シャルナの魂胆
教員室に行くと、担任が待っていた。
シャルナは、公爵家の後見ということで、上位クラスの1組となった。
そこには聖女も同じクラスと教えられて、先行き不安になったが、2年生には能力別のクラスになると聞いて安心した。
クリスチーネとは教員室で別れ、シャルナは担任につれられて教室に向かうことになった。
「まだ、時間は早い。
少し確認してもいいかな?」
担任のカールス・ヤフレッツが、書類を机に置いた。
「公爵家で家庭教師をしていたのは、僕の師なんだよ。
その推薦状がこれだ」
そう言いながら、紙をめくっていく。
「言語は4か国語を習得しており、歴史以外の知識は学者でさえ及ばないだろう。
これを読んで、ありえない、と僕は思ったわけだ」
他の教師も集まってきて、シャルナを取り囲んだ。彼らも推薦状を読んでいるのだろう。
『ありえない、というのは確認しないと気が済まない、ということですね?』
シャルナは仕方ない、と隣国の言葉で答える。
『そうだ』
カールスも言語を変える。
シャルナは、周りに集まった教師を見渡した。
「どこの言語でも大丈夫です、話しかけてください。お答えいたします」
ニヤリとシャルナが眉をあげると、教師たちが我も我もと他国語で話しかけた。
早々に音を上げたのは、教師側だ。
「まいった。今、6ヶ国語を話したぞ」
カールスもシャルナを認めざるを得なかった。
「聖堂にはたくさんの国から巡礼に来られます。
そこで言葉を覚えました。
聖堂の図書室で、たくさんの本を読んだのですが、残念ながら国家の歴史の本は少なかったのです」
シャルナは、優香の知識を聖堂の図書室で得たとごまかし通す。
「独学でしたので、人とは違った考え方をするかもしれません。
それを学院で勉強したいと思ってます」
変な事を言っても独学のせいと、先手を打つ。
「そろそろ時間だ」
カールスが立ちあがると、シャルナも後ろを付いていく。
教員室を出る時に、聞こえたのは他の教師たちの感嘆ともいえる会話だ。
「ジブゼレラ公爵家が後見になる理由があったな。
よく、見つけ出した」
シャルナは、教師達にこれ以上ない好印象を与えたのだ。
王太子に歯向かった今、教師を味方につけるのは大きい。
王家の権力になびく教師もいるだろうが、教師という職業に就く人間は、自分の知らない知識への好奇心が大きい。
そして、才能ある人間を自分で育てたいという。
「シャルナ・ファビラリオと申します。
どうぞよろしくお願いします」
1年1組の教室で、シャルナが挨拶をすると、ミレミアと目が合った。
ミレミアは、正門でのトラブルがなかったかのように手を振っている。
カールスは、それに気が付いてシャルナを見た。
カールスが、知り合いか、と聞く前にシャルナは首を横に振る。
クリスチーネの断罪を無くす為には、ミレミアが皆の信頼を得ないようにしなければならない。
今朝の様子をみても、王太子がミレミアに入れ込んでいるのは間違いない。
王太子が、公爵家を荒立てることなく婚約解消するには、クリスチーネの過失が必要だ。
原作では、クリスチーネの心が病んで、聖女であるミレミアに害をなすのだが、ここではそんなことはさせない。
となると、王太子がクリスチーネに冤罪をかけることも考えられる。
そうなる前に、他の人間が王太子やミレミアを信じないようにすればいい。
シャルナに用意された席は、ミレミアの斜め後ろだった。
シャルナは、手を振るミレミアに返事することなく、横を通り過ぎようとして大きく転んだ。
ガッチャン、ガタガタ!
隣の席の男子生徒を巻き込んで、シャルナは倒れ込んだ。
「ひどい」
小さく呟いたシャルナは、怯えたように肩を震わせた。
ミレミアは、急なことで茫然としている。
「君、血が出ている!」
巻き込まれた生徒が、シャルナを助け起こしながら様子を確認した。
「大丈夫です、これくらい」
シャルナが手を押さえて、立ち上がるとカールスが駆け寄ってきた。
「どうした、大丈夫か? 救護室に連れて行こう」
状態を見ようと屈んだカールスに、巻き込まれた男子生徒が囁いた。
「先生、よく見えなかったけど、足を引っかけられたみたいです」
カールスは驚いてシャルナを見ると、シャルナは横目でミレミアを見た。
「そうか。
彼女を救護室に、連れて行ってくれるか?」
カールスは、男子生徒に指示をすると、授業を始める為に教壇にもどった。
『ひどい』
小さく呟いたシャルナの声は、ちゃんと側に居た男子生徒に聞こえたようだった。
婚約者の前で、王太子と手を繫ぐなどしたのだから、これぐらいの報復は当然よ。
救護室に向かいながら、シャルナはほくそ笑んだ。