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OVER KILLってる?  作者: たつみ
第1章 弱者なあなたは、私の下僕
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思惑いだく夜の出来事

 東帝国エンディルノは、この大陸の2つの勢力の内のひとつだ。

 北西にある西帝国バルドゥーリャより南にあり、豊かな土地が多い。

 しかし、人材という点ではバルドゥーリャに劣っている。

 なぜかは不明だが、東帝国では上位の職業になれる者が少なかった。

 上位職であるというだけで王宮勤めができるほどだ。

 

 西帝国には、その勢力下にいる小さな王国にさえウィザードがいるという。

 ならば、バルドゥーリャ本国ともなれば大勢の上位職がいるのは想像に容易い。

 一気に攻勢をかけられれば東帝国の勢力を圧倒することもできるだろう。

 とはいえ。

 

 東帝国にはヴィエラキがある。

 

 実際には独立国のようなものではあるが、それでも初代ヴィエラキ大公は東帝国から爵位を授かったのだ。

 土地も、当時の東帝国皇帝が割譲している。

 以来、東帝国はヴィエラキと敵対したことは1度もない。

 諸侯達も不可侵の立場で足並みを揃えていた。

 

 自分たちから手を出さない限り、ヴィエラキはなにもしないと知っている。

 

 東帝国エンディルノの皇帝カルデルク・ラモーニュは、おとなしく見えるからと言って、猛獣の背に乗ろうなどとは思わない。

 先代も先々代も、その前の歴代皇帝も、ファルセラスの機嫌を損ねてはならないと遺言している。

 ヴィエラキがあり、ファルセラスがいるからこそ東帝国は安泰なのだ。

 

 カルデルクは玉座に座り、面白くもない報告を聞いている。

 が、ほとんど耳に入っておらず、上の空だった。

 西帝国側がヴィエラキに侵攻したことについて考えている。

 たいして変わり映えしない報告内容より、そっちに関心が向いていた。

 

 かつて西帝国はヴィエラキではなく東帝国を侵略しに来たことがある。

 その際、カルデルクの祖先はファルセラスに助力を頼んだらしい。

 正直、東帝国はヴィエラキになんの恩恵も与えていなかった。

 ただただ干渉せずにいたというだけに過ぎない。

 にもかかわらず、ファルセラスは西帝国の侵略軍を一掃したのだ。

 

 というより、一方的に殲滅したと史実に記載されている。

 しかも、ごくわずかな時間しかかけなかった。

 サッと来て、サッと帰る。

 まさに、そんなふうだったらしい。

 そのため、ファルセラスが「なにを」したのかまでは史実に記されていない。

 

 そのことがあってから、東帝国は直接に攻撃されなくなっている。

 東帝国を侵略するには、ヴィエラキを攻略しなければならない。

 そういう意識が西帝国側に浸透したのだろう。

 おかげで、この5百年近く、東帝国側の勢力は、のほほんと暮らしている。

 自国内での小競り合いはあっても、大陸内での戦争はしていない。

 

 今回も、西帝国側が手を出したのはヴィエラキだ。

 前皇帝の時代は静かだったが、新皇帝即位後に変化があった。

 ヴィジェーロ・ネルロイラトルは野心家であり、バルドゥーリャ本国自体の勢力拡大を画策しているらしい。

 最終的な目的は、もちろん東帝国だ。

 

(自国の勢力をいくら拡大したとてファルセラスに敵うわけもなし)

 

 愚かな皇帝だ、とカルデルクは思っている。

 30歳で即位し、玉座に座って20年。

 何度か、ファルセラス大公や、その子供達に会っていた。

 とくに即位の祝儀に出席した幼い大公女のことは鮮明に覚えている。

 

 赤い瞳のファルセラス。

 

 何十年かごとに現れるとは聞いていた。

 だが、実際に見たのは初めてだったのだ。

 2歳の娘をヴィエラキ大公ギゼル・ファルセラスは誇らしげに腕に抱いていた。

 

(ファルセラスは恐ろしい。だが、大公女はどうであろう)

 

