登場人物達
血が出ているといっても、手の甲が机にかすって少し切れただけだ。
冬場の水仕事で、あかぎれが裂けて血が流れる方がずっと痛い。
救護室で手当てを受けている間も、男子生徒は付き添ってくれていた。
「申し訳ありません、私のせいで授業が受けられなくって」
シャルナが男子生徒に謝れば、人当たりのいい笑顔を見せる。
「気にしないでいいよ。僕は、ライジー・ユニヴァリィ」
ライジー・ユニヴァリィ!
侯爵家の嫡男でありながら、3人の姉達の贅沢とワガママに翻弄されて育ち、表面は好青年を演じながら女性を蔑視するも、ミレミアの質素な生活と素直な性格に惹かれて、影に日向にミレミアを助けるようになるのだ。
クリスチーネの断罪では、ミレミア側の証人となる。
ダメダメ!
シャルナは名前を聞いて思いだした原作に、顔色を悪くする。
それをライジーは、手荒れを恥ずかしがっていると思ったようだ。
「ここは貴族ばかりの学院だ。さっきの彼女は平民だけど聖女ということだし、このクラスに入るというのは何か事情があるんだね?」
シャルナは小さく頷いて、私は聖女、と役作りをする。
「私は平民として育ちました。
いえ、皆様と同じ学舎で学ぶのもおこがましい孤児なのです」
シャルナが視線を落として、自分の労働で荒れた手を見る。
ライジーと救護室員が、それを追って見るのも計算している。
「断絶した家系の子供だと、ジブゼレラ公爵家が探し出してくださり、お世話になっております。
なので、ここで勉強して公爵家のお役に立つようになりたいのです。
努力だったら、誰よりもします」
『努力だったら、誰よりもして、皆を助ける聖女になりたい』
原作でのミレミアの言葉、頂いちゃいました!
断絶した家系の子供を探したのではなく、都合のいい断絶した家系を見つけたのだが、結果は同じだ。
シャルナが、聖女のごとく弱々しい笑顔を見せれば完璧である。
「なんか、恥ずかしいな。
君に比べたら僕は恵まれているのに。
教室に戻ろう、皆が心配しているよ。
何か分からないことがあったら、聞いて、僕も手伝うから」
やったー、ライジーゲットだぜ、ちょろいと心の中で思いながら、一歩断罪から離れたと安心する。
さほど遅れることなく授業に戻り、午前中の授業を終えた。
ライジーが食堂に案内すると言ったところで、クラスの女子生徒達が集まって来た。
「ファビラリオさん、ケガは大丈夫でしたか?」
エミリー・スコットとジャスミン・ドロテアと名乗った女生徒が声をかけて来た。
「ありがとうございます。大したことはないので、すぐに治ると思います」
まずは様子を見ようと、話を聞くことに徹底する。
「お昼は食堂にご一緒しませんか?」
エミリーが、ライジーとシャルナを誘うと、ライジーは友達と食べるからと断った。
「とても嬉しいのですが、今日はジブゼレラ公爵令嬢と約束をしているのです。
明日、ご一緒させてください」
名前を聞いただけでは、家格がわからないシャルナは、早急に貴族名鑑を覚える必要を感じていた。
アハハ、と笑い声が聞こえて、エミリーとジャスミンが眉をひそめた。
ミレミアが数人の男子生徒に囲まれて笑っていたのだ。
その様子を見て、ミレミアがクラスの女生徒からは浮いているのだと察する。
「私も、マナーが心配です。
いたらない所がありましたら、どうぞ教えてください」
シャルナが低姿勢で言う。
「ファビラリオさんは、とても綺麗な姿勢をしていらっしゃるわ」
ジャスミンは、明らかにシャルナとミレミアを比べての発言である。
「殿下!」
ミレミアが教室に入って来た人物に手を振る。
貴族として恥ずかしい行動であり、それほど王太子と仲がいいとアピールしたいのだろう。
それにしても、まだ聖女候補でしかないミレミアを王太子が特別待遇しているのは問題だろう。
これから、教会本部で聖力の訓練を受け、聖女の認定となるのだろうが、聖堂で見せた程度の聖なる力では、人間を治癒するのは難しいかもしれない。
「迎えに来てくださってありがとうございます」
ミレミアが笑顔を見せれば、ハウエルも満足そうに腕を出した。
その腕に自分の腕をからめて、ミレミアは教室から出ていく。
声もなくその様子を見ていたシャルナ達である。
「聖女なら、何をしても許される、と思っているみたいね」
エミリーが、ばからしい、とばかりに言うと、ジャスミンも同意する。
ミレミアがいなくなった後に残された男子生徒を見て、シャルナはため息をついた。
ライジーをミレミアから引き離したけど、その代わりの生徒がいっぱいいるって事ね。
「シャルナ」
クリスチーネが、シャルナを迎えにきた。