかより、ずっと価値があるし、称号だって持っているし……)

 

 やはり帰ったら、カリスの眷属ではないモブ兵は皆殺しにしようと決めた。

 カリスは自分の持ち物であり、モブ兵ごときに批判される筋合いはない。

 いくらペット枠に入れる気にはなれないくらい可愛げがないとしても、だ。

 

「カリス、あなたは道化を演じる必要なんてないのよ? そんなことをしなくても役に立っているわ。だから、傷つかないでね」

「……承知しました……もう、あのような真似はしません……」

「そうね。それがいいわ。私の下僕というだけで、あなたには価値があるのだし、自信を持って行動してちょうだい」

「自信……それは、俺の後ろにシア様がいらっしゃるからですか?」

「後ろ? 私は、あなたの前に座っているでしょう?」

 

 カリスが困ったような顔をする。

 言葉を選んでいるようだった。

 

「実際的な意味ではなく、後ろ盾と言う意味です」

「私が後ろ盾ってことにしておいたほうが、あなたにとって都合がいいの?」

「そういうことではありません」

「よくわからないわね。あなたは私の下僕。私の持ち物。それだけのことよ?」

「……そうでしたね……俺は、あなたの下僕でした……」

 

 リーシアには、カリスの暗い表情の意味が理解できずにいる。

 ファルセラスの「下僕」となるのは栄誉だと言われて来た。

 上位職業の能力を持たない下僕は、カリスだけなのだ。

 馬車引きをしているシャルマでさえも「運び屋」の上位職業グランドポーターの能力を持っている。

 

 なので、能力持ちでもないカリスの不満が、リーシアには理解不能。

 気に入らないなら辞めていいと、最初にモルデカイに言われたはずだ。

 カリスは、それを否定し、下僕におさまっている。

 

(もしかすると……能力持ちではないことに気後れしているのかしら。周りには、能力持ちしかいないものね。自分だけ能力がないと、落ち込むことは有り得るわ。この祝儀でカリスが役に立っているのは確かなのに……)

 

 もう少し元気づけたほうがいいだろうか。

 能力がなくても役に立つことはあるだとか、なんとか。

 

「シア様、到着いたしました」

 

 カリスを元気づける前に馬車が止まってしまった。

 シャルマが扉を開いて待っている。

 今度は先にカリスが降り、手を差し出して来た。

 その手を取って馬車を降りる。

 腕を借りながら、リーシアは、カリスにそっと言った。

 

「私のエスコートが務まる下僕は、モルデカイとあなたくらいだわ」


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