 前回、大公女と顔を合わせたのは、12年前。

 彼女が十歳の時だ。

 大公女リーシアは、とても愛らしかった。

 おっとりとした性格らしく、物腰も口調もやわらかだったのを覚えている。


(成人の祝儀に招待はされたが……)


 皇后が恐れおののき、どうしても行きたくないと言い張った。

 自分だけでもと思わなくもなかったが、正直、カルデルクの中にも恐怖心があったのだ。

 招待するのはいいが、ヴィエラキに出向くのは気が進まない。

 なにが起きるかわからないとの思いがある。

 それで、結局、断りを入れた。


(まぁ、ファルセラス側からもなにも言ってこなかったのだ。我らのことなど気にしてはおらんのだろう……しかし、大公女には会っておくべきであったな……)

 

 今年で、彼女も22歳。

 きっと美しく成長しているはずだ。

 だが、婚姻どころか婚約の報せすら受けていない。

 ヴィエラキには大公女と釣り合う相手がいないのだろう。

 ファルセラス以外、爵位を持つ者はいないのだから。

 

(初代大公の血を色濃く受け継いでいると言うが、とてもそんなふうには見えん)

 

 幼いながらにも、礼儀正しく挨拶をする折に見せた、少し気恥ずかしそうな姿を思い出す。

 大公であるギゼルも、祖先の遺言がなければ、単純に、気さくで爽やかな人物だとしか思わなかったはずだ。

 なので、ファルセラスの恐ろしさを知っていても、情報の少ない大公女に関してだけは現実味がない。

 

(我が息子の誰かと婚姻をしてくれれば、ファルセラスとの結びつきが強くなる。リーシア大公女に見初められる息子がおれば、その者に帝位を譲りたい)

 

 カルデルクには息子が4人いる。

 正妃の息子が1人と、側室の子が2人、そして非嫡出子が1人。

 視察に行った国で泊まった城に勤めていた侍女との1度きりの関係。

 その侍女が子を成してしまったと知ったのは、翌年のことだ。

 平民だったので彼女は迎え入れなかったが、息子は息子として認知している。

 

(この際、身分などどうでも良い。なんとか機会を設けられれば……)

 

 大公女と4人の息子が顔を合わせられる機会を作れないだろうか。

 考えるカルデルクの頭に、今がその時なのではないかとの思いが浮かんだ。

 東帝国で行う行事には、常に大公か息子たちが出席する。

 だが、現在、その3人はヴィエラキにいない。

 

 出征している。

 

 またとない好機に思えた。

 大公女は成人しており、十分に大公の代理が務まるのだ。

 あとは「口実」だったが、それも問題なかった。

 この秋、妹に娘が誕生している。

 まだ祝宴は開いていない。

 

「皆の者、直ちに姪の誕生における祝儀の用意をいたせ!」

 

 唐突に立ち上がり声を上げたカルデルクを、重臣達が心配そうな顔で見ていた。

 

 *****

 同時刻

 

 モルデカイは、城外に戻っている。

 今後、カリスが頭痛の種にならないことを願っていた。

 外の者であり、元敵将とは言え、今はリーシアの下僕。

 ならば、カリスを「放置」できない。

 管理不足となれば、ギゼルからリーシアが小言をもらってしまうのだ。

 

「カリスが、なんかやらかしたのか?」

「まさか。彼になにができると言うの? 服を着替えて、シア様にご挨拶に行ったらしいから、今頃はもう寝ているわよ」

「だったら、モルデカイが泡食ってシア様のお部屋に飛んでくわけねーじゃん」

「モルデカイ、カリスは寝ていなかったの?」

 

 ヘラとロキが、モルデカイを見ている。

 わずかに片眼鏡を指で押し上げた。

 フレームに取りつけられている銀のチェーンが小さく揺れる。

 カリスに苛々してしまった時、少しズレてしまっていたのだ。

 

「彼なりにシア様のためにと考えたのだろうが、どうにも勘違いが過ぎていてね」

 

 カリスが、リーシアのベッドに潜り込もうとしたなんて言えば、ロキは笑い事ですませるとしても、ヘラは違う。

 2度と出て来られない「開かずの部屋」に片付けてしまいかねない。

 なので、あえて曖昧に事態を伝えた。

 

