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OVER KILLってる?  作者: たつみ
第1章 弱者なあなたは、私の下僕
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ファルセラスの使命

 

「私たちは、この国の民を守るために存在している」

 

 石造りの城の側壁塔、その最上部には、優雅な白いテーブルセット。

 屋外であるため遠くの景色が良く見える。

 

 側壁塔は、外敵に対する防御機能のひとつだ。

 城や市街地を取り囲む城壁に設置されることが多い。

 が、この国の城壁に側壁塔は少なく、あるのは、ほとんどが簡易な門塔だった。

 城を中心にして左右に伸びる城壁は「内外」を区分するものに過ぎない。

 

「その存在意義を失ってしまいそうだわ」

 

 ティーカップをつまむ指は、ほっそりとしていて白くなめらか。

 軽くカップにあてられている唇は、ほんのりと赤い。

 銀色の腰まである長い髪が、風に揺れていた。

 側壁塔の上は高所であり、秋の静かな風が流れている。

 

 いかにも無骨な石造りの塔と、丸くて白いテーブルとイスは不似合いだった。

 シンプルだが繊細な模様入りのティーカップも、本来は、豪華な室内や花の咲き乱れるお茶会用の庭などが相応しい代物だ。

 

「お父様も兄様たちも、私に留守番をさせるなんて」

 

 唇から、溜め息がこぼれる。

 まだ秋になったばかりなので、周囲が真っ暗でも吐息は白に変わらない。

 光っているのは、銀色の髪だけだ。

 

 ヴィエラキ大公国、大公女、リーシア・ファルセラス。

 

 彼女は物憂げに、ちらりと視線を城外に向ける。

 暗闇の中には、なにも見えない。

 視線を戻し、紅茶をゆっくりと、またひと口。

 

 その瞳は、深みがかった赤。

 

 同じ色の瞳を持つ者が3人、彼女の(かたわら)に控えていた。

 1人は、リーシアの横に立ち、ティーポットを持っている。

 あとの2人は、テーブル脇に(ひざまず)いていた。

 

「この度は、それが必要だと、ピサロ様は仰っておられました」

 

 ティーポットを持っていた男性が言う。

 短い髪を、乱れなく後ろに撫でつけ、銀縁の片眼鏡をつけていた。

 眼鏡の奥の瞳は切れ長で、やや端が吊り上がっている。

 真っ直ぐな鼻筋と薄い唇にも、酷薄さが滲み出ていた。

 

 背は高く、すらりとしているが、けして華奢な印象はない。

 黒のテールコートに、同じ黒の脚衣、ウィングカラーの白いシャツ。

 全体的にきちんとしているのに、なぜか首元にある細いリボンタイだけ無造作に結んでいる。

 

「モルデカイ、あなたも、そう思う?」

 

 モルデカイは軽く肩をすくめた。

 わからない、もしくは答える立場にない、といった意思表示。

 モルデカイは、リーシアの補佐役兼専属執事兼……ともかく「なんでも屋」だ。

 ほかの臣下への指示も、ほとんどはモルデカイが行っている。

 リーシアは、そのことに不満をいだいたことはない。

 

「あーあ、言っちゃった。ピサロ様は、サプライズだって仰ってたのに」

「まぁ、そうなの? ロキ」

 

 緑の髪を、ふわふわさせながら、ロキがうなずく。

 モルデカイより小柄だが、やはり華奢という印象はなかった。

 黒い長袖の編み上げ服に、ゆったりとした同じく黒い脚衣。

 モルデカイと比較して、かなり気楽な服装と言える。

 

 大きな瞳に、鼻の上にあるそばかすが、ロキを幼く見せていた。

 やんちゃとか悪戯小僧といった言葉が浮かんでくるような印象だ。

 実際、ロキには悪戯っぽいところがある。

 始終、周りをからかっては、口を大きく開いて笑っていた。

 

「現実となった場合に、サプライズということになさればよろしいのですわ」

「そうね。留守番が必要だったかは、後にならなければわからないものね」

 

 妥協案を述べたのは、侍女のヘラだ。

 キリっとした精悍な顔立ちをしており、リーシアよりも年上に見える。

 黒い髪を後ろでひっつめ、頭の上に侍女用ヘッドドレスをつけていた。

 それも黒いが、足元まで隠す丈の長い侍女服も黒い。

 エプロンだけが白かった。

 

 ヘラは侍女ではあるが、リーシアの着替えの手伝いなどはしない。

 なぜなら、リーシアは自らで身の回りのことをしているからだ。

 ヘラの仕事は、主に城の管理となっている。

 どこになにがあるか、どういう者が出入りしているかなどを全て把握し、城内の者に、必要な指示を出していた。

 

「でも、ピサロ兄様が仰ったのならサプライズは起きるのでしょうね」

 

 リーシアには2人の兄がいる。

 双子の兄だ。

 双子ではあるが、長男がラズロ、次男がピサロとなっている。

 ラズロとピサロの役割分担は明確だった。

 

 ラズロは武力、ピサロは知力。

 ただし、どちらかに秀でているというだけで、けしてラズロが馬鹿なわけでも、ピサロが軟弱なわけでもない。

 

(今頃、3人はどの辺りにいるかしら)

 

