神に殺される世界(後)
「きましたね、世界喰イちゃん」
「ほんとにねー」
今回はワニみたいな形をしているけれど、空からやってくる影のようなものは間違いなく世界喰イちゃんだ。今日も今日とて、元気そうで何よりだ。これからこの世界の人たちとドンパチやらかすわけだから、元気じゃないとやってこないか。
やってきた理由は……前にも言っていたけれど、世界自身が崩壊を望んでいるとかそんな感じだろう。作った親というべき神が干渉しまくって、寿命減らされているわけだから、気持ちはわからなくもない。世界に意識がどの程度あるのかよくわからないけど。
世界食イちゃんが現れたわけだけれど、わたしたちはとりあえず見学。この世界の人たちがダメだった場合に、わたしたちが出ることになる。
「案外押してるね」
「この世界はまとまって世界喰イちゃんの相手をしていますし、神に力もらった組がいますからね」
まだ遙か上空にいる世界喰イちゃんに対して、人々がミサイルのように突っ込んでいく。
そして世界喰イちゃんの近くまでいくと、自分の数倍の大きさの斬撃をとばしたり、ド派手な魔法を繰り出したりと、普通の生物であればもう何度殺されたかわからない攻撃が飛び交う。しかしながら、世界喰イちゃんはまだまだ余裕があるらしい。
食べられるものは食べているから、思ったよりもダメージになっていないのかもしれない。世界喰イちゃんを倒したいならまず、世界喰イちゃんが食べられない攻撃をしないといけない。
彼女が食べられないもの、わかりやすいものだと神の攻撃は食べられない。だから神から力をもらった人の攻撃も食べることは難しそうだ。
また、何かを破壊するかのような攻撃は食べられない。衝撃とか、斬撃とか。なんて言うか、破壊エネルギーとでも言えるようなものだろうか。
だから意外と戦えなくはないのだけれど、世界喰イちゃんはそもそもが世界なので、規模が違う。
人の数倍程度の斬撃ではかすり傷程度だし、人基準で大穴をあけるような衝撃もちょっと痛いかなくらいのものだ。
しばらく経つと人側が世界喰イちゃんの特性に気がついたらしく、攻撃方法を変えたのだけれど、とうとう世界喰イちゃんも世界というとんでも質量でごり押しを始めた。やがて勇者が一人二人と消えていく。
そこまで来たところで、ふとあることに気がついた。
「この前乗り込んできた勇者君がいませんね」
「あー、あの人はもう勇者じゃないよ」
「そうなんですね」
そうして文月とルルスに説明してもらった感じ、どうやら勇者君はあの後二人を諦められなかったもよう。神に魔王を倒すには彼女たちの力が必要なのだと直談判し、神から警告を受け、それでも止めなかったため資格なしと判断されたのだという。
そして勇者を落とされた者はこの世界では人権を失う。とはいえ、本来は人を殺しても、猶予が得られるほどの強権であり、正当性が認められれば、大虐殺をしても赦される。判断するのは神であり、判決に否をつけること、すなわち神の意に反することとなる。
今回はしつこかったことと、この世界の神がわたしとの対立を避けようとしたからこういう判断をしたのだろう。
「フィーニスちゃん気になってたの?」
「神の中にあの人と似たような神がいたなーと思いまして」
「あのまじめに足が生えたみたいって言ってた?」
「その神ですね。神であるなら、世界作りに何かしら関係すべきだって五月蠅いです。一回しか会っていないのに、妙に記憶に残ってます」
なんとその名も勤勉の神。いろんな神がいるけれど、こういった神も存在している。
わたしが会ったのは一回だけど、神様には何度も文句を言ってきていたらしい。痺れを切らして、一度だけわたしが眠りにつく前に押し掛けてきた。
「なんだか頭が固そうだね」
「んー、固くはないんだと思いますよ。怠惰の神が働かないのはそれが仕事だからと認めますし、遊びの神が遊んでいても同様ですし」
「終末神が眠っているのはダメなんだね」
「ダメみたいですね」
まあ、別に仲も良くない神のことなど、どうでも良いか。
もう二度と会わない勇者君の方がどうでもいいけど。
お喋りをしている間に、この世界の神から要請がくる。
「それじゃあ、世界喰イちゃんを止めにいきましょうか」
「あたしたちも行って大丈夫?」
「大丈夫ですよ。世界喰イちゃんはわたしたちを狙うことは無いと思いますから」
わたしの言葉に首を傾げる文月と、気がついているのか特に何もいわないルルスをつれて世界喰イちゃんのところまで走っていくことにした。
◇
大きい状態の世界喰イちゃんを正面から見ると、結構迫力がある。
迫力はあるのだけれど「お姉様なの!」と幼女ボイスが頭に届くと、その迫力は一瞬で霧散した。
