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OVER KILLってる?  作者: たつみ
第1章 弱者なあなたは、私の下僕
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ヴィエラキの秩序

 カリスは、書庫の中を見回している。

 といっても、この書庫は言葉の印象とはまるで違っていた。

 一体どのくらいの本があるか、わからないほどの蔵書数だ。

 棚は見上げるほど高く、すべてに本がぎっちりおさまっている。

 

 だが、そんな書庫に不似合いなものがあった。

 不似合いだと感じるのは、カリスの持つ「書庫」のイメージと、そぐわかなったからかもしれない。

 中央に置かれた長ソファと、木製の机。

 机の脚が短くなければ執務机と変わらない雰囲気を感じる。

 

 書庫の案内は、ヘラの眷属である侍女だ。

 カリスにソファを勧め、机には紅茶とクッキーを置いていた。

 書物に悪い影響を与えるのではないかと訊いたカリスに侍女は首を振ったのだ。

 書物には塵や埃、湿気に虫などあらゆるものを寄せつけないカバーがかけられているのだと説明された。

 

 『年に1度、ロキ様の眷属総出で取り替えてらっしゃるので問題ございません』

 

 ロキは掃除屋だ、と本人が言っている。

 聞いたことのない職業だが、そんなこともできるのかと思った。

 日に寄って侍女だったり、従僕だったりはするが、ヘラの眷属はカリスの世話をしてくれている。

 分かる範囲ではあれ、カリスの質問にも答えてくれた。

 元敵将だと知っているはずだが、ぞんざいに扱われることはない。

 

 あれから4日、カリスは部屋に引きこもっていたのだが、5日目になってやっと重い腰をあげたのだ。

 侍女に、まずはヴィエラキ関連の本を持って来させている。

 あまりの蔵書数に探すのが大変だったからではない。

 少しでも本の位置が変わるとヘラに叱られるという理由で、侍女が自ら用意することを頼んで来たからだ。

 

 カリスとしても本棚をぐちゃぐちゃにしてヘラを激怒させるのは本意ではない。

 探す時間も省けるので、侍女任せにした。

 もとよりカリスはリザレダの王だ。

 王宮勤めをしていた者たちに指示することには慣れている。

 

「しかし……ヴィエラキというのは、やはり他国とは異なる国なのだな」

 

 まず身分というものがないようだ。

 領地が狭いので、あえて一定区域ごとに分け、領主に治めさせる必要はなかったのかもしれない。

 

 人口およそ20万人、総面積4万平方キロメートル。

 正直、国というより集落と言っても過言ではない。

 

 リザレダも西帝国では中堅どころの国ではあった。

 だが、人口は約百万、総面積は30万平方キロメートルはある。

 隣接していたティタリヒと合わせれば、50万平方キロメートル。

 人口も2百万近くになり、それによって西帝国を牽制していた。

 

 北西寄りにある国々より南側にあったので土地は肥沃。

 上位の職業を身に着けられる素質のある者も多い。

 西帝国が全軍を持って攻勢を仕掛けてくれば勝ち目はなかったが、相手に相当の傷を残すことはできていたはずだ。

 

 ファルセラスを相手にした今では、西帝国など恐れるに足りない存在だったと、よくわかる。

 

 膝に置いた本のページをめくった。

 法について記されている文献なのだが、装丁からして古めかしいものだ。

 初代大公が定めて以来、ほとんど変化がないらしい。

 

 リザレダでは数年に1度は見直しを行っていた。

 環境や状況に合わせて法を整備することで秩序を保っている。

 それは、どこの国でも同じだと考えていたのだけれども。

 

「な…………これは……」

 

 カリスはめくったページに記載の文章を読み、言葉を失った。

 身分がないのは、まだ理解できた。

 法に変化がないのも、内外に敵がいないからだと納得もできる。

 けれど、その先は理解不能。

 

「税がないだと……? では、ファルセラスはどうやって生活を維持している? しかも、子供達は誰であれ無償で学校に通うのが義務? 義務……??」

 

 リザレダもそれなりに裕福だった。

 だが、民からの税収なくしては、王族や貴族の暮らしは成り立たない。

 貴族の領主は民を統治し、守っている。

 

 国も同じで、そのためには、どうしても費用がかかるのだ。

 だから、民への税の徴収を当然に受け止めてきた。

 守られている民が税を払うことこそが義務だとし、疑問を持ったことはない。

 

 子供の教育にも差があった。

 貴族や裕福な家の子は、私設の高等教育を受けられる。

 当然、かかる費用は莫大だ。

 

 平民の子供の中には国の運営する学校にさえ通えない子もいた。

 最低限の費用も捻出できない貧しい家の子供達は、家計を支えるため幼い頃から働きに出ている。

 学んでいる暇などなかったのだ。

 

