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OVER KILLってる?  作者: たつみ
第1章 弱者なあなたは、私の下僕
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罪の購いかた

 

「きみは、一体なにをしようとしていたのかね。いや、結構。聞くまでもない」

 

 意識が戻ったカリスに、開口一番モルデカイの冷ややかな言葉が降ってきた。

 頭を横に振りながら、体を起こす。

 自分がどうなったのか、よく覚えていなかった。

 今は、ベッドの上にいる。

 が、リーシアのベッドの上ではない。

 

「ここは……」

「きみの部屋だ」

「俺の……」

 

 辺りを見回してみる。

 リザレダの王宮で使っていた寝室より広い。

 ベッドとチェスト、それに小さなテーブルセットくらいしかないので広く感じるのだろうか。

 

 焦げ茶色の壁には見知らぬ模様が淡い金や銀で描かれている。

 中央に置かれたベッドを囲む、その壁には複数のドアがあった。

 ドアの向こうには、用途に応じた部屋が隣接されているのだろう。

 がらんとした寝室は落ち着かなかったが、国王であった頃よりも「良い部屋」があてがわれている気がする。

 

(ヴィエラキでは下僕にも、こんな部屋が与えられているのか)

 

 大公女の下僕は他の下僕とは違い、特別扱いされているのかもしれない。

 リザレダでは、カリスの身の回りのことは侍従や従僕がしていた。

 王族や貴族も、質の違いはあれど、似たようなものだ。

 専属の使用人は、ある種の特権を持ってもいた。

 

「治癒を(ほどこ)したのでね。意識は、はっきりしているはずだ」

 

 モルデカイの声は、首筋に氷水を垂らされたのかと思うくらい冷たい。

 カリスは体を起こし、ベッド脇にいるモルデカイを見上げた。

 モルデカイは、両手を後ろに、背筋を伸ばして立っている。

 

 綺麗に後ろへと撫でつけられた乱れのない黒髪に銀の片眼鏡。

 ひゅんとした流れを持つ眉に、やや吊り上がった目。

 

 テールコートを身に着け、見た感じは貴族屋敷の執事のようだ。

 けれど、そう判断するには細いリボンタイが邪魔をしている。

 一般的な執事はボウタイをしており、万が一、リボンタイを着用するにしても、こんなふうに緩く結んだりはしない。

 

 モルデカイの黒色のリボンタイは、輪になっている部分の左右の大きさが違っているためか、タイの先も同じ位置にきていないのだ。

 左側が、少しばかり長めになっている。

 

「きみは、私の話を聞く気はあるのかい?」

「……聞いている」

 

 いや、聞こえていると言ったほうが正しい。

 広い寝室に、モルデカイと2人だけなのだ。

 声は響くし、介入して来る者もいないのだから聞こえないはずがなかった。

 

「そのような格好でシア様の寝室に行くなどもってのほかだ。私が言ったシア様にご迷惑をおかけしないようとの意味がわからなかったのか?」

「彼女を楽しませるようにといったのは、あなただ」

「あんなことでシア様が楽しめると、きみは本気で考えたのかね?」

 

 カリスは、きりっと奥歯を噛み締める。

 モルデカイを、きつくにらみつけた。

 

「ここで俺にできることなどなにもない」

「おや、自覚があったとは驚きだ」

「俺はソードマスターとシューターの職業を身に着けているが、ここではなんの役にも立たないからな」

「その通り。ファルセラスの前では、まるきり役立たずだね」

「……では、どうすればいい? 俺にあるのは……この身ひとつ。だから……」

「だから?」

 

 モルデカイの目が、すうっと細められている。

 カリスも言いたくて言うのではない。

 屈辱感に体が震えていた。

 

「俺が、彼女を楽しませられるとすれば……この体を使って……夜の相手を務めることくらいだ……」

 

