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OVER KILLってる?  作者: たつみ
第1章 弱者なあなたは、私の下僕
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向かない職業

 リーシアは画面を開いて悩んでいた。

 

 城内にある居館の一室。

 リーシアの私室であり、寝室だ。

 兄達とは違い、この私室には細々(こまごま)とした部屋割りがない。

 リーシアが所有している「お道具箱」が、とても大きいからだ。

 正式にはアイテムボックスと言うのだが、彼女は「お道具箱」と呼んでいる。

 

 そこから衣装や小物だけではなく、様々な物が取り出せた。

 部屋を丸ごと入れ替えることも可能なので、状況に合わせて入れ替えている。

 湯につかりたければ浴室にするし、着替えがしたければ衣装室にするのだ。

 そのため、いちいち部屋の移動などしない。

 

「どうするべきかしらね」

 

 画面には、横長の四角が十個並んでいる。

 その上に「従属者一覧」との文字表示があった。

 モルデカイ、ヘラ、ロキの名前が四角の上から順に表示されている。

 リーシアは、4つ目にカリスを入れるかどうかで悩んでいた。

 

「モルデカイ達は、ここに入れてくれって言って来たから入れたけど」

 

 この能力は、ファルセラスの特権だ。

 登録された者は、登録したファルセラスの誰かに帰属することになる。

 

 ただし、モルデカイ達は特別で、帰属していようが、なんの縛りもなかった。

 リーシアに歯向かえないわけではない。

 各自が自由意思で動いている。

 とくにロキは気紛れな性格で、嫌な命令には従わないのだそうだ。

 

 もっとも、リーシアが3人に「命令する」なんて、ほとんどない。

 なので、従っているかどうか、気に()めたこともなかった。

 彼女は下僕たちを「放任」している。

 

「でも、カリスはどうなのかしら。私に反発すると、ペナルティが課されたりするかもしれないわよね? 従属者って、本来はそういうものらしいし」

 

 とはいえ、リーシアは、生まれてこのかたモルデカイ達以外を、この一覧に登録したことがなかった。

 モブ出身の者を登録すると、どうなるのか知らない。

 従属の意味合いを考えれば、おそらくリーシアへの反抗は「叛逆」と見做(みな)されて罰則が課されそうな気がする。

 

「署名の時、制約はないって言ってしまったのに罰則があったら困るわ。私が嘘をついたみたいになるじゃない」

 

 自分の持ち物だからと言って、なにも「正式」にしなくてもいいのではないか。

 

 署名はさせたが、口約束のようなものだ。

 カリスが反抗して出て行くのなら、それでもかまわない。

 むしろ、面倒がなくていいかもしれない。

 山奥にでも捨てて来ようかと思っていたくらいだし。

 

「ペット枠というのもあるけれど……」

 

 いよいよ気が進まない。

 従属者の枠とは違い、ペット枠は、それこそ「面倒くさい」のだ。

 成長の度合いを確認したり、体調を管理したりしなければならない。

 そして、なにより「可愛がる」必要がある。

 

 絶対に嫌だ。

 可愛がれる自信もない。

 

「カリスに比べたら、ピートの飼っているニワトリのほうが可愛がれそうだもの」

 

 ピートというのはヴィエラキの民の1人だった。

 農家の生まれで、新鮮な卵を城に卸している。

 時々、リーシアもヒヨコを見に行くので、ピートから「あの時のヒヨコが……」なんて話を聞くと、成長して目つきの悪くなったニワトリも可愛く見えた。

 対して、カリスの幼少期など知らないし、剣呑な目で見られた記憶しかない。

 

 ピッと指で弾いて画面を閉じる。

 どちらにも登録しないことにしたのだ。

 今後どうするかはともかく、今すぐ決めることもない。

 

「お父様たちが帰ってきたら、引き取ってもらえるよう相談してみようかしら」

 

 きっと駄目だと言われる。

 常日頃、父から自分のものには責任を持つようにと言われているのだ。

 だが、カリスの態度を見れば考えも変わるかもしれないと少しだけ期待する。

 カリスだって父に従属するほうが気分はいいだろう。

 

