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シャルナの願い

「クリスチーネ様、殿下は本心で言っているわけではありません」

残された護衛と思われる男性が、クリスチーネを(なぐさ)めている。

騎士服ではないので、護衛ではなく側近の一人かもしれない。


「コーウィッチ様、ありがとうございます。

ええ、聖女は大切な存在ですから、分かっております」

決して納得できないが、諦めるしかないとクリスチーネのか細い声を聞いて、シャルナは黙っていられなかった。

飛び出したシャルナを、コーウィッチと呼ばれた男は、クリスチーネを守るように身を盾にして立ちふさがった。


「どうして、クリスチーネ様ばかりが耐えるのですか?!

クリスチーネ様が庇う価値などありません!」

シャルナを止めることも出来ずにイオリナ達が見守る前を、シャルナは歩いて行く。

「聖女というには、お粗末な力です。

クリスチーネ様が努力されてきたことに及びもしません」

自分がクリスチーネ役だっただけに、優香であるシャルナはハウエルに腹が立っていた。

こうやって、ハウエルがクリスチーネを傷つけていくから、クリスチーネが悪女になってしまうのよ。


途中で、ミレミアが落とした半分(しお)れた花を拾って、クリスチーネの前まで歩いた。

クリスチーネが目を見開くのと、コーウィッチがギョッとして花を見るのは同時だった。

「祈りも詠唱もなく、輝きもしなかった・・」

クリスチーネの呟きで、シャルナは手に持った花に視線を落としてあわてた。

半分萎れていた花は、瑞々(みずみず)しく咲き誇っていた。

それは、これぐらいでは、祈りも力を()める事も必要のない証明であった。


「しっ」

口の前に人差し指を当てて、シャルナはクリスチーネとコーウィッチに声を落として話した。

「どうか、ご内密に。

シスター見習いのシャルナと申します。

ここを出て街で働きたいんです。この力があると閉じ込められてしまう」

「貴女こそ聖女ではないですか、この国に必要な力です。

私は王太子殿下の側近をしてます、ジョサイア・コーウィッチです」

コーウィッチも声を潜めて、シャルナに気を使う。


「私は、自由に恋愛をしたいんです。

孤児院育ちの私には、聖女になって贅沢よりも、自由が欲しいんです。

それにしても、王太子殿下はダメですよ。あれはダメ」

ハウエルにダメ出しするシャルナに、クリスチーネがカーテシーをしようとしたのをシャルナがあわてて止める。

「止めてください。公爵令嬢が平民のシスター見習いにすることじゃないです」

あわてていても、コソコソ話だ。

「シャルナ様こそ、本物の聖女様でいらっしゃいます」

クリスチーネが聖女に礼を取ろうとするから、シャルナが再度制する。

「力があるのをバレたくないんですよ。これじゃ、バレちゃう。

クリスチーネ・ジブゼレラ公爵令嬢ですよね?」

「どうか、クリスチーネとお呼びください」

クリスチーネがへりくだるのも仕方ない。

聖女の聖なる力は、なによりも尊い力とされていて、傷を癒し、命を助ける力なのだ。

ここ何十年かは、どこの国にも聖女は現れていなかった。


「うーん」

シャルナは、クリスチーネがくそ真面目なのを知っているから、(うな)ってしまった。

「じゃ、クリスチーネ様と呼びます。

貴方はジョサイア様でいいですか?

それでお願いがあります」

クリスチーネとジョサイアが頷くのを確認して、シャルナは言った。

「私をクリスチーネ様かジョサイア様のところで下働きとして雇ってください。

だから、私の事はシャルナと呼び捨ててください。平民ですから。

ここを出たいんです」


聖女様を下働きなどとんでもない、と声を上げそうになって、クリスチーネは口を両手で押さえた。

クリスチーネとジョサイアはお互いを見合って、頷いた。

「聖女様のお願いというなら、私が御身をお預かりします。

でも、下働きはあまりにも、シャルナ様は侍女として我が公爵家でお(くつろ)ぎいただけましたら」

クリスチーネの返答に、シャルナは見事なカーテシーをした。それは平民では身に付かない優雅なものだった。

驚くクリスチーネとジョサイアに、貴族なら習う隣国の言葉でシャルナは話しかけた。

『シャルナ様じゃない、シャルナ。

読み書き計算は得意。言語は大抵のものはできる。

侍女になってもクリスチーネ様に恥はかかせない』

クリスチーネ役をしていた優香は公爵令嬢の儀礼を身に付けていた。

そして、優香の記憶を思い出したことで、優香の世界の知識が身に付いただけでなく、参拝に来る他国の巡礼者の言葉がわかると気が付いたのだ。


さきほどのミレミアとは比べようもないシャルナの言動に、真の聖女とはこういうことだと、クリスチーネとジョサイアは頭を下げたくなるのを、シャルナの望みではないと平常心を心掛けた。


「シャルナさ・・・、シャルナ、すぐに神官長にジブゼレア公爵家で引き取る許可をいただきに行きましょう。

王太子殿下の婚約者で公爵令嬢のクリスチーネ様ならば、許可に問題はないでしょう」

「はい、コーウィッチ様」

クリスチーネがジョサイアに返事するのを、シャルナが訂正する。

「私がジョサイア様って呼ぶのに、クリスチーネ様がコーウィッチ様は変です。ジョサイア様って呼びましょう」


えっ、とクリスチーネが目元をほんのり染めるのを、シャルナは見逃さなかった。

役作りに顔の表情は大切なのだ、もうこれは職業病である。


「ジョサイア様、すぐに参りましょう」

少し(うつむ)き加減で、恥ずかしそうに名前を呼ぶクリスチーネを可愛いと思ったのはシャルナだけではない。


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