ぶつかる世界(前)
本編「クラスメイトに殺された時、僕の復讐は大体達成された」の最終巻が9月7日に配信が開始します。
よろしくお願いします。
世界とは無数にあるけれど、それぞれが交わることはほぼない。
しかしながら、異世界召喚レベルであればないとはいえないし、物理的に近くなることだってゼロコンマ何パーセントくらいの確率で起こるかもしれない。上位存在といえど絶対はない。フィーニスさまはそんなことをいっていた。
仮に二つの世界がぶつかるとした場合、フィーニスさまを始め、私たちはその世界に行くことができるのか。
それに対して、私――ルルスと名付けられた元精霊――は行くことはできないと、ある意味で高をくくっていた。
以前フミツキが誤って召喚されたという例もあったのにも関わらずだ。
結論からいえばフィーニスさまは行くことができないが、その使徒である私たちは行くことができる。
このことから、私たちは、世界崩壊が確定するかの瀬戸際の段階から、世界に降り立つことができることが可能だとわかってしまった。つまり世界崩壊の確定までに原因を排除することができ、なおかつその状態を保つことができれば世界の延命ができるということになる。
そういったわけで、私は一柱で世界に降り立つことになってしまった。しかもフィーニスさまやフミツキが生まれた世界に近しい世界。魔法などの機構が無く、物理的な法則のみで生み出された世界。
鉄の塊が陸を、海を、空を行き、人の手によって人の住みやすいように変えられた世界。人の天敵となるものは存在しない、表面上平和ともいえる世界。
そんな世界だったのだけれど、異世界の――しかも魔法が存在する世界の接近により、その様相は大きく変えることになる。
異世界と混じり合った結果、人の天敵と呼べる存在――災獣が生まれるようになり、人々の中にも魔法を操れるものが姿を見せるようになった。世界に元々あった兵器も役に立ったが、より強大な災獣には効果が薄く、次第に魔法の力を持った人――戦人――が主戦力として災獣との戦いに身を投じるようになった。
機械技術も魔法との融合を果たし、人々の生活はより便利になった部分もあるが、力がない多くの人々はいつ現れるかもわからない災獣におびえなくてはいけなくなった。
とはいえ私が降り立ったときには、災獣も人々の生活の一つに成り下がっていたけれど。神出鬼没の災獣もその出現を予測されるようになり、一般人の被害は――自業自得のものを除けば――かなり少なくなったようだ。それこそ世界に降り立ち数ヶ月が経過するまでは、大きな事件はなかった。
でもようやくこの世界での拠点を確保できた日、その災獣は現れた。
後に異常個体と呼ばれる強力な災獣に、人の町が破壊された。もちろん魔法の力を得た人々が戦ったが、すぐに駆けつけられた戦人は全滅。国内で最も強いという戦人が到着するのにも数時間を要するということで、災獣が現れるようになって以来、最悪の被害になるだろうと予想された……らしい。
思わず私が倒してしまったため、大きな被害を出しつつも、最悪の事態を避けてしまった。
そして私がこの世界の人々に認識されてしまった。
「あんたがもっと早く動けば、あのとき俺の妹は死ななかった」
そうして認識された結果、こうやって拠点に押し掛けてくる人物が現れるようになった。
もう何回もくる、名前も知らない戦人の男。もともとは戦人ではなかったらしいけれど、私が倒した災獣の影響で戦人に覚醒したらしい。
「そうですか」
対応するのも面倒くさいので適当に返す。もう何度も言われてきたし、前は今とは違う返答をしていたけれど、とにかく私を悪くしたいらしい彼との会話は面倒くさくて仕方がないのでちゃんと返答するのをやめた。
いっそ消してしまおうと思ったけれど、戦人をまとめる国防機関から止めてほしいと言われたのでそのままにしている。それもまた迅速に彼をどうにかするという約束があるからだけれど。
だから適当な返事に怒っている彼は、すぐに国防機関の職員に連れて行かれる。そうして国内の様々な災獣の討伐にかり出される。
「ルルさん、申し訳ございません」
「そちらが契約を遵守する限りはこちらも手を出しません」
「そう言って貰えると助かります。それで……」
文句を言ってくる男を連れていく職員とは別の女性職員が近づいてきて、私に話しかけてくる。
ルルというのはこの世界のでの私の名前。ルルスと伝えるつもりはなく、適当に答えた結果ルルと呼ばれるようになった。
異常個体を倒した後、国防機関から接触があり、契約を行った。そのときに私がこの世界の存在ではないこと、この世界をどうにかするつもりはないこと、この世界の手伝いをする気もないことを伝えている。
そして報道機関を含めた様々な雑事をある程度遠ざけてくれる代わりに、私が作った拠点――フィーニスさまが見たらログハウスと言いそうな森の中にある拠点――に影響が出そうな災獣を倒すという契約。
契約神でもあるフィーニスさまの使徒として、契約した以上反故にはしないけれど、その契約の中には世界の衝突に関する条項はない。
「それはこの世界の人が何とかするしかないです。私は手伝いません」
「そう……ですか」
「では、彼の処理はお願いします」
「かしこまりました。言い聞かせておきます」
そういって彼女は帰って行ったけれど、どうせまた彼は来るのだろう。なぜなら彼が国防機関にとって重要な人物だから。
現在時点で世界最強には遠いけれど、いずれそうなると言われているから。そして彼の行動原理は家族を殺した災獣の殲滅。国防機関としては重要で使いやすい戦力みたいな感じなのだろう。