「しかも、ヴィエラキでは成人とされるのが20歳……上級教育以上の教育までも無償で受けられるではないか……」

 

 西帝国では成人を16歳としている。

 東帝国でも同様だったと記憶していた。

 成人を20歳とする国など聞いたことがない。

 

「成人するまでは学業を優先とし、支障をきたす働きかたをさせては、ならない。ただし、家業または国の定める労働は課外活動とし、規定時間内で認める。これは、将来の仕事を……選択する事前準備とする。別途……教育法参照……」

 

 カリスの頭に混乱が広がる。

 多くの国がそうであるように、リザレダでも職業を選択するという発想がない。

 貴族は生まれながらに貴族だし、平民もまたそうだ。

 

 貴族なら貴族の、平民には平民の役割がある。

 貴族のする仕事ではないもの、平民ではできない仕事もあった。

 自分のしたい仕事ができるわけではないし、選ぶことも難しい。

 

 職業を身に着ける素質のある者に限り、平民でも王族に召しかかえられることがある、といった程度だ。

 大半の平民は家業を継ぐか、下働きをしている。

 生まれた家で将来が決まると言っても過言ではない。

 

「身分がない、からか……ま、まぁ、一般貴族がいないのだからな……平民同士であれば……不可能ではない、かもしれないが……」

 

 そのように結論づけた。

 今までのカリスの常識が覆されかかっている。

 踏みとどまっているのは、これまで自分の行ってきた治世が正しかったと信じていたからだ。

 身分はあれど、その中で各々が充足していると思っていた。

 

 本をめくるのが怖くなってくる。

 が、好奇心もあった。

 西帝国側には、ヴィエラキの情報がほとんどない。

 どういう国なのか、改めて知りたくなっている。

 

「医療にかかる費用も最低限……子供の治療費は……無償っ?!」

 

 この国は、それほどまでに裕福なのか。

 普通の国でこんなことをすれば、たちまち財政破綻する。

 どんなに切り詰めても切り詰められない予算というものはあるのだ。

 

 その上、くどいようだが、ヴィエラキの成人は20歳。

 生まれてから20年間も治療費がかからないということになる。

 それを国が賄っているのなら、莫大な額になるはずだ。

 税収もないのに、どこから金が湧き出しているのかがわからない。

 

 ヴィエラキは他国との取引をしない国でもある。

 完全な自給自足を旨としており、輸入には頼っていない。

 そして、自国の生産物を他国に輸出もしていなかった。

 

 税収もなし。

 外貨で稼ぐわけでなし。

 

 子供の教育、医療費を賄うだけで、普通の国なら数年も経たずに破綻する。

 しかし、現実にヴィエラキは5百年の歴史があった。

 大きな法の改定が見られないことから、長く適用されてきたこともわかる。

 

「なぜ、こんなことが可能なのだ……民達の間で流通はどうなっている?」

 

 税がなくとも、支出はあるだろう。

 人が生きていくための衣食住には、絶対的に金がかかる。

 思わず、法から離れ、経済的な書物を読みたくなったが思い(とど)まった。

 代わりに、さらにページをめくる。

 

 金が絡むことで起きる犯罪は少なくない。

 罪を犯せば罰がくだされる。

 ヴィエラキでは、どうなっているのか。

 そこでも絶句しそうになった。

 

「……基本的には調停……? 第3者と当事者達で話し合うということか……? 例外は、あるのだな。例外……民が民の命を奪った場合、奪われた側の家族が罰の軽重を決める権利を有する。ただしファルセラスが徹底調査を行うものとする」

 

 つまり、死者が出ない事案に対しては当事者間での話し合いで解決させ、死者が出た場合はファルセラスが調査した上で、被害側が罰を決めるということだ。

 

「ほとんど……民任せではないか……これで秩序が保てるわけがない……」

 

 カリスは、もう1度、文献に並ぶ文章をじっと見つめる。

 この書物は古かった。

 改定の必要がなかったからに違いない。

 民任せであっても、現在に至るまで秩序が保たれている証拠だと言えた。

 

 ヴィエラキは、リザレダも含め、どんな国とも違う。

 

 食べる物を取り合ったり、盗んだりする必要がない。

 暮らしに不満を持つ者も少ない。

 子供達の未来を心配することもないのだ。

 考えの異なる者がいたとしても、たったひとつの共通点があることで折り合いがつけられている。

 

 自分達は、皆、ヴィエラキの民なのだ、という共通認識。

 

 そのことに喜びを感じ、感謝し、誇りとしているのだ。

 個々としては違っていても、国としてはひとつに纏まっている。

 どこの国も、こうであれば世の中は平和だっただろう。

 だが、これはヴィエラキだからこそできることだった。

 

 ファルセラス。

 

