王立学院の初日
馬車が王立学院の正面門に着いた。
すでに何台かの馬車が停まっており、通学の学生が降車している。
緊張はしてないと思う。
クリスチーネと見合わせて、クスリと笑う。
「途中編入になるから、注目を浴びると思うわ」
王都で見つかった聖女も2日前に編入してきたと聞いている。
シャルナは、伯爵家の養女にならずに、血筋が途絶え断絶した子爵家の駆け落ちした娘の子供として公爵家に保護されたことになった。
シャルナ・ファビラリオ子爵令嬢、それが新しい名前である。
「学年が違うけど、お昼は誘いに行きますわ」
クリスチーネの言葉に、シャルナも心強い。
ここは王立学院といっても、貴族がほとんどで、平民はほとんどいない。
よくも悪くも、ここでは平民の学生は目立つ。
侍女達がそうであったように、貴族の選民思想は根深い。
だけど、ここを卒業していると仕事面では、かなり有利になる。
馬車から降りると、大きな声が聞こえた。
クリスチーネが眉をひそめて、その声を無視する。
「おはようございます、クリスチーネ様」
それは、王太子の手をひき、駆け寄って来る聖女だった。
原作では、それを目にしたクリスチーネはミレミアを無視して、王太子ハウエルの怒りを買うのだ。
自分の婚約者が他の女と手を繫いで、穏やかに挨拶する方がおかしい。
シャルナはクリスチーネを守るように前に立ち、ハウエルに見事なカーテシーをした。
ハウエルが目を見張るのを確認して、舞台から客席の後ろまで声をとどけるかのように、声をあげた。
「おはようございます。今日からこちらに通うシャルナと申します。
クリスチーネ様は、婚約者が他の女性と手を繫いでいらっしゃるのでショックを受けておられます。
同じ馬車から降りられたということは、昨夜はお泊りだったのでしょうか?」
シャルナの声で、近くにいた者達が、ハウエルとミレミアが繋いだ手を注視する。
ミレミアを無視したクリスチーネは、高慢な公爵令嬢と皆に思われ、孤立していく原作から変えたいのだ。
シャルナが声をあげたことで、ハウエルとミレミアが手を繫いでいると多くの人間に認識され、原作とは違う方向に行くはずだ。
「無礼な!」
ハウエルが声を荒げると、クリスチーネがシャルナを引寄せようとするが、シャルナはクリスチーネの前に立ち続ける。
「たとえ王族でも、聖女でも、婚約者に見せつける為に手を繫いで挨拶の声をかける、というのは神が嫌う事の一つでしょう」
シャルナはシスター見習いらしく、清廉な雰囲気を出して両手を顔の前で組んで、祈りのポーズをする。
ミレミアが入学してから、ハウエルがミレミアを庇い、クリスチーネの立場は弱くなっていた、とシャルナには容易に想像できた。
だからこそ、婚約者に見せつける為に、と言ったのだ。
ミレミアはそういうつもりではなかっただろうし、王太子が平民から聖女になったミレミアが学院に慣れるようにサポートしている、としてクリスチーネの反論を抑えていたのかもしれないが、ミレミアがクリスチーネにわざと見せつけていると強調すれば、王太子と聖女が手を繫いでいることが重要視されてくる。
王太子と婚約者の公爵令嬢がもめている、とどんどん人が集まって来る。
「殿下、シャルナは入学したばかりで貴族の事は分かっていないのです。どうか広いお心でお許しください」
クリスチーネがシャルナを守ろうと、ハウエルに向かいあう。
ハウエルが何か言う前に、シャルナがクリスチーネの腕にしがみ付いた。
「いいえクリスチーネ様、学院に通うよりも、クリスチーネ様のお心を守る方が大事です。
同じ女の子ですもの、婚約者にこのような仕打ちをされれば辛いのが分かります!」
シャルナの言葉で、周りで見ている学生達は、王太子が浮気して婚約者に見せつけている、と印象付けがされた。
絶対に、悪役令嬢として断罪などさせない。
「ありがとうシャルナ。私は気にしてませんから大丈夫よ」
クリスチーネがシャルナに微笑めば、花が咲いたような美しさに周りが魅了される。
それは、王太子も同じようで、ミレミアと握っていた手を振り払う。
「ごめんなさい、王太子殿下に言いすぎました」
謝りたくないけどクリスチーネの為に、と雰囲気を出してシャルナが頭を下げる。
ここで王太子をバカにしたと、ハウエルが怒れば、学院の中で王族の権力を乱用したと周知される。
ハウエルが取る道は一つしかない。
「よい、許す」
「皆様もお騒がせしました」
シャルナは周囲にも頭を下げ、クリスチーネをせっついてその場を離れた。
シャルナは、クリスチーネがミレミアの挨拶を受ける事も、無視する事もさせなかった。
『いいえクリスチーネ様、学院に通うよりも、クリスチーネ様のお心を守る方が大事です』
この言葉は、原作でも映画でも大事なキーポイントとして使われていた。
ただし、クリスチーネではなくハウエルだが。
『いいえハウエル様、学院に通うよりも、ハウエル様のお心を守る方が大事です』
クリスチーネとの長年の婚約期間を考えて苦悩するハウエルに、ミレミアがかける言葉だ。
もしミレミアがこの言葉を言っても、先に似た言葉を聞いているハウエルにはしらけて聞こえるだろう、とシャルナはほくそ笑んでいた。
そしてクリスチーネを見れば、ハウエルとミレミアの様子に気落ちしているようではない。
「クリスチーネ様、教員室はどちらでしょうか?」
「あら、一緒に行くつもりよ。
できたら、1年生の教室も連れて行ってあげたいぐらいよ」
じゃお願いします、と二人足取り軽く、門前の喧騒から遠ざかっていった。