世界食イ
「クラスメイトに殺された時、僕の復讐は大体達成された」第二巻の発売決定記念の短編です。
よろしければ、本編もよろしくお願いいたします、
「なんかSFの世界だね」
「そうですね。ちょっとファンタジーには見えないです。とはいえ、今更ファンタジーって何だって話ですが」
「いろんな世界を見てきたからね」
ほのぼのと文月と話しているのを、ルルスが何とも言いたげな目で見てきているような気がする。
文月はわたしに似てきたような気がするのだけれど、ルルスは長い時を過ごしている間に世話焼きというか、お目付役的な感じになってきた。最初に送られてきたときもお目付役かと思っていたので、何となく懐かしさがある。
そんな和やかな日常風景の向こうでは、空から降りてこようとする巨大な真っ黒い狼の影みたいなのと、超科学的国家との派手な戦いが行われていた。
今のところ国家側がレーザーや火炎放射などを使って、狼が近づいてくるのを防いでいる。あわよくば、そのまま倒したいという魂胆だろう。
対して狼側は足止めを食らいながらもダメージは軽微。でも何もできずにいる。
あまりの煩わしさに、不満を露わにするように咆哮するけれど、それ自体にたいした攻撃力はなく、国家側の動きを止めることはできない。
「確かここも魔法がある世界だよね?」
「ありますよ。あのレーザーみたいなのも魔法ですし」
「なんか空間を操っている節もあるよね」
というわけで、ここは魔法と科学が融合し発展してきた世界。わたしが見てきた中でもかなりの発展具合の世界だといえる。車は空を飛ばないけれど、空間転移の技術が確立されているし、沢山のことが自動化されて人が何もしなくても日常生活を送れるようになっている。
かつては魔物も存在していたけれど、今はその数をぐっと減らして、動物園よろしく見せ物にされていたり、何なら絶滅危惧とかいって保護されていたりする。
強力な魔物は大体倒されていて、残っているのは龍が二体――龍を魔物と呼んでいいのかはわからないけど――。彼らは生きるために食事を必要としておらず、人を襲うことをしない。さらには最古の生物として、かなりの強さを誇っているため人から狩りにいくことはしない。
一体は海の中なので、人側の不利が大きいというのもある。ここまで発展した世界でも、海の中はすべて見通していない模様。魔物がいるからより困難になっていると言っていい。
強力な武器を国家が保有しているのは、それら龍たちに対する牽制の意味合いがある。実際のところ戦ったら、中堅国家であれば龍と戦い勝つことができる感じだろうか。これは龍が攻めてきた場合の話で、攻めにいくのであれば話は変わるが。
大国が龍の住処の周りに大きな拠点を作るようにすればほぼ勝てるだろうけれど、そんな拠点を作ることを国際情勢が認めない。
だから膠着状態だし、何だったら龍を攻撃するのは悪いことだと主張する国すらある。
わたしから見ると、龍を攻撃するのは悪いことだ。龍はあくまでも知的生命体の一種であり、ある意味で人と同じようなもの。そして世界に与える影響は人のほうが断然悪い。
「一応警告は何度も出していたんだよね?」
「出していたみたいですね。でも神託は質の悪いいたずらとして処理されたみたいです。龍たちは正しく受け取りましたが――」
「その多くは人に返り討ちにあったみたいですね」
今まで黙っていたルルスが話に加わる。人に対してまだ棘があるような気がするのは、昔のことを思い出しているのだろうか。
返り討ちにあった龍たちは、その後その体を材料としてより強力な武器に作り替えられた。そしてその武器が次にきた龍を殺す。残った二体はそれを見て諦めてしまった龍たちだ。
