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第一章 雨


かた、かちゃ、ごと、かちゃ

一歩、また一歩、歩くたびにランドセルの金具と中に入った教科書などの揺れる音がリズミカルに鳴っている。私はその音を聞きながらただ無心に歩き続ける。そしていつの間にかたくさんの曲がり角を曲がり終え、7と書かれた7号棟の前に立っている。普段なら7号棟の隣にある公園のベンチにランドセルを置いてそのまま遊び出すのだが今日はあいにく雨が降っていて、遊ぶことができない。家に帰ったらママに嫌がられるな。前にそう思って、ポストの前で時間まで待っていたことがある。そしたらそれを見た団地や人たちが虐待だなんだって噂しだして、ママに直接言った人がいた。そのせいでママに散々叱られて、私は一週間くらい目が腫れぼったかった。だから、今はとりあえず家に帰るようにしている。

3階まで階段を一歩一歩登っていく。徐々に心臓がバクバクと胸いっぱいにきつく広がっていく感じがしてきたらちょうどママと私の家のまえにつく。家に向かって階段を登っている時の緊張は、生まれた時から住んでいる場所なのにとれない。多分この緊張は小学生に上がったくらいの時からだ。

学校に行き始めて私はすぐにクラスのみんなと仲良くなった。違うクラスでも同じ団地に住んでいた子とかと一緒に登校したり、公園で遊んだり、家に呼んだことだって一回あった。でもその一回がだめだった。ランドセルを買ってもらった時に、学校でできた友達とたくさん遊んで元気に過ごしてくださいって言ってくれたし、クラスの子も気軽に友達を家に呼んでるから当然いいものだと思って友達を連れて帰った。家に帰ると、ママは暗い部屋の中でパソコンに向かっていた。私が帰ってきたことに気づかないのかお帰りも言わずにパソコンの画面に集中しているようだ。ブルーライトカットメガネが青く画面を反射させていて、ママを始めてこわいと感じた。暗いね、と友達に声をかけてからカーテンを開けに家に上がって、ようやくママがこっちを向いた。ここからあまりよく覚えていないが、私の隣にいる友達を見てママは、は?と怒鳴るような言い方をしていたと思う。その日初めてママに、怖い顔と男の人みたいな言い方で、叱られた。友達は違う家の子だから、その時はは?と言われたきり優しく家に送ってあげてと言われただけだったが、家に帰るとすごく強く叱られた。あの時、明らかにママはイライラしていて、そしてあの日が、何があったのか、ママが「本物の小説家」になった日だった。


家に入ると、ママはまたカーテンの閉まりきった部屋の中でイライラと足を揺らしていた。ただいまと声をかけるとママは小さく、あぁ、そっか、雨、と呟いて

「今日買って欲しいものないから、うーんと、押し入れにいて」

と言った。

私はうんと出来るだけ小さく返事をして玄関の脇にランドセルを置いた。押入れの扉を開けると、ママは開けた音も気になるようで、あ゛あと小さくうなった。なるべくイライラさせないように静かに押し入れに入って、ゆっくり、ぴったりと襖を閉めた。暗闇の中、不安と、緊張で、体中が震えてソワソワと落ち着かなくて、また泣いた。ママは最近特にイライラしているようで私は毎日泣いている。聞こえないように、静かに、息も殺して。でも大丈夫。私は大丈夫。きっとこの毎日は異常なんだろうって知ってる。だってみんな毎日が楽しそう。私は違う。でも、大丈夫。誰にも気づいてもらえなくても、私は一人でここから出ていける。あの人から逃げられる。でも、でも、でもさぁ、どうやって、どうやって逃げるの?あの人は私を見ないくせに、きっと逃げたら、追いかけてくる。そんな気がする。でも、私が逃げなかったら、簡単に壊れてしまうのではないか。私のせいで、家族という形さえ失ってしまうのではないか。ずっと前に失った、温かいごはんや、あたたかい眼差しと同じように。




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