さてこの声、わたしたち以外にも聞こえているのだろうか? 聞こえていない方が嬉しいけれど、聞こえていたら……別に困ることないな。
「お姉様、どうしたの?」
「今日は世界喰イちゃんを止めに来たんです」
「なの!?」
「どうやらこの世界の神が、この世界を食べられたくないようで。わたしもお仕事なので、引けないんですよ」
「なーのー……」
彼女なりの低い声を出す世界喰イちゃん。というか、世界喰イちゃん会話楽そうで良いな。会話の8割を「なの」だけで済ませそうだ。
さて、特徴的な話し方に文月も思い当たることがあるらしく、「なのちゃん……?」と首を傾げる。
「なの! 文月なの! ルルスもいるの!」
「やっぱりなのちゃんなんだね。だいぶ姿が変わっていたから、気がつかなかったよ」
「文月はひどいの……」
「私はわかってましたよ」
「ルルスはさすがなの!」
世界が食べられるかどうかという瀬戸際で、その犯人と和やかに話をする人型。何ともシュールだ。3人――人は一人もいないけど――で話が盛り上がっていたので、それを眺めつつあくびをかみ殺す。
一通りお喋りが終わったらしいところで、改めて世界喰イちゃんに問いかけた。
「さて世界喰イちゃん。引いてくれませんか?」
「仕方がないの。お姉さまに勝てるだなんて、なのは思っていないの」
「話が早くて助かります」
「なのは自分のことわきまえているの!」
そう元気よく宣言すると、わたしたちに別れを告げて空の方へと帰って行った。
それを見届けてから、文月とルルスに伝える。
「さて、帰りましょうか」
「今回は崩壊までいなくていいの?」
「まだ結構かかりそうですし、仕事も終わりました。何よりこの世界に残ると面倒くさそうですよ。世界を救った英雄か、世界喰イちゃんの仲間か、どちらに取られたとしてもろくなものではありません」
「うん、そうだね。帰ろうか」
無数の視線にさらされることに気がついたのか、文月が首肯する。ちらっと見たルルスも異論はなさそうなので、わたしたちは即座にその場から消えることにした。
◇
自分の居場所に帰って寝て次の仕事のためにルルスに起こされる。どうやら、前回から500年くらいたったらしい。その間依頼は来ていないようで、平和でとても良いことだ。前回は寝る前に世界食イちゃんのことを言っていなかったことを文月に怒られたけれど、平和なのは良いことだ。
でもふと思うことがある。長期滞在する系の仕事で、2000年くらい寝ていた方がわたしの望みに近いのではないかと。
そんなことをぼんやりと考えながら神様のところ――ルルスや文月はここには簡単にこられない――にいこうとしたところ、誰かが近寄ってくる気配を感じた。
「終末君、おはよう」
「はい。おはようございます。混沌さん」
現れた混沌神に適当に挨拶を返す。混沌さんとか呼んで良い相手ではないのだけれど、消されるなら消されるで良いかと混沌さんと呼んだら逆に気に入られた。
混沌さんは胡散臭いお兄さん的見た目なので、気に入られても嬉しくはない。
「どうしたんですか?」
「どうしたってわけじゃないけどね、以前うちの子を追い払った世界について教えてあげようと思ったんだよ」
「ああ、あそこはもう消滅したんですか」
「君が帰って、それほど経たないうちにね」
「? さすがにそこまでではなかったと思いますよ?」
あのペースで行けば、500年後の今消えてしまったというのは可能性がある。だけれど、100年かそこらでどうにかなるようなものでもなかったと思う。混沌神の言い方的に、それこそ50年とかで消滅していそうな感じだ。
「あの後、そこの神がとある実験をしたんだよ」
「実験ですか?」
「やっている側は実験のつもりではなくて、できると思ってやっていたみたいなんだけど、世界に直接神力を与えることで、延命をはかろうとしたんだね。それで永久に存在させることができると考えていたみたいだよ」
「えー……それは無理でしょう。できたらきっとすでにやり方確立されていますって」
「まあ、神だからね」
「まあ、神ですね」
目の前の彼もやらかして世界喰イちゃんを作ったくらいだし。神はいろいろできるけれど、何でもできる訳じゃない。
それに失敗してもまた世界を作り直せばいいだけ。作り直すのは面倒だけれど、致命的な失敗にはならない。
だからきっと、世界の延命に失敗した神も、今頃はけろりとして次の世界の構想でも立てていることだろう。
「クラスメイトに殺された時、僕の復讐は大体達成された」の発売開始記念投稿。
電子書籍での販売なので、たぶんこの瞬間から発売が開始されたのではないでしょうか? 2巻もどうぞよろしくお願いします。