そんな人から見るとイケイケな世界は、世界の磨耗に気がつくことなく、とうとうわたしが降り立てるほどになってしまった。
それだけなら徐々に衰退していくか、より多くの負担を世界に強いて自ら破滅への道を加速していくかになるのだけれど、どうやら今回はどちらでもないかもしれない。
「結局あれって何なんだっけ?」
文月が空の大狼を指さして尋ねてくる。大きさもさることながら、その力の大きさ――内包するエネルギーもなかなかのもので、たぶん亜神くらいはある。
「あれは世界喰イです。特技は世界を食べることで、自由なわたしの妹ですね」
「そっか、似てないね」
わたしと世界喰イを交互に見てそういった文月に「親が違いますからね」と返す。
わたしの妹ポジションの世界喰イちゃんだけれど、言ってしまえば終末神を作ろうとして失敗した半神だ。残りの半分は人ではなくて、世界だったりする。
わたしの存在を知って、便利そうだと思った高位の神――神々から見ても上の方で名を混沌神――が世界を実験場にして終末神を作ろうとして、世界が意識を持ち神になり損ねたのが世界喰イ。
その名の通り、世界を食べる存在であり、終末神をベースにしていたせいか崩壊が決まった世界に自由に降り立つことができる、
そして世界を食らって消えていく。神的にもやっかいな存在であり、神様会議――命名わたし――で終末神たるわたしに殺してもらうなんて話も出たらしいのだけれど、作り出した混沌神がそれを拒否。世界喰イのおかげで世界に混沌がもたらされるわけだし、世界喰イが訪れるのは先のなくなった世界ばかりなので、被害はあれど致命的な事態にはならない……らしい。
それに世界喰イちゃんはかなり自由な子だ。次々に世界を食べるのではなく、間に結構間を空けることもある。現状生後一万年も経っていないので何とも言い難いけれど、年をとれば数万年単位で眠ることも想定されている。
それが羨ましくて仕方がない。仕方がない!
「うわー、レーザー食べ始めたよ」
「お腹が空いていたんでしょうね」
「違うと思いますが……」
ルルスが控えめにツッコむも、それではツッコみとしては弱すぎる。世界喰イちゃんがお腹が空いているかどうかだけれど、どちらも正解でどちらも間違いだと言える。彼女は別に空腹感を感じているから食べているわけではないし、満腹になったら食べるのをやめるかと言われるとそうではない。
だけれど、消費したエネルギーを回復するために食べているという側面がないわけではない。エネルギーの補充を食事というのであれば、彼女はお腹が空いている。
あと彼女は口がある姿をしているものの、そこ以外からも食べることができる。その正体は大神ではなくて、神と世界のハーフなので決まった形というのがない。その辺言い出すと、わたしにもないけど。
「でも動かないね」
「行儀がいいんでしょうね」
「食べ歩きは楽しいけど、行儀がいいかと言われると微妙だもんね」
文月と内容のない会話をするほどに、ルルスの目が残念なものを見るかのように変わっていく。
でもわたしは知っている。わたしたちがこんな内容が無い会話をしているのを見ていて、ほほえましく思っていることを。
今後何かあれば、保護者としてルルスに解決してもらおう。
「フィーニスちゃんは見ているだけ?」
「そうですよ。わたしが世界喰イちゃんと出くわして、最初にすることは様子見です。この世界での仕事はすでに終わっていますからね。
で、世界喰イちゃんがわたしを狙うようであれば返り討ち、そうでなければ基本は不干渉です」
「つまりこっちには来ないんだね」
「たぶん来ませんね。なんだかんだで、神々が注目している状況ではあるのですが、一方の勢力としては嬉しくない結果でしょう」
