マナーレッスン
ジブゼレア公爵夫妻は、アルフレッドからの連絡を受けるとすぐに王都に来た。
そして、シャルナが聖なる力、聖力を見せると、遠縁の預かった娘ということで、学院へ入学できるように手配した。だが、近いうちに遠縁ではなく、身内の伯爵家に養子として依頼するつもりだと言われた。
「もう教える事はなくてよ」
おっとりとシャルナを誉めるのは、クリスチーネの母である公爵夫人のアレキサンドリゼだ。
現王の従姉である。
アレキサンドリゼは、アルフレッドの命を助けたと聞いてシャルナに好感を持っていたが、マナーレッスンで触れ合うようになって、シャルナの聡明さ、気品、栄養が足りて来ると美貌が顕れて来て、シャルナを気に入っている。
あれから1週間、シャルナは学院に入学する準備として、公爵夫人からマナーを、家庭教師から学問をならっていたが、家庭教師からは早々に教えることはないとお墨付きをもらっていた。
優香の記憶を得たシャルナは、習ってないはずの知識は孤児院の時に文字を勉強して、こっそり聖堂の蔵書を読んでいたと設定して報告した。
「すみません。聖堂には子供が入れる抜け道があって、知られると怒られるから、秘密にしていたのです」
家庭教師は信じられない顔をしていたが、知識を身に付けているのは真実なので納得した様だった。
それどころか、シャルナが学者も及ばぬ専門知識があると、公爵に進言していた。
優香は、染め物職人の役をした時に化学を、医者の役をした時に人体の構造、証券会社の裏を暴く記者の役では金融、情報のレクチャーを受け、科学者、陶芸家、奨学金で通学する苦学生、ピアニスト、芸歴が長いため多くの職業の役をした。
その知識の全てが、優香の記憶としてシャルナに蘇ったのだが、やりすぎは楽しい恋愛から遠ざかると気を付けている。
部屋に戻ると、侍女達はいない、またサボっているらしい。貧相なシャルナに付くのは貴族の矜持が許さないらしい。
毎日お風呂に入り、栄養を取っていれば、身体は健康的になり、血色が良くなり痩せた頬に肉がつくと、見違えるように綺麗になっていくのも許せないのだろう。元々の優香の容姿に戻りつつあるのだ。
平民は薄汚れて、貴族が美しいとでも思っているのか。
侍女達は、シャルナがマナーレッスンからこんなに早く戻って来ると思ってないのだろう。
戻って来るまでに、取り繕うつもりなのだ。
「バカらしい」
部屋に届いていた学用品の箱を開けて、整理を始める。
コンコン。
シャルナの部屋を訪ねて来たのは、アレキサンドリゼである。
「何をしているの?」
何をしているかは、見ているのだからわかるだろうが、アレキサンドリゼが確認してくる。
「明日から学院に通学するのに、箱を整理してくれるのを待っていたら、足りない物があったら大変ですし、制服のサイズも気になりますから」
シャルナは、侍女が整理するのを放置していると暗に伝えた。
それは公爵家が客人として受け入れたのを、侍女が不平を言っている事である。
「お嬢様、私がいたします」
アレキサンドリゼが連れている侍女が、シャルナに寄り添いソファへ連れて行く。
この侍女は、アレキサンドリゼが降嫁する際、王家から付いて来た侍女で、シャルナに付いている侍女とは格が違う。
たとえ聖女と教えられてなくとも、主人のアレキサンドリゼがシャルナを気に入っているのを知っている。
「ありがとう」
シャルナは、これはチャンスと言葉少なめに、両手をこすってから膝の上に置く。
アレキサンドリゼは、当然シャルナの手に目をとめるわけで、侍女に目配せをする。
「シャルナの手荒れがあまりよくならないと思ってたの。
マッサージもされてないのね。それどころかシャルナがこうして仕事をしているなんて。
メイド長を呼んでちょうだい」
アレキサンドリゼもマナーレッスンで、シャルナの手荒れが気になっていたのだろう。
こういうことかと、シャルナの誘導通りの結論にいたっている。
シャルナがどうしようと、侍女達は態度を改めないだろう。
それならば、権力者に処分させるのがいい。
それはアルフレッドの予定だったが、告げ口をする前にアレキサンドリゼが知ったなら、それでいい。
これも貴族としてのマナーレッスンである。害を及ぼす者の排除。
「アレキサンドリゼ様、制服を合わせたいので、見ていただいていいですか?」
明日から通学するのが楽しみだ、と表情を作ってシャルナは笑顔を見せた。
「ええ、もちろんよ。きっと似合ってよ」
シャルナはアレキサンドリゼが好きだ。
穏やかでおっとりしたアレキサンドリゼは、ステージママでヒステリーを起こし命令ばかりする母親とは違う。
クリスチーネといい、アレキサンドリゼといい、シャルナ自身が公爵家に入れ込んでいた。
シャルナも自分の矛盾に気が付いていたが、この世界での生活を考えながらも、公爵家に居たいと思っている。
箱から制服を出すと、隣の寝室で着替えて、アレキサンドリゼの目の前でクルリと回る。
それは、ファッションモデルのようだ。
「まぁ、まぁ!」
拍手をしながらアレキサンドリゼが喜ぶので、シャルナも本物の笑顔が浮かぶころ、侍女達が戻って来て、室内に公爵夫人がいるのに驚いた。
「奥様!」
3人が慌てて公爵夫人に駆け寄ろうとして、シャルナの肩がピクンと跳ねた。
それを見たアレキサンドリゼが、メイド長に目配せすると、メイド長が一礼をして、3人を有無も言わさず部屋の外に連れて行った。
優香のデビューは、7歳の時。親に虐待された子供の役で、天才子役と騒がれた。
シャルナには、彼女達がシャルナの前に出て来ることは二度とない、ということは分かっていた。
そして、学院からクリスチーネが帰ってきたら、自分のことのように怒ってくれることも。




