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プロローグ

「麗しの姫君を攫うなど言語道断! 吾輩がきっと救ってみせましょう!」

 全世界に宣戦布告。その名は魔王。世界征服の実現のため、姫をさらった。彼女を救うために勇者は立ち上がる。




 高層ビルの立ちならぶ大都市で、飛び抜けて大きい西洋の城があった。

 身長の五倍はゆうに越す門を叩き、王に謁見を申し込んだのは、畏まった態度の少年である。

 黒髪黒目で黒い軍服。首に巻いた赤いマフラーが眩しく照明をまばゆく反射している。

「頼む。王として、いや一人の父親として、愛娘を救ってほしい」

 玉座に座る男が言った。

 この国の王である。

 玉座から重い腰を上げ、少年の前に立つ。

 それだけで家臣たちが沸き立った。

 最高権力者がたったひとりのために席を立つなど、本来ならばありえない光景だからだ。

「いけません! 護衛もなしに得体も知れぬ者に近づくなど!」

 若い臣下が声を上げた。

 小さな抗議を大臣が諌める。

 長く王族に仕えるものは、みな少年のことを知っている。

「我が国の『勇者』よ。国を殺そうとする魔王を、愛娘を拐かした魔族の王を退けて、必ずや凱旋してくるのだ!」

 国王は、目の前で跪いている少年を『勇者』と呼んだ。

 若い家臣の顔が青ざめる。

 彼を気にするものはどこにもいない。

 この場のすべてのものが、少年を見ていた。

 王の激励の言葉に、勇者は応えた。


「仰せの通りに」


 『勇者』は頭を下げながら思考を重ねていた。

 必ず凱旋しなければならない。でなければ、この野望が叶うことはありえないのだから。

 叶えたい目的があるのであれば、どれほど困難であっても進む。

 勇者と呼ばれる少年の、生来の座右の銘である。

 少年は目的を達成する機会を伺っていた。

「ところで王、私から要望がございます」

「もうしてみよ」

 言い出すなら、今しかない。

 そのために来たのだ。

 勇者は大真面目に懇願した。


「見事、姫を取り戻したときには、姫君を我が妻に娶りたいのです」


「……」

 沈黙があった。

 最初に口を開いたのは、やはり若い家臣であった。

「貴様! いかに勇者といえど、分をわきまえろ! どこの生まれかは知らないが、これ以上不敬を働こうものなら、極刑は免れないと知れ!」

 王の前でなければ、勇者を掴み上げていたであろう。

「国王陛下! この者の処断を!」

 続く沈黙。

 1分……2分……3分……。

 とうとう勇者はしびれを切らした。

「見目麗しい姫君と婚約させてください。彼女をきっと、幸せにしてみせます」

「……」

「王?」

 反応がない。

 跪いて頭を下げた状態では、王の表情をうかがい知ることはできない。目の前に立つ最高権力者の足元だけが視界に映る。

 やはり、大言が過ぎたか?

 勇者は不敬を承知で顔を上げた。

 おそるおそる王の顔を覗き込こむ。

 同時に、王が勢いよく顔を上げた。


「はっはっはっ! いや、すまない。こらえきれなかった! こちらから申し出ようと思っていたのだが、まさか先に言われるとは!」


 王は笑いすぎて目に涙が溜まっている。

 勇者は人知れず安堵した。

 計画は半分達成したも同然だからだ。

「厳かに執り行いたかったが、そんな雰囲気ではないな。では勇者よ。エーテルの星に祈って宣誓しよう」

 すべては新たな勇者のために。

 これはきっと、英雄譚の始まりになる。

「魔王の討伐および、王女の奪還。この2つの偉業を成し遂げた暁には、ぜひ君を王族へと迎え入れよう」

 王は朗らかに笑いながら、受け入れた。




 勇者は発った。

 王は扉が閉まったのを確認して、玉座に腰を下ろした。

 最後まで堅苦しく笑顔を浮かべなかった勇者は、愛娘――この国のお姫様――との結婚を認めたときだけは、少しばかり表情が緩んだように見えた。

 彼はポーカーフェイスのようだが、王には近隣諸国や自国貴族との腹の探り合いで真意を探る技術がある。

 魔王を倒すべく王城を後にした勇者を見送ったあと、若い家臣は主君に詰め寄った。

「あの者の支援をしなくてよろしかったのですか? 魔王は強大な力を持っています。あんな私より若い男ひとりで、いったい何ができるというのでしょう?」

 当然の疑問だ。

 この家臣はまだ勤め始めてから日が浅い。

 若輩ながら優秀であることは確かなのだが、いかんせん経験が不足している。

 『勇者』と呼ばれた少年について知っていなくとも無理はない。

 家臣の疑問を受けて、王はどこか誇らしく答えた。

「かの奇跡の者が声を上げたのだ。心配することなどなにもない。やりたいようにやらせるといい」

「なぜそこまで信頼できるのですか?」

「知っているからだ」

 質問を続ける家臣に答えながら、王は内心喜んでいた。

 まだまだ若く青い家臣はこれでいい。

 国を想うあまりに空回りしてしまうことこそあるが、それも時間が解決してくれること。

 そこまで考えて、結論が出る。

「いや、経験としてやってみてもいいか」

 そうだ。質問を重ねるのもいいが、最良の経験とは自身で体験することに他ならない。

 高い防衛費を使うことになるが、これも経験という財産への投資と考えれば納得できる。

 王は命令した。

 普段であれば、このような資金の大放出は許さない。

 しかし、今日は気分が良かった。

「防衛大臣に伝達しなさい。突撃を敢行しよう」

 この新参家臣にも、『勇者』を知ってもらう頃合いだ。

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