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OVER KILLってる?  作者: たつみ
第1章 弱者なあなたは、私の下僕
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招待状の返事

 

「え…………」

「それほど驚くことではないだろう?」

「で、でも、お父様、私がお父様の代理をするだなんて……」

「シアも大人になったからねえ。そうした対応もできるはずさ」

 

 はくはくと、リーシアは言葉もないまま口を動かす。

 東帝国からの招待状について父に連絡を取ったのは、こんな答えを聞くためではなかった。

 いつも通り父か兄たちが出席するものと思い、返事をいつ出すかを問いたかっただけなのだ。

 

「わ、私がいなくちゃ城が……」

「そちらはすでに収束しているみたいじゃないか。なにかあってもモルデカイたちで対処できるよ」

「そんな……私1人で行けと仰るの……?」

 

 リーシアは泣きそうになる。

 ただでさえ東帝国になんか行きたくもない。


 王族や貴族は、リーシアの好まざる人種たちだった。

 1人で行ったりすれば、うっかり殺してしまう可能性がある。

 そして、父に叱られる可能性大。

 叱られるために東帝国に赴くようなものだ。

 

(私の成人の祝儀だって、ものすごく我慢したのに……っ……)

 

 ヴィエラキでは、同じ歳に成人した者を集め、国中で式典を行っていた。

 ファルセラスも例外なく民に交わり、式典に加わる。

 国内の行事は、それはそれは楽しめた。

 同じ歳の民たちと歌ったり踊ったり、出店を回ったりしたものだ。

 

 だが、祝儀は違う。

 外交上の「公務」であり、楽しくともなんともなかった。

 東帝国や諸侯にもみくちゃにされ、いっそ不愉快だったと言える。

 大層な贈り物も、すべて突き返した。

 受け取ったことを都合良く解釈され、友好国だのと名乗られては困るからだ。

 

(兄様たちが間に入ってくれていなければ、きっとロキに大掃除を頼むことになっていたはずよ。その後、お父様から小言を言われたでしょうけれど……)

 

 城に外の者を招くのも、自分が外に出向くのも嫌だった。

 つきあいたくない者たちとの外交が、リーシアは本当に苦手なのだ。

 なので、成人の祝儀以来、外交には関わらずにいる。

 にもかかわらず、1人で外交をしろだなんてあまりにも無茶過ぎた。

 

「シア、確か、きみには下僕が増えたのじゃないかな?」

「カリスっ?!」

「ああ、カリスと名をつけたのか。なかなかヴィエラキ向きの良い名だね」

「あの、あの、でも、お父様、カリスは、その……」

「彼は元国王だ。エスコートならお手のものだろう。適任じゃないか」

「それは……そう……かも……」

 

 リーシアにとって父の言葉は絶対だ。

 どう頑張っても断れる気がしない。

 心が、ぐらぐら揺れている。

 元国王なんて職業がなんの役に立つのかと思っていたが、確かに外交や社交では役に立ちそうだ。

 

 とはいえ。

 

(5日以上、カリスを忘れていたとは言えないわ……今だってカリスが書庫にいることしか知らないし……体調は悪くなさそうだけれど機嫌のほうはどうかしら)

 

 勉強の邪魔をされたと思って、また剣呑な目つきで見られるかもしれない。

 下僕の機嫌を窺う必要はないのだが、下僕であるゆえに不愉快そうにされるのは「管理不足」と言われているようで居心地が悪くなる。

 実際、管理不足は否めないし。

 

(なんだか自分の小銭入れにパチンと指を挟まれたみたいな気分になるもの)

 

 だが、ほかにいい案も浮かばない。

 モルデカイにエスコートしてほしいが、カリスではモルデカイの代わりは務まらないのだ。

 ロキはエスコートがなにかも知らない。

 ヘラは女性だし、父や兄たちは西帝国から帰る気はなさそうだ。

 

「カリスは、きみの下僕なのだから、必要な時には役に立ってもらわなければね」

 

 父の言葉に、ぴくっと耳が反応する。

 このまま返事を長引かせていたら「小言」を食らうと直感した。

 

「わかったわ、お父様。カリスにエスコートさせて、私が行きます」

「そうこなくちゃ。シアなら、そう言ってくれると思っていたよ」

「ええ、もちろん……だって、私、もう大人ですもの……」

「そうだね、シア。私の代理をしっかり果たして来ておくれ」

 

 小さく「はい」と答え、リーシアは通話を終わらせる。

 直後、がっくりとうなだれ、私室に移動。

 ソファに崩れ落ちた。

 

 すぐにモルデカイが追って来る。

 ヘラとロキは置いて来たようだ。

 姿が見えない。

 

「……モルデカイ……」

「承知しております。今、ヘラがカリスを呼びにまいりました」

「そう……私、今、とても……」

「かしこまりました。私からカリスに説明いたします」

「任せるわ……」

 

 東帝国皇帝カルデルクの首を捩じ切ってやりたい。

 そんな気持ちにもなる。

 

 噴水の件で、皇子に殺意をいだいたことを、未だにリーシアは覚えていた。

 成人の祝儀にも、招待したのは皇帝と皇后だけだ。

 長らく、できる限り皇子たちとは関わらずにすむようにしてきた。

 そもそも東帝国側の者たちは好きになれない。

 

(やたらとジロジロ見てきたり薄笑いを浮かべたり……本当にいけ好かない人たちばかりなのよね。話すことだってないもの)