 その存在なくしてはヴィエラキの平和は保たれない。

 強大な力で守られていてこその平穏なのだ。

 自分には、あんな力はなかった。

 そのせいで、西帝国を突っぱねることもできず、今や下僕に身を落としている。

 

(俺に力があれば……だが、あのような化け物にはなれない……)

 

 ファルセラスの城内にいるのは異質な者ばかりだ。

 とても同じ「人間」とは思えない。

 カリスは、一旦パタンと本を閉じる。

 机上のハンドベルを鳴らして侍女を呼んだ。

 

「ファルセラス関係の本を持って来てくれ」

「かしこまりました、カリス様」

 

 ヘラに似ていなければ、普通の侍女と変わらない。

 侍女は本を机に置き、紅茶を入れ替えてから姿を消す。

 必要なことしか話さず、必要なことだけしていなくなる姿には、もはや慣れた。

 むしろ、1人にしてもらえるのがありがたいくらいだ。

 

 運ばれて来た本の中で、最も古そうな物を手に取る。

 読み始める前に、少し頭の中を整理しておいた。

 最初の帝国は東帝国エンディルノで約8百年前に勢力が形成されている。

 その百年後、北西の国を次々に打ち倒してできたのが西帝国バルドゥーリャだ。

 両帝国が現在の勢力図になるまで、大小の国が出来ては消えている。

 

(リザレダも、そのひとつになるということか……)

 

 リザレダの歴史は3百年ほど。

 カリスの曽祖父がバラバラだった民族を集め、統治することで出来た国だった。

 当時は西帝国の勢力が、主に大陸の西側に広がっていたため、見過ごしにされていたらしい。

 けれど、建国すると西帝国は南東寄りにあったリザレダや同時期に建国したティタリヒに目をつけたのだ。

 

 それでも、この3百年、西帝国に圧力をかけられながらも、なんとか国を維持し続けている。

 父の代は、前皇帝が穏やかな人柄であったためか、圧力をかけられることもなく平穏な日々を過ごせた。

 その平穏は、カリスの代になって、たった1年。

 新皇帝になってからは、一方的に圧力をかけられるようになった。

 

(俺は3百年続いてきたリザレダを、3年で潰してしまった)

 

 情けなく惨めな気持ちで、本を開く。

 せめて民達が虐げられていないことを願うばかりだ。

 そのためにもファルセラスが「どういうもの」であるのかを知りたかった。

 少なくともヴィエラキは、民にとって良い国であるのは間違いない。

 

 他の国とは比較にならないほど豊かな国だ。

 その豊かさと平穏は、すべてファルセラスが担っている。

 

「ヴィエラキの初代大公は5百年前に東帝国から大公の爵位を授与。同時に土地の割譲を受ける。それをヴィエラキ大公国とし、東帝国から独立、自治権を得る……土地の割譲後すぐ建国し、独立国として認めさせたのか」

 

 まるで東帝国にいるのが嫌で、自ら外に出たというように感じられる。

 そして東帝国も引き()めたり、拒否したりはしなかったようだ。

 いや、きっと「できなかった」に違いない。

 

 あんな化け物相手に、誰がなにを拒否できると言うのか。

 

 どんな無理難題を言われても承諾する以外の道はなかっただろう。

 拒否すれば国ごと消されると、東帝国の皇帝はファルセラスを恐れたのだ。

 リーシアを見ていれば、やりかねないどころか、やると断言してもいいほどに、予測がついた。

 

「初代大公の瞳は赤く、銀色の髪をした……女性……彼女はありとあらゆる職業を身に着けており、その能力をほとんど無限に近く使用できた。しかし彼女は自らの力を無闇に使うことを好まず、ひとつの意志によってのみ動いていた」

 

 次の文章に、カリスは胸を打たれる。

 非道で無慈悲と感じたリーシアの行動が、わずかに理解できたのだ。

 

「……ファルセラスは、ヴィエラキの民を守るために、存在する……」

 

 『言っておくけれど、ファルセラスは、ただの1度も誰かを殴りに行ったことはないわ。殴りに来た者、殴りに来ようとしている者を、殴ったことはあってもね』

 

 リーシアの言葉を思い出す。

 あれほどの力があれば、大陸を制することなど容易い。

 だが、ファルセラスは、どこの国にも「侵略戦争」を仕掛けたことはないのだ。

 初代から延々と受け継がれている意志。

 

 ファルセラスはヴィエラキの民を守るために存在している。

 

 だからこそ、あれほどに容赦がなかった。

 だからこそ、手を出してはならなかった。

 

「俺が勝手に……災いに突っ込んで行っただけであったのだ……」

 

 動かない砂嵐に自ら突撃を仕掛けたようなものだ。

 カリスは体を折り曲げ、両手で顔を抑えて呻く。


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