 リーシアは、大公である父ギゼルと、2人の兄を想う。

 4人は家族ではあっても、あまり外見的には似ていない。

 父とラズロは銀色の髪だが、父は青の瞳、ラズロは茶色。

 ピサロは父と同じ青い瞳をしているものの、髪の色は金。

 しかし、その違いこそが、兄2人は、まぎれもなく両親の子だと証している。

 

 故大公妃、母アーリアは、金の髪に茶色の瞳をしていた。

 

 リーシアが受け継いだのは、父の銀色の髪だけ。

 赤い瞳は、両親の持たないものだった。

 それでも、リーシアが「ファルセラス」であることを疑う者はいない。

 

 初代ヴィエラキ大公は、赤い瞳をしていたのだ。

 彼女が東帝国エンディルノから割譲させた土地を「ヴィエラキ」と名付け、その地が大公領となった。

 当時すでに東帝国の統治を外れており、以来、独立国として存在し続けている。

 それが、ヴィエラキ大公国なのだ。

 

 傍に控えている3人は、赤い瞳のファルセラスのみに与えられた特権。

 

 ゆえに、リーシアが正統なファルセラスだと誰しもが認めている。

 赤い瞳は、より一層の正統性を表すものでもあった。

 ヴィエラキ大公国では、何世代かごとに赤い瞳のファルセラスが産まれている。

 それは、脈々と受け継がれてきた初代の血の流れを意味していた。

 

 ヴィエラキ大公国は建国して5百年以上が経っている。

 

 その間、1度としてファルセラス以外の者が大公位についたことはない。

 ヴィエラキ大公国の民は、ファルセラスによって守られている。

 民1人1人が知っていることだ。

 そして、それは事実だった。

 

「シア様」

 

 モルデカイが、涼しげな少し低めの声でリーシアを呼ぶ。

 リーシアも気づいていた。

 まだ遠くにあるざわめき。

 城壁に着くまで、1,2時間はかかるだろう。

 

「ロキ、大丈夫なの?」

「いつもより多めに準備してるんで、余裕っすよ!」

「そう、それなら……ヘラは、大丈夫ね」

「一般の使用人たちと貴重品は退避ずみにございます」

 

 ヘラらしい言い方だ。

 壊したり汚したりしてはいけないと判断したものを退避させたのだろう。

 城内が汚れることになるだろうが、ロキに任せてしまうことにする。

 

(多めに準備しているのなら、多少は汚れが酷くても平気よね)

 

 ロキは、優秀な掃除屋なのだ。

 きっと問題なく「清掃」してくれる。

 リーシアはティーカップをソーサーに戻し、ふっと笑った。

 

「私たちファルセラスは、この国の民を守るために存る」

 

 そのためにこそ、初代はヴィエラキを大公国として建国したのだ。

 なにより優先されるのは、民の命。

 平穏で豊かな生活。

 相手が誰であろうと、脅かす者は容赦しない。

 

「ラズロ兄様が、やり過ぎるなと言っていたのは覚えているのだけれど、程度とか加減なんて個人の裁量によって異なるでしょう? ねえ、モルデカイ?」

「ラズロ様の仰られた、やり過ぎの度合いを判断するのは難しいところですね」

「そうなのよ。ラズロ兄様自身、いつもお父様にやり過ぎだと言われているから。確かに私はラズロ兄様より、多少、面倒くさがりなところはあるわ。でも、ねえ、モルデカイ、私たちの民を脅かす者たちに線引きなんてする必要があるかしら?」

「シア様の御心のままになさればよろしいかと」

「そうそ、シア様が気にすることないっしょ。オレ、綺麗にするし」

「なにもシア様が手心を加えることはございませんわ」

 

 3人の答えに、リーシアは満足する。

 彼女にとって「敵」にかける情など微塵もない。

 この国に攻めて来たというだけで死に値する。

 

 人口たった20万人。

 総面積4万平方キロメートル。

 

 そんな小さな国に、大国と呼ばれる国が侵攻してくるのだ。

 この5百年、幾度も繰り返されている。

 だが、常にファルセラスが退(しりぞ)けてきた。

 いとも簡単に。

 

「本当につまらないことをするわね。頭が悪いのかしら」

 

 本気で、そう思っている。

 もし侵略が可能ならば、5百年もの間、ヴィエラキが大公国として存在し続けていられるはずがない。

 とっくに西帝国バルドゥーリャに侵略されているか、東帝国エンディルノが庇護を理由にヴィエラキの独立性を奪っていただろう。

 

「かの国にも事情があるようですよ」

「そんな事情、シア様の知ったこっちゃねぇっての」

「そうね。私の知ったことではないわ」

 

 いつの間にか、モルデカイがティーポットをしまっていた。

 ヘラとロキも立ち上がっている。

 リーシアは、城外のほうへと顔を向けた。

 

「行って」

 

 言葉に、3人がスッと姿を消す。

 1人、塔の上に残ったリーシアは、ゆっくりと立ち上がった。

 途端、ティーセットごとテーブルもイスも消える。

 

 優雅な足取りで、のんびりと塔の端まで歩いて行った。

 リーシアの胸元までしかない塔上を囲む塀に頬杖をつく。

 空には月が出ていて、遠くの景色まで見渡せた。

 馬を走らせているのだろう、砂煙が上がっている。

 

「本当に愚かね。わざわざ死にに来ることはないのに」

 

 つぶやいた彼女の赤い瞳には、少しの感情も宿っていなかった。


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