 

 彼らは平民を見下(みくだ)している。

 その暮らしについても、ほとんど無関心だった。

 話すことと言えば、愚にもつかない贅沢三昧な趣味嗜好についてだ。

 リーシアには、まったく興味がない。

 

 ミリエラが考えた新しい物語を聞くほうが、よほど楽しかった。

 ちなみにミリエラは、今年8歳になった女の子だ。

 ヴィエラキで「紙芝居」と呼ばれる物を作って、年下の子に話して聞かせているところに、リーシアも混ざって聞いたりしている。

 

 だが、リーシアが楽しいと思う話をしても、相手は関心を持たないだろう。

 彼女が王族や貴族に興味がないように、彼らも平民には興味がないのだ。

 なので、話すことがない。

 

「カリスをお連れいたしました、シア様」

 

 ヘラがカリスを連れて現れる。

 うなずくと、即座にヘラは姿を消した。

 リーシアの憂鬱な気分を察している。

 そして、リーシアと同じく「モルデカイに丸投げ」している。

 ロキも呼ばれない限り、現れないはずだ。

 いや、呼ばれても気紛れを発症して来ないかもしれない。

 

「俺に、なにかご用ですか?」

 

 カリスは、初日に会った時と同じくらい渋い顔をしていた。

 ヘラやロキとは違い、(ひざまず)こうとはせず、突っ立ったままだ。

 やはり「勉強」の邪魔をしたと思われている。

 が、リーシアの代わりにモルデカイが返事をしてくれた。

 

「カリス、きみは祝儀における礼儀作法は心得ているね?」

「ひと通りは学んでいる」

「社交についてはどうだ?」

「ひと通りは学んでいる」

「ダンスは?」

「ひと通りは……それが必要だということは、俺に……」

「きみは意外と察しがいいようだな」

 

 カリスの視線を感じる。

 しかたなく、顔を向けて肩をすくめた。

 

「半月後に開かれる東帝国での祝儀にシア様がご出席なさるのだが、きみは、そのエスコート役に抜擢されたのだよ」

「少しでも役に立てることを光栄に思うべきだと……」

 

 カリスが言葉を止める。

 モルデカイの目が、スっと細められていた。

 石壁に顔が埋まるほど蹴飛ばされたのを忘れていないらしい。

 同日の深夜には、さらに壁に「放り投げ」られている。

 

 治癒するのは簡単だが、それ以前に受けた痛みは記憶から消えないのだろう。

 痛めつけられたことのないリーシアには、どのような記憶となって残るのか不明だけれども。

 

「ですが……俺は西帝国側の者。東帝国に赴けば問題になるのでは?」

「まあ。なにを言っているの? あなたは西帝国の物ではないわ。私の物よ?」

「きみは、シア様の下僕なのだからね」

「…………問題がないのなら……俺はかまいません」

「きみは東帝国のことを知っているかい?」

「悪いが、ほとんど知らない」

 

 カリスの切って捨てるような口調は可愛げがない。

 とはいえ、もとよりカリスは可愛げなんてないのだ。

 こういう性格なのだからしかたがない、と思う。

 ヘラが激情型、ロキが気紛れとするなら、カリスは不愛想。

 それぞれに固有に持つ性格を、リーシアは尊重するようにしている。

 

「いけ好かない連中よ。宝石や狩猟の話とかね。つまらない話しかしないわ」

「ご興味がないのですか?」

「ないわね。サイモンの木工細工の素晴らしさに比べたら、宝石なんてどこにでもある石に過ぎないもの」

「初代様の時代から、代々、木工細工の店を営んでいて、彼は非常に優れた職人なのだよ。サイモンは現在の店主で、18代目になる」

 

 初代大公とともにヴィエラキに来た最初の民で、工芸家の職業家系。

 今年15歳になった息子も工芸家志望で、課外活動の時間は家業に充てている。

 リーシアお気に入りの白い丸テーブルセットは、サイモンの父が作ったものだ。

 その美しさと宝石とでは比較にならないと、リーシアは思っていた。

 

「ともかく、彼らのことは気にしなくていいのよ、カリス。目立たないようにして、さっさと帰って来ればいいわ」

「わかりました。目立たないように気をつけます」

「服装は、どうするね? きみが決めてもいいし、私かヘラが見立ててもいいが」

「……東帝国の知識がないので、見立てを頼みたい」

「では、そうしよう」

 

 リーシアは、物心ついて以来、自分の服を誰かに見立ててもらったことがない。

 お道具箱から衣装室を取り出し、その中から着たい物を着ている。

 東帝国に行くからと言って、向こうの流儀に合わせたこともなかった。

 

 好きな物を着ればいいのに、とは思ったが、口は挟まずにおく。

 カリスが見立ててほしいのなら、そうすればいい。

 リーシアは、基本、下僕に対して「放任」なのだ。

 

「でも、本当に良かったわ。あなたがいてくれて」

 

 ふっと、そんな言葉がこぼれ落ちる。

 父は「代理」をリーシアにさせると決めていた。

 カリスがいなければ1人で出席するはめになっていたかもしれない。

 安堵からもれた言葉だった。

 

「……お役に立てて、なによりです……」

 

 なぜだかカリスがきまり悪そうに、ぼそぼそっとつぶやく。

 その意味がわからず、リーシアは、ちょこんと首をかしげた。


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