「勘違いって、なにをどう勘違いすんだ?」

「シア様は他国の奴隷を引き合いに出して、彼に下僕になるかを問われたらしい」

「カリスを下僕にするのを相当に嫌がっておられたのね」

「そのようだ。その時に、まぁ、なんというか……」

「裸で這って歩け、とか?」

 

 モルデカイは、ロキに肩をすくめてみせる。

 途端、ロキが顔色を変えた。

 

「本気じゃねーよな? あいつ、本気でそんなことしねーよな?」

「しないように言っておいたよ」

 

 はあっと、ロキが肩を落とす。

 床掃除を考えて、ゾッとしていたに違いない。

 

 日頃からロキは、人間の脂は、スイーパーの目には見えないので、タチが悪いとこぼしていた。

 だが、ロキには見えるのだ。

 だから、スイーパーに細かく命令して掃除をすることになる。

 さっきのように「血肉をとことん綺麗にしろ」と指示して、あとはスイーパーに任せるということができない。

 

「あいつが裸で歩き回るのは勝手だけどさ。あちこち汚されちゃたまんねーぜ」

「でも、シア様の仰ったことをしようと考えたのなら見直すべきじゃない? 彼も下僕として、なにかしたかったのだわ」

 

 まったく違うのだが、そうも言えなかった。

 なので、ヘラの誤解は正さないことにしておく。

 ヘラは城内のことを管理しているため、(うと)まれるよりは少しでも見直されていたほうが暮らし易くなるはずだ。

 

「ひとまず彼はヴィエラキやファルセラスについて学ぶことにしたようだ」

「それはいいことね。外から来たのだし、わからないことが多いもの」

 

 また少しカリスに対してのヘラの評価が上がっている。

 それも誤解だが、正さないことにした。

 することがないと言って拗ねたり不貞腐れたりしていたとは言えない。

 モルデカイですら苛々させられたのだ。

 忍耐力のないヘラが激怒するのは目に見えていた。

 

「さてと、こちらは概ね良いようだね」

 

 両手を後ろにして、城外を眺める。

 モルデカイの造った仮設の家が、ずらりと並んでいた。

 5百人収容できる家が2百ほど。

 内外をロキが殺菌し、倒れていた兵達はヘラが片付けている。

 今はベッドで眠り込んでいるはずだ。

 

「数が多くてもモブが役に立つとは思えないけれど……」

「カリスの眷属なんだから、使い道はあいつが考えりゃいいのさ」

「あと2日くらいは寝かせておいてやろうじゃないか。眷属かどうかの見極めは、それからだな」

「どうやって見極めるんだ?」

「カリスが自作した眷属ではないのでね。眷属に求められる資質があるかどうかになるだろう」

 

 ヘラやロキのように自らが作り出した眷属は、主人に逆らわない。

 口答えもしないし、文句も言わないし、不満を持つことすらなかった。

 忠誠心どうこうではなく、従うのを当然とする存在なのだ。

 

 だが、兵達はカリスの自作ではない。

 ならば、自作の眷属と同種に近い「忠誠心」を持つかどうかで判断すべきだと、モルデカイは考えている。

 

 カリスのためであればなんでもして、死さえ(いと)わない者。

 

 少なくとも、その程度の心意気がなければ眷属とは見做(みな)せない。

 カリスの眷属ではない者は生かしておく価値もない。

 

「ま、外の奴じゃあるけど、カリスはシア様の下僕。オレら側だもんなー」

「大勢が残るといいわね。あまりに減ってしまうと、カリスが落胆しそうだわ」

「せっかくシア様が蘇らせてくださったことだし、私も多くが残ることを期待しているよ。いずれカリスの役に立つかもしれないしね」

 

 はっきり言って、カリスは目障りな存在ではある。

 いつリーシアに迷惑をかけるか、冷や冷やせずにいられないからだ。

 とはいえ、ロキの言うようにカリスは「自分達の側」にいる。

 リーシアの下僕であることに違いはない。

 心の中で、モルデカイは、そっと溜め息をついた。

 

(どうにかカリスにもできることを用意しておかなければ……)

 

 またおかしなことを考えて、リーシアに迷惑をかけられては困るのだ。


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