嬉しくないのは、混沌神とは反対の勢力。混沌神側も混沌神と敵対したくないからそちらに回ったという神も少なくないのだけれど。それほどに混沌神は強いから。だから反勢力も真っ向から相対するつもりはなく、これがうまくいかなければ泣き寝入りするしかない。
ついでにわたしの親的神様は混沌神側。わたしに話を通せる唯一の神であり、混沌神の世界にわたしの派遣を決めたという状況もあって、渋々混沌神側についているって感じ。
神様はいつも苦労が耐えないね。でも新しく作った世界は、それなりにうまくいっているらしいから、がんばってほしい。何でも藤原がなんとかってお嬢様と神になったらしい。神と言っても、人間の始祖的な感じで奉られているというのが正しいのだけれど。
実際に天寿を全うし、輪廻転生したらしい。どこの世界に生まれ落ちたのかとかは、謎。それももう遠い昔の話だ。人と神とではスケールが違う。
「それじゃあ、あとは本当に見学して終わりかな」
「そうですね」
行儀がよかった世界喰イちゃんもそろそろ痺れを切らしたのか、食べ歩きを始めた。と、言うと軽く聞こえるが、目の前で起こっていることを改めて描写するなら、まるで空が落ちてくるかのように巨大な狼が大都市に近づいてきている。
さながら世紀末のようだ。いや、世紀末が本当にこうなのかはしらないけれど、恐怖の大王って世界喰イちゃんのことなのかもしれない。
恐怖の大王も話に聞いたことがある程度だけれど。
遠くて普通は聞こえないけれど、神様の聴力でもって国家の声を聞けば悲鳴や叫び声が入り交じっている。絶望を音にしたらたぶんこんな音。一部奮闘している人たちもいるけれど、その人たちの声も諦めに似た何かが混ざり始めた。
他の国に連絡はしているようだけれど、なかなかうまくいかないらしい。転移魔法か何かで送られてくるのは、この国を本気で助けようとする大隊ではなくて、情報収集のための人員。
それでも送られてきているわけなので文句は言えない。情報収集員も弱くないし、普通なら戦力として十分だったのだろうけれど、今回は相手が悪い。
しかも情報収集員は無理だと悟ると帰還できる権限と装備を持っているので、最後まで一緒に戦ってはくれない。
彼らは世界喰イちゃんが何をしたいのか知らないから当然かもしれないけれど。突如空に現れた化け物。死力を尽くして倒すべき全世界の敵なのか、目の前の国家だけを破壊する存在なのか。それもわからぬまま、大きな選択はできない。
わたしたちが観察している国家は人柱にされたようなものだ。国家が化け物を倒せてもよし、それなりの戦力を送っているので文句を言われる筋合いもない。化け物を倒せなくても、一国だけの滅びでどこかに消えてくれればそれもまた良し。残念には思うだろうけど、自分の国が最優先。下手に手を出して、化け物の標的になる方が恐ろしい。
化け物が侵攻をやめなければ、そのときには全世界まとまってこれを討伐することになるだろう。きっと裏ではそのときのための話し合いが行われているのではないかなーと予想はしている。
一国滅んで世界喰イちゃんが地上に着いた時点で、割と詰みなのだけれど、それをこの世界の人たちは知らない。
「知っていると、どうしても気になっちゃうよね。どうして今すぐに世界でまとまらないんだろうって」
「そんなものですよ。みんながみんなわかっていたら、わたしは神になんてなっていませんし」
「そう言われると、そうなんだけどね」
当時の通山真のスキルと、何とかという国が考えていた事を知っていたら、殺されずにあの世界で天寿を全うしていただろう。いや、その前に世界が崩壊したのかな?
