自らを食らいつくした世界
「クラスメイトに殺された時、僕の復讐は大体達成された」第3巻が本日発売開始です!
「この世界って、一回壊れかけたんだよね?」
「寿命を迎えそうになったわけでも、終末が訪れようとしているわけでも無かったんですけど、人から見るとそうですね」
いくつもの世界を見てきたけれど、なかなかに珍しい世界に出くわした。人類が空に住む、とてもファンタジー的な世界。
空に浮かぶ島々は下に存在する大地の一部で、かつて人が逃げ場を求めて作り出した人工島のようなもの。
どうやって空に浮かべているのかと言えば、魔法とか科学とか小難しい話はあるけれど、要するにこの世界のエネルギーを利用して浮かんでいる。
そのせいで徐々に世界の寿命が減っているのだけれど、たぶんいくつもの空島を作り出した存在はそのことを知っていたのだろう。巨大な質量を浮かび上がらせている割に、エネルギー消費自体は少ない。
しかも時間が経つにつれて、装置が自壊して小さい島から落ちていく。そうすることで、制限時間を少しでものばそうとしているのだ。
タイムリミットがくるまでに何とか地上を取り戻してほしいという願いがあったわけだけれど、残念ながらわたしがここにいる時点で彼――もしくは彼女、または彼ら――の願いは崩れ去ってしまった。
では、なぜ空に人の住みかを求めたのかと言えば――
「やっぱり一体一体がズィゴスにも匹敵しそうですね」
「ルルスなら倒せますか?」
「可能です」
「だからといって、この世界の人でどうにかできるものじゃないですね」
かつて作り出した生物兵器。その成れの果てに地上を支配されてしまったから、人々は空にいる。
世界自身がどうにかしようにも、世界ができるのはズィゴスを一人作り出すことくらい。うまくやれば数体の生物兵器を倒せるかもしれないけれど、それで終わりですべてを狩り尽くせないのは目に見えている。
しかもこれ、一番やばい奴を何とか封印して、その状態だったのだ。
そして現在。そのやばい奴の封印が解かれた。どうやらある宗教が原因らしい。破滅こそが救いだと、来世こそがどうのと、そんな感じのことを謳っているところで、いわゆるカルト教団というやつだ。
人が空に逃げた時から存在する宗教でもあり、その是非はおいておいて、まあそう言うのもでてくるよなと言うのが、わたしの感想。
破滅願望持ちの人はどの世界にも一定数いるものだ。
多くの他の世界ならそう言った宗教団体は存在してもその目的を達成する事はないけれど、この世界は達成してしまった珍しい世界といえる。
それでなくても、10年から15年もしたら崩壊する世界だったのが、目覚めたやばい奴のせいで一年も持たない。こうやってみると、宗教団体君も無駄な努力だったね、と思わなくもない。
でも、人の時間で考えると、約10年の短縮は十分な時間か。
この世界でのわたしの仕事は世界の終わりを見届けること。人が作り出した脅威で世界がどうやって終わるのか、ここの神様はそれを見たいらしい。わたしはその為のカメラマン。
わたしが見ているものを見せているので、残念ながら寝て過ごすことができない。
でも10年くらいならいいかと思っていたら、1年に減ったのでわたし的には宗教団体にはいい仕事をしたと賛辞を送ろう。
「それにしても、食べてるね」
「こうやって世界が無くなるのも、なかなか興味深いとは思いますよ。世界喰イちゃんのそれとは、また違いますし」
「なのちゃんは、世界をエネルギーに変換して食べてるって感じだもんね」
さて、そのやばい奴だけれど、つぶらな瞳でピンク色をしていて、口がワニみたいに長い以外はカバのようなシルエットをしている。
ぱっと見た感じは可愛いのだけれど、その大きさは可愛くなく山脈が動いているような迫力がある。
で、そのワニカバが何をしているのかと言えば、文月が言ったとおり一心不乱に大地を食べている。そして食べた分だけ大きくなるので、どんどん浸食速度があがっている。どうやら食べられないものはないようで、鉄だろうが、マグマだろうが、氷だろうが、ゴムだろうが関係なく食している。
この世界の神は世界というよりも、このワニカバの最期を見たいんじゃないだろうか。
人々にとって幸いなのは、このワニカバが空を飛べないこと。そしてそもそも人に興味がなさそうなこと。
不幸なのは、食べられるという一瞬の恐怖ではなく、島が落ちるというそれなりに感覚のある恐怖の中で死ぬことになること。
そんなことを考えている間にも、大地とのリンクが切られた島が落ちていく。そして別のところで、安全装置として、大を残すための犠牲として、小さな島が落ちていく。
空に浮いた島が落ちていく様もまたファンタジー。
そもそも島が空に浮いていないと落ちないのだから、当たり前か。
「文月はあのワニカバ倒せますか?」
「あれ、ワニカバって言うの?」
「適当に名付けました。それともクロロタムスとかにしておきますか?」
「ワニカバの方があたし的にはわかりやすいかなー」
「で、勝てますか?」
「たぶん勝てるんじゃないかな。なんだかんだで、世界1個分の規模に収まりそうだし。でも油断したら危ないかも」
文月も長い間わたしの眷属やっているわけだから、これくらいなら問題ないか。
逆に言えばあのワニカバは、あの規模でありながら世界のうちに収まっている訳だ。神なら強すぎて壊してしまうようなものでも、このワニカバならほとんど世界への影響なく行うことができるだろう。
今の様子を見ていると、このワニカバが食べる以外に何かするのか、はなはだ疑問だけれど。
「そう言えば、ワニカバって元々人を襲う存在だったらしいですよ」
「そうなの? 今はまるで興味なさそうにしてるけど」
「封印を解いた人の嘆きが実は聞こえていまして、封印を解いたときに目の前にいる自分たちを無視して大地を食べ始めたので、膝から崩れ落ちていました」
実際嘆いていたのは、封印解除に関わっていた中でも一人だけで、残りの多くはこれで世界の終焉が速まったと、喜んでいた。と、思う。
残念ながら、わたしは世界の隅々まで見通せるような目は持っていない。技術で補った何となくわかる程度の奴だ。
「その話が本当なら、どうして人に興味がなさそうなのかな?」
「案外誰かに命じられているのかもしれませんね」
「そんなことができたら、封印されなかったんじゃないかな?」
「できる人が現れたのかもしれませんよ。人は時折驚くほどのことを成し遂げますから」
「確かにね」
文月が頷いてから、大地を眺める。
ズィゴスに匹敵する化け物が我が物顔で闊歩しているのを見たせいか、文月はふぅと息を吐いた。
約一年後、世界を食らいつくしたワニカバは、どう言うわけかわたしたちの目の前から突然消えた。