 モルデカイが額を押さえ、大きく溜め息をつく。

 ほとほと呆れたという仕草に腹が立った。

 リーシアに「下手(へた)でもしかたがない」と言われたのも尾を引いている。

 

 カリスが若くして即位したのは、父が67歳で崩御したからだ。

 彼は、元々、遅くにできた子だった。

 母はカリスの出産後、ほどなく亡くなっている。

 父には側室がおらず、カリスが産まれていなければ、傍系の王族が即位していただろう。

 

 カリスは荷が重いと感じつつも、父の存命中に、とにかく早く王族教育を終わらせ、いつでも引き継げるようにと執務や公務に励んできた。

 遊ぶ暇なんてなかったし、女性関係も後回し。

 儀礼的な付き合いしかして来なかった。

 

 それでも知識を総動員し、彼女を「楽しませる」ため、意を決したのだ。

 不本意でも、経験がなくとも、それしかできることを思いつけなかった。

 彼女に「下手(へた)」だと嘲られるのも承知の上だ。

 まさに、カリスを嘲弄するのがリーシアの「楽しみ」だと思っていた。

 下僕にしたのも、カリスに罪を(あがな)わせるためであり、慈悲ではないのだから。

 

「命令なしではなにもできない。下僕というにもおこがましい。そう言ったのも、あなただろう」

「きみが下賤な考えを持っているからといって、他者も同じとは思わないことだ」

「俺が下賤だと……っ……」

「では、訊くが、楽しませるという言葉に対して、きみは、なぜ淫らな意味に結びつけた?」

「それは……俺の体でできることが……」

「違うな」

 

 モルデカイが、ピシッとカリスの言葉を切り捨てる。

 カリス自身、確固とした理由とできずにいるのを見透かしているようだ。

 自分でも、なぜその結論に飛びついたのか、曖昧になっている。

 衣装室にいた時には明確だったはずなのに、今は心がグラついていた。

 

「通常、自分の考えにないものは発想にもいたらない。実際、シア様の力に対し、きみは発想できていたかね? まぁ、できてはいなかっただろう。想像の端にすら引っ掛かっていなかったはずだ。でなければ、わざわざ殺されに来たということになる。むしろ、知っていればと、きみは後悔したのではないか?」

 

 後悔している。

 知っていれば、間違いなく、どんなことをしてでも西帝国に抗っていた。

 ファルセラスの大公女を侮っていたからこその結果だ。

 この世界に、あんな化け物がいるとは思いもしなかった。

 

「きみは、シア様がきみを弄ぶのを楽しまれるかただと思ったわけだが、つまり、それは、きみがそのような考えを持っているということと等しい」

 

 カリスは、なにも反論できずにいる。

 自分の中にある「下賤な価値観」を表に引きずり出されていた。

 王族や貴族が、奴隷をどう扱ってきたか。

 カリスに奴隷を虐待する趣味はなかったが、快楽のために使われることがあると知っていた。

 

 リザレダに奴隷制度はない。

 だが、西帝国や近隣諸国にはある。

 奴隷については他国のことでもあったため非難したことはなく、容認していた。

 真似したくなるものではなかったが、あえて制止する必要は感じなかったのだ。

 

 西帝国を真っ向から非難すれば国益にも影響が出る。

 カリスは、リザレダを西帝国から守るだけで精一杯だった。

 そういう中で、いつしか忌避すべき考えを自身に取り込んでいたのだと気づく。

 王族や貴族とはそういうものだ、という思い込み。

 

「きみの情緒に興味などないがね。きみは、シア様の下僕になれたのを、光栄だと言った。ならば、その言葉を嘘にしない程度には努力したまえ」

 

 努力と言われても、なにを努力すればいいのか、わからなかった。

 自分には、なんの力もないのだ。

 できることも、することもない。

 

「ああ、これも言っておかなくちゃいけないかな。きみがいつ起きていつ寝ようとかまわないが1日3食はとるように。適度な運動も必要だ。なにしろ、きみは死ぬことを許されていない」