どちらにしても神様には拾われずに、輪廻転生していたに違いない。
丸一日をかけて地面に降り立った世界喰イちゃんの周囲には人はなく、建物はなく、生き物もなく。すべてのものはその巨体にふれた瞬間に消えてしまった。たぶん世界喰イちゃんに食べられたのだろう。
何とか逃れることができた人たちは放置するようで、そのままその見せかけだけの口を使って地面を食べ始める。
観察をしていた人たちは動かない世界喰イちゃんを見てほっとした様子だったけれど、謎に地面を掘り始めた彼女を見て怪訝そうな表情をしはじめた。
「チェックメイトですね」
「そもそも人がオービス……」
「世界喰イちゃんです」
「に勝てる未来はあったのかな?」
「全世界がそれなりに協力しあえば、押し返すことはできたんじゃないですかね。一応押し返すことができれば、勝ちと言っていいでしょう」
世界喰イちゃんが地面に潜ってしまい、見えなくなったところで文月とルルスに戻るように伝える。世界喰イちゃんを妨げる存在はいなくなったし、すぐに世界は崩壊する。今まで沢山の崩壊を見てきたとは言え、世界喰イちゃんが滅ぼした場合にどうなるかわからない。
わたし一人であれば何とでもなるけれど、ルルスと文月が余波に巻き込まれて消える可能性は否定できないので、帰ってもらった。それを二人ともわかっていたのか、単に上司からの命令だったからか、すんなり帰ってくれたので助かる。
人に感じ取れているのかわからないけれど、世界が中心から消えていっている、もとい食べられている。
確かに世界を支えていた大地は流氷のようにたゆたうものになり、やがては薄氷のように心許なくなる。
次の瞬間。地面がなくなった。それなのに、まるで地面が存在するかのように人々はその場に立ち続け、そして黒い影に捕らわれて足から消えていく。
見ている感じ痛みはなさそうで、だからこそ混乱し、泣きわめき、意味のある言葉を発することなく消えていく。
そうして世界はなくなった。
◆
さて、どういうわけかわたしは消えていない。いや、どういうわけも、こういうわけも、わたしが世界喰イちゃん程度に消されるわけはないのだけれど。
それをのぞいたとしても、世界の消失がわたしという形だけを残して行われた。
無と言っていい何もない空間には、わたしと世界喰イちゃんだけが残り、そして「なの!」と嬉しそうな声が聞こえた。
「お久しぶりです。それとも初めましての方がいいでしょうか?」
「久しぶりなの。やっと会えたの!」
この「なのなの」言っているのが世界喰イちゃん。世界として意識を持った時点から「なのなの」言ってる、不思議なの。
そして今の姿は巨大狼ではなくて、小さな女の子。年齢的には10歳くらいだろうか? 見た目はわたしとルルスと文月を足して3で割った感じ。わたしベースに人の姿を作っているルルスがいるため、何というか結構わたしに近しい容姿になっている。それこそ姉妹のような感じだ。
「お母様、ユメとルルスはいないの?」
「先に帰って仕事をしてもらっています。そのうち会えると思いますよ」
「それは残念なの」
「それはそうと、お母様なんです?」
「お母様なの!」
どうやらわたしはお母様らしい。じゃあ、お父様は混沌神か。嫌だなぁ。
かつて意識を持った世界を作ったのが混沌神。そして意識を持った世界がわたしに影響されるなどして、生まれ変わったのが世界食イちゃん。だから確かに混沌神と二柱で作ったと言えば、まあそうなのだけれど、意識体の時と見た目が変わらない彼女を子供とは思えない。
「世界喰イちゃんは意識体だった頃の記憶はあるんですか?」
「あるの! そうじゃないと、ユメとルルスを覚えていないの!」
「そうだと思いました。それなら、お母様はやめましょう」
「それならなんて呼べばいいの?」
不思議そうに首を傾げる世界喰イちゃんに「姉くらいじゃないですか?」と返しておく。それくらいならまだ違和感がないから。わたしは最初に世界食イちゃんを見たときに妹っぽさを感じていたし。
「お姉様なの!」
「はいはい。お姉ちゃんですよ。というのは良いとして、世界喰イちゃんは世界を食べるときの基準とかあるんですか?」
「もういいってなっている世界を食べるの! 食べられたがっているの」
「それなら良いですが、あまり食べ過ぎないように気をつけてくださいね」
「わかっているの。やりすぎると、めってされちゃうの」
めっ、で済めばいいけれど、やってはいけないとわかっているなら良いか。間違って神なんかになってしまえば、こんどこそ処分されてしまいかねない。
「それじゃあ、お姉さまお休みなの。なのはしばらく寝ることにするの」
世界喰イちゃんの一人称、確かに「なの」だったなーと思いながら、その誰かに起こされることがないであろう睡眠を羨ましく思いながら、「はい、おやすみなさい」と世界喰イちゃんに声をかけた。