婚約者の想い
「クリスチーネ様、顔色が良くないように思えます。少し休憩しませんか?」
シャルナはクリスチーネと食堂に向かっていたが、クリスチーネの雰囲気が悪いのに気がついた。
きっと、シャルナを迎えに来た時、ミレミアと腕を組んだ王太子とすれ違うか、見たかしたのだろう。
ジョサイア・コーウィッチといい雰囲気だった気がするが、あくまでも婚約者の側近というストッパーがあるのかもしれない。
それに、原作ではクリスチーネは嫉妬にかられた悪役令嬢。嫉妬するほど王太子が好きということである。それが王太子自身か、未来の王妃という地位に固執しているかは分からないが。
「こちらに」
通路から離れて、中庭に出ると木陰にベンチがあった。
優香も美人だが、クリスチーネの美貌は特別だった。
ふせた長い睫毛がピクピクと震えると、匂い立つようである。
原作では、王妃教育で感情を表に出さないように教えられ、人形のように美しく冷たい美貌と例えられていた。
二人でベンチに腰掛けて、シャルナがキュツと腕にしがみ付く。
「クリスチーネ様にお迎えに来ていただいて、とても嬉しいです。
学院の事は何も分からないんですから。
それに公爵令嬢なのにクリスチーネ様は、私に優しくしてくださって、大好きです」
ミレミアが王太子と腕を組むなら、クリスチーネ様には私が腕を組む、とシャルナの意気込みが分かったのだろう。クリスチーネがほんのり頬を染めた。
「まだ、私は未熟ね、シャルナに悟られるなんて」
腕を組んで寄り添ったシャルナの頭に、クリスチーネがコトンと頭を添える。
「婚約者なのですから、ハウエル殿下がお好きなのですよね?」
シャルナはストレート直球である。優香も女優で様々な役を演じたくせに、自分の感情は上手くいかない。
クリスチーネはピクンと肩を震わせ、目を閉じた。
「そうね、よく分からないが答えかしら」
少し、考えてクリスチーネは続けた。
「不思議ね、シャルナには隠したって無駄な気がするわ。
好きだと思ってたし、お互いに好きだと確認した時期もあった。
婚約が決まって、いい国王と王妃になって豊かで安全な国にする、って二人で誓ったわ。
会うといつも綺麗だと、言ってくれてたのに、いつからだろう、殿下が私に笑顔を見せなくなったの」
外交で有利に立つために感情を表情にださないように、二人に教育がされたからじゃないの?
王太子もクリスチーネが笑顔を見せない、と思ったかもしれない。
原作には子供の頃のクリスチーネとハウエルの描写がないので、シャルナは想像しかできないが、昔は仲が良かったのだろう。だから、今もクリスチーネはハウエルに囚われているのかもしれない。
そして、ハウエルを取り戻そうとして、聖女を排除するようになった、と。
「聖女が見つかって教会でお会いしてから、殿下は毎日教会に通われたそうよ。
1週間前に、聖女が学院に編入してきてからも、殿下はことあるごとに聖女のもとに行かれる。
さっき、廊下でお姿をお見かけしたの。
聖女に笑いかけていらした。
私には・・・」
それ以上は言葉にできないのだろう。きっと婚約者としての自分がみじめで、可哀そうで。
それは、殿下を好きな気持ちがまだ残っているから。
本物の恋をしたことがない優香にもシャルナにも分からない気持ちだけど、クリスチーネが綺麗で目を離せない。
「私が、ずっといる」
え?とクリスチーネが顔をあげる。
「私がずっとクリスチーネ様の側にいます。女の友情は永遠です」
「そうね」
潤んだ瞳で笑顔を見せるクリスチーネに、シャルナの心臓が跳ねた。
「殿下は、クリスチーネ様に相応しい男性ではありません。
クリスチーネ様だけを大事にしてくれる男性はたくさんいますよ、きっと!」
たとえば、ジョサイア様とか。
絶対に、クリスチーネ様を悪役令嬢にはしませんから。
きっと、クリスチーネ様は殿下を好きだったのだ。こんなにも綺麗な表情をするんだもの。けれど、もうその気持ちは、消えているのかもしれない。
「遅くなっちゃったわ、食事に行きましょう。
ありがとう、シャルナ。
なんだか、気が楽になったわ」
立ちあがったクリスチーネが腕を出すと、シャルナが腕を回して二人で笑い合う。
「聖女が見つかったことで、王家の考えが変わったと思った方がいいわね。
帰ったらお父様に相談してみるわ」
前を向いたクリスチーネの足取りには、迷いはなかった。
「お兄様に婚約者がいないなら、シャルナには是非お兄様と結婚して家族になって欲しいのに、残念だわ」
クリスチーネが言った言葉は、シャルナの息が止まりそうだった。
婚約者がいるんですね。そりゃそうですよね、高位貴族だし。
でも、全然そういう素振り感じませんでした。
ちょっといいな、と思ってたのにアルフレッドは恋人候補から外そう。
あの身体と顔、好みだったのに。
やっぱり、お昼はやけ食いかな・・
誤字報告や感想ありがとうございます!
修正いたしました。 11月11日