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OVER KILLってる?  作者: たつみ
第1章 弱者なあなたは、私の下僕
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下僕の管理

 リーシアは、城内にある庭園で、のんびりと昼食をとっている。

 外ではなく城の中だ。

 秋らしく赤く色づいた木々がつっかえないくらいに天井は高い。

 木々の下には、赤や青、白に紫といった花が咲き乱れている。

 

 その中央に小さな白い丸テーブルが置かれていた。

 細かく繊細な彫刻が施されているのは、リーシアの座るイスと同じ。

 このテーブルセットはリーシアのお気に入りなのだ。

 父たちと一緒に食事をする時以外、食堂は使わない。

 気分次第で、テーブルセットとともに室内や室外で食事をする。

 

 1日3食。

 

 ヴィエラキにおける昔からの習慣だ。

 他国の王族や貴族は、一般的に2食らしい。

 朝食と昼食を分けてとらないことが多いのだ。

 平民に至っては、食事は1日1食しかとらず、間食で間に合わせていると聞く。

 あまり裕福ではない国もあるためしかたがないのだろう。

 ヴィエラキとは違い、自然環境の変化で収穫に影響が出たりもする。

 

「今年の収穫も心配なさそうね」

 

 食事を終え、口元を拭きながら実った作物を思い、にっこりした。

 ヴィエラキには旱魃も大水もない。

 ファルセラスの誰かが対処しているからだ。

 天候を左右する能力を4人全員が持っている。

 

 酪農や畜産、漁業に対しても、それぞれに専門家が揃っていた。

 民は困ったことが起きると専用の伝書鳩をファルセラスに飛ばす。

 動物の病気であれば獣医、不漁続きとなれば水産研究員といった具合に、事態に見合った能力を持つ下僕が駆けつけるのだ。

 たいていのことは、それで片が付く。

 

 あまり多くはないが、人の重病や重傷はリーシアが担当していた。

 万が一、命に関わるようなことになれば、リーシアしか対処できない。

 ただし、寿命だけは手を出さないことになっている。

 決まり事があるわけではないし、力を駆使すれば延命も不可能ではない。

 けれど、なんとなく「そういうこと」になっているのだ。

 民も寿命だと感じる時には、リーシアを呼ばずにいる。

 

 例外はひとつ。

 その死が母親の胎内で訪れた際や生まれたばかりの時。

 どうしても諦めることのできない親に呼ばれることはあった。

 周囲も、それについては認めている。

 とはいえ、ヴィエラキには医師も薬師(やくし)もいるので、滅多に起こらないことだ。

 

 そもそもヴィエラキは豊かで、民が食べるのに困ったり、無理して働いたりする必要がない。

 のんびりゆったり暮らしているせいか、争いごとも少なかった。

 隣近所で声を掛け合い、助け合うのが日常なのだ。

 要は、精神的な圧迫感のない暮らしをしている。

 

「そう言えば、城外はどうなったの?」

 

 あれから5日。

 カリスの姿は初日の夜以降、見ていない。

 ことに、やっと気づいた。

 

(いつも3人だったから、4人になったって、すっかり忘れていたわ)

 

 リーシアの(かたわら)には、ティーポットを片手に立っているモルデカイと、(ひざまず)いて控えているヘラ、ロキがいる。

 モルデカイはほとんどリーシアの(そば)にいるが、他の2人は食事時以外は自分達の仕事をしていて姿は見えない。

 だが、どこかで仕事をしているのだろうと、リーシアは気にせずにいる。

 それでも、食事時に顔が見えないと、モルデカイに「どうしたの?」くらいには訊くのだけれども。

 

「書面を渡して、選択をさせました。猶予期間は5日間。明後日あたりには選別が完了いたします」

「どういう選択?」

「カリスの元に残るか去るか、でございます」

「カリスのことは伝えたの?」

「もちろんにございます。カリスがシア様の下僕となることを選んだと書面に記載いたしました」

「でも、驚くほどのことではないわよね。死んだり生き還ったりするなんてこと、外ではあまり見かけないでしょうし」

 

 そちらのほうが驚いたに違いない。

 比べると、自国の王が下僕になるくらいどうということもない気がする。

 

「皆、静かに黙り込んでおりました」

「そう。理解が早いのね。皆、カリスの元に残る選択をしそうだわ」

 

 十万のモブ兵をどうするか。

 カリスの眷属なので、カリスがどう使うかを決めるべきではある。

 だとしても、衣食住は提供しなければならない。

 ヘラやロキの眷属は、あくまでも能力で作られているため生活する必要はないのだが、カリスの眷属は自作ではないので放置すれば死ぬのだ。

 

「私としては半分くらいになってくれるとありがたいのですが」

「そうね。5万くらいなら海際か山奥にまとめて置けるもの」

「ですが、去る者などいるでしょうか?」

 

 ヘラが首をかしげている。

 確かに、そうだ。

 カリスはリーシアの下僕であり、持ち物。

 そのカリスの眷属となれば、そこいらの国の騎士より高待遇となる。

 身分は平民となるが、それはしかたがない。

 