「誓約書に、お父様の名を書けたら良かったのに」

 

 城はリーシアが任されていたので、あの時は自分の名を書くしかなかった。

 カリスに罪を(あがな)わせるのも、リーシアの役目だったからだ。

 署名するとわかっていれば、別の購わせかたを考えていたと思う。

 リーシアの発想では、王たる者がモブ兵ごときにするはずのないことだった。

 リーシアは王ではないが、モブ兵のために誰かの下僕になったりはしないので。

 

「放っておいたら……お父様に叱られるかしら……嫌ね、もう……」

 

 主城門のことや、やり過ぎについての小言は免れられた。

 だが、カリスの面倒は残っている。

 彼女は「放任主義」としているが、父は認めてくれないだろう。

 管理不足、すなわち「放置」と見做(みな)される気がした。

 

 逐一、命令するのも面倒だし、けれど「放置」として小言を言われるのも嫌だ。

 あとは、見込みは薄いが、3人の内の誰かが、カリスを引き取ってくれることを願うだけだった。

 

「シア様、カリス様をお連れいたしました」

 

 不意に現れたのは、ヘラの眷属メイドだ。

 ロキのスイーパーと同じく、ヘラが自前で作っている。

 よくわからないが、カリスが身綺麗になったのを報告しに来たのかもしれない。

 たぶん、報告義務などないと、カリスはまだ知らないのだ。

 

「いいわ、行って」

 

 頭を下げ、メイドが消える。

 残ったのはカリスだけ。

 その姿に、リーシアは首をかしげた。

 

(身綺麗にした報告なら、もう少しマシな格好をしても……もしかして、就寝前の挨拶に来たのかしら……?? それにしたって、あれはないわ……)

 

 カリスは「(いにしえ)の衣装」と呼ばれる服を身に着けている。

 寝間着だって、もっと「マシ」なものが、たくさんあったはずだ。

 

 リーシアは「お道具箱」を、片付屋のヘラにも扱えるようにしている。

 なので、ヘラは男性用衣装室を用意したに違いない。

 その中から選んだのなら、カリスに「スタイリスト」の職業能力はなさそうだ。

 

 真っ白なのはともかく、それをグルグルっと体に巻き付け、肩できゅっと結んだだけの代物。

 それが服と言えるのかどうかは知らないが、古の衣装と呼ばれているのだから「衣装」には違いない。

 

 おまけに、カリスは裸足だ。

 もちろん、ロキが隅々までピカピカに磨き上げているため、素足で歩き回っても足の裏が汚れることはないだろうけれども。

 

「身綺麗になったわね、カリス」

 

 一応、褒めておく。

 血塗れだった姿より、綺麗にはなった。

 この際、服のセンスにはふれないでおくことにする。

 

「お褒めにあずかり、恐縮です」

 

 口ではそう言いながら、表情は硬い。

 リーシアを見る目に、軽蔑と嫌悪があふれていた。

 やはりペット枠に入れなかったのは正解だ。

 到底、可愛がれそうにない。

 

「……今夜は……シア様を楽しませるために……まいりました」

 

 歯ぎしりが聞こえてきそうなほど押し潰れた声でカリスが言う。

 それで、納得した。

 

「そうだったの」

 

 カリスは、自分を楽しませるつもりで、あんな格好をしてきたらしい。

 どうやらセンスとは別物だったようだ。

 思っている間にも、カリスがリーシアの横になっているベッドに近づいて来る。

 そして、ベッドの縁に腰掛けた。

 ぎしっと、ベッドが軋む。

 

「ですが……こうしたことに、俺は不慣れで……シア様にご満足いただけるか……わかりません……」

「不慣れなものはしかたがないわ」

 

 いかにも苦々しいといった表情を浮かべているが、カリスなりに一生懸命に努力しようとしているのだ。

 努力に対しては寛容と忍耐の精神で受け止めなければならない。

 と、父に言われている。

 

「いいのよ、下手(へた)でも」

 

 ぐっと、カリスが喉を詰まらせた。

 両手を握りしめ、必死でなにかに耐えている。

 リーシアには、その気持ちはわからないが、推測することはできた。

 

「恥じることはないわ。慣れないことをするのだから、下手で当然でしょう?」

「……お心遣いに……感謝します……」

 

 ますますカリスの表情が険しくなる。

 この調子で「楽しませる」ことなどできるのだろうか。

 リーシアのほうが心配になった。

 

(寛容と忍耐……難しいわね……ちっとも面白くなくても笑ってあげる?)