家族を助けなかった上に、基本拠点から動かない私にも思うところがあるらしく、八つ当たり気味に私のところにやってくる。国防機関は彼にガス抜きをさせるために私のところにやってくるのをいったん見逃す。
まあ、そんなところだ。人のやることなど知ったことではないので、放っているのだ。
◇
「ルルさんはランキングについて、どう思っていますか?」
「別に何とも思っていないです。……いえ、」
「何かありますか?」
「なんでもないです」
レコーダーのマイクを向けられ、記者の男からの質問に答える。戦人のランキングなるものを作っているところらしく、今回どうしてもということで国防機関に頼まれたので話を受けることにした。
正確には国防機関に頼みたいことがあったため、それを飲んでもらう代わりに話を受けることにしたのだ。
それにしても、なぜ戦人の強さの順位付けを行いたいのだろう? したところで、意味があるとは思えないのだけれど。
「やはりルルさんは聞いていたとおり、クールな方のようですね。それだけ自分の強さに自信があるということでしょうか?」
「私はここで平穏に暮らせればいいので、他の人の強さに興味がないだけです。それに私の力は町の中ではむやみに使えませんから」
「むやみに使えないというのは?」
「大雑把なんです。この周辺は時間をかけて守りをかけているので大丈夫ですが、他の場所だと余波で町に被害が及びますから」
適当なことを言っている自覚はあるが、この辺はすでに国防機関と相談済み。むしろこう言った感じで話してほしいと頼まれた。私がここから動かないことへの理由がほしいのだとか。だからといって、弱みを見せるような形でも困るから、この答えになった。
「さすが異例の早さでランカーになった実力があるだけのことはありますね。単独で異常個体を倒したということもあり、いずれは一位にとも予想されています。ところで次の戦人の国際戦に出られないということですが……」
「会場が壊れるかも知れませんよ? それにここを離れている間に災獣が現れても困ります」
たぶん改めて拠点を作ることは簡単だけれど、この辺を守ると契約しているから、離れるつもりはない。この世界においてはここから動かなくても、世界の状況がわかるから仕事をするのにも困らないし。
「むしろルルさんがこのあたりを守ってくれているから、できるイベントといえるかも知れませんね。話は変わりますが、普段ルルさんはなにをしているんですか?」
「災獣がでなければ、レポートをまとめています」
「レポートですか?」
「仕事の一つと考えてください」
「戦人としてだけでも十分生活できそうですよね?」
「お金のための物ではありませんから。ライフワークといえばわかりやすいでしょうか?」
「ルルさんは強いだけではなくて、勤勉なんですね」
そう言って記者は話をまとめると、これで終わりだとお礼を言って去っていった。
◇
「ルルに謝らないといけないことがある」
「呼び捨てで私を呼ぶことですか?」
「そうじゃなくてな」
私がこの世界に来て一年といったところだろうか。世界同士の接近も目前に迫り――多くの人はそのことすら知らないが――、現れる災獣も異常個体がその数と力を増した。
戦人のランカーたちには衝突のことは伝えられ、今日はその世界同士の衝突をどうにかすべく各国のランカーのほとんどが一同に会することになっている。
私は何かあったときのために待機という名目で、拠点にいる。いつの間にか私のランクを抜いていた彼も、本当はここにいてはいけないのだけれど最後の最後に話したいことがあるということで、やってきたらしい。
「オレが戦人になってしばらくの間、お前に八つ当たりをしてただろ」
「まあ、そうですね。お前と言われる筋合いもありませんが」
「あのときはオレもどうにかしてた。ルルがもっと早く災獣を倒していれば、妹は助かったのにって思わずにはいられなかった。でも、ルルもあのタイミングじゃないといけない理由があったんだよな」
「否定はしません」
「だから……悪かった。ルルが災獣を倒してくれなかったら、妹との思い出もあるこの町すらも無くなっていたのに、オレは自分のことしか考えていなかった」
頭を下げる男をあきれた目で見ているのだけれど、どうにもこの男は私があきれていることに気がついていないらしい。
正直謝るくらいなら、目の前に迫る危機に全力を尽くせばいいと思う。どうやるのかは、あえて聞いていないけれど。
「もう時間がないんじゃないですか?」
「あのな、ルル……また会えたら伝えたいことがあるんだ」
「そんなことを考えている暇があったら、目の前の問題を早く解決してきてください。楽に逃げなければ、私もある程度は守ろうかなと思っていますので」
「それってどういう――」
男が言い終わる前に、ランカーの一人が飛んできて男の腕をつかんだ。
フミツキとはまた別のやかましさを持つ女性。何かと私を連れ出そうとしていたが、私がここから動けないことを知ると、何かとおみやげを持ってやってきた。
「やっぱりここにいた。ルルちゃんもやることがあるんだから、じゃましていないで早く行くよ」
「いや、ちょっと待」
「じゃあねルルちゃん。終わったらお茶しよう」
「できるようにがんばってきてください」
私が手を振ると、男を連れて女性は国防機関の方へといってしまった。
それから拠点近くに過去最大の異常個体が現れたけれど、私の敵ではなく、戦人たちがどういう選択をしたのかと様子を見ていたら、破壊を目的とした大きな魔力の塊が打ち出されたのがわかった。
心の底からのため息が出た。
正直、送り込むのを文月にしておけばよかったと思いました。