 ヴィエラキにはファルセラスと民しかいないのだから。

 

 ヴィエラキで姓を持つのはファルセラスだけだった。

 しかし、ファルセラスは民を守るために存在している。

 役割からすれば、ファルセラスが民に仕えているようなものだ。

 リーシアは、自分が民の上に立っていると思ったことはない。

 

「けどさ、もし去る奴がいたら、カリス、がっかりするんじゃねーすか?」

「そうよねえ。カリスは、彼らの罪も1人で(あがな)っているわけだもの」

「そのような恩知らずは片付けてしまえば良いのです」

「ヘラの言う通りだと思うわ。ねえ、モルデカイ?」

「仰る通りにございます、シア様」

 

 どうせモブ兵などたいして役にも立たないのだ。

 カリスにだけ罪を購わせ、眷属としても働かない敵兵など目障りなだけだった。

 

「数が多いようなら私がやるわ」

「でしたら、去る者が2万を越えましたらシア様にお任せいたします」

「さすがにその数を越えると……カリスも傷つくわよ?」

「見捨てたって言われてるようなもんすからね」

 

 可愛がれそうにもないカリスではあるが、自分の下僕なのだ。

 打ちひしがれている姿を見たいとは思っていない。

 そこで、また気づく。

 

「そう言えば、カリスはどうしたの?」

「書庫におります」

「書庫? 読書をしているということ?」

「彼は外の者ですから、ヴィエラキやファルセラスについて学びたいのでしょう」

「まあ、それは感心ね」

 

 少し意外だった。

 けれど、すぐに考えを改める。

 あの夜も、カリスは無理をして道化を演じようとした。

 自分を楽しませようと努力していたのだと、リーシアは思っている。

 

「ちゃんと食事はとっているかしら?」

「1日3食とるようにと伝えております」

「私の眷属からも食事を運んでいると報告が来ておりますわ、シア様」

「きちんと食べているようね」

「はい。毎食、食べ残しはないとのことです」

 

 ヘラの返事に安堵した。

 放置していて、気づいたら餓死していたなんて、絶対に父に叱られる。

 モルデカイの気遣いが、大変ありがたかった。

 

(やっぱりペット枠に入れなくて良かったわ)

 

 しみじみと思う。

 そうでなくとも、リーシアのペット枠は、がら空きなのだ。

 父や兄たちのように、まめに世話をする自信がない。

 ペットは手をかけてやらなければ、すぐ死ぬ。

 その点、下僕は自ら動いてくれるので、手間がかからなかった。

 

「それじゃあ、カリスはしばらく……そっとしておいても平気ね」

 

 放っておいても、とは言わすにおく。

 そう、けして放置しているのではないのだ。

 

 ほかの3人だって好きにしている。

 リーシアが命令するまでもなかった。

 カリスだけ特別扱いする必要はないはずだ。

 自主性を尊重しているに過ぎない。

 

「当面は問題ないかと存じます」

「ま、あいつも、そのうちここに馴染むっすよ、シア様」

「そのために前向きに努力しているようですし」

「そうね。お父様が、常々、仰っておられるように、努力には寛容と忍耐で応えるべきだと、私も思っているわ」

 

 ヘラとロキは、うんうんとうなずいている。

 モルデカイは、なぜか木立の向こうに視線を向けていた。

 室内なので天気はともかく、秋の紅葉した木々は美しい。

 モルデカイが、うっとり眺める気持ちもわかる。

 

 そのモルデカイの目が、すっと細められた。

 ヘラとロキも立ち上がっている。

 

「誰か来たみたいね。あら、エンディルノからの使者のようよ」

「そのようです。ヘラ?」

「招待状を持って来たと申しております」

 

 対応は、ヘラの眷属メイドがしていた。

 なので、だいたいの状況は即座に把握できる。

 

 リーシアは、途端に憂鬱な気分になった。

 ヴィエラキと東帝国は同盟国でもなければ友好国でもない。

 初代大公が東帝国から土地を割譲させ、爵位も与えられているので、それなりのつきあいをしているだけだ。

 とはいえ、西帝国のように明確な敵でもなかった。

 

「ヘラ様、招待状をお持ちいたしました」

 

 ヘラに似た眷属メイドが現れる。

 トレイに乗せた封書をヘラに差し出していた。

 それをヘラが受け取り、モルデカイに渡す。

 眷属メイドは用が済むと、すぐに姿を消した。

 

 モルデカイが、どこからともなくペーパーナイフを取り出す。

 封を切り、招待状の文面に、さらりと視線を滑らせていた。

 

「皇帝の妹君に御子が誕生されたそうにございます」

「その祝儀ということね」

「半月後の日程となっております」

「半月……? ずいぶんと急だわ。お父様たちは帰還されておられるかしら」

「どうでしょう。ギゼル様のご気分次第にございますので」

 

 まったくその通りだ。

 帰還するだけなら一瞬でできる。

 が、父は「遊び心」を大事にする人だった。

 必要がなくても時間をかけることもある。

 

「お父様に連絡してみなくちゃね」

 

 ともあれ、招待状に返事は出さなくてはならないのだ。


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