崩壊する世界の中でのお喋り
本編3巻発売記念です。
「世界の終焉って、だいたいこんな感じだよね」
「ヴィアトリクスさん的にはそうでしょうね」
「ということは、他にもあるの?」
見慣れた光景のただ中、崩れ闇に消えていく大地の上でもっとも長く保ちそうな場所を陣取って優雅にお茶会を開いている。
聞こえてくるはずの人々の叫び声は、今はシャットアウトしているので、切り取り方さえ間違えなければ本当に貴族のお茶会に見えるのではないだろうか?
ガーデンテーブルには二人分のお菓子と紅茶。座っているのはわたし――フィーニスと終末世界の迷い子のヴィアトリクスさん。今は20代前半の見た目だろうか。容姿的にはこの世界の貴族階級のそれに近い。
文月とルルスもいるけれど、彼女たちは今は給仕として働いている。誰一人として本職はいないのだけれど、様になっているのは偏に経験のおかげだろう。
わたしたちはもちろんのこと、ヴィアトリクスさんもたいがい人としての経験は長い。
その経験の中には、貴族令嬢をやっていたこともあるのだろう。きっとやろうと思えば、人ができることはだいたいできるのだと思う。
今世も残念ながらわたしたちと出会った彼女は、いつかのように取り乱す様子もなく、せっかくだから話はどう? くらいの気安さで話しかけてきた。
わたしも彼女には興味があったので、こうやって世界が壊れていくのを眺めながら、お茶にしている。
今回世界が崩壊するのは人が世界の力を奪いすぎたからという、比較的よく見るものなので、ヴィアトリクスさんと話していた方がおもしろそうだし。
「ヴィアトリクスさんの場合、世界の終わりまで人が生きている場合しか体験したことないでしょうからね」
「言われてみればそうね。人が絶滅することも、ありはするのよね」
「わたしがそう言った世界に呼ばれるのも希なので、そこまで知っているわけではないですが、世界が寿命で無くなるときにはもっと静かに終わりますよ」
「世界にも寿命ってあるのね」
「世界も形あるものですからね。神様だって死ぬときは死にますし」
「そこまで言われると壮大すぎて想像できないわ」
ヴィアトリクスさんはあくまでも人だから、そんなものかもしれない。神という頂上の存在の終わりなんて想像もできないだろう。わたし的には神も消滅してくれないと困るというか、なんというか。
実際に見たことはないのだけれど。
「それで他にはどんな終わり方があるの?」
「最近だと世界喰イに食べられる世界も多いんじゃないでしょうか?」
「世界喰イ……あの突然空から現れる、もやみたいなもののこと?」
「たぶんそうですね。一応実体というか、仮の姿もありますが、彼女自身は世界そのものです」
しかも今は終わりかけとはいえ、たくさんの世界を食べてきたから、膨大なエネルギーを持っている。ただそのエネルギーを彼女自身がうまく使えていないせいか、たまにたまったエネルギーが減っている。たぶん生みの親の混沌神が何かしているのだろう。
その辺を考慮して、世界10個分くらいの存在に落ち着くんじゃないかと思う。その大きさも神の前ではかすむもので、わたしの前だと驚異になり得ない。文月やルルスだと分が悪いと思うけれど。
「そんな存在もいるのね。でもそんな存在なら、神々に狙われるんじゃないかしら?」
「世界喰イちゃんが狙うのは、終わりかけの世界だけですからね。神々の中でも意見が分かれているみたいです」
「壊れた世界を早く終わらせて、次の世界に取りかかりたいという神とそうではない神といったところかしら」
「そんな感じです」
ヴィアトリクスさんもたいがい頭の回転が速い。
それだけ様々な経験をしてきたのだろう。ヴィアトリクスさんは一瞬何かを言い掛けて口を閉じると、改めて言葉を紡いだ。
「そう言えば、貴女も神ではあるのよね?」
「本名デア・コンティラル・フィーニス。一般終末神兼契約神です」
「一般って……そんなにいる神なの?」
これぞジト目、と言わんばかりの目を向けてくるヴィアトリクスさんに、少し感動する。ネタとして受け取ってこそのジトだろうから。
「終末神はわたししかいないんじゃないですかね? 世界に降りれる神ってことで、割と重要らしいですよ」
「まあ、良いわ。神様ってことは、もしかして心が読めたりするの?」
「読める神もいますが、わたしはできませんね。終末神ですし」
「それなら良かった。貴女をバカにした声は届かなかったのね」
「それを言葉にした時点でどうかと思いますけど」
「何を言ったのかわからなければ、罰せられることもなさそうじゃない?」
何かの思惑がありそうだから話に乗ってみたのだけれど、楽しそうに笑うヴィアトリクスさんにはぐらかされてしまった。
それからヴィアトリクスさんは崩壊する世界に目を向けて、哀愁漂わせながら呟く。
「神様でも世界が壊れるのは止められないのね」
「わたしではまず無理ですね。権能が真逆すぎますし。成功したという話も聞かないですね。
というか、世界の崩壊を止めて延命をはかることができたら、わたしの役目は終わりみたいなものです。わたし的には早くその瞬間が来てほしいです」
「そうなれば、やっと寿命で死ねそうね」
「今回も駄目そうですしね」
ここでタイムアップ。わたしたちのいる地面が割れ始める。わたしとお供二人はその場に浮いていられるけれど、ヴィアトリクスさんはそうもいかない。
世界とともに闇に落ちていくとき、彼女は手を振って「また会いましょう」と告げた。
◇
「ヴィアトリクスさんだっけ? あの人なんだか変わったね」
「文月もそう思いますか?」
「うん、何となくね」
寝床に帰ってきてから、ふと文月が尋ねてきたので、わたしも確認の意味を込めて尋ね返す。
ルルスもいるけれど、彼女に問いかけても首を傾げられるだけだろう。
ヴィアトリクスさんと話をする機会というのは、回数だけ見ると結構な数があり、珍しい存在だからわたしも戯れに付き合っている。要するに単なる暇つぶし。特にやることがないときには、彼女の存在はちょうど良い。
わたしよりも人に近いところで、人として生きているだけあって、物語――もしくはその設定――を聞かされているような楽しさがある。
今回のようにわたしに何かを尋ねてくることもあるけれど、基本的には彼女が話す。一応わたしが神だから遠慮しているのかもしれない。
ともあれ、次に彼女にあったときに、何をどう考えたのか聞いてみるのもおもしろそうだ。
明日10月21日に「クラスメイトに殺された時、僕の復讐は大体達成された」の3巻が電子書籍で発売されます。
もう目前ですが、よろしければチェックしてみてください。