 

 飢え死にしたり、病死したりすることも許されていないのだと釘を刺される。

 だいたいリーシアは死人を簡単に蘇らせる力の持ち主なのだから、たとえ死んだとしても、強制的に呼び戻されるに決まっていた。

 死で罪を(あがな)えれば楽だったのだと身に染みる。

 

 ファルセラスの慈悲は死だ。

 

 カリスには与えられていない。

 なにもせず生き永らえるだけの毎日は、どれほど苦痛だろうか。

 これから先の長い時間を考え、思わず、うなだれる。

 溜め息さえ出てこなかった。

 

「……俺が裸で這って歩けば、楽しんでもらえるのか……?」

「きみ、どうかしてしまったのかね……さっき少し強く頭をぶつけ過ぎてしまったかな? そんな真似をしたら、シア様にご迷惑をおかけするばかりかヘラやロキも黙ってはいないよ? ヘラは整っていない者を許さないし、ロキは床にベタベタと痕を残されるのを嫌う」

「彼女が……シア様が誓約前に俺に言ったことだ……」

 

 現実的に考えても、そのくらいしかできることはなさそうだった。

 戦力にもならない、夜の務めも果たせない。

 まだしも、皿から直に食事をするくらいなら「できる」のだ。

 

「それは、きみの……覚悟とでもいうのか、意思を確認されたかっただけだろう。本気で仰られたわけではないさ」

「では、俺は部屋に閉じこもっていればいいのだな」

「きみがそうしたければ」

「どうせ俺にはするべきことがないではないか……」

 

 またモルデカイが盛大に溜め息をつく。

 もう腹も立たなかった。

 役立たずなまま命を腐らせながら生きていけ、と言われている気がする。

 それで罪が購えるのならしかたがない。

 城外の兵たちの命を守れたことだけが救いだった。

 

「なんなのかね、きみは。そう拗ねることはないだろう」

「拗ねてなどいない。事実だ」

「やれやれ……外の者が、これほど面倒だとは思わなかったよ。ギゼル様も本当に酷いことをなさる。シア様が、お気の毒でならない」

 

 返事をする気にもなれず、黙り込む。

 ヴィエラキ大公が帰還したら、リザレダがどうなったのかを訊きたかった。

 それさえ訊ければ、一生、部屋に閉じこもっての暮らしでもかまわない。

 

「カリス、きみはシア様の下僕だ」

「……わかっている」

「いいかい、きみにそう不貞腐れられては、私だって困るのだよ。言いたくはないがね。いい大人が、自分のすることくらい自分で見つけられなくてどうする?」

「ないものは、しかたがない」

「まったく! わかったよ、わかったとも! するべきことを与えれば、きみも、その拗ね切った態度を改めるだろう!」

 

 モルデカイの苛々した口調に顔を上げる。

 カリスは拗ねているつもりも、不貞腐れているつもりもなかった。

 自分のことなど放っておけばいい、と思っている。

 

「城内には、大きな書庫がある。きみは、まずヴィエラキとファルセラスについて学びたまえ。シア様の下僕として暮らしていくには、それなりの知識が必要だ」

「それは命令か……?」

「…………本来、きみが自ら行動してしかるべきことだ。だが、命令されなければできないというのなら、命令でもかまいやしないさ。面倒くさい」

 

 ヴィエラキとファルセラスについて学ぶ。

 その言葉が、カリスの心に落ちて来た。

 カリスは、頭のどこかで、まだリザレダに帰れると思っていたのだ。

 

(そうか……俺にはもう……帰るところはないのか……)


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― 新着の感想 ―
[良い点] その発想はどうなんだ、ということを指摘してくれる人がいてよかった。 面倒といいつつこういう気をまわせるのがよい下僕なのですね。 [一言] 新作、なかなか難しい。 ゲームの操作っぽい印象も受…
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