 

 登録していないので正式なものではないが、カリスは自分の持ち物だ。

 本人が努力しようとしているのだから、認める姿勢は必要かもしれない。

 

「では……失礼します……」

 

 ぎしっと、再びベッドが軋む。

 カリスがベッドに上がって来たからだ。

 枕を背もたれにしていたリーシアの顔の両脇に、両手をついている。

 

 ぱちぱちっ。

 

 (まばた)き数回。

 リーシアはカリスの瞳を、じっと見つめた。

 そっと手を伸ばし、頬にふれる。

 

「カリス、あなたの瞳って、こうして見ると、とても綺麗ね」

 

 鬱蒼とした森の中、樹齢何千年という木の下を覆っているやわらかな苔。

 カリスの瞳の緑は、そんな色をしていた。

 あたたかみとやわらかさを印象づけるような。

 

 ただし。

 

 その瞳に嫌悪があふれていなければ、の話だ。

 頬にふれていたリーシアの手を、カリスが掴む。

 ものすごく嫌そうなのはなぜだろう。

 

(ついさっきまで国王だった人が道化師をするのだもの。不慣れでしょうし、恥をかくと心配しているのかもしれないわ。でも、努力しようとはしているのよね?)

 

 リーシアは見ようと思えば、ステータスと呼ばれる、相手のすべての情報を見ることができる。

 が、カリスのステータスは見ていなかった。

 

 興味がなかったからだ。

 

 なので、道化師の職業能力を持っているのかも知らずにいる。

 そして、彼女自身は上位職業しか使わないため道化師なんて使ったことがない。

 

(道化師の能力ってなんだったかしら? 接触しないと発動しない系?)

 

 職業の中には、そういうものもある。

 近距離の対人能力などがそれだ。

 とはいえ、リーシアは接触しなければ発動しない能力など使う必要がなかった。

 上位の職業になるに連れ、無差別範囲が広がるためだ。

 

「シア様……俺は……」

「平気よ。下手でも罵ったりしないから」

 

 王族だったカリスが、道化師を上手に演じるには無理がある。

 思って、うなずいた時だ。

 

 ガシャンッ!!

 

 近づいていたカリスの姿が消えていた。

 びっくりして、目をしばたたかせる。

 

「どうしたの、モルデカイ」

「いえ、どうもしておりませんよ、シア様」

「でも、カリスを投げ飛ばしたわ」

「正確に申し上げますと、襟首を掴んで放り投げただけにございます」

 

 リーシアは、きょとんと首をかしげた。

 モルデカイは、にっこりしている。

 

「シア様、カリスには下僕としての教育が足りておりません。まだシア様のお役に立てる域ではございませんし、シア様にご無理をさせるのは目に見えております。ですから、そのようなことのないよう私が正しく教育いたします」

「そうね。カリスも無理をしていたようだし、そのほうがいいかもしれないわね」

 

 カリスは壁にぶつけられたせいで、床に倒れていた。

 その襟首をモルデカイが掴む。

 引きずられていくカリスには意識がないようだった。

 リーシアは、モルデカイに向かって言う。

 

「モルデカイ、私、思うのだけれど、カリスに道化師の才能はなさそうよ」

「仰る通りにございます。では、どうぞごゆっくりお休みくださいませ、シア様」

「おやすみなさい、モルデカイ」

 

 パタンとドアが閉まり、室内が静かになった。

 リーシアは、欠伸をひとつ。

 大きな枕に顔をうずめる。


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― 新着の感想 ―
[一言] リーシアって、凄い力を持っているのに、世間知らずというか常識を理解していないというか。周りがすごく苦労しているように感じるのですが…。 これからどうなっていくのか、毎日の更新が楽しみです。
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