ランチは情報戦
貴族の学校らしく、食堂は高級ホテルのレストランのようだ。
優香のイメージにある学食のように、列に並ぶこともなく、テーブルに着くと給仕が注文を受ける。
クリスチーネとシャルナが学食に入ると、皆が注目した。
クリスチーネはともかく、シャルナは珍しい編入生であり、午前の授業では、教員室でのやり取りを見ていた教師が、シャルナの実力を見ようと指名した問題を全て解き明かしたこともあって、話題になっていた。
1週間前に、同じく編入生として入った聖女が、授業についていけないのと、対照的であるから尚更である。
「シャルナ、聞きましてよ」
クリスチーネが、見せた笑顔に周りがどよめく。
常に冷静なクリスチーネが、シャルナには甘い笑顔をみせるのだ。
そのどよめきは、王太子と聖女が座っている席にも届いたようで、王太子が眉をひそめて、どよめきの先を見た。
そこには、笑顔のクリスチーネがいるから、王太子はさらに苛立ったようだった。
王太子にしても、自分には笑顔を見せないクリスチーネが他人に笑っているのは、腹立たしいのだろう。
しかも、美貌のクリスチーネの笑顔は、大いなる魅力がある。
「ハウエル様、もう、今日はひどいんですよ!」
眼の前には、周りの様子を気にかけない聖女のミレミアが食事をしている。
カチャン、カチャンとナイフとフォークの音がして、皿をこするキー、という音までする。
ミレミアはマナーの勉強をしているが、食事のくせは一向に修正されない。
それでも、聖女なのだ。
「新しい編入生が来たんですが、平民のくせに態度が悪いの」
「何の能力もない平民が?」
ハウエルは、朝から会った女の事だろう、と思う。
だが、ハウエルの耳にも1年の編入生の事は届いている。
数ヶ国語を話し、教師も舌を巻くほどの才能を有していると。
ミレミアが、彼女を見下して話すのが気に障る。
あの編入生は、美貌のクリスチーネと並んでも、遜色がないではないか。
ハウエルはクリスチーネと食事するシャルナのマナーが、平民であるミレミアとは比べようもなく洗練されているのを見ていた。
「クリスチーネ様は、ランチはいつも食堂なのですか?」
食べ終わった皿を給仕が下げるのをシャルナは横目で見て、美味しかった、と一言添えると、無表情に徹するはずの給仕が、思わず笑みを浮かべた。
優香は女優という人気商売をしていただけに、人の視線や評判に過敏である。
そして、パフォーマンスすることは得意なのだ。
それは、目の前のクリスチーネだけでなく、固唾を飲んで注視している周りにも有効であった。
「ええそうよ、クラスメイトと一緒よ」
クラスメイトと一緒にいる時は、王太子の婚約者として凛とした姿で食事しているクリスチーネは、シャルナと一緒の時は表情がよく変わる。
「今日は、お友達の方と別になって申し訳ありません。
でも、私はご一緒できて嬉しいです」
シャルナが教室であった事を話すと、クリスチーネが心配して手の甲を見せるように言うので、公爵邸に戻ったら見せる事になった。
シャルナは周りが聞いていることを知っていて、手のケガの話をしている。
クリスチーネがそれに気が付かないはずがないが、シャルナに合わせてくれたようだ。
王太子ハウエルは腕にミレミアを巻きつけるようにして、食堂を出て行った。
ミレミアが編入して来てから、毎日見る光景だった。
それを見たクリスチーネは、今までと同じく何も言わなかったが、今日はシャルナを見て食事の後にお茶を楽しんだ。
それを見るシャルナが泣きそうだった。